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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








はらはらと、雪のように桜の花弁が降ってくる。

冴え冴えとした月影に淡く照らされたそれは、本物の雪のようだ。

手の平に落ちたその一片を握り締めても溶けずに残っているから

ああ、やっぱりこれは桜なのだ

とあらためて思う。

 

 

 

 

 

雪・月・花。

 

 

 

 

 

花鳥風月をこうして噛み締めるたびに、鳴海は日本人に生まれてよかったと実感する。

彼は美しいものが好きだ。

風流、とか、風雅、とか、風趣、とか、風光明媚、などの言葉の持つ響きが好きだ。

見るからに武骨で猛々しい体躯をしてはいるが、彼の好みは意外と繊細。

そう、女性の好みも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜幻想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーカスの面々とのお花見、という名の飲み会はようやくお開き。

鳴海は大きな水色のビニールシートや、夢の後の片付け物を両手にして公園の歩道を歩いていた。公園の裏手に当たるこの道には夜店もなく、シートを広げる場所もないので辺りはすっかり静かだ。外灯もぽつんぽつんと数えるくらいしかなくて、おかげで歩道を縁取る桜並木を見下ろす望月をよりいっそう際立たせている。

  
 

 

 

青く見えるほどの宵の空に貼りついた大きな朧月。

無情な花散らしの風。

その風に潔く散る桜の花。

 
 

 

 

こんな花冷えの夜にわざわざ風通しのいい公園に出かけて、わざわざ寒い思いをしながら酒を呑む『花よりダンゴ』組の気持ちは下戸の鳴海にはからっきし理解ができないけれど、飲み会の楽しい空気は好きなので誘われると彼は必ず顔を出す。

だって何よりもそこには、しろがね、がいるのだから。

彼女は月にも花にも決して負けない、沈魚落雁な佳人。

 
 

 

 

今、鳴海の意中のその人は彼の傍らをフラフラと酔いどれ足で歩いている。

どうやら、生まれて初めて飲んだ日本酒に当てられたらしい。

ワインはいくら飲んでも水と同じだと言う彼女は

「日本の花見はやっぱり日本酒が似合う。夜桜に酒、粋だねえ」

というサーカスの面々の言葉に乗せられて、ついつい飲みすぎてしまったようだ。

いつも通り、ワインを飲む調子で(それも意外と舌に合って美味しかったらしい)。

 

 
 

 

酒飲み連中はトラックに戻ってから第二戦を交えると言って、ふたりのずっと先を行く。

 

 

 
 

ふらり、ふうらり。

しろがねは気分よさげに千鳥足。

 

 
 

 

「おい、大丈夫か?」

「何が?」

「何が、じゃねぇだろが。この酔っ払い!」

「私は酔ってなんかいない!」

酔っ払いは得てして「酔ってない」と言い張るもの。そのセリフが出たら酔っている証拠。

「眠たそうだぞ?」

しろがねの瞼は上と下が仲良くくっきそうで、何とも危うい。

「眠くなんかない!」

何でケンカ腰なんだよ?これだから酔っ払いは始末が悪い。

ユラユラと右へ左へ揺れながらも、しろがねは持ち前の絶妙なバランス感覚でなんとか前には進んでいる。

でも、とんでもなく機動力が落ちている。

 

 

 

「ホントに平気かよ?脚の力、抜けかかってるじゃねぇか」

「平気だと言っている!」

この酔っ払いは月明かりでも分かるほどに頬を朱に染めて、鳴海を睨む大きな瞳は半眼で、くねる身体はなんとも艶かしい。そして酔っ払っているクセに、鳴海に対して相変わらず偉そうな態度を取っている。

 

 
 

 

まあ、こいつはな、黙っていても、こうして酔っ払っていても

内側から勝手に威厳と官能が滲み出してくるような女だから。

時が満ちた桜が硬い樹皮から薄い花弁を限りなく溢れ出させるように。

それがこいつは常に、なのだ(少なくとも鳴海にとっては)。

まさに女として花盛りなのだと思う。

それは今しばらくは続きそうで。

鳴海は半ば呆れて、半ば感心して、ククっと笑った。

 
 

 

 

「何が可笑しい?」

酔いながらも自分が鳴海に笑われたことに感づいたしろがねが絡む。

「べっつに。なんも可笑しくなんかねぇよ」

「でも、今、笑った」

しろがねは更に鳴海につっかかろうとして、上体をぐらりと崩した。

「おおっと!ほら、しっかりしろって」

鳴海はビニールシートを地面に落とし、傾いたしろがねの身体を太い腕で支えた。

しろがねはそのまま鳴海の腕にしがみつくと

「あ…こっちの方が楽…」

と呟いた。

「ち、仕方ねえなあ」

鳴海は荷物を片手で持てるようにまとめると、片腕をしろがねに貸す。

美女にしな垂れかかられる、という現状に「仕方ない」と言いつつも鼻の穴が膨らんでしまう。

 
 

 

 

「で?何を笑っていた?」

「ずいぶん絡んでくる酔っ払いだなあ」

「酔っていない。話を逸らすな」

「しろがねって女は桜みてぇだと思ってよ。今は酔っ払いでも」

「だから、酔っていないと言うのに」

「ハイハイ」

しろがねは硬い鳴海の腕に頬を寄せる。まるでそれは、桜の木の幹のよう。

こうして耳をつけると身体の中を駆け巡る血潮の音が聞こえてきそうだ。

生命力の塊のような男。

 
 

