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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。





冷えた地下の空気に滲むのは、旧式蒸気機関車の発する鉄の匂い。





閉じた匣(はこ)





「ですが、私は失礼いたします」
エレオノールは静かに頭を下げるとその場を離れた。
それは当然だろうと鳴海も思う。エリの言う通り、おっぴろげた脳みそを無遠慮に晒されて、他人に思い出を覗かれるのは辛い。自分だったら、と考えると鳴海だって嫌だ。
牛乳が飲めなくて大泣きしてるツラとか、徒競走で圧倒的にビリだとか。
ゾナハ病の発作から逃れるために必死で滑稽なことしているだとか。
自分でも思い返したくもない。
それ以上に、絶望に塗れ惨めに打ち拉がれている今の心など、他人に見られようものなら舌を噛んで死んだ方がマシだ。



「とんだ茶番ね!私は見ないわ!」
過去がどうだろうとあの女に対する気持ちは変わらない、ミンシアの言葉の裏を返せば、フウが見せようとしているエレオノールの記憶は、見てしまったら、彼女を憎悪し続ける方がどうかと思われるような内容だということだ。仲町サーカスの面々はもちろん、エレオノールにきつく当たっていた米兵すらも黙らせ鼓舞する内容だからこそ、フウはリーサルウェポンとして彼らにエレオノールの記憶を見せるのだ。
ミンシアはそれを理解しているからディスプレイに背を向けた。鳴海も同様、エレオノールの記憶を見るつもりはなかった。速足で立ち去る、車椅子から脱したばかりのミンシアの足取りは覚束ない。鳴海は姉弟子の歩く支えになるべく追いかけることにした。
何気なく、エレオノールの後ろ姿を一瞥して、彼女の向かう先を見て



踏み出そうとした鳴海の足は止まった。



エレオノールはエレベーターに向かっている。
地下深い場所にある発車場から、遠い地上の屋敷に向かうエレベーター。
そのエレベーターに、エレオノールはひとりで乗り込もうとしている。



唐突に、鳴海の脳裏にあるイメージが閃いた。
停電して真っ暗なエレベーターの中の光景。
非常灯の心許ない灯りだけが頼りの空間に、どうしてか鳴海はいる。
そして、鳴海の傍らにはもうひとり誰かが     



このイメージは一体何だと思うよりも先、ミンシアに付き添おうとしていた身体が勝手にエレオノールを追いかけていた。
何故なら頭の中で、誰かが怒鳴ったからだ。
『アイツをひとりであんなハコに乗せんな、馬鹿ヤロウが!』、と。
その声に背中を突かれて鳴海の足は踏み出す方向を変えた。鳴海の心に生まれた小さな焦燥感は、彼女の乗ったエレベーターの扉が閉まるまでに間に合うか、ただそれだけの理由だろうか。
『トラウマ』    そんな単語が、やけに強制的に頭に浮かんだ。



閉まりかけの扉に滑り込む。鳴海はエレオノールの隣に並び立った。
「ナルミ…」
エレオノールが驚いてこっちを見上げている。それはそうだろう、鳴海自身、自分の行動に驚いている。少し前の自分なら絶対に、エレオノールと二人きりになる状況など回避している。ましてや、こんな狭く密閉された空間で『人形の生まれ変わり』と同じ空気を吸うなんぞおぞましいと、こういった状況に陥ることは断じてなかったはずだ。
ピシャ、と扉は閉まり、ふたりの乗った閉じた匣を引き上げる音が重々しく響き出す。
「オレもおまえの記憶なんざ、どーでもいい」
この台詞を吐くのは二度目だ。エレオノールも「同じこと前も言われた」と思っていることだろう。大事なことだから二度言った、でもいいのだけれど、寄れば触れば憎しみを吐くと分かりきった男が自ら『宿敵』と同じ空間に居合わせる理由としては我ながら陳腐だな、と思った。



