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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。








金曜日、残業を終えて帰路につく22時。

最寄の駅を降りると、真っ白な息は木枯らしに後ろに運ばれて、一気に体温が奪われた。

このまま、真っ暗な部屋に帰って自分ひとり分のご飯を用意するのもめんどくさい。

はっきり言ってお腹が空いた。

何よりも、職場で嫌なことがあったのでとても気が晴れない。

とってもネガティブな空気に囚われている彼女は何にもする気がおきない。

足を前に出すのだって億劫で、徒歩7分の自宅が銀河系の果てにあるようで、ただそれだけで途方に暮れた。

誰か家まで抱き抱えて行ってくれないか?

つい、そんなことを考えてしまう。

せめて、背中を押してくれるだけでもいいのだが。

 

 

 

 

ズルズルと身体をひきずるように歩いていると、ふと一軒のラーメン屋が目に入った。

あれ?こんなところにラーメン屋なんてあったっけ?

店の前には花。

ああ、開店したばかりのラーメン屋か。

こじんまりとした佇まい。温かい照明。ぽってりとした無垢の木の看板。

いいかも。ラーメン食べたい。

ラーメンを食べて帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

ラーメン食べたい。

 

 

 

 

 

 

 

彼女が店の中に入るとチラホラと客はいるけれど、それほど繁盛しているって感じではない。

開店したばかりだからか、時間がもう22時を回っているからなのか。

「しょうゆ。ネギたっぷりで」

カウンター席に着くなり、顔も上げずに一言。

隣の席に無造作にカバンを置く。

お冷を口に運びながら今日あった嫌な出来事が思い返される。

形のいい眉がきゅっと真ん中に寄る。

 

 

 

 

確かに自分は入社してこの方、『お局』と言われる人種に好かれた例はない。

だから、彼女を不機嫌にさせる事象は今日に始まったことではない。

そもそも、誰かに好かれようと思って仕事をしたことはないし、しようとも思わない。

あまり、他人に何と言われても気にはしない。

けれど、それだって限度はある。

塵だって積もれば山になる。

おまけに彼女が感情を表に出さないこともお局たちの癪に障るらしい。

「お人形さんみたいね」

私は人形ではない。

人形だったらこんなに落ち込むものか。

 

 

 

 

彼女はあまり気持ちをその都度表に出すタイプではないし、鬱屈したものを誰かに話して爆発させるタイプでもないので、こうやってポイントが溜まって内圧が高まると、たまに食べることで発散する。

今日はそれがラーメン。

「おまちどおさま」

目の前に置かれたラーメンに胡椒も入れて、山盛りにニンニクも入れて、あつあつのところを思いっきり啜る。

脇目もふらず食べる。一気に食らう。

一心不乱に汁まであっという間に平らげて、彼女は手の平を合わせた。

ごちそうさまでした。

 

 

 

 

身体が温まって、お腹が膨れたら、嫌な気分もいくぶんどこかに行ってしまった。

気分がよくなってお冷を口にして、ようやく顔を上げてカウンター越しに厨房の中を覗くと、自分の真ん前に男がひとり立っていて、その男の黒い瞳と目が合った途端、思わず咽てしまった。

「よう、しろがね。やっと気がついたな」

「カ、カトウ?」

ラーメン屋のユニフォームなのか、手ぬぐいを頭に被って、長い髪を一つに束ねて、黒いTシャツに店のロゴの入った前掛け。

「こーんな顔して、眉間に皺を寄せながらラーメン食ってんだもん。声かけづらくってさあ」

彼女の顔マネをしてカラカラと笑っている。

「何をしている?副業は禁止されているだろう?」

「バイトじゃねぇよ。手伝い、ってことで。内緒内緒」

彼はぺろり、と舌を出す。

 

 

 

 

加藤鳴海。彼女、才賀しろがねの会社の同期。

部署が違うからあまり顔を合わすことはないけれど、実はしろがねの少し(いや、かなり)気になる存在。

「大学の部の先輩が脱サラしてこの店始めたんだ。家が近いからって手伝わされてんの。タダ同然だぜ」

バイトなんていいもんじゃねぇよ。

そう言いながらも『口止め料』のソフトクリームを「おごりだから」と差し出した。

 

 

 

 

「ここで油売ってていいのか?」

「いいんだ。オレはもう上がりだから」

鳴海は何だか嬉しそうで、にこにこと笑っている。

まあ、この人は、いつ会社の中で見かけてもにこやかな人だけれど。

入社式の日、たまたま隣り合わせで、初対面でまるで昔からの友達みたいに話しかけてくれたのがとても心強くて、それから何となくしろがねの瞳は鳴海を追いかけてしまう。

そんな人の前で力一杯ラーメンを食べてしまったことに一抹の恥ずかしさを隠せない。

でも、鳴海の方は少しも気にしてないようだ。

 

 

 

 

