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遠足や旅行、ってのはその準備をしているのが一番楽しい時間なのかもしれない。当日までの雰囲気を楽しんで、あれやこれやを思い描いて。
それはきっとクリスマスも同じ。
クリスマスってのは12/24までの浮かれた空気を楽しむものなのだ。だからある意味、町中にクリスマスソングが流れだして、CMがクリスマス気分を煽り出して、世界がRed&Greenに染まってからほぼ1カ月強も毎日がクリスマスを楽しんでいるようなものなのだ。そんなわけでクリスマスイブには意外と、間もなく祭りが終わってしまう、みたいな物寂しさがあったりするのも致し方ないのかもしれない。
チキンの骨。
12月24日、9:00PM。
夜のお楽しみの時間が待ちうける恋人たちならこれからがまさにビッグイベントの始まりだろうけれど、今の鳴海としろがねと勝の間にはあんまり年に一度の日といった特別感は全く流れない。流れているのは興行を無事に終えた脱力感と、地方からの帰京で高速を長時間走った気だるさ、疲れからくる眠気。彼らにとってはありふれた日常の、ありふれた一日の夜がたまたまクリスマスイブだってこと。
「あー…そっか。今日はクリスマスイブだったっけ」
何の気なしに遅い夕飯のために入ったファストフード店の入口に立っているお馴染みの老人がサンタコスに身を包んでいたのでそれに気がついた程度。席に着きながら勝はそう言って、改めて店内を見回した。クリスマスデコレーションももう1ヵ月以上あちこちで見慣れているから特に感慨も湧かないし、店に飾られた金モールだってどこかヘタレて疲れた顔を見せている。
「興行に出ていたせいで、今年はそれどころじゃありませんでしたね」
続いて勝の隣の席に腰を下ろしたしろがねが、ペーパーナプキンを大量に勝のトレーの上に置きながら言った。
「肝心の25日にはすっかり正月用の飾りつけになっちまうわけで。クリスマスで浮かれんのも今日だけなんだが……イブにジャンクフードってのも味気ねぇかな」
チキンが何ピースのっているのかも定かでないくらいに山盛りてんこ盛りのトレーをふたつ掲げ、最後に鳴海が腰を落ち着けた。
「カトウ…今日は何ピース頼んだのだ?」
「12」
「いつもよりも多いな」
「さすがに今日は腹減ったぜ」
「チキンの数だけならパーティバーレル以上だね」
「他にもポテトだってサラダだってドリンクだって2人前ずつ買った。足りなかったら手を伸ばせ?」
「ありがとう。でもいいじゃない、兄ちゃん、ジャンクフードでも。一応、クリスマスに鶏肉って、ぽいし」
「本場はターキーですが」
「日本人にゃあクリスマスにフライドチキンってだけでも洒落てるぜ?ま、ともあれ、メリークリスマス」
鳴海がグローブのような両手をばしり、と合わせた。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス…いただきます」
勝もしろがねもそれに倣う。
3人で両手を合わせて和風で変な「メリークリスマス」。
むしりむしりと、3人してキチンをかじりながらの会話。
「正月明けたらまたどこかに興行を打ちに行くんだっけ?」
「ああ、確か祭り参加の依頼が…」
「ぼちぼち仕事が入るようになってきたなぁ…貧乏サーカスにとっちゃありがたいこったな」
「うん。でも、その度に兄ちゃんは手伝いに呼ばれて…大変だね」
「ん?まぁ…オレは好きでやってるわけで…いいんだよ。おまえが気にしないでも。大変でも何でもねぇ」
「ねぇ、兄ちゃん」
「ん?」
「好きって何が好きなの?仲町サーカスの手伝いが?」
「おう」
「『しろがねがいる』、サーカスの手伝いが?しろがねがいるからなの?」
ゲフンゲフン。
鳴海が噎せた。
「ん、んッ…今日のキチンはずい分ピリ辛スパイシーだな」
「兄ちゃんが今食べてるのはオリジナルチキンだよ?」
「お…お坊ちゃま。とりあえず温かいうちにいただきましょう」
さりげなく取り留めもない会話。どうしてかしろがねもこの手の話は苦手なようだった。鳴海もしろがねも話を逸らそうとする。
3人の中で一番最初にキチンを食べ終わったのは、一番たくさんのチキンを買い込んだ鳴海だった。鳴海のトレーの上には見事な骨の山ができていた。
「もう食べ終わったのか?」
まだ1ピース目も食べ終えてないしろがねは呆れたような声を出した。
「いつものことながら…いやはや早いな…」
