忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








千里も一里

 

 



今度の仲町サーカスの興行場所は四方八方を休耕田に囲まれているところ。『風光明媚』と言えば聞こえがいいが、はっきり言えばカントリー。あんまりにものどかで、東京都がお隣の県だなんて嘘だとしか思えない、そんな場所。

 

 

うっすらと空が白み出したけれどサーカスの皆はまだ布団から出てくるにはしばらくかかるだろう頃、しろがねはすっかりと身支度を整えてテント前の道路脇に立った。3月、とはいえ、いまだ桜のつぼみも固い時候、それも朝の5時ちょい過ぎときては遮るものなく、田畑をわたる風は問答無用に冷たい。でも、風の冷たさなど気にもならない様子でしろがねはじっと立つ。ある方向にでっかい瞳をビタリと合わせ、一日が始まる前の静けさに耳を澄ます。

広い空に鳥の声…。

不意にしろがねは(彼女にしてはいささか珍しく)頬を高揚させ始めた。キラキラ光る銀の瞳はもっともっとキラキラ光る。
敏い彼女の耳に届く、遠くから響く大型バイクのエンジン音―――。

 

 

「よう、ぅおはよ」
鳴海がヘルメットを外すと長く伸びた黒髪がライダースジャケットの肩を擦った。
「おはよう」
しろがねはいつも通りの素っ気ない顔で素っ気ない返事をする。
「ずい分と早いじゃねぇか?まだ5時半だぜ?」
「興行中はこんなものだ。早くに起きないと開演までに身体が起きない」
ふうん、と鳴海はエンジンを切ったバイクを駐輪場へと転がしながら大股で歩き出した。しろがねはその横をトコトコとついていく。
「で?こんなところで何してた?」
「身体を解そうと思ってここら辺を一周しようと…そうしたらあなたが来た」
「そっか。おまえは相変わらず真面目だなぁ」
鳴海はくくっと可笑しそうに笑った。

 

 

 

本当は。

 

 

 

興行最終日の手伝いに鳴海が来ると連絡を受けたから。それも夜間バイトが終わった足で高速を飛ばしてくると聞いたから。早朝に鳴海がサーカスに到着するのを出迎えたかったから。だからしろがねはいつもより早く起きて、わざわざ寒い中道路に突っ立っていたのだけれど、それを鳴海の前で認めるくらいなら舌を噛んだ方がマシだと思う。
「ご苦労さん」
鳴海が大きな手の平でしろがねの頭を撫でた。長い指が銀色の髪をくしゃりとする。その心地よい重みで下を向いた影で、しろがねは柔らかく口角を持ち上げた。
「もう…お坊っちゃまにするみたいに…子どもにするようなことを」
非難がましく言うわりには「しないで」とは続けない。しろがねは、本当は、鳴海の温もりを感じられるこのスキンシップが大のお気に入りなのだ。
「どうした?顔が赤いぜ?」
「冷たい空気にさらされたからだろう」
大したことじゃないと言いながら、しろがねは鳴海に見られたくなくて両手で顔半分を隠した。

 

「あなたこそ大変だったな。バイト明けにそのまま来て大変だったろう?」
「いや別に。高速も空いてたし…な」
ロードワークに出るはずの(元々出るつもりもないのだけれど)しろがねは、バイクを置いて手ぶらになった鳴海と肩を並べてサーカスに戻る。見上げるしろがねの視線の先で鳴海はあくびをかみ殺した。ほんの少し、しろがねの眉がひそめられた。
「カトウ、眠いのではないか?」
「…ん…ま、肉体労働してきてそのまんまだからなぁ」
「トラックで少し寝たらどうだ?開演まではまだまだ時間があるのだから」
「そうだなぁ」
言ってるそばから、鳴海はまたあくびをする。そんな自分の様子にらしくなく心配そうな目を向けているしろがねに気がついた鳴海は、こんなん大したことない、と両手を軽く振ってみせた。
「ホント、へーきへーき。オレはタフなのだけが取り柄だって、おまえ知ってるか?」

しろがねは「知っている」とコクンと頷いて見せるが、心配そうな瞳は変わらない。

「団長、起きてるか?挨拶しとかねーと」
「カトウが到着したことは私から伝えておく。皆が動き出すのにもまだ間があるのだから……そのままトラックに向かえと言うのに!」

