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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。





Moonlight Blue.





真夜中にしろがねは目を覚ましてしまった。
月が明る過ぎたのかもしれない。
隣室の者たちの眠りを妨げぬよう静かに一階へと下りて来ると、濡れ縁に腰掛け膝を抱えた。
今夜は天満月(アマツミカツキ)。
月夕の宙はまるで、藍色のビロードのよう。
月前の星々は融けてしまっている。
夜のしじま、しろがねは藍色の透明な海の底に独りぼっちで沈んでいるような気持ちになる。


しろがねは物心ついた時からずっと独りぼっちだった。
いつしか彼女の胸には、大きな穴が空いていた。
ポッカリと開いた穴に気付いてくれる人、そしてそれを埋めてくれる人はどこにもいなかった。
冷たい風がヒュウヒュウと吹き通る度に、穴は少しずつ広がって行った。
蝕まれて壊れて行く彼女の心、そしてその凍える心に温もりをくれる手はどこにもなかった。
しろがねが歩いてきた道は闇そのもの、見事にぱっくりと開いて血を流す傷口も闇は隠してしまった。闇の中にいたしろがねも自身の傷口を見ることはなく、慢性的な痛みに麻痺し、鈍化し、いつしか自分が傷ついていることすらも忘れてしまった。


けれど、そんなしろがねの人生に初めて光が差した。
その光明の名前は、加藤鳴海。
温かな何かをしろがねの心に注いでくれたヒト。
鳴海はしろがねを、真っ暗闇から眩しい光の元へと連れ出してくれた。
そして気がついた。心が、自分で目を背けたくなる程に、自分では如何ともし難い程に、傷だらけだということに。これからは光の下に生きて行くのだと理解した分、気がついてしまった傷だらけの自分の心の歪さ、醜さに、理想と現実の大きな落差を覚えてしまう。
自分が笑えない原因はきっと、この傷だらけの心にある。鳴海や勝の心は真ん丸だ、今夜の満月のような。自分のこの心が彼らみたいな艶やかな球体になれた時、笑えるようになるのではないかと思う。
鳴海や勝のように、晴れやかに笑えるに違いない。


しろがねは月を見上げ、懸命に笑顔を形作ろうとした。
鳴海や勝の笑顔をお手本に。
瞳を細めて、口角を上げて。
でも、上手いこといかない。
頰が強張ったまま和らいでくれない。
両の手指で口角を持ち上げる手伝いをしてみる。
どうしてか、寒々しいカタチしか作れない。
しろがねはたったそれだけで疲れてしまい、溜息をついた。


「あなたが、妬ましい」
天上で満ち足りた顔をしている月に泣き言を言う。
「私も…あなたのように…笑えたら…」
彼の助けになれるのに。彼の苦しさを取り除いてあげられるのに。
勝のような笑顔で病の発作を止めることが出来たなら、あの温かな手を自分にも伸ばしてくれるかもしれない。発作の特効薬になった勝に、鳴海は笑顔を返し「ありがとな」とその頭を撫でる。それを羨ましいと思うようになったのはいつからだろう?
「そうしたら、私にも…触れてくれる…だろうか…?」
からくり屋敷の、エレベーターの中でしてくれたように。
もう一度、月に微笑んでみる。


口元に笑みを浮かべようとしているのに、鳴海を想うと苦しくなって眉間に皺が寄ってしまう。ただでさえ乏しい表情が偏屈なものになる。
笑えるようになりたい。笑えるようにならないと。笑うことが出来ず、発作を起こしたままの鳴海を死地に赴かせてしまった軽井沢の二の舞はごめんだ。
あの時の爆発的な不安を思い起こすと、心が捩じ切れそうになる。
鳴海のいない世界など、今のしろがねには考えられない。


