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鳴海はふと自分がうたた寝していたことに気がついた。
横向きに、長い手足を放り出して。テレビの前のホットカーペットに転がっていたらあまりにポカポカして気持ちよくってほんのちょっとだけウトウトしていた。
まだ瞼が開かない。まだ少し眠たい。
そんな鳴海の耳にキッチンのシンクで洗い物をしている音が聞こえる。
蛇口から流れる水音。
皿と皿のぶつかるカタイ音。
それから柔らかくて微かなハミング。
目を瞑る、鳴海の口元が緩んだ。
天上の音。妙なる調べ。迦陵頻伽の歌声。
大袈裟かもしれないが彼の耳にはそれくらい心地よく聞こえる彼女の声。
ぱか、と目を細く開ける。
首をのばして開いた戸口の向こう、キッチンの椅子やテーブルの脚の隙間越しに、スリッパを履いた細い足首が見えた。
鳴海はささやかな幸せに浸っていた。
いいよなあ……
こうやって、オレがうたたねしているすぐ傍で……
しろがねが夕食の後片付けをしているってゆーの……
こんな何気ないような日常のひとコマが、本当にオレの日常だったら……
たまに、じゃなくて、毎日毎日……
水の流れる音が止まった。
スリッパを穿いているのに猫みたいに足音をほとんどさせない細い足首が、鳴海に近づいてくる。鳴海は急いで目を瞑り、狸寝入りを決め込んだ。
しろがねはスリッパを脱いで、ホットカーペットの上で気持ち良さそうに目を閉じる鳴海の傍に膝をついた。
「ナルミ…寝てしまったのか?」
せっかく遊びにきたのに。これではつまらないではないか。
妙齢の女性がひとり夜遅くあなたの家を訪れている、この意味が分からないのだろうか?こんな風に安らかな寝顔を見せられると、女としての存在価値が本当に希薄化してしまう。
この人は…男同士でわーわーやっているのが楽しいような人だからまだまだ中身はこどもなのだ、きっと。
身体はこんなに大きいのに。
「ナルミ、起きないのか?風邪をひくぞ」
しろがねは起きる気配を見せない鳴海に寄り添うように、彼と向かい合わせになるように横になった。
「ああ、温かいな。これではナルミがうたた寝してしまうのも仕方ない」
しろがねは手を伸ばし、鳴海の髪を一房すくった。
いつも鳴海が彼女の髪にするように、髪を指の間に滑らせてみる。艶やかで、太くて、コシがあってしなやかな黒髪。顔にかかる長い髪を指で梳いてどかし、間近にあるナルミの寝顔をまじまじと見る。
「まったく起きないな……起きないと、キスしてしまうぞ」
じゃあ、起きない。
鳴海は心の中で返事をした。
しろがねの細い指が鳴海の頭皮を梳き、髪を撫でる。
近距離にあるであろう、しろがねのきれいな顔を見てみたいけれども、
今はしろがねの愛撫がとても気持ちがいいから鳴海はじっと寝たフリをする。
しろがねの指は鳴海の顔を撫でる。慈しむように指でなぞっていく。普段のしろがねの、鳴海に対する偉そうな態度からは想像もできないくらいの優しさ。
額、眉毛、瞼、睫毛、鼻梁、頬、唇。
しろがねは鳴海の唇をすべての指で何度も触れる。
顎、首、喉仏。
しろがねは鳴海の大きな喉仏を指先でくりくりと転がすように玩んだ。
肩、鎖骨、胸。
鳴海の筋肉を確認するように、今度は手の平全体で撫でていく。
しろがねの指が鳴海の乳首の上を通過した。しろがねに気づかれないよう、その衝撃を体内で消化することはなかなかの至難の業。
けっこう気持ちがいいかもしんない……。
しろがねの手はごつごつした腹筋を渡り、ジーンズの手前でぴたり、と止まった。
その先も……イキマスカ?
別にオレはかまわねぇよ、寝たフリしてるからさ。
鳴海のドキドキを他所に、しろがねの手は今度は身体の中央を辿ってUターン。
ちぇ。
しろがねの手はまた鳴海の唇へと戻る。
「まだ起きない。熟睡してしまっているのか?」
しろがねが近づいてくる気配がする。
「本当にキスするぞ…?」
鳴海はその瞬間が訪れるのを、待ちわびた。
ぷ。
ちょっと吹きだす音に続いて派手にゴホゴホと咽る音。
もう、なんなんだよ?鳴海はとうとう目を開いた。
「す、すまない…『起こして』しまったな…」
しろがねは咽ながらも、顔を両手で覆い彼女にしては楽しそうな表情を浮かべている。
「な?何だってんだよ?」
「だって…唇をとがらせるから…やっぱり起きているのだな、と思うと可笑しくて…」
「んな!おまえ、分かってて…!」
人を玩びやがったな?
赤面し、バツが悪くなった鳴海はしろがねに背中を向けた。
「そんなに私とキスしたかったのか?」
「し、知らねぇよ!」
「そんなに私にキスしてもらいたかったのか?」
「したかねーよ、ばあか!」
人の気持ちをオモチャにしやがって!
かっかと怒る鳴海の様子に、しろがねはイタズラが過ぎたことに気がついた。
「ナルミ……すまない。悪気はなかったのだ。怒らないでくれ」
「おまえなんか知るか!もう帰れ!」
鳴海はぎゅうと腕を組んで、全身に力を入れる。
さっきまでものすごく幸せだったのに、何だかもう台無しだ。
しろがねは黙って、身を引いた。
ああ、もう帰れよ、オレはこのままフテ寝する!
………ちぇ。
鳴海がフテフテしていると、またしろがねの指が鳴海の髪に触れた。
おそるおそる触れてきたその感触が、鳴海の毒気をちょこっとだけ抜いた。
しろがねは怒られなかったのでホッとする。
「バーカ…」
「すまない」
しろがねの手が鳴海の髪を撫でる。やさしくやさしく。
鳴海はぐるりとしろがねに向き直り、怒ったように言い放つ。
「オレは好きだぞ。おまえのことが」
だからあんまり、オレの気持ちで遊んでくれるな。
真ん丸くした瞳を嬉しそうに歪ませて、しろがねは「すまない」ともう一度言うと、
口移しで
鳴海に自分の気持ちを伝えた。
くちうつしで愛をください。
End