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Mistletoe Kiss.
Narumi&Shirogane Ver.
ぱあんッ!
威勢のいい音が静かな神の庭に響き渡った。
「ってぇッ!」
「な、なな、ななな、何をする!何のつもりだ!」
頬を押さえる鳴海に、大男のサンタコスと同じくらいに顔を真っ赤にしたしろがねが詰問する。
「あなたは今!私に何をしようとした?!キスしようとしたな?!な、な、な、何でそんなことを!」
こういうことに耐性がないことを暴露しているも同然のこの事態に、さしものしろがねも冷静な判断ができないようで、照れ隠しの張り手が幾度となく鳴海に飛んだ。飛んだが、流石、というべきか、2発目以降の張り手は軽々と、しかも完璧に受け身を取られてブロックされた。こんなにも頭の中が煮え茹ってさえいなければもう数発はヒットさせている筈なのに!、と思えば思う程、今現在の自分の取り乱し方の沸点を更に上げてしまうしろがねだった。
「や、やっ、やめろって!な、何って?コレ、ほら、このリース!」
鳴海はわたわたとしろがねとリースを交互に指差して懸命に言い訳をする。
「このリースが何だ?!」
しろがねは素早くリースに視線を走らせ、すぐに鳴海を睨みつけた。しかし、その一瞬に作ってしまった隙にしろがねは両手首をでっかい手の平に捕獲されてしまった。
自分の真っ赤な顔が鳴海と向かい合わせになるこの体勢も、しろがねには気に入らない。
「何だって、ヤドリギじゃねぇか」
「だからヤドリギのリースがどうした?」
放せ!えいっえいっ!と暴れるしろがねだったが鳴海の怪力に勝てるわけもなく、終に無駄な抵抗は止めて、ひた、と睨み据える目力に全精力を注ぐ。
「だってほら、クリスマスにヤドリギときたらあれじゃんか」
「あれ、とは何だ?」
「ヤドリギの下で男女が…」
「ヤドリギの下だから男女がどうした?」
「えーと、その、キスしてもいい…」
「キス?!何でそうなるのだ?!」
「え…」
鳴海は言葉を詰まらせた。何だか会話が、予想以上に噛み合わないから。そして眉間に皺を寄せて「もーしーかーしーてー?」と言う顔になった。
「………もしかして、おまえ、知らねぇの?」
「し、知らないって何が?」
鳴海が知ってて自分が知らない、というのもしろがねにはカチンとくる。
「ヤドリギの有名なエピ…」
「だから、ヤドリギとキスが何の関係が」
「……」
ヤドリギの下でキスをする、それは好きなコとキスをするためのとても素晴らしい口実。
「カトウ、早く答えてくれ……カトウ?」
鳴海は見るからに、もう本当に見るからにガックリと項垂れた。
「いい。もう。すまん」
「え?いいって?」
「いい。オレが悪かった。あわよくば なんて考えたオレが悪かったんだ。さっきのこたぁ忘れてくれ」
鳴海は大きな大きな溜息をついた。
「で、でも」
「おまえはオレなんかよりもずっと賢いけどよ、意外とオレが知ってるようなどうでもいいことを知らなかったりするってこと、すっかり忘れてた…」
しろがねも忘れていた。そう、自分がけっこう世間知らずだということを。
「嫌な思いさせたよな、悪かった、しろがね」
ばんばん、と鳴海の大きな手の平がしろがねの肩を、元気出せよ、と言いたげに叩いた。
いや、むしろ、元気出せよ、は鳴海の方で。
「でもカトウ、私は何を知らなかった…」
「ま、いいじゃん、くだらねーことだ。気にすんな」
鳴海はハハハと力なく笑った。
クリスマスミサの帰りしな、小さな子どもたちが大人たちに促されてヤドリギのリースの下で可愛らしいキスをしている光景を、サンタ姿の鳴海は微笑ましく眺めていた。ヤドリギのエピソードは有名だけれど本場では本当にキスをするってことはあまりないと聞く。だから鳴海は「まぁ、子どもだしな」、「日本人ってけっこうミーハーだしな」なんて軽く考えていた。
でも、自分とあまり年の変わらないカップルもまたキスをしてて、そしてこれがファーストキスだったんだな、みたいなムードで、それを目撃した鳴海は「これは使えるかもしんない」なんて考えた。
それで…勢いでしろがねを呼びつけた。
友達の域を出ないけれどとても気になるしろがねにキスができるチャンスが到来したのだ。おフランス人のしろがねは勿論このヤドリギの話を知ってるものだと思い込んでいたから(無骨の塊の自分だって知っているエピをまさかしろがねが知らないなんて思いも寄らなかったのは仕方のないことだろう)、それが某かのきっかけになればOKだし、そうでなくともキスしてもネタになれば最終的には「仕方がないな」と許してくれるものだと考えていた。
でも。
しろがねはそれを知らず、キスも不発だった。
ヤドリギのエピを一から説明して、だからおまえとキスしたいと思ってわざわざ呼び付けた、だなんて改めて言うこともできない。タイミングは思いっきり外してしまったのだ。
カッコ悪いにも程がある。
「でも…」
気にするな、と言われたしろがねは気にしないわけにはいかない。何か、自分が無知だったせいで目の前の大男をひどくガッカリさせたことが明白だったからだ(鳴海も、思ってることが思いっきり顔に出る、そんな自分の性質をもっと自覚して欲しいとも思うしろがねだった)。
