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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。

 


 


  


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


天の河瀬に船浮けて


 




(後)


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


仮縫い終了後、鳴海はしろがねとお子様ズをサーカスのトラックへと送り届けることにした。


夜道は(といってもまだ20時台)、女子どもだけじゃ危ないから、と言って。


本当はただできるだけ長くしろがねと一緒にいたいから。


けれど、今現在の鳴海は考えることが多すぎて、せっかくしろがねと肩を並べて歩いているというのに


難しい顔をして気も漫ろだ。


しろがねは黙りこくったままの鳴海がどうしても気になる。


「カトウ……どうかしたのか?」


「あ?何が?」


鳴海はしろがねに声をかけられて、自分が考え事に没頭していたことに気がついた。


 


 


 


考え事は


① セール期間中の生活費について。来月分を前借りしてでも今回の資金に当てるかどうか。


② この機に買い換えたほうがいいもの、買いだめしておいた方がいいものの脳内リストアップ。


③ しろがねの艶姿が不特定多数の野郎に曝されることへの憤懣。


   しろがねのキスが他の男に奪われるかもしれない(その確率の方がずっと高い)ことへの焦燥感。


④  万が一、祝福を受けるのが自分だったとき、どんな顔・態度をすればいいのかのシミュレーション。


   (その確率ははるかにゼロに近いのに。)


こんなところ。


 


 


 


「何だか、不機嫌そうな顔をしているから」


「そ、んなこたねぇよ」


鳴海は目を三角にして、頭をガリガリと掻いている。


「ま、おまえもよく引き受けたもんだよな。祝福のキス、なんてよ」


チラリ、としろがねに目を向けると、銀色の瞳がじっと自分を見上げているものだから、鳴海は慌てて目を逸らした。


ヤキモチが、しろがねに見透かされてしまうような気がしたから。


「承諾してから説明を受けた。やる、と言った以上、引き受けないわけにはいかないから」


「そりゃそーだ…」


だけど、どうしたって下唇が前に出てしまう。


「もしかして……ヤキモチ、妬いてるとか?」


しろがねがとんでもない図星を指す。


やはり見透かされちまったか!


鳴海は破裂した心臓を持て余し、


「んなわけねーだろが!自惚れんなよなぁ」


そう憎まれ口を叩き、話を強制終了させる。


赤い顔をしろがねに見られたくなくて、急いで鳴海はちょっと前を歩く子どもたちに合流した。


恥ずかしくてしろがねのことを見る余裕がなかったから、しろがねがとても傷ついた顔をしたことに気がつかなかった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


セール初日。


開会の挨拶、というと大袈裟だがその時に催されたイベントでしろがねの織姫が紹介された。


勿論、鳴海もその艶姿をサーカスの面々と見に行った。


織姫っぽい髷の形の銀色のウィッグをつけ、悩殺衣装を身に纏い、妖艶なメイクを施されたしろがねは


文句なしに絶世の美女っぷり、魔性の女っぷりをその場にいた男全員に見せつけた。


銀色のしろがねは地上の星さながらで、自ら力強い光を放っている。


悩殺!


ノリ・ヒロ・ナオタはしろがねを惚れ直した。


それは鳴海も例外でなく。


 


 


 


あれが織姫では一年に一回しか会えないおあずけ状態の彦星は堪ったものではないだろう。


364日を悶々と過ごすしかない。


オレだったら完璧に天の川を泳いで会いに行くこと間違いなしだ。


それか自力で船を作ってやらあ。


年にいっぺんの、それも天気に左右される逢瀬なんざ待ってられっか。


 


 


 


そこまで考えて、目下の問題は誰がしろがねのキスをものにするか、だということに気がついた。


見ず知らずの男になんざ、しろがねの唇はやれねぇ。


例えそれが額でも頬でも唇でも同じこと。


くどいようだが、オレだってしてもらったことがねぇってのに。


やはり福引を何回引けるかにかかっている。


確率は高いに越したことはない。


ノリ、ヒロ、ナオタの瞳も燃えている。


その場にいた男なら誰しも考えたこと、できる限りの福引券をゲットせねばなるまい!