鳴海の爪先がトラックからそれたので、しろがねは回り込み鳴海の進行方向を塞いだ。

「大丈夫だって」
「でも…サーカスの都合で仕事明けのあなたに早朝長距離を走らせて…。それであなたに身体を壊されても…」

「壊されても?」

「その、私が迷惑だ」
身体が資本なんだから、としろがねは説く。強い口調ながら彼女なりに気を遣っていることを察した鳴海が、ぽん、と手の平を銀色の丸い頭の上に置いた。
「わーったよ。お言葉に甘えてちょっと横にならせてもらうわ」
しろがねは鳴海の言葉に思わず頬が緩んでしまい、慌てて口元をきゅっと引き締める。
「でもな、ホントにオレのことはいいんだよ。どんな遠くでも…オレにとっちゃ千里も一里なんだから」
「センリもイチリ」
って何?って訊こうとしたしろがねの頭がズンと沈んだ。頭の上に載せられていた鳴海の手の平に突然力が入ったからだ。
「ふ、深い意味はねーよ!さあて、寝に行くかあ!」
何の脈略もなく大声を出した鳴海はくるりとしろがねに背中を向けると、そのままトラックに向かって大股で歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海が仮眠中。

 

 

 

しろがねは鳴海の到着を知らせついでに仲町にこう訊ねてみた。
「センリもイチリ、ってどういう意味ですか?」

非常に珍しいしろがねからの質問に、仲町は爪切りの手を休める。

「何だいきなり。千里も一里がどうかしたのか?」
「カトウがさっきそう言ったのです。『どんなに遠くてもセンリもイチリ』なのだと。私には彼の言う意味がよく分からなかったもので」
「ふううん。鳴海がねぇ」
仲町はニヤニヤとする。しろがねは仲町の反応に首を傾げた。
「何ですか?センリもイチリには何か面白い意味があるのですか?」
「里、ってのは日本での昔の距離の単位だ。だから千里も一里ってのは長い距離も短い距離と同じで気にならない、ってこった。要するに、鳴海にゃあウチのサーカスに会いたい目当てがいるから遠距離も苦にならないんだろうよ」
「目当て…」
しろがねは考えを巡らせて、はた、と手を打つ。
「なるほど。カトウが可愛く大事に思っている勝お坊ちゃまのいるサーカスですからね。勝お坊ちゃまのためにカトウは距離は気にならないのですね」
でっかい目で勝手に納得しているしろがねに仲町は笑いを噛み殺す。
「惚れて通えば千里も一里、会わず戻ればまた千里」
「はい?」
「って都々逸がある。都々逸ってのァ…まぁ、フランス人のおまえさんには日本古来の詩、とでも理解してもらえばいいか。千里も一里は今言った都々逸の一節だ」
「はぁ…ドドイツ…」

しろがねの顔は見るからにピンときていない。
「分かんねぇか?惚れた相手の所へ通うときは、遠い道も近く感じられて苦にはならない、って意味よ。鳴海はウチのサーカスに惚れてるヤツがいるんだろ?ソイツに一刻も早く会いたいと遠路遥々やってきたと。あのでけぇ図体で可愛いとこあるじゃねぇか、なぁ?」
「カトウに好きなヒト、ですか?それは…誰ですか?」

しろがね本人は無表情と平常心を装っているつもりなのだろうが、老練の古タヌキ親父には彼女の密かな動揺などはお見通しだ。仲町は面白可笑しそうな内心を隠してヒゲを撫でた。

