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鳴海が高1の冬、おじいさんが亡くなった。
先日、お正月に鳴海たちが来たときは元気だったのに、ある朝、ぽっくりと誰にも迷惑をかけず天国へと旅立った。
そんなところがおじいさんらしいね、と誰もが口にした。
鳴海も鳴海の両親も、急いで帰国した。
おじいさんが大好きだった鳴海は元気がなくて、少し伸びた髪が木枯らしに揺れていた。
お通夜の最中、鳴海の姿が見えないのでエレオノールは二階の鳴海の部屋をのぞいてみた。
鳴海は部屋の床に座り込んでアルバムを開いていた。
「泣いているのか?」
そっと近づくエレオノールの気配に、鳴海は袖でぐっと目元をこする。
「泣いてねぇよ、ちっと感傷的になってただけだ」
「そうか」
エレオノールは鳴海の隣にちょこんと座り、アルバムを眺めた。
「私もおじいちゃん、好きだったな…優しくて、面白くて」
「うん…オレも好きだったよ」
ぱらりぱらりと、黙ってアルバムをめくり、懐かしい写真を見る。
死んだおじいさん、泣き虫の鳴海、髪にリボンをつけて微笑むエレオノール。
「…そう言えば、おまえ、髪の毛切ったんだな…」
エレオノールはショートボブにした髪に手をやった。
少し頬が赤くなる。
肩よりも長かった髪をばっさりと切ったのは、この間、鳴海が正月に帰ってきたとき、ギイと紅白を見ながら
「オレ、髪の短いのがタイプかなー」
とアイドルを見ながら言っていたのを通りがかりに聞いたから。
その場に髪の長いエレオノールがいたらまず言わなかったであろう、鳴海の本心。
だからエレオノールは躊躇わず髪を切った。
そんなこととは夢にも思わない鳴海は髪を短くしたエレオノールにぐっときている反面、『失恋でもしたんかな?』と考えていた。
祖父が死んだというのに、そんなことをギイに訊くわけにもいかず、鳴海はジレンマを感じていた。
「へ、変か…?」
「いや、そんなことねぇって。オレ、髪の短い女の子のわりと好きだし、それに…」
エレオノールだったら、髪の長さなんて関係ない。
「それに?」
「…なんでもねぇ。おまえももうすぐ受験だな」
話をはぐらかす。
高校生か。さらに男がほっとかないな。
あーあ…、なんでオレ中国に住んでんだろ?隣の家のまんまだったらなあ…
こいつに悪ぃ虫がつかねぇように目を光らせることができるのに。
付き合おう、そんな言葉も言えるかもしれないのに。
いや、言えないかもな…だって断られたら隣同士できっついよな。
でも…だからってエレオノールに彼氏ができるの、黙ってみてらんないしよー…。
ああでも、日本⇔中国の遠距離じゃ最初っから話になんない…。
鳴海はがくりと項垂れた。
「ナルミ?疲れているのか?だったら少し休むといい。おばさまにはそう言っておくから」
項垂れた鳴海を体調が悪いと思い込んだエレオノールは鳴海の肩に手をかけ、その顔をのぞきこんだ。
「いや、なんでもねぇ。平気…」
髪が短くなったおかげで、イヤでも目が行く滑らかな白い首筋。襟元から見える繊細な鎖骨のくぼみ。
お通夜だからエレオノールは中学校の制服を着ている。その丈の短いセーラー服の裾からのぞく太腿。
どくり、と鳴海の下腹部が跳ねた。
銀の瞳と目が合う。
なんでこんなにきれいなんだよ…。
オレが遠くに離れている間に、やっぱおまえは誰かのモノになっちまうのかな…?
鳴海はそう思うと何だか胸が苦しくて、熱い塊が喉元にこみ上げてきて、衝動的にエレオノールの身体を抱き締めた。
「ナ、ナルミ?!」
鳴海はそのまま身体を倒し、エレオノールを組み伏せると唇を重ねた。
エレオノールは驚愕してもがくが、もう力では鳴海に敵わない。
鳴海は昂るものを抑えきれず、エレオノールの乳房を手の平で包んだ。
柔らかい。
揉み上げるたび、鳴海の身体の下でエレオノールの身体がくねり、唇の合わせ目からくうくうと声が漏れる。
鳴海は強引に舌でエレオノールの歯を割り、無我夢中でその甘い口腔を犯した。
「エレオノール…」
彼女の首筋に唇を寄せようと頬と頬を滑らせたとき、鳴海はエレオノールの頬が涙で濡れていることに気がついた。
彼女の身体を押さえる鳴海の手から力が抜ける。
その隙にエレオノールは身体をひるがえし、何も言わず鳴海の部屋を飛び出していった。
鳴海は身体を起こし、手で顔を覆う。
「オレは何を…?」
なんでこんな性急なことをしたのか自分でも分からなかった。
ただ、エレオノールが他の誰かのものになるのが嫌で嫌でどうしようもなくって。
だったら今、自分のものにしてしまおうか、とそんな考えがパッと頭に閃いて。
「ど、どうしよ…」
エレオノールに嫌われたかもしれない。
そう思うと怖かった。
足元に大きくて深い奈落が広がり、呑み込まれてしまいそうな錯覚が鳴海を苦しめる。
エレオノールの涙で自分の頬が濡れている。
泣いている彼女を見て、守れるくらいに強くなろうと決心したのに。
その彼女を自分が泣かせてどうする!
謝らなくては。
その鳴海の思いも空しく、エレオノールとは会えなかった。
通夜の席にも、翌日の告別式にも姿を現さなかった。
才賀家の誰に聞いても返事は「彼女は具合が悪い」で、ずっと部屋に引きこもって鍵をかけたまま誰も入って欲しくない、と言っているそうだ。
鳴海はいてもたってもいられない焦燥感で窒息しそうだった。
彼女が姿を現さない本当の理由は、オレに会いたくないからだ。
やはりもう、オレの顔を見たくないくらいに、オレは嫌われてしまったんだ。
鳴海一家が中国に帰る日になっても、エレオノールの『体調は元に戻らなかった』。
鳴海は道路からエレオノールの堅くカーテンを閉じられた部屋を見上げた。
結局、あれ以来、顔も見ていない、口も利いてもらえなかった。
なんて馬鹿な真似をしたんだろう、悔やんでも後の祭りだった。
「失恋て……辛いもんなんだなあ……」
鳴海少年はそう呟いて、機上の人になった。
握られた拳の中には小さなハンカチがあった。