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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。








Reason.

 

 

 

 

アルコールが苦手だから、という理由でたいていの飲み会を断る加藤鳴海が今回の合コンに限ってふたつ返事で快諾したのは、ひとえに例の彼女も参加すると聞いたからだ。

人間科学科2年の才賀しろがね。

鳴海があまり得意でなく、好きでもない合コンに珍しく参加する理由はそれ以外にない。

 

 

 

 

 

経営学科2年の加藤鳴海が彼女を初めて見たのは入学してまもない頃だった。

鳴海がキャンパスの中のベンチに腰掛け学生課に提出する履修届けの最終チェックをしていたら、その目の前をぞろぞろと男たちの大行進が横切った。何事か?と顔を上げると、まさに角砂糖に群がる蟻のような男たちの真ん中に、しろがねがいた。

しろがね、と呼び捨てにしているが、鳴海は彼女と全く面識は今でもない。

大勢の野郎共に囲まれて、如何にも「辟易している」といった表情が印象的だった。きれいな顔なのに。

そのうち、この行進はキャンパス内では日常茶飯事となり、鳴海もそれをよく見かけるようになった。

 

 

鳴海がしろがねを初めて間近で見たのは学内の図書館だった。

ここには滅多に寄り付かない鳴海だったが、大学に入ってすぐのGW明けのその日、たまたまある授業のやるのをのばしのばしにしていたレポート提出がとうとう翌日になってしまったので、鳴海は机に噛ついてレポート用紙と課題文献とを交互に睨めっこしていた。

あるとき、もともと静かである図書館の中が水を打ったように全く物音がしなくなったことに鳴海は気がつき、辺りを見回した。耳が痛くなるくらいの静謐の中、皆一様に同じ方向を見ている。鳴海も何気なくそちらを見るとしろがねが図書館に足を踏み入れたところだった。

観衆に見守られながら、しろがねは鳴海の斜め向かいの席に優雅に腰掛けるとカバンの中から教科書とレポート用紙を取り出し、彼女もまた課題に取り掛かった。館内は息を吹き返したように低くどよめく。

ただでさえ進みの鈍かったレポート制作は、全くと言っていいほど遅々として進まなくなった。鳴海の心臓はどうしてか騒いで騒いで仕方がない。遠目には何度も見かけたしろがねは、近くで見ると本当にきれいだった。

ほんとうにぎんいろした髪と瞳なんだなあ。

あんまり見つめたら失礼だ、と分かっていながらも、さりげなく盗み見ずにはいられない。変なヤツ、と彼女に思われたくなくて、真面目な顔を取り繕ってレポートに励んでいるフリをした。

ふと気がつくと、鳴海としろがねしか座っていなかった机には野郎共が鈴生りになっている。両隣、前後の机にもびっしりだ。ここだけ人口密度が上がっている。チラッと見ると、しろがねのきれいな顔は「辟易して」「困惑した」ものになっていた。

かわいそうだな、鳴海は思った。

もともと彼女より鳴海の方が先にここに座っていたのだけれど、彼女を取り巻く男たちのひとりには見られたくなくて、鳴海はそっと席を移った。本当はあのままふたりで腰掛けていたかった。しろがねに背を向ける席をあえて選び、レポートに再び取り掛かる。

鳴海が席を移動してから程なくして、館内の空気からしろがねが去ったことが分かった。彼女もあれでは落ち着いて勉強もできなかったのだろう。

しろがねがいなくなってからも、鳴海のレポートはちっとも進まなかった。

しろがねの姿が鳴海の頭にこびりついて消えなかった。

 

 

鳴海がしろがねに最も接近したのは「政治学」の授業でだった。

所属している学科が違うので一般教養といえど鳴海としろがねの授業が重なる確率は極めてゼロに近かったが、その中で唯一、「政治学」だけが同じクラスだった。鳴海は極力楽だと評判のクラスばかりを選択し、どの授業も出席を取る日や課題のある日だけ出て後は代弁を頼んだり、テスト前にノートと人から借りたりしていて、ほとんどを部室(拳法部)で過ごしていた。

そんな鳴海がしろがねと同じクラスだったことを知ってからは「政治学」だけは毎週出るようになった。

気づかずに授業に出なかった3ヶ月間が非常に悔やまれた。

「政治学」の教室は常に満杯だった。「政治学」だけでなく、彼女の取っているクラスはどれもそうらしい。モグリの学生も多いらしい。しろがねは真面目なのでどのクラスもきっちり出ていて、どのクラスにも女友達と前の方の席で熱心に教授の話を聞いているそうだ。さぞかし、教授たちも嬉しいだろう。