「腹減ってたんだよ」
鳴海は自分の指をペロペロを舐めている。
「お坊ちゃまの前で行儀が悪いぞ?」
「ポテトチップスなんかもそうだけどよ、こういうのは指までが食事なんだよ。やっぱ分かってねぇよな、おまえって」
「何をぅ?」
「なぁ、勝。指がうめぇんだよなぁ?」
いつものことだがこういう時は、きな臭い空気を察知して勝が緩衝材になる。
「ねぇ見て?僕ももうじき食べ終わるよ?」
と、ニコリと笑う。勝はドリンクを残すだけだ。勝の笑顔にふたりはコロリと話題を転換する。
「お坊ちゃま、何か追加注文はございませんか?」
「おう、さすが成長期。最近、食う量も食うスピードもいっぱしになってきやがったなぁ」
「兄ちゃんはまだポテトもコールスローもあるもんね。僕が一番最初に食べ終わるね。しろがね、ありがとう。でも大丈夫。後は兄ちゃんのポテトをつまんでるから」
「おおし、次はポテトを片付けるか」
鳴海は勝と一緒にこんもりとしたポテトの山に手を伸ばす。しろがねが訝しそうに眉を寄せた。
「カトウ、何故あなたはいつも一品ずつ片づけていくのだ?」
「あ?」
「ちゃんと三角食いしなければ駄目ではないか」
「三角食い…母ちゃんみてぇなこと言うなぁ」
鳴海がヘッと鼻先で笑ったのでしろがねは分かりやすくムッとした。しろがねはこれまたワザとらしく勝に向き合うと真面目な顔で勝に説き聞かせる。
「よろしいですか、お坊ちゃま?カトウのは悪い食べ方の見本です。色々なものを交互に食べないといけませんよ?」
「うるせえなぁ」
「同じ食材ばかり食べて、それで満腹になってしまったら栄養のバランスが悪くなってしまう」
「じゃあ、残りを順繰りに食やァ文句ねぇだろ?ったく口うるせえんだよ」
「何だと?3皿あったら3皿同時になくなるように食べるのが日本文化の礼儀作法だろう?」
「フライドキチンはアメリカの食いモンだろが?」
「食べ物はそうだがここは日本だ!全くあなたときたら…」
勝は、『あ~あ、また始まったよ』とポテトを口の中に放り投げた。
鳴海としろがね。
このふたりは年がら年じゅう口ゲンカをしている。年がら年じゅうケンカをしているけれど、だからと言って関係が決裂することもない。何だかんだで行動を共にすることが多い。今日だって乗る車は他にあるのに、しろがねは当然のように鳴海の運転する車の助手席について、鳴海は当たり前のようにしろがねを助手席に乗せていた。けれど彼らの間に何ら進展はない。多分こういったケンカは彼らにとってのレクリエーションの一環なのだろう。
勝は内心、『兄ちゃんとしろがね、さっさとくっつけばいいのに』と思っている。お互いにどう思っているのか訊ねてみても、鳴海は
「別にただの女友達」
って言うし、しろがねは
「身の回りにいる大勢の男のひとり」
だと言い、別段特別な存在ではないと主張する。勝から見ても絶対に相手に気がある筈なのに、どうしてもそれを認めようとしない。認めたら負け、とか考えているフシがある。似た者同士の頑固者なのだ。
今回も勝はふたりのカスガイ役を買って出る。
「ごちそうさま!しろがね、やっぱりドリンクのお代わり、してもいいかな?」
特に飲みたくもないドリンクをお願いする。
「お坊ちゃま、同じものでよろしいですか?」
しろがねがサッと立ち上がり、勝のドリンクを買いに行ったので鳴海との言い争いは立ち消えとなった。
基本的にふたりのケンカのネタは勝が元になることが多いから、尤も、自分をネタに勝手にケンカをしているのは大人ふたりなのだけれど、それはそれとしてもそのせいで気苦労の絶えない少年なのだった。
勝が『お腹がダブダブになりそう…』なんて2杯目のドリンクを啜っている間に、鳴海が二番手で食べ終わった。それからちょっとして、しろがねが「ごちそうさま」と両手を合わせた。
「しろがね、それでごちそうさまなのか?」
鳴海がしろがねのトレーを指差して、ちょっと非難がましい声を出した。勝はしろがねのトレーを見ても何がいけないのか分からない。普通に食べ終わっているように見える。
「もっときれいに食えよ?そんなんじゃメシになってくれたニワトリは成仏できんぞ?オレのを見てみろ?」
確かに鳴海の食べ終えたフライドチキンはどれもこれもきれいにしゃぶられてピカピカしている。小さな肉の一片たりともついてない。細いアバラ骨まで一本一本分解されて、これだけ見たら元が何の料理だったか推理もできないくらいだ。それと比べてみればしろがねの食べたフライドチキンにはうっすらと肉は残り、突端の方には香ばしい色をした皮の部分もくっついている。もちろん一見して『フライドチキンの残骸』だとすぐに分かる形状。
