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恋花火
花火大会の帰り道。駅に向かってぞろぞろと、人波が流れていく。
その大勢の人の流れに乗って、浴衣姿の鳴海としろがねは下駄をカラコロと鳴らしながら肩を並べて歩いていた。
花火は盛大だったし、しろがねはとても綺麗だったし、鳴海はいたくご満悦。
「花火すげーきれーだったなぁ」
「ああ」
「混んで大変だったけどよ、見に来た甲斐はあったよな」
「ああ」
しろがねって女は普段からそんなに愛想のいいタイプではないけれど、今は何だか輪をかけて返事が素っ気ない。
「よお、どうかしたか?」
「いや、別に…」
別に、と言う割には別に、って感じじゃない。視線は下向きだし。
ふと鳴海は隣を行くしろがねの下駄の音がゆっくりになっていることに気がついた。ひきずるような変なリズム。
ははあ…。
「ちょっとこっち来い」
何事もないような顔をしているしろがねを、鳴海は流れから外れたところに連れ出した。
「どれ?見せてみ?」
鳴海はしろがねの足元にしゃがみ込むと、その足から下駄を引き抜いた。
やっぱりな。両足の鼻緒の当たるところが赤くなっている。
指の股を広げて患部を観察している鳴海の後頭部にしろがねが声をかける。
「少し下駄が合わなかったみたい」
この期に及んでまだ強気の立場を保とうとしているのがありありなしろがねの偉そうな口調。しろがねが強がってるのが分かるので下を向いたまま小さく笑う。
「痛ぇなら痛ぇって言えよな」
「それ程痛くはない。我慢できる範囲だ」
「無理すんなよ、意地っ張り」
「そんな言い方…」
しなくてもいいではないか、しろがねの言葉後ろ半分は尻切れトンボになってしまった。膝の裏をひょいと掬われてふわりと宙に浮いたからだ。
「って、何をする!」
「いいから暴れんなよな」
鳴海はしろがねの下駄を指で引っ掛けると、裸足の彼女の身体を左腕で横抱きにして歩き出した。
ただでさえ人波を突き抜けるように大きな鳴海の腕に抱き上げられ、今、しろがねの頭は誰よりも高いところにある。しかもそれは夜目遠目にも目立つ銀色をしているとあれば、どうしたって衆目を集めてしまう。自分以外にも浴衣を着ている人はいる。皆、慣れない鼻緒に痛い思いをしていることだろう。だけど、こんな風に抱っこされている大人なんていない。
周りの人が自分たちを見て、明らかにクスクス笑っている。救いようのないバカップルだって思われてる!
しろがねの顔は真っ赤になった。
「いい!下ろしてくれ、自分で歩ける!」
「痛ぇんだろ?無理すんな、それにこっちの方が早いし」
「こ、こんなの、重いだろうに!」
「おまえの何が重たいってんだ?それにいっつもオレの上に乗ってるだろーが」
「そ、そんな下ネタ……下ろしてくれ、恥ずかしいだろう?」
「だったら寝たふりでもしてろ。オレはちっとも恥ずかしくねぇ」
このやりとりのせいで、更に周囲からのクスクス笑いは大きくなったような気がして、しろがねはそれ以降無駄な抵抗は止めた。
結局、しろがねは家に着くまで地面に足をつけることはなかった。
・
・
翌日、鳴海の家を訪れて、しろがねは鳴海の足にベタベタはられた絆創膏を目撃した。ソファの肘掛けに投げ出された痛々しい足指。
「何だ、これは!ナルミ!」
「どうも下駄が合わなかったみたいでな」
言葉をなくすしろがねに向かって鳴海はにやりと笑った。しろがねは呆れた。少しもそんな素振りを見せなかったのに。
「どちらが意地っ張りだ、まったく」
しろがねは横になっている鳴海の傍らにほんの少しの隙間を見つけて腰を下ろす。
「でも、おまえは痛くならずにすんだだろ?それでいいじゃねぇか」
「でも、その代わりあなたの足が気の毒だ」
「オレなんかいっつも乱暴やってどこかしら怪我してんだから気にすんなよ」
鳴海がしろがねの周りに輪を作る。
「おせっかい」
「何だよー」
「力自慢」
「おまーなぁ…」
「恥ずかしかったんだぞ?とっても」
「へえへえ、オレが悪かったよ」
鳴海は唇を突き出した。
「拗ねたのか?」
しろがねは体を屈める。そして、ありがとう、の意味を込めて尖る鳴海の唇にキスをした。
End