今年度のしろがねの履修情報は人間科学の男子学生の間で高額で取引されたという噂も聞く。

鳴海は身体がとんでもなくデカいのでどのクラスもいつも一番最後列に座っていた。しろがねとは顔を合わすこともなかったが、鳴海は教室の前の方に見える銀色の後頭部を見ているだけで何だか幸せだった。

ある日、「政治学」に出ると銀色の頭がどこにもなかった。何だ、今日はしろがねは休みか。そんな空気が教室中に立ち込めているのが分かる。ちらほらと教室を抜け出てていく奴らが目立った。気が抜けて、自分もどうしようか、フケようか、なんて鳴海が思っていたとき、

「隣、座ってもかまわないか?」

そう声を掛けられて首をめぐらすと、誰あろう、しろがねが鳴海のすぐ傍に立っていた。バッチリと銀の瞳と目が合う。

「あ、ああ」

鳴海は慌てて席を立つと、しろがねを奥の席に通した。しろがねは鳴海のすぐ隣の席に腰を下ろす。何か用事があって遅れて、急いで走ってきたのだろう。頬がほんのり上気してピンク色になっている。彼女は手早く筆記用具を取り出すと板書された文字をノートに書き写し始めた。彼女の肘が自分の腕に触るので少し有頂天になっていた鳴海は、自分の机の上に何も乗っていないことに気づき(ノートをとったことがない)、とりあえず真新しいルーズリーフを一枚引っ張り出した。

しろがねは何やら横文字でノートに書き取っていく。これはフランス語だ。どうやら日本語の筆記は苦手らしい。ノートのところどころにフランス語に訳しきれない言葉や固有名詞などが大きな汚いひらがなや漢字で書かれているのが何とも可愛い。

見た目からは想像できないギャップ。何でも完璧にこなせないものはなさそうなのに。

鳴海はしろがねにも欠点があることが分かり、彼女に親しみが湧いた。

「あの」

急に鳴海はしろがねに話しかけられて心臓が跳ね上がった。字が汚いことをちょこっと苦笑していたことがバレたのかと思ったら、板書された固有名詞の漢字がよく分からないので、ノートに書いてもらえないか、と言う。

鳴海はドキドキしながら、しろがねのノートの上に精一杯の丁寧な文字で『廬武鉉(ノ ム ヒョン)』と書いた。

授業の内容なんて全く覚えていないが、韓国大統領の名前からするとおそらくアジア外交と日本政治の絡みなんかをやっていたのだろう。

「これでいいか?」

「ありがとう」

しろがねは軽く頭をさげた。ふわり、と何だかとてもいい匂いがした。

教室中の男たちから殺気にも似た視線をその授業の間ずっと向けられていたことを鳴海は知らない。

しろがねと会話らしきものをしたことも、しろがねと並んで座ったこともその日以来一度もないが、鳴海は今でもそのときのことを思い出すだけで幸せな気分に浸れるのだ。

 

 

 

 

長くなったが、そのしろがねが合コンに参加するという。

拳法部のヤツがどういう伝かは知らないが、しろがねの女友達と渡りをつけたらしい。

2年生になって、たったひとつの接点「政治学」のクラスもなくなり、五月病になりそうな勢いで心の中が曇天模様だった鳴海は急に目の前が晴れ渡った。

その日を指折り数えて楽しみにして、何日も前からバイト先の店長に早引けする旨を申し出た。

 

 

 

 

そして、その当日。昨夜は興奮していつまでも眠れず、朝は5時前から起き出していた。

部の奴らもみんなしろがねファンだからな。今日は気合を入れていかねぇと。

 

 

だのに、こういう日に限ってついてねぇ。

鳴海と交代で入るはずのバイトが遅刻したのだ。連絡もつかない。店を無人にするわけにもいかず、鳴海はただひたすらイライライライラと待ち続けた。二時間遅れでバイト先を出て、合コン会場に着いたときは場はすっかり出来上がっていた。

肝心のしろがねは……いた。鳴海の登場で視線が一斉に彼の方を向く。しろがねもまた鳴海を見た。

鳴海の目は意識的にも無意識的にもしろがねを探していたので、当然のように目が合った。

しろがねの瞳が優しく微笑んだような気がした。

のも束の間。

「鳴海くん、やっと来た!」

「もう今日は来ないのかと思った!」

鳴海は半ば酔っ払った女性陣に捕まり、強制的に彼女たちのテーブルに座らされた。6×6のメンツのはずだが、6人掛けのテーブルは見事に男女で色分けされている。奥のテーブルはしろがね一人にむさくるしい野郎が5人、手前のテーブルには鳴海と女の子が5人。

「鳴海くんは何飲む?ビールでいい?」

「いや、オレは酒苦手だからウーロン茶で」

「えー?ノリが悪いよ」

ノリ、とか言われても。飲めねぇもんは仕方ねぇだろう?

