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Mistletoe Kiss.
Narumi&Shirogane Ver.
チラチラと、真っ黒の空から純白の贈り物が落ちてくる。降り出したばかりなのに、もううっすらと道路も白っぽい。しろがねはただでさえ派手な銀色の髪に雪の結晶の髪飾りをくっつけて、これまた雪よりも真っ白い息を吐きながら夜道をひとり歩く。見慣れた住宅街も今の季節はあちこちでクリスマスのイルミネーションが輝いていて、しろがねはそれらを物珍しそうに見送った。
ぴかちん
ぴかちん
ぴかちん
ぴかちん
銀瞳がキラキラと瞬く。
正直、一般家庭でもこうやってライトでもって夜を飾る、なんてことをしているだなんて今年までしろがねは知らなかった。こんな慣習、今年が初めてってわけでもないのに。如何に、自分の瞳に何も映っていなかったかを思い知らされる。何もかもがどうでもよかった。映っていたけれど、映ってなかった。瞳に映る全てが、彼女にとってただ通り過ぎるだけの無関係なものに過ぎなかったから。どんなに美しい、きれいなものも彼女の心に残らなかった。
でも今年のしろがねは、それに気がついて、それを知っている。
これまでにはなかった何かが、しろがねの中に生まれている。
しろがねは両親に挟まれた小さな女の子とすれ違った。
女の子は何やらプレゼントをその胸に抱えている。
「ほんもののサンタさんにあえたー!」
女の子はニコニコと笑みがふくよかなほっぺから文字の如く零れ落ちそうだ。
ああ成る程、そのプレゼントはそのサンタさんからもらったのか。
しろがねも目元を緩めた柔らかい表情になる。
「よかったなぁ、本物のサンタさんに会えて」
「やっぱり教会だもの、本物よね」
「うん!」
両親がやたら「本物」を強調しているのは我が子の幼さを微笑ましく思っているからだろう。親としては子にいつまでも持っていて欲しいけれど、いつかは失くしてしまう、でもどうせ失くすのだとしても出来るだけ長く持っていてもらいたい純粋さ。
本当にサンタがこの世にいると掛け値なしに信じることができた頃、できる時期、それは短過ぎる無垢の時代。やさしくて暖かい時。
私にはそんな時期はなかったな。
サンタ、なんて私の元にやってきてくれたことなんて一度もなかった。
それどころか、サンタが存在することを信じるも何も。
幼少期の私は【クリスマス】も【サンタ】も、そんな言葉すらも『知らなかった』。
私の中に【サンタ】自体が存在してなかった。
しろがねは瞳の中の星を寂しい色に染めて、耳を切るような冷たい風に身をすくめた。
しろがねが歩く寒い夜道の先にあるのは教会。
今宵の教会はきれいにクリスマスの飾り付けがされていて、至る所にキャンドルが置かれ火が灯されて何とも幻想的だ。しろがねの銀色の瞳に橙色の暖かな灯りが映り込み、金色の瞳になった。荘厳な雰囲気に思わず呼吸が緩やかなものとなる。
教会の外壁に手作りの様々なリースが飾られていて、その中央に位置する扉には一際大きな淡い緑色のシンプルなリースが掛けられていた。扉のすぐ傍に、オーナメントがすべてジンジャークッキーで作られている大きなクリスマスツリー。
扉を静かに細く開けて、その隙間から内部の様子を探る。クリスマスのミサは既に終わったようで、礼拝堂には誰もいないようだった。明かりは点いているがしろがねの目には誰の姿も見つけられない。床の上に一片の紙切れのようなものが落ちていた。しろがねは扉の隙間から音も無く礼拝堂の中に滑り込み、それを拾い上げてみる。どうやら紙吹雪のようだった。辺りを見渡しても他には見当たらない。きっと掃除しそこなった一枚なのだろう。
紙吹雪を手にしたしろがねが顔を上げると、彼女のことをはるか上の方からじっと見下ろす、十字架に貼り付けられたままのイエス・キリストと目が合った。しろがねもキリストに視線を据えたままコツコツと歩を進め、一番後ろのチャーチチェアに腰を下ろした。
重たい十字架。
苦難の道。
茨の冠。
彼女に課せられた重たい運命と、過去も未来も彼女を傷つける茨で埋め尽くされた道。
不敬虔だとは思いつつも、しろがねは「自分に似ている」と神の子に親近感を覚えてしまう。
神の子よ。
あなたは偉大なのでしょうが、あなたが私を救ってくれたことは一度だってなかったですよね。勿論、私の信心が足りなかったのでしょうが、それでも小さな喜びすら、あなたは私に示してはくれなかった。あなただけではない。世界中、ありとあらゆる神も仏も、孤独な運命の歯車に挟まれて身動きのとれない私に手を差し伸ばしてくれなかった。
真っ直ぐな瞳で磔刑の聖人を睨みつけていたしろがねだったけれど、今日と言う日に恨み言をぶつけられる聖人が気の毒にも思えて、ふっ、と苦笑いをした。今日はイエス・キリストの生誕を祝う日の前夜祭だ。
「私はあなたに何も期待はしていないから。別にいいのだ…」
自分の心の中に小さく湧き上がった独白のことなど捨て置いて欲しいと何の気なしの独り言が口をついた。そんなことを言わずとも、神や仏は何にも答えてくれないけれども。
