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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








「お疲れしたー」
「おー」
「また明日ー」


終業時間の現場から三々五々男達が散っていく。
薄汚れた作業服に重たい安全靴、首や頭に巻かれた手拭・タオル。
強者揃いの作業現場。


ドカドカと足音を響かせて事務所に飛び込んでくる、一際デカイ図体。
「おう。ナルミ、お疲れ」
親方に声をかけられ、「お疲れス」と返事をし、鳴海は椅子を壊す勢いで腰かける。いつもなら終業後に行うルーチンデスクワークもそこそこ、今日は日誌だけガリガリッと書いて親方に手渡す。
「何だ、ヤケに早いな。ああ、コレか」
とストレートに小指を突き出されて、頭を掻き掻き
「いやあ。野暮用で。そンじゃ失礼します」
と、事務所を飛び出した。


帰宅ラッシュで込み合う道路を大型バイクで擦り抜けながら
「今日が五十日でなくてよかった」
と呟きつつも、右折に連なる車列の長さに舌打ちをする。一刻も早く帰宅したい日に限ってこんなんだ。抜け道を駆使してどうにかこうにか自宅に帰り着くと、バタバタと玄関に上がり込み、電気を点けた。祖父の遺した古い一軒家に侘しい男の独り暮らしだ。
作業着をバサバサと脱ぎながら風呂場に直行、今日の汗と埃を手早く、けれど念入りに洗い流す。
風呂を出てバスタオルで身体を拭きつつ、何度も何度も時計の針を睨んで身支度を整える。
長めの髪がドライヤーで半乾きになったら、皮ジャンを引っ掴んで玄関から駆け出していく。
再びバイクに跨り、目的地に向かう。ヘルメットの中が生乾きの髪のせいで蒸れるけれど、グッと我慢する。不快感よりも今は、一分一秒でも早く待ち合わせの店に辿り着くことが最優先。







Starry sky







店員に案内されたテーブルに向かうと、そこには既にひとりの女が席に着いていた。本を読みながら先に始めていたようで、三分の一程に中身の減ったスパークリングのグラスがテーブルの上に置かれている。
「しろがね、すまねぇ!待たせたな!」
悪ぃ悪ぃと手刀を切りながら向かいに腰を下ろすと、しろがねは顔を上げて淡く口角を持ち上げた。ぱたり、と本が閉じられる。
「ずい分待ったろ?これでも仕事終わってすぐに来たんだけども。あ、オレはコーラで」
おしぼりを差し出す店員に注文し、冷たいそれで顔を擦る。
「走って来たのか?息が荒い」
「駐輪場がちょっと遠くてな」
「そんなに急がなくても良かったのに」
と言いながらも、鳴海が自分に会うために息せき切ってやってきてくれた事実は純粋に嬉しい。


「そういう訳にもいかねぇよ。どうしても一旦、着替えに戻る手間があるから…オレの都合で待たせちまうワケで…」
「別に作業服で待ち合わせでも、全然気にしないのに」
「冗談じゃねぇ。オレが気にするっての。汗くせぇわ、汚れてるわ、油でベトベトだわ…」
考えただけで眉間に皺が寄る。目の前の、きっちりと小奇麗な格好をした、中身がこれまた輪をかけて別嬪な女とそんな汚れ姿のまま会えるわけがない。
「大体、そんなカッコのまま入れる飯屋はラーメン屋か定食屋か…それもガテン系御用達の店しかねぇよ」
そんな店にしろがねを連れていける筈がない、掃溜めに鶴過ぎる。会える日は少しくらい、カッコつけさせて欲しいと鳴海は思う。


「本当に、気にしないのに」
しろがねが困ったように笑う。
「日取りも時間も、私に合わせてもらっているのだから。カトウだって、行ったり来たり。大変だろう?」
往復の時間分、一緒にいる時間が増える。一生懸命に働いた証の汚れなど瑣末なことだ。
いまや大サーカスの仲町サーカスも、ちょっと前まではとんでもなく貧乏でカツカツの生活をしていたしろがねだから、ブルーカラー男子が昼飯時によく使う店でも気にしないと言うのは本当のことだと鳴海だって分かっているけれど。
だったら尚、鳴海は精一杯、足掻いてみたい。
「オレは行ったり来たりの手間は気にしねぇ。『惚れ……」
危ない危ない、咄嗟に口を噤む。千里も一里な都々逸が転げ出るところだった。
しろがねの怪訝そうな瞳に対抗しきれず目を泳がせると頭をボソボソと掻いて
「とりあえず。何食う?」
とメニューを差し出し、鳴海は店員の運んできたグラスを呷った。







