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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。






あと数日で夏休みも終わり、というある日、加藤家はたくさんのお客さんで賑わっていた。勝に涼子、リーゼとしろがね、それとこの家の主の加藤鳴海。いつものリビング、じゃなくて、一階の和室に座卓を出してみんなで角を突き合わす。それぞれに配られたお茶の入ったコップの中の氷が溶けるときに歌う以外は、割と静か。
何をしているのかといえば、夏休みの宿題。
画用紙に水彩絵の具。
絵のタイトルは『夏の思い出』。






ワタシノナカニトモルアカ。






『夏の思い出』が宿題なのは小学生の勝と涼子。
中学生のリーゼは『エコロジカル』がテーマのポスターが宿題。
仲町サーカスの青空天井じゃ、落ち着いて絵なんか描けないので鳴海の自宅を使わせてもらっている。ホントは外だと暑いから、というのが一番の理由。
しろがねと鳴海は
「せっかくだからふたりも描いてみたら?『夏の思い出』の絵」
という勝の提案にのってみたわけで。
鳴海は「絵筆なんて中学校以来だなあ」だなんて大乗り気。
しろがねは勝の手前、筆を持っているけれど、実は絵なんか描いたこともなければ、絵の具の使い方なんて全く分からない。
そんな5人が黙々と午前中いっぱいをかけて絵を描き上げた。






「ナルミ兄ちゃんって絵が上手いんだね」
出来上がった絵を見て勝が目を丸くした。
鳴海が描いたのは海の絵。
勝が唸るのも頷ける、繊細且つダイナミックな出来栄え。
「料理の上手な人っテ絵心があったりシマスよネ?」
とリーゼ。
「けっこう、いじめられっ子って勉強ができないわりに、妙に図工が得意な子っているよね」
と涼子。
「リョーコのその評価は褒められてんのか貶されてんのか、わかんね…」
と苦笑する鳴海を他所に、みんなの目はしろがねの作品に移る。



しろがね。何でもソツなくこなす、美人。
その人の描いた絵は……。
抽象画?
と、誰もが思ったが何も言葉にしなかった。
というか、できなかった、というのが正しい。
白い画用紙に真っ直ぐの線が何本か引かれ、パッチワークのようにその中がそれぞれ非常に薄い、淡い色で塗られている。
それが果たして何を意味しているのか、誰も分からない。



しろがねの出身国はフランス。フランスといえば芸術の国。
だから、みんなには分からなくてもものすごい意味があるのだろう。
現代絵画って意外とわけが分からなくとも高価だったりするし。初めて聞いたような名前の作家の作品だって、どこがいいのか皆目理解できなくてもウン十万てしたりする。
だから(orでも)、この『夏の思い出』が何を指しているのか、こどもたちの誰にもさっぱり分からない……。



そんな考えがみんなの心の中を埋め尽くしていると、しろがねは非常に恥ずかしそうに
「私は…これまで絵を描いたことがないものですから…すみません」
とホントに小さく小さく呟いた。
その声に、鳴海がこどもたちの後ろからひょいと覗き込む。
しろがねは、ああ、ナルミはきっと笑うだろう、と思った。
「何が何だか分かんねぇよ、コレ」とか何とか言って全く悪気なく屈託なく、それも大きな口を開けて大声で笑うだろう。
それにつられて、みんなも笑うだろう、と。
そう考えただけで、しろがねは彼女にしてはとても珍しいのだけど、穴があったら入りたい気持ちになった。



ところが、鳴海はしろがねの絵を一目見ただけで事も無げに
「あれだろ?フラワーパークだろ、それ」
そう言って、にっこりと笑った。
ああ、花畑……ほるほど、そう言われて見れば。
みんなが鳴海に言われて納得する中、かえってしろがね本人が鳴海の言葉にびっくり顔になって頷いた。
「よく分かったね、ナルミ兄ちゃん」
勝はそう言いたかったけれど、しろがねが傷ついたら困るので、その言葉はぐっと呑み込んだ。