 

 

「……私のどこが桜だ?」

「んんー?…『花は折りたし、梢は高し』ってトコが、かな?」

「あなたならここの桜の枝になら手が届くだろう?」

「そりゃまあ、そうだけど。例えだよ、タトエ。桜の花って何となくおまえっぽいだろ?色とかさ。それにキレイだし」

今夜の鳴海は素直にしろがねを褒める。

どうせ酔っ払っているしろがねは寝て起きたら、自分に言われたことなんてすっかり忘れるだろうから。

「幽玄で、幻想的で、どこか妖艶で、人を魅了する、そんなところ」

その花色の美しさ故に、『桜の木の下には死体が埋まっている』なんて昔から言われる桜。人の血を吸って、白い花弁は淡く色付く。それほどまでに妖しい美しさ。

それに、しろがねは似ていると鳴海は思う。

 
 

 

 

出会った頃は、しろがねのことを透明な湖水に浮かぶ銀色の氷片のようだとも思ったけれど、今ではむしろ、静謐な空気の中に揺らめく銀色の炎のように感じる。

鳴海はすでにしろがねの中に冷たさを見出さなくなっているから、氷の表現が間違っていたと思うのだ。

冷静沈着なしろがねの内側は、けっこう熱いものが逆巻いていることを、鳴海は知っている。

 

 

 
 

「おまえみたいのを『解語の花』ってゆーんだろうなぁ…」

鳴海がぼんやりと桜を見上げたその時、しろがねの首ががくんと落ちた。どうやら眠りこけながら歩いているらしい。

「器用なやっちゃな。歩きながら船を漕ぐたあ…ほれ」

鳴海がしゃがんで背中を見せるとしろがねは文句も言わずにそれにしがみ付いた。大きくて広くて温かい背中はいとも簡単に軽々としろがねの身体を宙に持ち上げる。まさに天に昇るような感覚に、しろがねは鳴海の首に回した腕にきゅっと力を込めた。

「くっついたか?行くぞ?」

耳元に規則正しくしろがねの呼気がかかる。背中に押し付けられたしろがねの豊満な胸が気持ちいい。

「こりゃー…役得だなぁ…」

「何か言ったか?」

「何だ、まだ起きてたのか。いいから寝ろよ、責任もって負ぶってってやっから」

「うん…」

 
 

 

 

いつもは偉そうなくせに、時にこんな風に頼りなげで、しろがね自身には自覚はないが、鳴海に己の全てを依存する。

無防備に己の全てを鳴海の前で曝け出す。

そうやって頼りにされるのは嬉しいけれど、同時に男としてのアイデンティティががっくりと肩を落とす。

 

 

 
 

「ま、いっか…いつか、そのうちには…」

「何だ?」

「寝ろってのに。オレはおまえの桜の花みてぇに八面玲瓏なところが好きだって言ったんだよ」

「……」

 

 
 

 

夜風が白い花弁を雪のように吹き散らす。

満月を皓皓と受けて、綺羅綺羅と輝いて。躊躇いもなく、潔く。

 

 

 
 

「……私が桜花なら、あなたは桜の木、そのものだな……硬くて、大きくて……」

「ごつごつしてるしな」

「……桜染めの……一番きれいな桜色は花弁ではなく、木肌から出るそうだから……あなたの内側は…花よりもずっときれい…私はあなたの光風霽月なところが……好き……」

すうすう。

後に続くは安らかな寝息。

「……ちぇ。らしくなく、突然オレのコト褒めた矢先に、いきなり寝やがってよ」

よいしょ。

鳴海はしろがねを背負いなおした。

 

 

 
 

降りしきる桜の雨の中、その花弁の敷き詰められた真っ白な道を鳴海はできるだけゆっくりとゆっくりと歩く。

この平安で幸福なひとときが極力長く続くように。

いつまでも、背中に乗る幻の如く不確かで、この上なく愛すべき存在が自分を必要とするように。

「こーこー気持ち良さそうに眠ってさ…このまま『お持ち帰り』しちまうぞ?」

「……うん……」

「タイミングよく、寝言で返事しやがって」

鳴海は楽しそうに笑って、それをしろがねに振動でもって伝えた。

 
 

 

 

しろがねが鳴海に負ぶさるのは初めてのことかも知れない。

それどころか、誰かの背に負われること自体、しろがねには初めての経験かも知れない。

何て気持ちがいいのだろう?

しかもこの背中の筆舌に尽くしがたい安定感。

何て気持ちがいいのだろう?

しろがねは父の背中も、母の胸も知らない。

だから、生まれて初めて、肉体的に他人に身を預ける、そんな泣きたくなるような心地よさが身に沁みた。

やさしい睡魔がしろがねを内からも外からも包み込む。

 

  

 
 

「『お持ち帰り』は今度、おまえがシラフのときにしとくよ」

 

 
 

 

しろがねは鳴海の言葉にふっと口角を緩やかに持ち上げると、幸せそうに彼の長い髪に顔をうずめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 

 

 

 

End

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