「じゃあ、アルコールの弱いのにしようよ」

問答無用で注文された柑橘系の甘いチューハイ運ばれてきた。再度乾杯。仕方ないので鳴海はそれに口をつけた。甘いから飲みやすい。けど、アルコールが入っていないわけじゃない。飲みすぎには注意しないといけない。半分だけにしておこう。テーブルの上にはもうほとんど料理は残っていなかった。きっとこれでも普通に会費は徴収されるのだ。

鳴海はチラッとしろがねに目をやった。彼女はどうやらワイン派らしい。白くて細い指がワイングラスの縁をなぞっている。やはり、野郎どもの話を気の入ってない顔で聞いている。鳴海の視線に気づいたのかしろがねが顔を上げる。また視線が合った。

のも束の間。

またしても、強制的にかしましい女たちのおしゃべりに付き合わされることとなり、鳴海はうんざりした。

今日はしろがねと話ができると思ったのに。少しでも、仲良くなられたらいいな、と思っていたのに。

そんなに離れた距離じゃないけれど、会話をするのにはいささか遠い。

話によると、女の子たちはどうやら鳴海が目当てだったらしい。しろがねが目当ての拳法部の連中とそこで話が上手く折り合ったのだ。

しろがねも合コンの何たるかを知ってからは誘っても断るようになっていて、「しろがねを説得する」条件として、やはり酒が苦手で飲み会に出てこない「鳴海を引っ張り出す」ことが提示されたのだという。その逆も然り。

はは、オレはあいつらの人身御供にされたわけか。

そして、しろがねも。

たくさんの女の子たちに囲まれても褒められても、つまらないことには代わりがない。

しろがねひとりと天気の話でもした方が断然いい。

 

 

 

しろがねとは一言も言葉を交わすことなく、合コンは終わった。みんなは二次会の算段をしている。

オレ、何しに来たんだろう?

結局、手持ち無沙汰でチューハイを飲みきってしまった。しかも空酒だ。徐々にアルコールが回ってきているのが分かる。

「鳴海、おまえどうする?」

「オレ、帰るわ。酒、飲んじまった」

「そっか、気の毒にな。気をつけて帰れよ」

その顔には『気の毒』なんて微塵も浮かんでいない。むしろふやけたニヤニヤ笑いが止まらない。

そりゃそうだ。おまえはずっとしろがねの目の前に座ってたんだからよ。

「ええ?鳴海くん、もう帰っちゃうの?みんなで二次会に一緒に行こうよ」

「あれだけで酔っ払っちゃったの?」

女の子たちの黄色い声が頭に響く。だったら酒なんか飲ませなければよかっただろうが!

銀色の頭を探す。しろがねは何も言わない。鳴海は大きく溜め息をついた。

「悪ぃ。またな」

女の子がひとり、背中を向けた鳴海の近くに来て「私、送っていこうか?」と囁いた。そっと鳴海の腕を取る。逆送り狼になるつもりだろう魂胆があだっぽい仕草に見え隠れしている。鳴海が何事か言おうと口を開いたとき、反対側の腕を誰かがぐいっと引っ張った。

鳴海は目を丸くした。

しろがねだ。

「私ももう帰る。私が送っていく。だから彼のことは心配しないで二次会に行くといい」

しろがねは友達に有無を言わせない口調できっぱりと言い切ると、唖然とする皆に頭をぺこりと下げ、ふらつく鳴海の身体を促して歩き出した。

鳴海は酔いの回る目に不思議な気持ちを表しながら、傍らを歩くしろがねを見下ろした。しろがねも鳴海を見上げて視線を合わせた。これで三度目。今回は邪魔が入らない。しろがねは少し心配そうな顔をした。