エレベーターはのんびりと上昇していく。即席で地下階と繋げられたエレベーターには、目的階に着くまで気を紛らわせてくれる通過階のデジタル表示もない。仮にエレベーターがガラス張りだったとしてもここは地中だから別段見るものもない。聞こえるのは駆動音だけ、鳴海とエレオノールの間には沈黙が悠然と横たわっている。
鳴海は殺風景を睨みつけて、先ほど自分を突き動かした『声』の主について考えた。
あれは自分、鳴海本人だ。それも以前遭遇したという事故で零れ落してしまった記憶の、その空隙に居る自分の声だ。ソイツが懸命に『アイツにはトラウマがあるんだ』と訴え、鳴海をここに寄越した。
そんなことを言われても、記憶を失っている鳴海には意味が分からない。でも、こうしてエレオノールと閉じた空間にいると、心のずっと奥底から、前にもいつか、こんな状況で自分の右側に卵みたいな形をした華奢な頭があったような、そんな不確かなイメージが浮かんでくる気がする。
暗くて閉鎖された場所、そこから連想できるトラウマは考えるまでもなく閉暗所恐怖症だが、そんなものをこの女が持っているというのか。
『人形の生まれ変わり』の女が。



鳴海の右腕の内側が疼いた。
掌が冷えた誰かの体温を訴える。
幻肢だ。
今の鳴海の腕には疼く筋肉も、温もりを覚える肌もない。
そしてこの腕はもう、誰のことも温めることは出来ない。



エレオノールが狭くて暗い場所を恐れるとして。
もしも、何らかの不具合でエレベーターが止まり、停電になったとして、それにエレオノールだけしか乗っていなかったら。
人の多い屋敷でならまだしも、地下深くから地上までの途中、助けの手が届かない場所で、宙吊りの匣の中、トラウマが発症したら。
エレオノールはどうなるのだろう。
暗闇に一人ではないと教える腕もなく、抗えない恐怖に押し潰されるしか術のないエレオノールを想像した刹那、ぎく、と鳴海の心臓が引き攣れた音を立てた。



「あの……カトウ」
ふたりの間で沈黙が支配すると、それを乗り越えてくるのはいつもエレオノールだ。このタイミングで話しかけられたから、自分の心臓が立てた音をエレオノールに気付かれたのかと思った。だからなのか
「……なんだ…」
と返事を返してしまった。『しろがね』は自動人形の言葉に耳を貸さない、そのスタンスでずっと来ていたのに。そのスタンスを崩したことを、鳴海は即座に後悔することになった。
「おまえはオレの女になる」、そんな冗談を、過去にエレオノールに言ったのだと、告げられた。



「ふざけるんじゃねえ!」
荒げた大声でエレオノールを威嚇した。
「オレがそんなコトを言うわけがねえ」
言うわけがない、『自動人形の生まれ変わり』なんかに!
言うわけがない、でも。
鳴海の心の中にある、欠けた記憶が入っている閉じた匣、己がのべつ幕無し噴き上げていた憎悪の黒煙で煤けた匣、その中から声がする。
エレオノールが告げたのと同じ『冗談』が自分の声でリフレインする。



自分もまたエレオノールがしたようにフウに記憶を吸い出してもらえば、抜け落ちた記憶を取り戻すことが出来るのだろう。そうすれば、自分がどんな状況、どんな気持ちでその言葉をエレオノールに吐いたのかを思い出せるのだろう。
「私は、あなたのしろがねです」
エレオノールが、その『冗談』をどんな様子で受け止めていたのかも。
そうして、その『冗談』に彼女が何と返したのかも。
そうすれば、たった今エレオノールが述べた告白が本当かどうかが、分かるのだろう。



エレオノールが必死な瞳で見上げてくる。
どんなに惨い言葉をぶつけても、臆さずに見上げてくる。
鳴海も負けじと睨み返す。
ここに来てから日増しに肌が蒼白くなるエレオノール、反して急激に顔色を良くしたミンシアや米兵達、力強くはしゃぐようになった子供達。
その因果関係に思い至らない鳴海ではない。エレオノールが万能薬である己の血液を多量に『提供』していることは分かっていた。体内に『柔らかい石』を抱えていても回復が追い付かない程に多量の血液を、どこかでエレオノールは流している。
自傷を繰り返し、激しい痛みを、伴いながら。



彼女の子守歌はやさしかった。
深い自己犠牲の精神を見せるエレオノール。
鳴海はもう、面と向かって憎悪の顔を作ることが難しい。



心がグラグラする、自分だけは、彼女を憎み続けなければならないのに。
自分の心がどうあっても、彼女に『死』という責任を取らせなければならないのに。
それが他人の命の上で生き長らえている自分の、責任だというのに。



鳴海は堪え切れずに目を逸らすと、エレオノールに背中を向けた。
「いずれ殺す」
そう口にしながら、
このまま閉じた匣にふたりで鎖されていれば楽になれるのに、と思った。



End
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