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


鳴海にとって人生で一番買い物をした一週間だった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


最終日、朝。


鳴海は福引券を握り締め、『織姫用の新井式回轉抽籤器』の前に立った。


この券で33回、福引ができる。


まだ、『当たり』は出ていない。


一応、サーカスの面々には「しろがねのキスには興味がない」というスタンスでいるので、こんな姿は誰にも見せられない。だから朝一番でここに来たのだ。


この時間なら連中はまだトラック周辺で芸の練習に励んでいるはずだから。


ふうううううっと、深く息を吐く。


精神統一、明鏡止水、無我の境地。


邪念を払い、いざ!


鳴海は取っ手を掴むと、ひとつひとつ、玉をはじき出していく     


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「お陰様で売り上げは好調すぎるくらいに好調だよ。昨年度の売り上げの170%UP!」


商店街の会長は笑いが止まらないようだ。


この機に大きな買い物を商店街でする客が続出しているらしい。


会長の話し相手はしろがね、その人だ。


「それはよかったですね」


「それもこれも、しろがねさんの織姫がきれいだったからだよ。また来年もお願いしたいなぁ」


「はあ…」


しろがねが生返事をする。


朝早く、今日の打ち合わせに来たしろがねは会長とばったり会い、彼の嬉しい叫びを聞かされていた。


しろがねは複雑な顔をする。


 


 


 


鳴海はこの一週間、しろがねの織姫についての話題をぱくとも口にしない。


どんなに褒められても、鳴海に褒められなければ意味がない。


誰もが「きれいだ」と賛辞してくれても、鳴海の言葉でなければ価値がない。


「結構似合うじゃねぇか?」


たったそれだけでいいのに。


鳴海はちっとも関心がない様子で、


「福引なんてやんねぇよ。あんま、あそこの商店街で買い物ってしねぇけど(ウソ)、福引券もらったら勝にやるよ」


と言っておしまいだった。


別に、サーカスの若い衆みたいに目の色を変えて福引をやって欲しいとは言わないけれど、それでももう少し……


『私』に興味を持って欲しいとしろがねは思う。


まあ、もっとも、口を開けば憎まれ口でケンカばかりの女をカトウが可愛いと思ってくれるはずもないけれど。


何だかこの間から溜め息が止まらない。


 


 


 


「ホント、しろがねさんには感謝ですよ。男性客の買い物が格段に増えましたから。ほら、言ってる先から」


どこからともなくガラガラの回る音が響き、町内会長が指を指す。


しろがねはつられてその方向に目を向けて、思わず電柱に身を隠してしまった。


「こんな朝早くから熱心だねぇ」


長い黒髪を垂らした、背の高い大男が『織姫用の新井式回轉抽籤器』をグルグルと回している。


ガランガランという音が人出もまだ少ない商店街に響く。それもなかなか止まらない。


30回以上は回したのではないだろうか。


男は肩を落とし、トボトボと帰路についた。


あの後姿を見る限り、全部無残にハズレたらしい。


「あ~あ、可哀想だねぇ」


会長が蜜の味を舐めたような顔で言う。


「本当ですね」


そう答えるしろがねはにっこりと微笑んでいて、とても嬉しそうだった。


 


 


 


会長と別れて打ち合わせ場所に向かうしろがねの口元からこぼれるのは溜め息ではなく、気分良さげなハミングだった。さっきまでの切ない気持ちなどどこかに飛んでいってしまっていた。


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 


 


結局。


 


 


 


織姫の祝福のキスを受けたのは5歳の幼稚園に通う男の子だった。


以前、仲町サーカスを見に来たことのあるこの『彦星』はそのときからのしろがねのファンらしい。


「すきです!けっこんしてください!」


男の子は大きな声で叫んだ。会場が割れんばかりにどよめく。


『彦星』から『織姫』への決死のプロポーズ。


ブカブカの『彦星』の衣装に身を包んだ男の子をしろがねは抱き上げた。幼心にもこの世のものとは思えない美しさにぼうっとなっている小さな『彦星』のほっぺたに、『織姫』はやさしくキスを与える。


「好き嫌いしないで何でも食べて大きくなって、やさしくて強い男になってね」


拍手と歓声が上がった。


ノリもヒロもナオタも、そして鳴海も、あんなに散財したのに結局この祝福を受ける権利を勝ち取れなかったことに悔しい思いをしたが、まあそれでも5歳の子が相手だったので、ホッと胸を撫で下ろした。