「なァにしてんだ」
不意に背中に声が掛けられた。鼓動を速めながらゆるりと振り返ると、鳴海が大股でやってくるのが見えた。
「どうした、眠れねぇの?」
「目が冴えてしまって……すまない、起こしてしまったのか」
表面上は涼やかに、傍らに立つ巨躯を見上げる。
「いや何…おまえに起こされたってんじゃねぇよ。オレも、何となく目が覚めたから」
本当は。しろがねが起き出した気配で目が覚めた。
最近の鳴海は起きていても寝ていても、神経の一部が彼女に向いているようで、その一挙手一投足が気になってしまう。起き出したしろがねの足音が階下に向かったまま戻って来ないから、様子を見に来た次第だ。照れ隠しを兼ねて、軽いストレッチをしながらしろがねに近づいた。
月に映えた女があまりにも現実離れしてきれいで、直視が難しい。
「お坊ちゃまは?」
「こーこー寝てる」
「そう…良かった…」


鳴海がしろがねの隣に腰を下ろした。しろがねの心臓が早駆けを始める。こんな風に、ふたりきりの時間、というのは鳴海と勝としろがねとが一つ屋根の下で暮らすようになったこの一カ月を振り返ってみても無かったかもしれない。
「で?夜中に何してたのよ」
ひとりで笑う練習をしてました、なんて言えるわけがない。月見、と答えるのも陳腐な気がして結局は
「別に…」
という味気も素っ気もない返事になった。会話をする気がないと受け取られかねない返事だったとほぞを噛む。ほら、鳴海も「そうか」と一言、黙り込んでしまった。
何を話せばいいのだろう。
勝がいるとどちらかと言えば多弁な鳴海なのに、何も話さない。ひたすらに月を見上げている。自分が言葉を投げ損なったせいだ。けれど、しろがねは上手いきっかけも見つけられず、しばらく、ふたりは黙ったまま真夜中の月見に興じた。


「なぁ?」
しろがねが傍らの男の存在に気を散らしていると、唐突に話しかけられた。
「なに?」
返事が少し、上擦ってしまったかもしれない。
「おまえさぁ…なんか、悩みごとでも、あんの?」
「な…なんで、そんなこと」
「なんとなく、な。ここんとこ、おまえが言葉を呑んでるような気がしてよ」
「な、ない。そんなもの」
意地を張り、天邪鬼な受け答えをする。言った先から後悔した。もっと違う物言いがあるだろうに、と。
鳴海が見つめる先で、しろがねの滑らかな白い頬に長い睫毛が影を落とした。俯くしろがねの耳にゆったりとした鳴海の吐息が聞こえた。
「じゃあ…おまえが腹に溜めてんのは、オレに対する文句、てトコかぁ…」
「ど、どうしてそうなる?」
「だっておまえ…すげぇ困った顔してるぞ?」
す、と伸びた鳴海の指が、しろがねの眉間を撫でた。さりげなく与えられた温もりに、しろがねの心が震え出す。


しろがねが「困った顔」をしているのは今さっきの話じゃない。鳴海がそれに気づいてからずっと、もうずいぶんになる。今もしろがねは、鳴海に触れられた眉間を手の平で擦り、俯いたまま。
嫌だったのか、触られて。
鳴海はしろがねに触れていいものかどうかが分からない。からくり屋敷のエレベーターに閉じ込められた時はむしろ、しろがねの方が鳴海の腕を欲しがっていたから大丈夫かと思えば、こうして些細なスキンシップにすら過剰反応をされる。
鳴海は、しろがねを困らせたいわけではない。
ただ、ふたりで過ごす時間が持てるなら嬉しい、と思ったから起き出して来ただけだ。
「邪魔したな。おまえだってひとりで考えごとしてぇ時もあるよな」
鳴海が膝を立て、「よいしょ」と立ち上がろうとする。しろがねの心臓がギクリと鳴った。