「あなたには迷惑だったろうか?私が送ることになって」

「……?」

「送るの、さっきの娘の方が良かったか?」

「いんや、オレはしろがねがいい」

鳴海はさらりと即答してにこりと笑った。

だんだんと酔ってくる頭には自己紹介もしていない初対面の相手の名前を呼び捨てにしている違和感などない。

 

 

 

「オレさあ、ホントに今日は何しに来たんだろってずっと考えてた。酒なんか飲みたくもねぇけど、しろがねが来るっていうから来たのに、ちっとも話せないし、顔もまとも見れないし。女の子がたくさんいても『一山いくら』なんだよな」

「…私もだ。私もあなたが来ると聞いたから、今日来たのだ。でも、あなたがいないからがっかりしていた」

「おまえっていっつも男に囲まれてるから、オレ、正直妬いてたんだ。

今日もホントは嫌だったぜ、おまえが他のヤツらと話してんの見るのは」

「…私もだ。あの娘とあなたが一緒に帰る姿を見たくなくて、気がついたら飛び出していた」

「そっか。そいつはうれしーなあ。もう、いいや。今、こうしてふたりっきりで話せてるもんな」

「そうだな」

「オレさあ、しろがねのことが好きなんだ」

唐突な鳴海の飾らない告白に、しろがねは真っ赤になった。

鳴海は告白している相手が本人だと分かっていないようで、子供みたいにニコニコしながら、自分がどんなにしろがねのことが好きなのか、どんなところが好きなのか、学内でしろがねを見かけるとどんなに嬉しいのか、仕舞いには、しろがねのことをどんなに抱きたいと考えているかまで赤裸々に語りだした。

しろがねは恥ずかしくて顔も上げられない。

でも、同時にとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

才賀しろがねがただ鬱陶しいだけだと分かり敬遠するようになった合コンに「行く」と返事をしたのは、それが拳法部との合コンだと聞いたからだ。

もしかしたら、あの人、加藤鳴海も来るかもしれない。そう思ったからだ。

 

 

大きくて目立つ彼はしろがねが見かけるたび、いつも明るく屈託のない顔で笑っていた。その笑顔が好きだな、と思った。

どうして好きになったかなんて覚えていない。気がついたら好きになっていた。

学内中の男たちがどうしてかは分からないけれど軒並み声をかけてくる中、彼だけは自分に声をかけてくることはなかった。数多の男たちに好意を向けられることが嬉しいわけではなかったが、彼らと違う態度をとる彼はきっと自分に興味がないのだな、と思うと少し寂しかった。

一度、図書館で偶然、彼を見つけたときは迷わずそのすぐ近くに座った。課題をするフリをしながら同じ空間にいられることを喜んだ。それが自分について来たと思われる男たちが彼の周りを騒々しくすると、彼は躊躇いもなくしろがねから離れていった。彼に迷惑を掛けたのだ、と思うと居ても立ってもいられず、しろがねもすぐ図書館を後にした。

「政治学」で教室に遅れて入ったとき、大きな後姿を見つけてびっくりした。それまで同じクラスだとは知らなかった。思い切って声をかけて、その隣に座った。何でもいいから彼の声が聞きたかった。

「黒板の文字を書いて欲しい」、そうお願いするとき、どれほどの覚悟がいったことか。

彼の文字の残るノートはしろがねの宝物になった。

 

 

 

 

ずっと、彼は私のことに興味がないのだと思っていた。でも、それは違っていたのだ。

全然、違っていた。

 

 

 

 

「なぁ、これからオレんちに来ないか?」

鳴海が言う。

「おまえのこと抱きたいんだ」

なんてストレートなお誘いだろう。しろがねは苦笑した。

「私を抱いても、あなたは朝起きたら何にも覚えてないのだろうな」

それでも私はかまわないけれど。きっとびっくりするのはあなただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、翌朝起きたら鳴海の記憶は欠けていた。

合コンをやった店を出て、あ、酔ってきたな、と自覚し始めた辺りからもう怪しい。

帰り際、しろがねの女友達が誘ってきたのは覚えている。

気だるい身体に、腕に乗る重みと、自分のものでない寝息。

昨夜、この隣人を夢中で抱いたのは確かだ。おぼろげに身体が覚えている。

しろがねの友人をお持ち帰りしてしまったのか、オレは…。もう、しろがねに合わす顔がねぇ。

だから酒は飲みたくねぇんだよ。

鳴海はおそるおそる目を開けて、

 

 

 

 

 

 

そして我が目を疑った。

 

 

 

End

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