これがご立派な大人だったら、こんな余裕などかましてなどいられないだろう。


 


 


 


「すきです……か……」


子どもっていいよな。


あんなにも真っ直ぐに愛を叫べるんだから。


身体を鍛えるよりずっと強い。心が強い。何てったって、怖いもの知らずだから。


大きくなるとどうしても失う恐怖が行動に規制をかける。


「オレも、あんな強さがあったらな…」


鳴海は壇上で優雅に手を振るしろがねに視線を向けると、その眩しさに目を細めた。


 


 


 


とりあえず、商店街の『七夕セール』は大成功に終わった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


その夜、しろがねは商店街の打ち上げに顔を出した。


ちょこっといて、すぐにお暇をしてきた。


今夜は天気がよくて、少し天の川も見える。都会の空ではほんのちょびっとしか見られないけれど。


奇しくも今日は七月七日で。


「織姫と彦星も、今年は無事に逢うことができたな…」


かささぎの橋渡しを待つことなく、上限の月の舟守が船を出してくれたはず。


天の川の流れも穏やかだろう。


天の川に船を浮かべて愛する人に逢いにいく。


好きな人に逢えるのが年に一度だなんて、何て気の毒なふたりだろうか。


それに比べたら私は…。


 


 


 


「よう、今帰りか?」


空から声が降ってくる。大好きな人の声が。


しろがねが振り仰ぐと鳴海が二階の窓から顔をのぞかせていた。


「ああ、打ち上げの帰りだ」


屋根の上にはきらめく天の川。


ちょっと待ってろ、鳴海はそう言って引っ込んで、すぐに玄関から現れた。


「お疲れさん」


鳴海は大きな手の平でしろがねの頭をクリクリと撫でて、ちょいちょいと鼻の頭を指で掻きながら


「……あのな、おまえの織姫…きれいだったぞ?」


と明後日の方を見ながら小声で言った。


鳴海はどうしてもその一言を伝えたくて、しろがねが家の前を通ってくれないかと二階から通りを見つめて待っていた。


こんなにデカくて腕の太い大男よりも、あんなに小さな男の子の方が言うべきことを真っ直ぐに伝えられる強い男だってのは悔しいから。


しろがねはうんと嬉しそうな顔になる。


相変わらず、鳴海はそれに気付かない。


「まあ、オレは『祝福のキス』とかゆーお祭り騒ぎには最後まで乗り切れなかったけどよ」


まだ、鳴海は照れ隠しでそんなことを言う。


しろがねは可笑しくて堪らない。


意地っ張り。


ガラガラを30回以上も回してたの、私は知ってるんだから。


それを暴露したら、あなたはどんな顔をする?


 


 


 


織姫と彦星は一年に一度しか会えない。


でも私はあなたにほとんど毎日会える。


私って、幸せだな。


 


 


 


「カトウ、ちょっと内緒の話があるのだが」


「何?」


耳を貸して、とジェスチャーすると鳴海は素直に大きな身体を屈めた。


「……福引30回、けっこう散財したのだろう?」


「な…っ!おま、知…!」


しろがねは慌てふためく鳴海の頬にちゅう、とキスをした。


鳴海の言葉が途中で切れる。


頬に手を当てたまま呆然としている様を、しろがねはクスッと笑った。


「『織姫』から『彦星』に、本当の祝福のくちづけだ。おやすみなさい」


「おう……おやすみ……」


 


 


 


中国の七夕は織女が牽牛の許へ船で訪れる。


日本の七夕は彦星が織姫の許に船で渡る。


ここは日本だ。


そしてしろがねがオレを『彦星』と呼ぶのなら、今晩あいつとの距離をなくすのはオレの役目だ。


何しろオレは、おまえに逢いに行くためなら天の川を泳いで渡ると豪語したんだから!


それにな、あの坊主にできた告白を、オレができねぇはずがねぇ。


鳴海はしろがねの許に駆け出すと、自分だけの『織姫』に思いの丈を込めて、愛を告げた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


お星様きらきら


空から見てる                 


 


 


 


短冊に書く願い事は


『この先ずっと、ふたり一緒にいられますように。』


 


 


 


End 

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