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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。








「あ…っ、しまった……」

と気付いたときには既に手遅れ。

しろがねはぎゅっと皺を寄せた眉間に手を当て、がっくりと項垂れる。

 

 

 

 

「おい、どうした?何かマズイことでもあったのか?」

しろがねに限ってそんな分かりやすいリアクションをすることなんて非常に珍しかったので、鳴海はかなり心配して、厨房からカウンター席に座る彼女に向かって声をかけた。

「仕事でミスったことでも思い出したのか?」

「いや、何でもない。大したことじゃないから」

しろがねは鳴海に『何でもない』と手を振って見せる。

「そおか?」

「そうだ。だから心配しなくても大丈夫だから…」

本当に大したことじゃない。

恥ずかしくて鳴海には「何がしまったのか」なんて言えない。

けれど、彼女にとっては「莫迦!」と自分を詰ってやりたいこと。

つい、いつものクセで、ほかほかと湯気の立つラーメンどんぶりの中に大量のニンニクを投入してしまったのだ。

 

 

 

 

ああっ。

今日は絶対に入れないように気をつけようって、さっきまでは覚えていたのに。

ラーメンが目の前に差し出された瞬間に考えがすっとんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続・ラーメン食べたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日。午後22時。

しろがねは決まって自宅近くのラーメン屋で夕食を済ますことに決めていた。

本当は週の何日かの夕食をここで済ましてもいいくらいなのだが、流石にそれではカロリーオーバーで太ってしまう。

週一のラーメンだって若い娘としてそこんとこどうなの?って感じなのに。

そこのところが分かっていながら特定のラーメン屋に足繁く通ってしまうのは誰あろう、加藤鳴海がその店でアルバイトをしているから。

会社には内緒の手伝いで、週に数回、会社帰りに厨房に立っている。

(意外にも料理好きな鳴海は調理師免許を持っているのだと言っていた。)

22時、というのも鳴海の上がりの時間を計算に入れている。

 

 

 

 

そんなわけで今日は恒例のラーメンの日だったわけだけれど迂闊にも、そしてまたしても、しろがねはラーメンにニンニクを利かしてしまったのだ。

これで3度目。

何て学習能力のない女なのだろう……私は……。

本当は美味しいから大好きなニンニクを、うらめしそうに見遣る。

 

 

 

 

ちょうど一ヶ月前、しろがねは初めてこの店に立ち寄ったとき、ガンガンにニンニクを利かせたラーメンを平らげた後、鳴海がここでバイトをしていることを知った。

加藤鳴海。会社の同期。部署は違うけれどしろがねが入社式の日から気になっていた人。

家も近いことが分かって、その晩、自分の愚痴を聞いてもらうという名目で鳴海を自宅に上げたしろがねだったが、本当に愚痴を聞いてもらうことだけに終始してしまった。

 

 

 

 

ラーメンに山ほどのニンニクを入れたことが仇になった。

 

 

 

 

今から思えばあの時多分、鳴海も『その気』だったのだと思う。

いい年をした女が夜中に男を自宅に呼んだのだ。

誘っていると思われても仕方がないし、実際しろがねもそれでいい、というか、そうなったらいいな、なんて考えだったのだけれど、ニンニク臭のするキスがしろがねという女とのファーストキスだと思われるのがどうしても嫌で、常に鳴海とはテーブルの対面ポジを崩せないしろがねがいた。さりげなく鳴海がにじり寄って来ても、しろがねは無意識に同じ距離を保とうとし、グルグルと、本当にグルグルとテーブルを周回するムードも何もない夜になってしまった。

グルグルと回っていなければ鳴海と近く寄り添って、彼の口から

「付き合おうか」

なんて言ってもらえたかもしれない。

鳴海も最後の方は諦めたのかしろがねに近寄ってくることはなくなった。

にこやかに(ある意味諦め顔で)、しろがねの話を聞いてくれた。

鳴海がそんな自分のことをどう思ったのか、しろがねはとても気になっている。

次の月曜日に会社で顔を合わせた鳴海はいつもと変わらない笑顔で

「またラーメン屋に来いよ。オレ、金曜日は毎週入ることになってるからよ」

と言った。

鳴海がそう言ってくれたので、しろがねは毎週金曜日はラーメンの日と決めた。

 