「さてなあ?それは本人に訊かねぇと分かんねぇかもなあ」
「……」
鳴海が誤魔化して教えてくれなかった言葉の意味はよく分かった。けれど、新たな疑問がまた生まれてしまった。しかもその疑問は本人に訊ねないとダメだと仲町は言う。
もちろん仲町は鳴海が熱を上げている相手が誰かなど分かり切っている。サーカスの中でそれを分かってないのは本人だけで。
何やらを考え込んでしまって返事のなくなってしまったしろがねに、仲町はとうとう堪え切れなくなって腹を抱えて笑いだした。しろがねはどうして笑われているのが理解できなくて、難しい顔を更に難しくするしか術がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カトウ!すまない、起きてくれないか?!」
鳴海は突然揺り動かされ、強制的に起こされた。寝入り端の最も気持ちのいい眠りを邪魔されて、非常に不満気な目を細く開ける。ただでさえお世辞にもいいとは言えない目付きが悪くなる。
狭い視界にキラキラと眩しい銀色が見えた。
「んもぉ…何だよ…仮眠とれ言ったのはおまえだろお…?」
もたげた頭を枕に落とし、ふてふてと毛布を頭まで引き上げる。確かに寝ろと言ったのも自分なら、こうして起こしているのも自分だと、分かった上でしろがね は鳴海を揺する。可哀そうだとは思うけれど、彼女の中で発生した大問題を処理することの方に優先順位はつけられた。解答は目の前の男の中にある。答えさえ得られれば、しろがねの、このモヤモヤは消える筈なのだ。
「悪いとは分かっている。私の質問に答えてくれたらまた熟睡してくれればいい」
「…勘弁してくれよ、もお……何?手短にして……」
鳴海はしろがねに背中を向けながら、毛布の下でモゴモゴと言った。

しろがねはまるで巨大なイモムシのようだと思った。

 

 

「カトウの好きなヒトってヴィルマか?」
「……何でそうなんだよ?冗談じゃねぇや…あんな性悪女……」
「ではリーゼさんが好きなのか?」
「……オレにはロリコン趣味はねぇ……」
「ではリョーコさん?」
「…人の話聞いてるか?ロリコンじゃねーって今言ったろ?」
「ならカトウは、本当は、女性よりも男性が好きか?お坊ちゃまとか、ノリさんとか…団長とか」
「ふ ざ け ん な !」

 
 

鳴海はツッコミを入れずにはいられず、堪らずに跳ね起きた。毛布を足で跳ね飛ばし、きちんと正座して脇に控える小悪魔と向かい合った。
「カトウ、起きたのか?」
「違ぇよ!おまえが起こしたんだろが?何なんだよ、この質問攻めは?新手の嫌がらせか?」

「最後の質問にまだ答えてもらっていないのだが」

「最後の…って」

鳴海はバリバリと頭を掻き毟る。全くもって非常識甚だしいしろがねを一発叱り飛ばしてやろうかとも思ったが、自分を見上げてくる銀色の瞳が物凄く真剣で、ぎゅっと寄せられた眉があんまりにもクソ真面目な印象だったので、何だか怒るのも馬鹿馬鹿しくなって(そもそも質問も馬鹿馬鹿しいものだったし)、一気に気が殺げた。

「オレのどこ見て、野郎に惚れてるだなんて思うんだよ…」

鳴海は、おまえの目は節穴か?、と言ってやりたいくらいだったが、銀色の節穴なんてないだろう、とか何とかこれまたクソ真面目な返事が返ってくるだけだな、と言うのを止めた。

「で、何?オレを叩き起こしてまでこの質問が何なのよ?」

「あなたはさっき、『千里も一里』と言ったな?」

黙っていたら

「言ったな?」

といつまでもしつこく念を押してくるので、鳴海は渋々

「イイマシタ」

と返事をした。

「言葉の意味が分からなかったからリングマスターに訊ねたら、リングマスターは…要は、あなたにはこのサーカスに好きなヒトがいるのだ、と教えてくれた」

「お、おま…そんなことを団長に訊いたのかよ…」

鳴海は大きな掌で顔を覆い、項垂れる。後で挨拶に行った時の、仲町のニヤニヤ顔が目に浮かぶようだ。

「それで、それは誰なのだろう?、と気になったから訊いてみた」

「気持ち良く寝ているところを叩き起こしてか?」

「そうだ」

鳴海が指の間から覗くと、キラキラと瞳を輝かせて身を乗り出しているしろがねが見えた。人の気も知らないで興味津津で質問攻めにしてくれやがって、と鳴海の唇が尖った。

 

 

 

「ヴィルマもリーゼさんも涼子さんも違う。男性団員でもない。となると、ウチのサーカスに残るのは私しかいない。ということはあなたが好きなのはもしかして…私なのか?」

「……」

「消去法でいくと、私が残るのだが」

あれ…?