ああ、ナルミが行ってしまう
私のせいで
せっかく一緒にいられるのに
いやだ、行かないで


しろがねの口から咄嗟に吐いたのは
「違う、あ、あの、本当はあるのだ、悩みごと…」
という真実だった。鳴海は上げかけた腰を下ろすと
「話してみろよ?どんなコトでも聞いてやる」
と言ってくれた、けれど、しろがねは言葉が続かない。鳴海は、彼女の「困った顔」が自分に対する文句から生まれるものではないと知ってホッと胸を撫で下ろす。
「そうでなくても、おまえは普段、聞き役が多いんだ。たまには話す方に回ってみんのもいいかもよ?」
兄貴気質の大らかさが、しろがねに救いの手を差し伸べる。
「私は…自分の話をしたことなんて…ない、から」
「うん」
「上手く言えないと思う…まとまりの無い話、しか」
「いいって。それでも。何事も練習練習」


練習の虫に言われると説得力がある。しろがねは考えをまとめるのに時間をかけた。どちらかと言えば短気な鳴海が、大人しく待ってくれているから一生懸命考えた。
「…人形、が一体…」
と胸に痞える想いと一緒に吐き出すように語り出す。
「人形…」
縋るようなしろがねの瞳も言葉も、月に向かう。鳴海は真摯に話を聴く。
「そう、人形。永いこと放ってあって…酷く傷ついて、胸には大きな穴が開いて、今にも…崩れてしまいそうな、人形。その人形は…直し手が必要なのだけど、その…」
痛む胸を、胸に開いた穴を両手で押さえた。


「誰にも見向きもされなかった…そんな人形を、修理してくれるヒト、は…いるのだろうか…」
しろがねの目元が切なく細くなった。
「古くて、野晒しにされてボロボロで、触れたら呪われそうな人形を、手に取ってくれるヒトはいるのだろうか?」
「人形…か。そうだな、古かろうが、修理箇所が多かろうが、その人形を可愛い、大事だと思えば直すだろうよ。直し手にとって価値が見出せれば…」
「可愛い…大事…と思えば…、と思われないと…」
「まぁ、特に可愛いと思わんでも、傷ついた人形をそのままにしとくのが嫌だって直すヤツだっているだろうしな」
「…そうか…」
しろがねは深刻そうに考えこむ。バカでかい銀目をこれでもかと顰めて何やら小難しい顔をしている。そんなしろがねを眺め、鳴海はボリボリと首元を掻いた。


「あのさぁ…」
「なんだ?」
「…おまえの求めるところの直し手、ってさ…直してくれんなら、誰でもいいワケ?」
「え?」
この話って、つまるところはしろがねの悩みごとなわけだから
「その…おまえには…指名してぇ直し手が、実はいる…トカ…?」
どうかが非常に大切なことだと、鳴海には思われた。
「私…その…、指名…、指名、したい、のは…」
しろがねは尻切れトンボに口を噤んでしまった。


鳴海に図星を突かれたしろがねは、慌てて取り繕おうとするも、やはり上手い言葉が出て来ない。
だんまりになってしまったしろがねを前に、鳴海は己の失策を悔やんだ。あのしろがねがようやく打ち明けごとを語っていたのに、どうして聞き役に徹することが出来なかったのかと自分の馬鹿さ加減が嫌になる。どうしても気になってしまったのだとしても、問うのは後からで良かったのに。
「悪ぃ。おまえの話だってのにオレ、余計な口を挟んだ。流してくれ」
「いや。すまないのは、私の方だ」
「あのさ。結論から言やぁ、直し手はいる。だから」
「ありがとう…でも、やはり私には難しいようだ…話す、のは。何を言っているか、自分でも分かっていない」
自分の言い出した話にもう後悔が頻りで、とっとと寝室に引っ込もうと思った。
けれど、そんなしろがねにかけられた
「例えば、オレは…?直し手として力不足か?その人形がボロボロでおまえは困ってんだろ?オレは直す手伝いすんの、吝かじゃねぇぞ?」
という言葉に、ハッとした目を上げた。