「またそれを言う…」
しろがねは鳴海に言われ慣れているのか、うるさそうな、耳にタコができた顔をした。
「もったいねぇぞ?」
「そうは言われても、もう満腹だし、私にはこれ以上きれいに食べることはできない」
「しゃあねぇなぁ」
鳴海はしろがねのトレーに手を伸ばし、残骸のひとつを取りあげた。そして勝が驚いたことに、鳴海はしろがねの『食べ残し』を齧り始めた。しろがねもそれを特に変なことだとも思ってないようで鳴海の行為を黙って見ている。
勝にはそんなふたりの姿が……言葉に表わすのは難しいけれど、実は深いところではとても『濃い』関係に思われた。表面的には小学生レベルのことをしていても。
「ねえ?」
「何だ勝?」
鳴海は骨の肉をきれいにこそげながら返事をする。
「あのさぁ…僕思うんだけど…誰かの食べかけを食べるって、例えばパンが半分、とか口がついてないものならともかく、明らかに『誰かの口がついたもの』って抵抗あるよねぇ」
「そうだなぁ」
「パッと見、食べかけに見えないものでも他人が口をつけたものは嫌、って人もいるよねぇ」
「そうかもなァ」
「僕ね…チキンの食べ残し、って食べ残し界でもけっこうヘビーだと思うんだ。僕から見たら『ごちそうさま』でもいいような…誰かがほぼ骨にしたのをそんな風にしゃぶってきれいにするって…そうそうできることじゃないよねぇ」
「……」
鳴海の食べ方が鈍くなる。勝はそんな鳴海を具に観察する。
「それを食べられるって…よっぽど相手との関係が近くないと…」
「べ、別にしろがねのだからとか、しろがねと近いってワケじゃ。ただ勿体ねぇってだけで」
こんなのどうってこたぁねーことだろ、と言いたげに、鳴海の骨を齧るスピードが元に戻った。照れ隠しくさい。
「僕から見たら、しろがねのも僕のも、『きれいに食べた度』はあんまり変わらないよ?兄ちゃん、僕のもきれいに成仏させてくれる?」
「何でオレが野郎の食いかけに手ぇつけなきゃなんねーんだよ?」
「男のはダメなの?じゃあ兄ちゃんは女の子のだったら誰のでもニワトリの成仏のためにきれいに骨にしてあげるの?リーゼさんやヴィルマさんのでも」
「いや、それは…」
鳴海は骨を咥えたまま言い淀んだ。
「しろがねもさ」
「は、はいッ?」
色々な意味でドキドキしながら話の成り行きを見つめていたしろがねは、いきなり自分に話をふられて椅子の上でビクリと飛び上がった。
「普通、自分の食べかけを誰かに齧られるのって嫌だと思うんだよね?前にしろがねの飲みかけのペットボトルをノリさんたちが取り合ってたらすごい怒ったじゃない?」
「え…」
「間接キスがどうのこうのって騒がれてて、それが気色悪いって」
「そ、そんなことも…ありましたか?」
しろがねの目が泳ぐ。冷静さが保てないしろがねというのも珍しい。
「食べ終わったチキンの骨をそんな風にきれいにされるの、間接キスの比じゃないと思うんだけど。何でしろがねは兄ちゃんに何にも言わないの?」
「そ、それは…あの、いつものことだから」
「いつものこと?いつも兄ちゃんはしろがねの食べた骨、齧ってるの?」
「ええまあ…」
「そう…だったかな」
勝にでっかい瞳で見据えられて、鳴海もしろがねもしどろもどろになる。
「しろがねはペットボトルはダメだけど、チキンの骨ならいいの?何だかそれって逆だよね?僕にとっては誰かの食べかけチキンの骨の方がハードル高いなぁ」
「……えっと……」
「それとも鳴海兄ちゃんだからいいの?」
「そ…れは」
「兄ちゃんもしろがねのだから食べられるみたいだし。お揃いだねぇ何だか。本当は仲がいいんだね」
「お、おいおい、勝…」
小学生に言いくるめられる大人ふたりの表情が、勝には何とも面白い。
「あのですね、お坊ちゃま」
「ちょっとさ、オレの話を聞いてくれよ」
「ふああ、僕眠たくなっちゃった」
勝は問答無用で子どもパワーをここぞとばかりに発揮する。いたく自然にあくびをしてあどけなく眠たそうな目をこすり、鳴海としろがねを煙に巻く。
「そ…そうですね…今日は大変な一日でしたから…」
「なら先に車に戻って寝てるか?」
鳴海が上着のポケットから出したキーを躊躇いもなく受け取ると
「うん、そうするよ」
と、勝は天使の微笑みをふたりに向ける。実際は・・・鳴海としろがね以外には「意外と腹黒だぜ」と噂されたりする勝なのだけれども。