こども軍団は昼食を食べた後、また和室で夏休みの宿題定番の読書感想文に取り掛かっている。
しろがねはリビングのソファにひとり腰掛け、鳴海の描いた海の絵を眺めていた。
ナルミの絵はお世辞じゃなくて、本当に上手い。
使用している色はみんな目に眩しいビビットカラー。原色遣いも鮮やかで、筆運びものびやかだ。まるで彼の心のようだと、しろがねは思った。
「皿洗い終わりっと……なんだ?まだ見てんのか、それ?」
鳴海がソファの後ろからしろがねの手元の絵を覗き込む。
「本当に上手だと思って」
「いじめられっ子時代は、身体を動かすことよりも机に向かって絵を描いてんのが好きだったんだよ」
リョーコの言うことはあながち外れてねぇんだよなあ、鳴海はガリガリと頭を掻いた。
「でも、私はこの絵がとても好きだ。あなたの心の中を見ているようで」
「恥ずかしいことをさらりと言うなあ、おまえ」
「だって、本当にそう思うのだもの」
鳴海はしろがねの絵を手に取る。それを横目で見ながら、しろがねは
「ナルミの絵の鮮明さに比べて、自分の絵はどうだろう?」
と思った。



何だか貧相で比べてみるのも気の毒だ。
鳴海の絵が彼の心を表しているのだとしたら、この絵は自分の心を表現しているのだ。色が着いているのかついていないのか分からないような、ほとんど白に近い絵。まだ自分の心は白い、ということをまざまざと見せ付けられることが、しろがねは何とも嫌だった。
「あんまり、見ないで欲しい。嘘じゃなくて、絵など描いたことないの…」
「そうだろうな。おまえは子供のころ…絵なんて描くことは必要とされなかっただろうから」



この人は。
言わなくても分かってくれる。
そのことが、しろがねにはとても嬉しかった。



「てことは、これはおまえの心の中、だな?」
「真っ白で…ね」
「白かねぇだろ?」
鳴海は笑う。
「浅い青。淡いピンク。きれいな黄色。透明な緑。くすんだラベンダー…」
鳴海はひとつひとつ指で追いながら、色に名前をつけていく。
不思議な感じ。
色の名前が呪文となってしろがねの心の中に入り込む。
まるでジグゾーパズルのピースのようにぴたりぴたりと嵌り込む。
「オレ、好きだぜ。やさしい色だ。みんな」
やさしい?私の心が?



「おまえさあ……オレと初めて会ったころは確かに真っ白な心してたよ。
びっくりするくらい真っ白白でさ。おまえの白って、拒絶の色でよ」
鳴海はソファの背もたれを跨いでしろがねの隣に腰を下ろした。
「でも、時間かけてこんだけ色付いた。自分ではまだ白っぽく見えんのかもしれねぇけどよ」
鳴海はしろがねの頭をくりくりと撫でた。
しろがねは改めて自分の描いた絵を見た。今度はきちんと色付いて見える。
「私、この絵をあなたに笑われるかと思った。下手だから」
「ヘタだろーがヘタでなかろーが、おまえが一生懸命描いたモンを笑ったりしねぇぞ?」
鳴海はちょっと真面目になって、しろがねの身体を引き寄せる。
「…よく…私が何を描いたか分かったな」
「そりゃあ、まあ」



おまえのことだから。



鳴海が手の平でしろがねの頬を包んだ。自然とふたりの唇がふわりと重なった。舌と舌が触れたとき、勝が鳴海を呼ぶ声がしたので、鳴海はしろがねと身体を離し慌てて席を立つ。
「だから、あなたが好き」
鳴海の背中を目で追いながら、しろがねはそう囁いた。
以前は、少しも自分の気持ちに気づいてくれない鳴海を鈍い鈍いともどかしく思っていたこともある。でも、気持ちが通じ合った今では、何にも言わなくても鳴海はしろがねの気持ちを汲んでくれる。
自分よりも自分を理解してくれている。
それが、何よりも嬉しい。



「そうだな。私の心は白くなんかない」
どうして自分の心を白いだなんて思ったのだろう?
こんなに、私の心の奥にはあなたを想う気持ちが真っ赤に燃えているのに。
真冬の陽だまりのように、真夏の灼熱の太陽のように。
時にじんわりと温かくやさしく、時に焼けるように熱くはげしく。
私の中に燈る赤。
あなたを愛する気持ち。
あなたに出会えた幸せ。
それらが私の心の中で力強く燃えている。
決して消えることのないアカ。



「また次に絵を描くときは、きっともっと、たくさんの色が使えるはず」
鮮やかに、濃く、そしてやさしく。
その時までにもっともっと、あなたに心を染めてもらおう。
あなたの色に。
しろがねは鳴海の絵と自分の絵を重ねてくるくると丸めると、輪ゴムでとめてリビングの棚の中にそっとしまった。



End
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