しろがねは人形に例えた話をしているが、要するに自分のコトなんだろうと鳴海は分かっている。まだこいつは自分を人形に例えやがんのかと思えば、初めて出逢った頃、彼女に「人形」と呼び掛けてしまった己をブン殴りたかった。
鈍い鈍いと言われる鳴海ではあるが、しろがねの言いたいことなら最近、大体のことは分かる。
彼女の心に根っこを生やした寂しさが独りでは如何ともし難いのも、彼女の心が癒えるのに他人の温もりが必要なのも、鳴海にはみえていた。
彼女が自分に助けを求めるならそれに応える度量くらい幾らでも持ち合わせている。
ただ、彼女が助けを求めてくれるのか、その役目を任せてくれるかが分からなくて、もどかしかった。
今、図らずも自薦してしまったが、しろがねが何て返事を寄越すものか、怖くて堪らない。


「私…」
細い指が、胸に開いた穴を掻く。
「カトウ…。もしも、その人形が私だと言っても…その挙げた手を下げないでいてくれるか…?」
潤んだ瞳が、明るい空を見上げるようにして傍らの男を見上げた。
「下げねぇよ」
もどかしさが解ける兆しを見た男は安堵の笑みで応える。
しろがねは懸命に訴えた。
もうこれ以上、笑えない人形でいるのは嫌なのだと。
壊れた歪な形のままでいるのが苦しいのだと。
まるで酔っ払いが取りとめなく話すように。
「私は…あなたに、…誰でもいいのではなくて…きっと私は、あなたにしか、…」
そこまで言葉にして、溜め息をついた。
… …やっぱり、私、変なことしか言えない
すまない、忘れて、ニンギョウのタワゴトなんか…
しろがねは小さく呟いて、俯いた。鳴海は大きく肩で息を吐く。
「大丈夫。ちゃんと話せてるって…それからよ、おまえは人形なんかじゃねえっ、て何、度…」
その時、鳴海の喉が、ひゅひゅ、と鳴った。


ゾナハ病の発作が来る。
喉元を手の平で覆い、身構える。
「…しろがね?」
「なんだカトウ?」
囁くように名前を呼んで見つめると、同じように名前を呼ばれて見つめ返される。
潤んだ、きれいな銀色の瞳で。
すると、それだけで発作が止まった。これと言って笑わせることもしていないのに、しろがねだって笑い顔は見せてないのに、もう苦しくない。瞬く間に発作が治るから、しろがねは、鳴海の苦しみを取り除いた自覚がない。鳴海が発作を起こしていることにも気が付かない。
「…はー……ありがとな…」
「なにが」
「いや…おまえは充分、笑えてる、って思ってよ…」
「それは…どういう…」
自分と名前を呼び合うだけで、しろがねはリラックスしてくれるのだと分かった時、鳴海はどれだけ嬉しかったろう。どうして彼女がリラックスしてくれるのか、その理由を考えるとどうしても自惚れた方向に流れてしまい、普段の素っ気ない彼女の態度とは噛み合わなくて、毎日毎晩が苦しかった。


また黙ってしまった鳴海に居た堪れなくなって、おやすみなさい、を捨て台詞のように口にして、この場を去ろうとするしろがねに
「いいぜ。おまえの、人形の直し手になっても」
と、鳴海は言った。鳴海の余りにも快い返事に、鳴海を見上げるしろがねの瞳に月がキラキラと映り込む。
「但し、条件が幾つかある」
「はっ、はいっ」
しろがねの唇がきゅっと引き結ばれた。
「ひとつ。後から、『やっぱり他に頼むことにしました』ってのはナシだ」
「ふたつ。放られっ放しで持ち主のいない人形は直るまでオレが預かる」
「みっつ。オレが手を尽くして直しても、新しい持ち主は見つからねぇかも知れん。それでもいいか?」
鳴海は甚く真面目な顔で言った。


「そうしたら私はどうなる?」
「おまえの望むようにしてやるよ」
「…あなたの元にいたい、って言ったら?」
「…好きにすればいい。おまえを抱えるくれぇ、余裕だ」
「あなたは…どんな人形でも傷ついたのをそのままにしとくのが嫌だから、だから名乗りを上げてくれたのか?」
「…オレは、おまえの言葉を借りりゃあ『お節介』な野郎だからな。その性分は…自分でも認めるよ」
「……」
「でも…オレは今まで、『人形』をこんなに可愛いと思ったのも、大事に思ったのも、価値があると思ったのも、初めてなんだがなぁ…」
鳴海の言葉にしろがねの頰が、ボ、と赤くなった。月明かりにも分かるほど。




ああ、あなたの言葉は本当に不思議だ。
どうしてこんなにも、私を柔らかくする?




