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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。








その日は11月なのに風もなくて、朝からポカポカしていたから何となく散歩に出かけた。

スケッチブックを持って歩くのは、クセ。急に描きたくなる時があるから。

家の近くのこじんまりした公園の中をブラブラ歩く。

 

 

 

小春日和。何てお日様が気持ちいいのだろう。

日向ぼっこがてらベンチに腰掛け、スケッチブックを開いた。

私は人間観察が好き。目に止まった人の表情をスケッチブックに描き留める。

遊歩道を散歩するおじさん。

ベンチでおしゃべりするおばあちゃんたち。

遊歩道にぐるりを囲まれた枯れ草色の芝生の上でママと遊ぶ小さなこども。

白いスケッチブックに次々とデッサンしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片想いの素描。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、どこからか子供たちの掛け声が聞こえてきた。

冬空の下、白い道着だけの子供たちの列がやってくる。

なかなかに勇ましい。

彼らを描こうと鉛筆を動かそうとして、私はその列の一番後ろを走る、一際大きな男の人に目が止まった。

その人と目が合う。黒い瞳は力強く光ってて、どこまでも真っ直ぐで。

私は夢中でその人を描いた。急いでその人の顔と姿をスケッチブックの中に描き写した。

その人は長く伸ばした髪を後ろへとなびかせて、私の目の前を駆け抜けていく。

芝生の広場の向こうに走る大きな白い道着姿が見える。

 

 

 

 

 

私は自分の描いたその絵姿に目を落とした。

鉛筆で、線を整える。

何でだろう?胸がドキドキする。

ぐるっと遊歩道を一周して白い道着の列がまた戻ってきたけれど、もう瞳が合うことはなかった。

不躾に目を合わせた変な女だと思われたのかもしれない。

 

 

 

 

 

私はまた次の同じ曜日、同じ時間、同じベンチに腰掛けた。

もしかしたら、またあの人に会えるかもしれない、なんて考えたから。

ドキドキしながらスケッチブックを膝の上に開いて、待つ。

遠くから子供たちの掛け声。

列の一番後ろには大きな大きな道着姿。

来た!

胸の中一面に甘酸っぱいドキドキが広がる。

私はスケッチブックに新しくその人を描いた。

 

 

 

 

 

それから毎週、公園を訪れることが私の習慣になった。

初めのうちはどんな天気の日にも足を運んでいたが、そのうち悪天候だとランニングは中止になるらしい、と分かった。

晴れは私の幸福、雨は私の憂鬱。

私のスケッチブックには少しずつ名前も知らないあの大きな男の人の絵が増えていった。

その人は時々子供たちに大きな声をかける。

声量のある深くて低い声。

私はその声も好き。

あの人の何もかも好き。

何にも知らない人なのに、何て不思議なのだろう?

不思議なくらい、あの人に、魅かれる。

あの人は、私という人間に気づいてくれているのだろうか?

初めて会ったあの日以来、瞳が合うこともない。

私には、興味が、あるはずも、ないか。

 

 

 

 

 

毎週日曜日、ほんの少しの時間、あの人の姿を描き留める度に胸は苦しくなっていく。

片想いのデッサンは増える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月雨が新緑を濡らして雫を翠色に染めるある日、私は川沿いの並木道を歩いていた。

雨粒が傘に落ちてポツポツと静かな歌を歌う。

 

 

 

 

 

その歌に耳を傾けながら、考えることといったら、この半年間の片想いのことばかりで。

あの人が公園から少し離れた拳法道場で働いているのだろうということはだいぶ前に見当がついていた。

どうしよう。待ち伏せ、とかしてみた方がいいのだろうか?

いきなり訪ねていって、迷惑がられないだろうか?

迷惑がられたら、立ち直れない。だったら、公園で姿を見ている方がいいかもしれない。

勇気が出ない。

自分の爪先を見つめながら溜め息が出た。

 

 

 

 

 

傘の上を楽しげに滑る雨粒の数をぼんやりと数えていたら、前方から話し声がした。

狭い道だから、脇に寄ってすれ違わないといけない、そう思って顔を上げて、私の心臓は飛び上がった。

傘を差す、とても背の高い姿。聞き覚えのあるダイスキな声。

あの人は並んで歩く小さな男の子にとてもにこやかに、やさしい笑顔を向けて楽しそうにおしゃべりをしている。

前に踏み出す足がどうしてかカクカクして上手に歩けない。

瞳はどうしたってその顔に釘付けで。

でもあの人は私には少しも気がつかない。

 

 

 

 

 

肩を並べても、気づいてはもらえなかった。

 

 

 

 

 

大股に歩く、あの人の足音が背中の後ろに遠ざかって行って、私の方から話しかけるべきだったのではないか、

という後悔の気持ちがむくむくと持ち上がってきたけれど、後の祭りだった。

「こんにちは」くらい、言ってもよかったのに。

歩くスピードががっくりと落ちて、トボトボと、本当にトボトボと、何だかとっても哀しくなって、予想しなかったところで会えた嬉しさよりもずっと哀しくて爪を噛んだ。

雨の歌声も物悲しく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傘。

 

 

 

傘を差していたから、背の高いあの人は私に気がつかなかったのでは?

きっとそうだ。そうに違いない。

何て嫌な雨だろう?雨さえ降っていなかったら、気がついてもらえたかもしれないのに。

雨なんて嫌い。大嫌い。

雨が降ると、日曜日にあの人に会えないし、その後の一週間がとても長くなる。

雨音を聞きながら記憶の中のあの人を手繰り寄せて、自分の部屋で片想いをスケッチしていると泣きたくなるから。

雨なんか、大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の弱虫を雨に責任転嫁して俯いたまま信号待ちをしていると、「あの」と男の人に声をかけられた。

「はい?」

振り返って、私は驚いた。

すれ違ってずっと向こうに遠ざかったはずのあの人が立っていたのだから。

「あのっ…、自分、加藤鳴海っていいます」

はあはあと呼吸も荒いその人の髪や顔や服はすっかり雨で濡れていて

濡れそぼった前髪からのぞく黒い瞳はとてもやさしく笑っていた。

「いつも…あの、えーと…何て言ったらいいのか」

こんな静かに降る雨なのに、そんなに顔を濡らすなんて。

全力で走ってきてくれたの?

私のところまで?

「あの…オレのこと、知ってますか?」

いやいや、こんなことを言いたいんじゃなくて、あのその…。

あなたが赤い顔で頭を掻くたびに飛沫が跳ねるから、私はハンカチを差し出した。

「よく、知ってます」

ハンカチを受け取りながら、あなたは本当に嬉しそうに笑った。

きっと私も同じように嬉しそうな顔をしていたに違いない。

 

 

 

 

 

ああ、これで。

私は違う角度のあなたが描ける。

視線の合う、あなたを描くことができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりで何だけど、ずっと好きでした」

「私も、ずっと好きでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翠色の雨の中、あなたの告白。

私は途端に雨が好きになる。

 

 

 

 

 

片想いの素描はこれでおしまい。

 

 

 

End

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