 

 

 

22時。

鳴海のバイトするラーメン屋に立ち寄って、カウンター越しに鳴海と楽しい会話をして、お腹が膨れた頃に鳴海と一緒に店を後にする。そして短い同じ帰宅路を並んで歩き、分かれ道でさようならをする。

それがそれから毎金曜日のお決まり。

鳴海は古い一軒家で祖父と二人暮らしなのだそうだ。

だから、ふたりきりの甘い時間を過ごすためにはしろがねが自分の家に呼ぶ必要がある。

のだけれど。

2回目にラーメン屋を訪れたとき、ラーメンにニンニクを入れることはなかったものの、サイドメニューに餃子をつい注文してしまいあえなく断念。その後、前々回、前回そして今回と習慣でニンニクをラーメンに入れて続けてしまったのだ。

今日こそは、

「うちに来ないか?」

と鳴海を誘うつもりだったのに。

そのつもりで昨日、家の中をピカピカに磨き上げてベッド周りも完璧に仕上げて来たのに。

酒が弱い、という鳴海のためにアルコール度数1%未満という、赤ワイン派のしろがねにはジュースとしか感じられないだろうから、まず普段なら買うことのないシロモノもちゃんと冷蔵庫に冷やしてあるのに。

莫迦だ、私は。

悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 

 

仕方ないのでしろがねはできるだけニンニクを避けながら食べた。

無駄な抵抗だとは思いながらも、避け避けして食べた。

その様子をカウンター越しにじっと眺めていた鳴海だったが徐にエプロンを外すと

「先輩、オレ今日はもう上がりますから」

と一言、しろがねの隣の席に腰掛け

「オレにも醤油ひとつください」

と注文をした。

「珍しいな。あなたはバイトの前に晩ご飯は済ましてるんじゃないのか?」

「おまえがあんまり美味そうに食うからさ、オレももう一杯食いたくなった」

鳴海は何事もないように言う。

「あなたは身体が大きいからな」

「そうそう」

そして目の前に置かれたラーメンに、鳴海はしろがねの器の中にあるのと同じくらい量のニンニクを投下した。

しろがねがその光景に銀色の瞳を真ん丸くしていると

「ニンニクってさあ、片っぽが食って片っぽが食ってねぇと気になるけどよ、両方が食うとちっとも気になんねぇんだよなァ」

とイタズラっ子のようにニヤリと笑った。

その言葉でしろがねの顔にボッと火がつく。

自分がニンニクを避けていた意図が鳴海に丸分かりだったことが恥ずかしくて堪らなくて。

鳴海はそんなしろがねからワザと視線を外して「いただきます」と手を合わせると勢いよく麺をすすった。

ニンニクも一緒に。

見てて気持ちのいいくらいの食べっぷり。

だから、しろがねも残りのラーメンはニンニクを避けて食べるのを止めた。

「オレさぁ、仕事前にいつもここのラーメン食うんだよ。ニンニク入れてさ。

だから正直、おまえがニンニク食っても少しも気になんなかったんだけどなァ」

「そ、そうなの?」

「うん、そう」

その後、ふたりは黙ってズルズルと麺をすすり続けた。

空のどんぶりがふたつ出来上がるまで。

 

 

 

 

「き、今日、私のところに寄って行くか?」

分かれ道に差し掛かった辺りで、しろがねは決死の思いで鳴海を誘う。

「おう、喜んで」

鳴海が色っぽい(?)お誘いを受ける。

「でも、夜通し、テーブル挟んでにらめっこ、てのはもうごめんだぜ」

「大丈夫、それはもう…ないから…」

鳴海がしろがねの手を握る。ラーメンよりも温かな手で。

 

 

 

 

「オレさァ、ラーメン二杯食って、そのどっちもにニンニク山盛り入れたんだよな。

すごいぞ、きっと。今夜のオレ」

「何がよ、もう…」

 

 

 

 

温かい、を通り越して

熱い熱い

夜になる。

 

 

 

End

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