しろがねは、すう、と嫋やかな手を鳴海に差し伸ばした。
「あなたの条件、全部飲む…だから…」
「……」
「直して、くれるか。私を」
「…おし」
鳴海はニッと不敵に笑うとその手を取った。しろがねは迷わず、鳴海の胸に飛び込んだ。
確かな温もり、広くて力強くて、とても穏やかな気持ちになる。ずっと触れて欲しいと願っていた大きな手、身を委ねても心配ないと信じられる絶対的な安心感。いつも頭の中でごちゃごちゃしているものがすっと消えて、思考が落ち着いて、心の中が透明になる。
「後な。おまえ…自分を人形に例えんの、もうやめろな…」
「……」
「おまえは人形じゃねぇって、言ってるだろが。そりゃ表情筋は着いて来てねぇかもしれねぇが、筋肉なんてのは鍛えなきゃ付かねぇし理想通りになるにゃ時間もかかる。笑顔も表面じゃなくてな、心が笑ってるかが大事なのであって…」
鳴海が饒舌になり、しろがねを温かく抱き抱えてくれる手が、ぽんぽん、と子供をあやすように背中を叩いた。まるで勝にするように。
ではなくて。
しろがねが鳴海に求めるのはもっと違うカタチ。私は、女、なのだから。一足飛びだと言われてもいい、どうか。
「カトウ…」
愛するヒトの名前を囁く唇を、朽ちそうな自分を引き受けてくれた鳴海のそれに重ねた。しろがねをあやしていた鳴海の手が、男のそれになる。強く熱っぽく、しろがねを抱き締める手に。


「あのなぁ、オレも男なんだよ」
延々と続けてしまいそうなキスをどうにかこうにか掻き集めた理性で打ち切って、荒い呼吸を整えながら鳴海が言い訳を口にした。
「チクショー…」
いつも取り澄ましたしろがねが、可愛いとは思ってたけれど、ここまで可愛い女だとは知らなかった。
これ程までに価値あるオタカラの修理を全権委任されたら、すぐにでも『作業』に取り掛かりたくなるじゃねぇかよ…
しろがねを腕に、鳴海は顔を覆った。
「ええと。おまえを直す条件のみっつめ。あれ、訂正する」
「え?」
「みっつめ。直っても、おまえのコトは誰にも譲らん。…おまえはオレの女になるって宣言したもんな」
「カト…」
唇が触れる。ただそれだけで哀しい傷が癒えていく。







光に憧れる。
けれどそれはまだしろがねには眩し過ぎて、目が瞑れてしまいそうになる。トロミのついた漆黒の闇から抜け出たばかりの女には、今くらいの、控え目な、藍色の世界くらいがちょうどいい。
「明るい世界に少しずつ目を慣らしていきたいのだ」
しろがねは言う。
「光の三原色を、知っているか?」


色が混ぜ合わされるにつれて明るい光が生まれる。
しろがねが連れ出された世界は、加法混色。
でもそれに己を交えるには、しろがねにはまだ光が強過ぎる。
しろがねにとっての鳴海は太陽がまとう、空の色。
「…闇の中に一色だけ、空色の光が灯った藍色の世界」
それが今のしろがねにとって心地いい世界。闇から一歩、踏み出した世界。
「だから、あなたの隣が、私には最適なのだ」


藍色の世界、少しずつ明度を増して。
そしていつか全きの光へ。
鳴海の胸に寄りかかり、その腕に温もりを分けてもらう。
月を見上げるしろがねの口元は、緩やかな弧を描いていた。



End
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