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すまないと
言えないままの
雨宿り
大粒の雨、雨、雨。
勢いが良すぎて当たるとメチャクチャ痛い雨。
急に振り出した雨に困って、鳴海は商店街のシャッターが閉まっている店の軒先を借りた。
しばらくは止みそうにない強い雨だけど所詮は通り雨だ。
別に濡れたら困る服を着てるわけでなし、家まで走って帰れないこともないけれど、さりとて急ぐ用があるでなし。
だからぼんやりと灰色の空を眺めながら雨が小降りになるのを待つことにした。
一昨日にあったちょっとした出来事で物想いに耽つつ。
雨が降り出して幾らか時間が経つと、俄か雨に傘を持たずに難儀している自分と同じ境遇の道行く人の姿は少なくなった。雨のせいで人通りが少なくなったのと、傘を差して歩いている人が増えたのと。
不意にパシャパシャと水溜りを渡る軽い足音が聞こえてきた。
自分と同じ雨宿り組の存在に淡い親近感を抱いていると、その足音は鳴海のいる軒先に駆け込んできた。鳴海は条件反射で音のする方を向いて、相手はようやく雨を凌げる場所に辿りついて下ばかり見ていた視線を上げて、何となく顔を見合わせてお互いにハッとする。
しろがねだった。
鳴海はムッツリとした顔でふいっと視線を逸らした。しろがねも鳴海からできるだけ離れた所に立つ。
一昨日にあったちょっとした出来事で大喧嘩の真っ最中のふたりである。
バラバラと雨粒が廂を打つ音を伴奏にして沈黙が歌う。静か過ぎて耳が痛くなるような歌。
雨に濡れた銀色の前髪を鬱陶しそうに掻きあげるしろがねを、鳴海は気づかれないようにチラリと見遣った。しろがねはと言うとチラリとも鳴海を見遣る気配がない。
完全無視の姿勢なのか、鳴海はそれが面白くなく、フン、と鼻を鳴らしてソッポを向いた。
居心地の悪い空気に逃げ出せたらどれだけ楽だろうとも思うけれど、廂から滝のように流れ落ちる雨水に気を殺がれてしまうのは事実。
仕方がないから、一昨日にあったちょっとした出来事を鳴海なりに反芻してみる。
一昨日のケンカは…やっぱオレが悪かったのかなぁ…。
勝にも「今のは兄ちゃんが悪いよ」と叱られた。謝るべきは自分であるという自覚がないではない。
でもよ、あいつもあんなに重箱の隅っこをつつくような言い方をしなくてもいいのによ。
鳴海も頑固者だから相手に意固地な態度を取られると曲がった臍を簡単に戻してたまるか、なんて調子になってしまう。
一昨日にあったちょっとした出来事、ってのは本当にちょっとしたことなのに。
狭い空間を共有する相手のことが気になって、鳴海はまた視線を向けてみた。
あんまり、しろがねが鳴海から離れるために廂の端に立つものだから彼女のジーンズの脛から下が雨に濡れて色を変えている。
細い脚が見るからに冷たそう。鳴海の頬がぷうと膨らんだ。
『もうちっとこっちに寄れよ』、その一言が出ない。
きちんと謝ることのできない自分に嫌気が差す。
自分に嫌気を差していることが嫌で、そんな状況に自分を追い込んでるしろがねに、そんなにあからさまな態度を取らなくてもいいじゃねぇか、なんて八つ当たりみたいなことを考えてしまう始末。ケンカの原因が自分にあると認めながらも、頑ななしろがねも悪いんじゃないか、なんて全く大人げない。
鳴海は口を尖らせ、髪をガリガリと掻き毟る。
ああもお、『すまない』の一言で済むのによ。どの一言でもいいから、口から出れば…。
鳴海だっていつまでもしろがねとケンカをしていたいワケじゃない。
また、瞳だけをしろがねに向ける。しろがねは退屈そうに自分の濡れたつま先を眺めている。
一昨日にあったちょっとした出来事を、しろがねも考えているのだろうか?
雨音がバラバラからパラパラになった。
多分、パラパラがシトシトになるまでに謝らないと、しろがねはここから出て行ってしまうだろう。
せっかくの仲直りのチャンス、今を逃したら仲直りはずっと先に延びてしまうに違いない。
しろがねだって、きっとケンカなんかしていたくない筈で鳴海の一言を待っている。
しろがねだって、『すまない』の一言で『もういい』と言ってくれる。
そしたら晴れて仲直りだ。
だのに。
分かっていても、鳴海はなかなか言い出せない。ふたりはそろって溜め息をついた。
バラバラと雨粒が廂を打つ音を伴奏にして沈黙が歌う。
気まずい歌を聴きながら、ふたり俯く、雨宿り。
End