サーカスに連れて行って欲しいと勝に頼まれたあの日からもう何年が経っただろう。
当の勝はあの日の鳴海の年に肩を並べ、未だしろがねは彼を「お坊っちゃま」と呼ぶものの、かつてのように守り侍ることはない。鳴海やしろがねに頼らずとも自分のことも、愛する人のことも守れる強さを身に付けた勝のことは「追い抜かされたなぁ」と純粋に誇らしく思う。


仲町サーカスが貧乏だった頃は『格安アルバイト』として借り出されていた鳴海も、今では手が足りてるようでお呼びが掛かることはない。呼ばれる時は昔の『恩人』のよしみで『客』として呼ばれる。ずいぶんと待遇が変わったものだと思う。
鳴海は、と言うとあの頃、精を出していたバイト先の上司に惚れ込まれ、今は建築会社の正社員として働いている。
そして、しろがねは大サーカスの花形シルカシェンとして多忙な日々だ。公演が始まれば、一般的な定刻勤務のサラリーマンとは時間が合わないし、地方に小屋を張れば月単位で会えなくなることもある。
こうして待ち合わせをして会える今日みたいな日は、有り難いのだ。


昔は、しろがねとはいつか人生が交差する、そう思ってた。数年かけてようやく達したのは友達以上恋人未満の境地、その感覚はしろがねも持っているのではなかろうか。本気と言えないような軽いキスなら口にもできる。そんな気の置けなさは手に入れた。
それでも『戦友』としての関係性を変えられなかったのはどうしてなんだろう。
こんなにも好きなのに。
自分に意気地が無かったのは確かだ。しろがねの進む道を尊重したのも確かだ。


そうこうしているうちに、自分達を取り巻く環境は大きく変わった。それぞれ別々の人生に足を踏み出している。今は、ふたりの間に張られた心許ない糸を途切らせぬよう、細々と、けれど小まめに、近況を送り合っているのが現状だ。







「すまなかったな。今日は急に無理を言って」
仲町サーカスは今、東京から新幹線の距離の地方都市で興行をしている。今日は都内で他ジャンルの著名人との雑誌対談用の取材があったので、その隙間を縫って一緒に晩ご飯でも、となったのだ。こんな風にふたりで会うのも久しぶり、でも、しろがねは終電で興行先に帰らなければならない。
「なぁに、おまえの誘いだ。苦でもねぇよ」
そこにアラカルトで頼んだ前菜が届く。皿に取り分けながら、しろがねが訊ねた。
「仕事は順調か?」
「おう。資格試験の勉強しながらで結構大変だぜ」
しろがねに差し出された皿を、鳴海は「さんきゅ」と受け取った。
「あなたがサーカスを離れるなら、実家の貿易会社に入るのだと思ってた」
「オレもそんな頭でいたんだけどな」
ゾナハ病に掛からなければあのまま中国にいたろうし、病気と折り合いがつけば家業に就くために中国に戻るつもりだった。
でも、日本でかけがえのない存在に出会ってしまったから。いつの間にか不治の病のはずのゾナハ病を克服できていたのもきっと、その出会いの賜物なのだ。


「ま、家業に入ったら仲町サーカスが公演するって言ってももう、簡単には観に行けねぇからなぁ」
鳴海の言葉にしろがねの手がピクリと小さく跳ねる。
「拠点が中国になるし」
「…いつかは…実家に戻る?」
「ん?」
微妙にしろがねの声色が低くなった気がして、鳴海は皿から目を上げた。
「あなたは、一人息子だし…」
しろがねの手元では、フォークに刺さったままの料理がなかなか口に運んでもらえずに皿の上を右へ左へと転げている。
「いや。今は継ぐ気はねぇ。向こうに行ったっきりになるのは…」
「何か不都合があるの?」
「個人的にな」
「そう…」
大きな口を開けて料理を頬張る鳴海の健啖家ぶりを見つめて、しろがねは静かに吐息した。



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