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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。



カツ、カツン、と窓をノックされた。
誰だよ一体こんな時間によ、つうか、ココ二階だぜ?
重たい瞼を薄く開け、その視線の先で強い風に煽られている樹の枝に己の勘違いを知る。さっきのは風に飛ばされた木っ端が窓ガラスに当たった音のようだ。
何だ、
と半ば持ち上げかけていた頭を枕に返す。
折角の、うつらうつらとしていた心地いい微睡みが途切れてしまった。


耳を澄ます。
ひゅうひゅうと、夜のしじまを鋭く切り裂く音がする。丸い月に掛かる雲は千切れ、半狂乱に流れていく。夜半になって、ずいぶんと風が出てきたようだ。
風の音に起こされたのはいい頃合いだったのかもしれない、と思い直す。つい気だるさに眠りこけてしまった。そろそろ自分の寝室に戻るべきだろう。勝もこの風の音で目を覚ますかもしれない。目を覚まして、同室で眠っている男の不在に疑問を抱かれても困るしな、
そんなことをぼうんやりと考えた。


すると、
「お坊ちゃまのことを考えているのか、ナルミ?」
胸元で、柔らかに低い女の声がした。
風の音に紛れて、小さな寝息も聞こえていたから、てっきり傍らで猫のように丸まっている女は眠っているものだとばかり。
「しろがね…起こしちまったか?悪ィな」
「いや」
しろがねは重たそうに半身   もっと言えば乳房   を持ち上げると、卵のように形の良い頭を鳴海の厚い胸に凭れかけた。
彼女も気だるそう、なのは情事の後だからだ。
ふたりとも心地よい気だるさに支配されている。
縺れた銀糸に太い指を器用に通し、やさしく梳いてやる。
そっと唇を寄せると、好い香のする髪はひんやりとしていて、己の身体に残る熱を知らしめた。
情交の熾き火はチラチラと、腹の底に溜まっている。


「私とふたりでいる時は、私のことだけ考えて欲しい。たった短い間なのだから。お坊ちゃまのことは私が考える」
「おまえはすぐそれを言うが。勝は小さくても男だぞ?どっちかって言えば、おまえこそオレのことだけ考えてろよ」
「……嫌なんだ。あなたの心を遠く感じて。それに、あなたがお坊っちゃまを思い出すのは、自分の寝床に戻る合図だ」
「…ったく、そんな寂しそうな瞳、すんなよ」
「同じベッドに居る男の心も身体も自分から離れていくのを、寂しく思わない女なんているのか」
「この寂しがり屋が」
「否定はしない。それに…あなたは好きだろう?寂しがり屋」
細い指が寂しい色を指摘された目玉を刳り抜きそうに見えたので、鳴海はその両手を戒めながら抱き寄せた。
宝物のように捧げ持ち、白い手の甲にキスをする。


「世に、寂しがりの女が好きな男って、多いのではないか…?」
吹き荒ぶ風に紛れてしまいそうな小さな声。それでいて泰然と構えようとする強がりが、傍らの男に気付かれないとでも思っているのだろうか。
「この女が寂しい素振りを見せるのは自分にだけ…、この女の淋しさを癒してやれるのは自分だけ…。そして、それは自惚れじゃない。間違っていない。寂しがり女はそのヒトに気付いて欲しくて、シグナルをずっと送っていたのだから。そのヒトでなければ、寂しさも孤独も、癒されない…」
しろがねの本質は寂しがり屋だ。そして甘ったれだ。
彼女のそういった一面は自分だけが分かっていればいい、自分だけに見せればいい。
また、彼女が今だ寂しさを口にしても、それは仕方のないことだと、鳴海は考える。
鳴海が初めて出逢ったしろがねは抗えぬ孤独の中に居た。そこから抜け出せた今も、彼女の身体には目に見えぬ孤独の残滓が纏わり付いている。


大きな穴が開いて今にも朽ち落ちそうな人形に己を例えたしろがねは、鳴海の腕に身を任せた。勝を中心とした生活にあって、こうやって身体を重ねた夜は残念ながら、指折り数えられるほどだ。それでもその都度、鳴海はしろがねの『修理』には必ず全身全霊で臨んでいる。
濃厚に濃厚に、彼女の欠損個所を修理する。
肌にこびり付くそれを舌で拭って、身体に熱を埋めて芯から温めて、それを幾度も繰り返してようやく一つの傷が癒え始める。何しろ満身創痍のボロボロの人形だ、一朝一夕で何とかなるなんて思ってもいない。
そもそも、『修理』は始まったばかりなのだ。何より、しろがねを直す時間は楽しい。