「お先にごめんね、おやすみ」
「はい、おやすみなさい。お坊ちゃま」
「ゆっくり休めよー」
勝はふたりの挨拶もそこそこ、ふたりがどんな様子で車に戻ってくるのかが楽しみで、タヌキ寝入りを決め込もうっと、とホクホクしながら車に向かった。
勝に中途半端な爆弾を投下されたまま、ふたりきりにされてしまった鳴海としろがねはとんでもなく気まずい雰囲気のまま動きを止めていた。
「チッ……勝のヤツ、この微妙な空気をどうしてくれんだ……」
鳴海はブツブツと呟きながらそれでもしろがねのチキンの骨をきれいにしゃぶっていく。しろがねが手持無沙汰でドリンクをストローで掻き回しているのを尻目に、チキンを関節でふたつに折り、平らげた一方を自分のトレーにうず高く積まれた骨の山に落とした。
確かに。
勝の言う通り、フライドチキンの骨、ってのは食べ残し界でもヘビー級だろう。食べ終わったそれの見た目もさることながら、よくよく考えてみれば食べ方だってなかなかに凄い。直接口をつけて肉を齧って毟っていくのだ。歯だって舌だって無論あたる。咥えれば唾液だってつくだろう。
簡単に言えば、しろがねが舐めた骨を自分も舐めたわけで。肉に齧りつくしろがね、ってのを改めて想像したら、突拍子もなくいやらしい絵が鳴海の脳裏に浮かんでしまった。
肉を食む、ってのは…エロティックな行為なのかもしれない。それを相互に行ったら…。
考えたら結構すごいことだった。
でも純粋に、鳴海にはしろがねの食べかけが全く汚いものに思えなかったから。しろがねの食べかけが自分が食べたものと変わらなく思えたのは、だから、ようするに…。
「……他のコの……」
しろがねがぼそっと話しかけてきた。
「は?」
「他のコのチキンも…そうやってきれいな骨にしてるのか?」
『別に知りたいわけじゃなくて、沈黙もなんだから話題を提供しているだけだ』みたいな顔をして目を合わせず白々しーく言うしろがねの、忙しなく掻き回しているドリンクの中身は空でガラガラと氷が鳴っている。心持ち、しろがねの頬が赤いものだから何だか鳴海にも照れが感染ってしまう。
「………おまえのだけだ」
多分、オレの顔も赤いんだろうな、なんて思いながら鳴海は手にした骨を咥えた。
しろがねも考えていた。
初めて鳴海が自分のチキンの食べ方が下手だと言って、「しょうがねぇなぁ」なんて言いながら当たり前のように自分の食べたチキンの骨を齧り出した時、しろがねはものすごく驚いた。でも同時に何だか嬉しかった。自分でも汚いと思うものを、鳴海が汚いと思わないことが。鳴海に深いところで受容されている、そんな感じがしろがねを鳴海に対し、わがままにさせた。
勝に指摘されてよくよく考えてみたら、自分の食べた骨を更に鳴海に食べられる、というのは何だか……鳴海に自分が食べられているような、そんな気がして。鳴海の口が触れている骨が、自分そのもののような気がして。
「…おまえは?」
「え?」
鳴海もまたしろがねと視線を合わせられずに、手の中でクルクルと玩ばれる骨を見ている。赤い顔で。
「おまえは他の誰かに、骨、その…しゃぶらせてんのか?」
しゃぶらせる、って言葉が何だか卑猥に聞こえる。
言われたしろがねだけじゃなく、言った鳴海も相当気恥ずかしい。
「…あなただけだ…他の男には飲みかけのペットボトルに口をつけられるのも嫌だ…お坊ちゃまも仰っていただろう…」
鳴海の手からきれいな骨がパサリ、と落ちた。
ふたりして目が骨の山に吸いつけられる。
何とも言えない沈黙がふたりの間に流れた。
「…カトウ?」
「…何だ、しろがね」
「…もうひとつ、チキンの骨があるが…どうする?」
「もらう…」
遠足や旅行、ってのはその準備をしているのが一番楽しい時間なのかもしれない。当日までの雰囲気を楽しんで、あれやこれやを思い描いて。
それはきっとクリスマスも同じ。
クリスマスってのは12/24までの浮かれた空気を楽しむものなのだ。だからある意味、町中にクリスマスソングが流れだして、CMがクリスマス気分を煽り出して、世界がRed&Greenに染まってからほぼ1カ月強も毎日がクリスマスを楽しんでいるようなものなのだ。そんなわけでクリスマスイブには意外と、間もなく祭りが終わってしまう、みたいな物寂しさがあったりするのも致し方ないのかもしれない。
ただし、スタートラインに立ったばかりの恋人たちは例外。
Merry Christmas!
end