ニ、三、世間話をした後に鳴海が言った。

「おまえ、人間関係、けっこう辛いのか?」

しろがねの、ソフトクリームを舐める動作が少し鈍った。

「仕事ができて、若くて、美人で、スタイルが良くて、男どもの覚えもめでたきゃ、オールドミスは僻むわな。あいつら、おまえの持っている何一つも敵わねんだもん。全部、妬み、僻み、嫉みだぜ。災難以外の何モンでもねぇ。でも、オールドミスは年の功で意外と権限持ってたりするから、おまえも辛いよな」

「……よく、知っているな」

「そりゃ、まあ、な」

鳴海は照れくさそうに頭をガリガリと掻いた。少し、顔が赤い。

しろがねはそんな鳴海を見て、くすり、と笑った。

 

 

 

 

「オレでよかったらさ、いくらでも愚痴聞くから…」

「ああ、ありがとう」

いつでも気楽にオレを頼ってくれよ、という鳴海の言葉の続きを待たず、

「ごちそうさま」

と、しろがねは席を立ち、お代をテーブルに置いた。

「いいよ、今日はオレが奢る」

「ソフトクリームを奢ってもらっただろう?そこまでしてもらったら悪い。ラーメン代は自分で払う」

「そ…おか?…じゃ、はい、お釣り。……おまえもここらへんに住んでたんだな」

「ああ。それじゃまた」

しろがねはまたしてもあっさりと返事をし、店を出て行ってしまった。

しろがねの出て行ったドアを見つめて、鳴海はふう、と肩を落とした。

 

 

 

 

鳴海は「オレも上がりだから一緒に帰ろう」と言おうとしたのだけれど。

せっかく、ちょっとでも仲良くなるチャンスだったのに。

同じ会社、といってもそうそう、しろがねに話しかける機会なんてないのだ。

「今のコ、鳴海がよく話す、例の銀髪美人だろ?」

鳴海の先輩、ラーメン屋の店長が言う。

「そうっスよ。きれーでしょ?」

鳴海は思わぬ遭遇に顔がとろけてしまいそうだ。

「おまえ、入社当時からご執心だもんなあ。でも、おまえにおとせるかあ?けっこうハードル高ぇぞ、彼女」

「分かってますよ。競争率だって壮絶なんだから。だからって、オレは何にもしてねぇんだけど」

社内の自分よりデキるヤツ、出世株、いい男なんかが彼女にけんもほろろに振られて戦線を離脱していく姿を見るにつけ、鳴海はどうしたって手が出ない。

彼女は高嶺の、それも雲の向こうのずっとずっと彼方に咲いている花なのだ。

鳴海にはたまーに、同期だからという理由で、廊下で話しかけるのが関の山。

別に自分を卑下しているわけでも何でもない。

ただ、相手が凄過ぎるのだ。

「そんじゃお疲れさんしたー」

「お疲れさーん」

鳴海もラーメン屋を後にした。

 

 

 

 

さあ、これで一週間も終わった。とっとと家に帰って寝よう。

大きな欠伸を噛み殺しながら裏口から出て、鳴海はびっくりした。

銀色の瞳の彼女がそこに立っていたのだ。

「もうあがりだってさっき言っていたから、待っていればすぐに来るかもと思って」

話す息を白く棚引かせながら、しろがねが言う。

「もう、帰ったかと思ってた…」

「愚痴…、聞いてくれるのだろう?」

しろがねが外灯の下で淡く微笑んだ。鳴海もにっと笑う。

「おーし、夜は長いぞ。いくらでも聞いちゃる」

しろがねはカツカツと鳴海の前に歩み寄ると、その銀色の瞳でじっと見上げ

「私の家で?それとも、あなたの家?」

と訊ねた。

第3の場所(どこかの店等)は考慮に入れ忘れたのか、故意に入れなかったのか。

「え?あー…」

鳴海は思わぬしろがねの言葉にすこーし瞳を泳がせると、身体を屈めてしろがねの耳元に口を寄せて

「おまえんち、でいいか?」

と答えた。

了解。

しろがねは自宅に向けてさっさと歩き出した。さっきと打って変わって、何だかしろがねの足取りは軽い。

鳴海は、予期せぬ意中の彼女の自宅訪問(しかも深夜)に胸をドキドキ言わせながら、甘い期待に頭をいっぱいにさせながら、その細い背中の後を追いかけた。

 

 

 

 

しろがねは鳴海と肩を並べて、心も温かくなって歩く。

ラーメンが食べたくなって、あのラーメン屋に入ったのは正解だったな、と思った。

 

 

 

 

でも。

「そこの角を右に曲がればすぐだ」

「知らなかったなー。ホントにオレんちと5分も離れてねぇよ」

なんて他愛のない会話をしながら

ニンニク、入れなければ良かったかもしれない。

と内心しろがねは、かなりかなり、後悔していたのだった。

 

 

 

End 

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