「…女の寂しさが癒えて、いつも笑えるようになると、男は…次の寂しい女を探すものだろう…?」
白い手が鳴海の顎を撫でた。
「そして突然、別れを告げる。…おまえはもう独りでも大丈夫だと…だけど次の女はオレがいないと駄目なんだと…。その男がいなくなってしまったらまた、寂しい女に逆戻りするだけなのに。尤も、単に飽きられて、男に体よく捨てられたってだけなのかもしれないが」
しろがねの身体が小刻みに震えた。
風が強まるのと同時に気温も下がって来たのかもしれない、鳴海は上掛けを引き上げるとしろがねの夜肌に掛けてやった。


「つまり…、おまえはオレに捨てられるのを怖がっている、って話か?」
「……要約し過ぎだ……」
「違ぇよ。的を射た意訳だって」
「意地悪だな。そういうの、女に嫌われるぞ?」
「…嫌われるのは、困るな…。が、やっぱ図星か」


華奢な顎を掬い上げ、捧げるように薄く開いた唇に、鳴海は己のそれを添わす。
しろがねの求めに応え、彼女が満ち足りるまでキスをする。
それこそ、一万回のキスを欲しいというのなら、厭きるまで付き合ってやるつもりで。
啄むように耳朶を擽り、瞼越し、寂しい瞳にもやさしくキスを落とす。
武骨な男の仕草とは思えない程、しろがねが泣きたくなるやさしいキスを鳴海はくれる。


「何が不安だ?」
鳴海の問いから逃げるように、しろがねは大きな手の平の影に瞳を隠した。
その仕草はまるで根に身を寄せる小魚みたいで、鳴海は黙ってしろがねの返事を待った。
「……温室で育てられて外界の過酷さを知らない植物は……外に出されたらどうなるのだろうか…」
いきなり園芸の話をされて、鳴海は口をへの字に結んだ。
「この世に生まれて来た時から、水も光も、温度も栄養も、快適で潤沢で……。どんなに手塩にかけても惜しくないと、大切にされて……。そんな風に育った植物はきっと、庇護が無くなった途端に弱って枯れてしまうのではないか…?」
「そりゃ…そうだろうな。野育ちは、日光が足りなきゃヒョロヒョロでも太陽に向かう、土地が痩せてりゃ深くまで根を張り巡らせる、枯れた土地なら産毛を生やして空気中からでも水分を得る。温室育ちにゃァ、その知恵もねェ。順応出来ねぇのが殆どじゃねぇのか?」
「じゃあ…。外から持って来た病気の雑草を温室でしばらく育てて、甘やかした後に外に戻したら……やはり枯れてしまうものだろうか…」


それは質問というよりは、懇願のように聞こえた。
室内を満たす夜闇の、透明な藍色の中、月星を鏤(ちりば)めていながらも寂しい瞳が見上げて来る。
「いや…再度、外に出して初めは戸惑うか知らんが、すぐに慣れるだろう。雑草は雑草だ、逞しいもんだ」
「そう…だな…」
鳴海の正しい答えなど訊かずともしろがね自身、分かっている。





しろがねは陽の当らない場所で生きて来た。
過酷な環境でも独りで生きて行かなくてはいけない、他人はアテに出来ない。
太陽に見放されても、枯れた土地でも痩せた土地でも、懸命に自分を環境に合わせた。
全身を数多の害虫に食われてボロボロに朽ちかけても、慢性的な病に蝕まれても、それでも独りで生き抜いた。


そんな雑草育ちの女が、今は温室に入れてもらっている。
冷たい雨も、厳しい風も、もう何物も彼女を打ち据えない。
温もりも、栄養も、光も、瑞々しさも、たっぷりと与えられて、余りの環境の違いに戸惑うばかりだ。
彼女を食い物にする害虫は一匹だって寄りつけない。


しろがねは雑草だった。
でも、愛でてくれる手があれば、雑草でも花を咲かせることが出来るのだと、教わった。
このひとに、私はどんな花に見えるのだろう?
このひとに、私の花はお気に召してもらえているのだろうか?


雑草なのに、温室の恩恵を知ってしまった。
温室の快適さを知らなければ、欲することも知らないままでいられたのに。
ずっと独りで生きていけたのに。
もう独りでは生きていけないとしろがねは思う。
もしも、ここから放り出されたら、枯れるしかない。朽ちるしかない。雑草のくせに。


今、こんなにも潤っているのに、こんなにも乾いている。
今、こんなにも幸せなのに、何故、こんなにも絶望を覚えるのか。


鳴海は言った。
雑草は雑草。雑草は逞しい。
独りぼっちで世に放り出しても生きていけるのが雑草ならば、鳴海はいつか、自分を手放すことにも躊躇はないのではないか。
だって、独りで生きていける女だと、思われているから。





「何を考えてる?雑草を自分の暗喩にしてるんだろうが……何だ?オレの腕から出て行きたくなった、ってことか?」
「違う。そうではなくて……」
本心を吐露することは弱音を吐くことと同義な気がして、しろがねは一瞬言葉を途切れさせたけれど、どうせ鳴海には何もかもがお見通しだと諦めた。
「逆だ…。私は……いつまであなたの元に居ていいのだろう……」
「好きなだけいりゃァいいじゃねぇの」
「あなたが、私を置いていたくなくなる日が遠くない未来にやってくる気がして」
鳴海の手に添えるしろがねの指に、微かな力がこもった。