と、鳴海の思考が停止する。停止しているというより混乱している、と言った方が正確か。半分寝た頭で反射的に答えた結果、図らずも遠回しに告白をしてしまったことに今やっと思い至る。それも本人に。

手の下で顔がユデダコになっているのが分かる。指の間から覗くことも出来なくなってしまった。

「おまえ…図りやがったな…」

「は、図るだなんて、そんなつもりは」

「……」

「……」

「で、どうすんの?」

下を向いたままの鳴海にいきなり質問を返される。

「どうする…とは」

「オレの好きなヤツを訊き出したんだろ?で、それを知って、おまえはどうすんの?」

「どう…」

しろがねはいつの間か答える側に回っていた。しろがねの返事が詰まったのでトラックの中は沈黙する。沈黙の長期化が予想されたので、鳴海はもそもそと毛布を引っ張り、またゴロンと横になった。

「カトウ?」

「寝る」

「……」

こういう気まずい空気が嫌でこれまでしろがねを好きだってことを知られないようにしてきた(つもりな)のに。勝のことが第一で、自分はお坊ちゃまの健やかな成長にちゃちゃを入れ過ぎるきらいのある、怒る対象、ケンカ仲間でしかないのだから。

「何か寝惚けて起き上がってた。多分、寝て起きたら…寝惚けてた間のこたぁ忘れてると思う。おやすみ」

「……」

鳴海は、関係の原状回復は難しいんじゃねーかなー、と思った。どうしたもんかな、と悩んだ。降って湧いた悩ましい問題に眠気なんかどこかに飛んで行った。

鳴海がちょっとでもしろがねの顔を盗み見ていたら、彼女もまた自分と同じくらいユデダコになっていることに気がついたろうに。

 

 

 

「あの…」

「……」

しろがねは頭に毛布を被って床に転がる巨大な背中に話かける。

「私は、知ってどうするのか、ということまでは考えていなかった。すまない…」

「……謝って済むんなら警察はいらねーんだよ」

寝たフリをしてやるつもりだったのに、どうしても一言言ってやりたい気が治まらず、ついつい小学生男子的使い古されたフレーズが口をつく。

「ただどうしても…このサーカスの誰かをカトウが好きだというのなら…それが誰なのか凄く気になって…あなたが起きるのを待っていることも出来なくなった」

「……」

「私はあなたの好きな誰かが…ヴィルマやリーゼさんや他の誰かではなく私で…嬉しいと思った。知ってどうしたらいいか、は分からないけれど、知って…そういう風には思った。あなたが私を好きだと言ってくれるなら…あなたのために、私に出来る事ならば何かしてあげたいと…思う。これでは答えになっていないだろうか?」

しろがねは両手で胸の真ん中を押さえた。トクトクと、速い速度で心臓が動いている。しろがねの心臓は鳴海のことを想うといつも速く動きたがる。速く動きながら、どこか痛かった。これまではどうしてそうなのか分からなかったけれど今なら分かる。

今のしろがねの胸はどこも痛くない。ただ胸がいっぱいで、ほんの少し、苦しいかもしれないけれど。

「…カトウ…また眠ってしまったのか…」

鳴海の様子を窺おうと、そろ、と近づいた時、毛布からにゅっと手が伸びてしろがねの手首を掴んだ。そしてぐっと引き寄せられたと思った瞬間、毛布が羽ばたく鳥の翼のように膨らんだ。気がつくとすっぽりと頭から毛布を被る鳴海の胸元に、しろがねもすっぽりと収まっていたのだった。

 

 

 

「カ、カト」

「黙ってオレが寝るまで添い寝してろ」

「……」

「オレに何かしてくれんだろ?添い寝はアウトか?」

「…ううん…」

「よし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後。

 

 

 

朝食に呼びに来たメンバーにより、トラックでふたり仲良く一枚の毛布にくるまって寝ている鳴海としろがねが発見された。しろがねは鳴海に腕枕をしてもらい、その筋肉胸にぴったりと幸せそうに張り付いていた。付近には脱ぎ捨てられた鳴海のジーンズが転がっていたことから(単に寝苦しいから寝る前に脱いだだけ)、サーカス内では数人の涙を呼んだ…。

 

 

 

 

 

End

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]