でも鳴海は自分の無知を教えてくれようとしない。
ヤドリギの話を詳しく教えてくれたらいいのに。
きっとキスを拒んではいけなかったのだろう。
しろがねだって鳴海にキスされるのが嫌だったのではなくて、ただものすごく驚いてしまっただけで。しろがねだって『どちらかと言うと』(ハッキリ言い切ることに抵抗があるのでこんな言い回しがつくけれど)鳴海とのキスは憧れてたりもするわけで(だって彼女は鳴海のことが好きだから)。
「サーカスまで送る。これ着替えてくるから中入って待っててくれ。表、出して悪かったな、寒かったろ」
鳴海は重たい扉をまた開けて、しろがねの背中を押した。中は暖かかったけれど、しろがねにも鳴海にも暑いくらいだった。
「あー…何でかな、こんなに汗かいちまったぜ」
鳴海がまた溜息をついた。鳴海は自分が溜息がちになっている自覚はないようだけれど、着替えのために教会の奥に消えていくその背中はかなり丸まっていた。
鳴海がサンタコスチュームを脱いで戻ってくると、しろがねは礼拝堂にいなかった。キスの無礼に怒って先に帰っちまったのかな、と思い、ちょっと駆け足になって教会の外に出た鳴海の心配をよそに、しろがねは件のリースの下に立っていた。白い息を吐いているしろがねの身体が冷え切っているだろうことが目に見えて、鳴海は呆れた声を出した。
「外は寒いだろうによ」
「…ちょっと、頭を冷やしていた」
ばたり、と扉を閉め、鳴海はリースを見遣った。よみがえる、少しほろ苦い、ついさっきの出来事。鳴海は口の端を少し上げて苦笑する。
「それで…ヤドリギの話なのだが」
「あーもー、その話は止めようぜ?」
ささ、雪が本降りにならねーうちに、と歩くよう促す鳴海をしろがねはスルリとかわした。
「待っている間、携帯でな、検索してみた。ヤドリギの下に立った男女はキスをする約束なのだな。私はそれを知らなかったのだ。すまなかった」
しろがねが律義にぺこりと頭を下げる。
「い、いーよ、別に謝らんでも…」
そんな風に淡々と謝られるのもまた切ない。と、考えていることも顔に出ていたからだろうか?気がつくとしろがねの大きな銀の瞳がじっと見上げていた。
「私は…あなたにそんな悲しそうな顔をさせるつもりはなかった。本当にすまない、私が、何も知らなかったせいで」
「だから、いいってば。オレが悪いんだって。それはさておき、帰ろうぜ?ここに立ちんぼじゃあ身体が無駄に冷えるだけだぜ?」
空を見上げるとしんしんと降り落ちる白い雪。あーオレ傘ねぇや、借りてこねーとなぁ、なんて独りごちている鳴海の背中にしろがねは呼びかけた。
「カトウ」
「ん?」
「これは何だ?私たちは何の下にいる?」
「ヤドリギの…」
鳴海は口を噤んだ。
ヤドリギのリースの下に立つしろがねはとても綺麗だった。白い雪の羽根も、金色のキャンドルの後光も、しろがねの綺麗さを引き立てて。
しろがねが鳴海に微笑んでいるようにみえた。何か、自分に物言いたげに、自分を待っているかのようにヤドリギの下に佇んでいた。
鳴海はそうっとしろがねに近づいて手を伸ばした。しろがねは逃げる気配もなく、難無く腕の中に納まった。
「しろがね」
しろがねの細い指が鳴海の頬に触れた。とても繊細で冷たい指だった。腕の中で、しろがねが背伸びをしたのが分かった。だから鳴海も首を前に傾け、瞳を閉じた。
むに。
両の頬がこれでもかと左右に引っ張られた。
不機嫌そうに、鳴海の瞳が細く開く。お世辞にもいいとは言えない目つきがかなり悪くなる。細い視界の先に、悪戯っ子のような表情をうかべているしろがねがいた。
「あなたは私がキスすると思っただろう?」
「そひゃふぁーな…ほのひひゅへーひょんひゃな(そりゃまーな…このシチュエーションじゃな)」
「莫迦」
鳴海の眉間の皺が更に深くなったのを見、しろがねはようやく摘んでいた鳴海の頬から指を離した。
「おまえって意地悪だなー」
「そうか?」
しろがねはむくれる鳴海を尻目にスタスタと雪降る教会の庭に下りるとポンと傘を差した。
「カトウ、傘がないのだろう?一緒に入っていくか?」
鳴海は自分と対照的にやたら機嫌のいいしろがねに、べえ、と舌を突き出して見せると大股で追い付き、しろがねから傘を受け取り彼女に差しかける。しろがねは傘を持つ鳴海の腕に腕を絡め、ゆったりと銀色の頭をもたれかけた。
「あそこまでムードが出来てたら、キスさせてくれたってよくねーか?」
「今度またきちんと、キスがしたくなるようなロマンティックなシチュエーションを作ってくれ」
「それをオレに求めるか?」
「次回に乞うご期待、だな。力押し、とか、無理矢理、ってのは認めないから」
「一生キス、出来ねぇんじゃねぇの?オレら」
何時の間にか不機嫌の虫がいなくなった鳴海の横顔に、しろがねは幸せそうな笑みを浮かべた。
そんなふたりを、本日お誕生日の聖人がお見送り。
空から白い贈り物。
End
May this season bring hapiness
and the best of everything
in the coming New Year !!!
Kuu.