「阿呆。オレをどういう目で見てやがんだ?」
手の中でしろがねの頭を軽く揺さぶってやる。
「おまえを抱えるくれぇ訳ないっつったろうが」
「分かっている…あなたの心が広くて大きいことは。私が一番、良く知っている」
だから、こんなに怖いのだと、どうしたら伝わるのか。
「だろ?だから直った後も、オレんトコにいりゃァいいさ」
「そう…あなたの懐は深いから。…いつか私の隣に別の『人形』がいそうだ。そして…あなたは『新しい人形の修理』に夢中になる」
「オレがお節介焼きだから?」
「…そう…」
しろがねは寂しそうな瞳をもっと凍えた色にした。


「あなたの手は温かい」
こうしているだけで、寂しさが紛れて行く。孤独が遠くに見える。
なのに、どうしてか再び、寂しさが生まれる、孤独が傍らに居る。
「あなたは今、壊れている私だから、面倒をみてくれている」
やさしいあなたはきっと、次の壊れた可哀想な人形を放って置けない、その言葉は呑み込んだ。
しろがねは、鳴海に直して欲しいと頼みこんだのに、今は、直りたくないと真剣に思う。
そして鳴海は、そんなしろがねの考えが具に理解出来るから、『しようのねぇヤツだな』と苦笑った。


「心配すんな。さっきも言ったろう?おまえは寂しそうな瞳をしてるよ。まだまだ時間も手も掛からぁ」
艶やかな髪を掻き分けて、指先で耳朶を掬い上げる。
「で…でも。あなたは、一度に何体でも収めていられるくらい懐が深いから」
「そんな買いかぶってくれるなよ。オレは、おまえで手一杯だ。それに…」
「それに?」
「それに、オレはどうにもメンクイらしい。言ったろうが、おまえほど可愛いのも大事なのも、簡単にゃ見つからん」
太い指の腹が火照る肌の上を往復する。
「何なら誓ってもいいぞ?一生かかったっておまえ以上は見つからねぇって。おまえがすっかり直っても、おまえ以外は『修理』しねぇって」
鳴海の愛撫に忠実に、敏感な肢体が腕の中でひくひくと撥ねた。
普段は突き抜けてクールな女なのに。
こんなに可愛い反応を見せるなんて反則だろう。
新たな燃料が投下され、激しく煽られ、鳴海の熾き火は瞬く間に大きくなっていく。
「可愛いな、しろがね…」
容易く折れそうな首筋に舌を這わせると、しろがねの身体は呆気なくシーツに沈んだ。


「…んぅ…っあ…」
溺れた人間のように虚空に高く伸ばされた、仄白く光る両腕が鳴海の太い首に巻き付く。
縋る指が、決して逃さないと言わんばかりに長い後ろ髪を絡め取る。
舌先で欲情を交わし、視線が重なった刹那、しろがねが言った。
「あなたも今、寂しい色の瞳をしているな…」
「そりゃあ…寂しい女しか眼中にねぇからだろうよ」
図星を悟られぬよう、鳴海は軽口を叩いた。


鳴海は時に思う。
しろがねは、いつまでオレの腕の中にいてくれるのだろう、と。
心が癒えて前を向けるようになったら、ひとりで歩き出すだろう。今はまだ、心のどこかで「自分は人形だ」と縛っているから身動きをしないだけで、「自分は人間だ」と理解出来たら、自分の元から離れていくに違いない。何しろ、こんなにきれいな女なんだ、自立すれば選択肢が広がる。選択肢が広がれば、男なんて引く手あまただ。
今は、周りにオレしかいないから、他に誰にも触れたことがないから、オレに依存しているだけで。鳴海には彼女を手放す気はまるでないが、でも、その時になったら彼女の最善を想って手を放すのだろう。
鳴海は、しろがねの切なる頼みを自ら請け負ったのに、今は、直したくないと真剣に思う。
そしてしろがねは、そんな鳴海の考えを悟ったのかどうかは定かではないが
「莫迦だな」
と淡く微笑んだ。
「直すあなたがそれでは……私は直された先から別の場所が壊れていくぞ…」
「へ…願ったり叶ったりだ…」


閨房に、夜一夜に美しい花が咲く。
「昔、偉いヒトが言ったってよ。『雑草』なんて草はねぇってさ」
快楽に、絶望と言う矛盾した蜜を滲ませて。






カツ、カツンと、風が窓を叩く。
ひゅうひゅうと、夜のしじまを鋭く切り裂く音がする。
けれどふたりの耳に入るのは、軋む寝台が上げる悲鳴と、互いの荒げた呼吸だけ。



End
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