そう、答えなど、返らない筈なのに。
「何を期待してないって?」
誰もいないはずの礼拝堂のどこかから返事があったので、しろがねは心底驚いてしまった。
「な、何?どこ?」
「ここ」
3列前のチャーチチェアの合間から、本場のグリーンランドにだってそうはいないのではないかと思わずにいられない、やたらとデカくて筋肉質なサンタクロースがひょこっと顔を出した。豊富な真っ白い口髭と顎鬚で顔の半分以上を隠してはいるが、このサンタの正体はすぐに分かる。
「カ、カトウ、いたのか。何をしている、そんな狭いところで」
「いやな、気前よく紙吹雪を降らせたはいいんだけど、後片付けが案外大変でさ」
鳴海はこの教会の神父と知り合いで、クリスマスミサの余興としてサンタ役を頼まれボランティアしたのだった。
「すっかり掃除したんだけどさ、たまたまこの机の下に一枚見つけてさ、這い蹲ってこう…」
鳴海はデカい身体を屈めて狭いチェアとデスクの間にぎゅむぎゅむと挟まって見せた。
「これか?さっき拾った」
「そうそう。さんきゅ」
しろがねは差し出された大きな手の平に白い紙切れをそっと置いた。
「ここから出ようとしたらおまえが来て…何だか難しそうな顔をしてたから何だか出辛くて隠れて覗いてた」
「な…私をここに呼び出したのはあなただろう?あなたを待っていたのに隠れて様子を見ていたなんて…!」
「あー、だから悪かったってば」
謝りながら鳴海は立ち上がった。在り得ないくらいに巨躯のサンタが現れた。
さっきの女の子はよくもまあこのサンタに威圧感を覚えなかったものだと思わずにはいられない。
「で?オレに何を期待してないって?」
しろがねに近づきながら鳴海が言う。
「確かにこんな恰好をしてたクセに、登場の仕方は全くヒネってなかったな…笑わせるチャンスだったのに。すまん」
「あなたのことじゃない。ただの独り言だ」
しろがねは静かに首を横に振った。しろがねもチェアから立ち上がった。
「それより私に何か用があるのだろう?わざわざ携帯にここに来るよう留守電を残すくらいなのだから」
「あ?ああ…ちょっとな」
鳴海はほんの少し目を泳がせながら、デスクの足元にもう一つ見つけた紙吹雪を拾うために身体を丸めた。
「ああ、そうか。この後始末を私に手伝って欲しいのだな?確かにあなたみたいな身体ではその作業は辛いな。よし、私もやろう」
「いいんだ、これはもう。終わったから」
「そうなのか?」
しろがねはせっかくヤル気を出して屈めた腰を伸ばす。
「神父さんには帰っていいってOKもらってんだ。ただ…おまえを待ってる間、手持無沙汰だったから」
「そう?ならば私に用事とは?」
「お、おう」
鳴海の目は更に泳ぎ、大きな手が白髪のかつら越しに髪をバリバリと掻く。白髪と口髭に囲まれた、かろうじて見える地肌の部分が若干赤いようにも思える。明らかな挙動不審。
「どうかしたのか?」
訝しそうに見つめるしろがねに、鳴海は『来い来い』と手招いた。
「ちょっとさ、こっち」
「何だ?」
「いーから!こっちゃ来い!」
「何なんだ…」
しろがねは大きな赤い背中について、ついさっき入ってきた大きな扉の前までやってきた。鳴海はその扉を開け
「えー…と。このドアを出て」
と促した。
「何?」
「いーから、いーから」
鳴海に背中を押され強制的に外に出される。再びしろがねを取り巻く、雪交じりの冷たい風。鳴海は扉を閉めると軽く咳払いをした。
「それで?私に何の用なのだ?」
不審そうに見上げるしろがねを見つめ返し、白い顎鬚の陰で喉仏が大きく上下した。鳴海は赤い帽子ごとかつらを取り、口周りを賑やかにしていたヒゲを取り去った。しろがねのよく見知った、鳴海の顔が現れた。
鳴海はやはり、どうにも視線が定まらず、どこか怒った(いや、困っているのか?)ような顔をしている。
「しろがね」
何だか鼻息が荒い。
「何だ?」
「いいか?コレ、な?」
鳴海の無骨な指が扉の上部に飾られているリースを指差した。一体何がいいと言うのか、さっぱり分からないしろがねだったが、鳴海の指差したクリスマスリースに視線を転じる。
鳴海の顔くらいの高さに掛けられたリース。
白くて丸い実と小さな葉のついた、細い枝を丸く束ねただけのリース。壁に飾られている他のリースと比べると、質素、としか言いようがない。
この地味なリースが何だと言うのか、このリースに何の理由があって自分はわざわざ教会に呼びつけられたのか、しろがねには鳴海の意図がまるで分からない。
「このリースが一体どうしたと…」
しろがねはいささかキツめの視線を再び鳴海に戻し、答えを求める。そうして心臓が破裂したかと思うくらいに驚いた。
何故ならリースを見るために一瞬気が逸れて、鳴海に質問するために仰向いたしろがねの目前に、どうしてか、鳴海の顔がありえないくらいに肉薄していたからだ。それも唇を突き出したら、唇同士が触れ合ってしまうくらい近くに!
しろがねは自分の顔が火がついたのではないかと思うくらいに熱くなったのを感じた瞬間、頭の中が真っ白になった。