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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








牛歩

 

 

 

 

 

 

 

間もなく日付も変わろうかという時刻で今にも雪でも降り出さんばかりに寒い冬の夜には普段だったら誰も、出歩こう、なんて酔狂をしないものだが今日ばかりはやはり特別。

凍えそうに冷たい北風も何のその、ひとつ、ひとつ、煩悩落としの鐘が響いている近所の寺へ向かう人々がちらほらと見える。

身を切るような空気に浸る霊験新かさに気分を引き締めに行くのか、それとも新年改めて現世の欲を神仏に頼みに行くのか、分からないけれど。

そうして自分は何をしに、どういうつもりで、こうしてひとりで寺に向かっているのか、と彼女は自問自答してみた。

明日、サーカスの皆で初詣に行こうという話になっているのにも関わらず、だ。

勝が「明日楽しみだね」、とニコニコしていたのに、こうして抜け駆けのようにして歩いている。

しかも彼女は、仏教徒、というわけでもなく特に信心深いわけでもない。

むしろ、神や仏、といったものはまるで信用もしていない。

だのにひとり静か、手を合わせに行こうとしている。

そんな私の願いなど、行ったところでどうなるものでもないのにな。

棚引く白い息を大きく吐き出して薄く自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

 

寺の境内に入ると、一気に人混みが酷くなり、歩みが鈍くなった。

腕時計に目を落とすと午前零時までもう少し。

人混み、なんてものはパーソナルスペースが強制的に狭められるから好きじゃない。

好きじゃないけれど、こうも寒いといくら寒さに強い彼女でも、周りに風除けができていい、とか思ってしまう。

本当、こんなにして何を考えながら手を合わせるつもりでいるのだろう、私は。

正月にお賽銭を投げて願い事をする、なんて生まれて初めてすることだ。

どうしたのだろうな、私は。

今年は私に何があったというのだろう?

今年、自分の身に起きた事を振り返ってみた。

仲町サーカスという貧乏サーカスに身を置くことになった。

出会えることを待ち望んでいた少年・勝に出会うことができた。

勝を巡る事件に様々巻き込まれた。

そして、あの男に出会った……。

故意に一番最後に挙げた出来事が、この心境の変化に最も深く関わっていると彼女は分かっていた。

私は変わったのだろうか?

変わることが出来たのだろうか?

銀色の長い睫毛を伏せるのと同時に彼女の顔の周りが真っ白に染められた。

 

 

 

「しーろがね」

不意に名前を極近くから呼ばれ、思わず吃驚した顔をその声の方に向けると現在進行形で彼女の心を占めていた人物が真っ黒な瞳でじっと見下ろしていた。

彼もまた寒そうな白い息を吐いている。

「カ、カトウ」

「何だ、おまえひとりか?勝がいねぇなんて珍しいな」

突然で予想外の鳴海の登場に自分は今、きもち赤い顔をしているかもしれないと、しろがねは無意味に目力をこめて

「お、おかしいか?」

と挑むような口調になる。

別に攻撃的な態度など取りたくもないが(「かわいくねぇ」って言われるだけだから)、鳴海と対等であるためにはどうしてもそれが必要な気になってしまう。

「まぁ、おかしいかおかしくねぇか、と訊かれりゃあおかしいんじゃねぇのか?」

鳴海は足を力強く踏み出して、身体が揺れればしろがねにぶつかるくらいに近い真横に自分の定位置を決めた。

「どうしてだ?」

腕と腕が触れる度に心臓がドキリドキリと熱い血潮を全身に駆け巡らせる。

「だってよ、おまえって行く年来る年やってる時間帯にひとりでわざわざ初詣にやってきてする願い事なんてねぇようなツラしてんじゃん」

「む…」

「そのギャップがおかしい」

キシシ、と笑う鳴海に返す言葉もなく、しろがねはフン、と鼻を鳴らしてみせた。

「そういうあなたは何だ?あなただって神仏に縋るようには見えない強面じゃないか」

我ながら可愛い物言いだとは思えない。

自分の発する一言一言がこの男との距離を広げているような気がして物凄く嫌だ。

人波に押されて鳴海がしろがねから一歩遅れた。

ほら、たったそれだけのことでこの心臓はとても嫌な音を立てる。

鳴海が遅れたリズムを取り戻し、しろがねとまた肩を並べた。

身体が揺れれば身体がぶつかる距離に。

「強面だってなぁ、絶対にオレの方がおまえよりもロマンティストでセンチメンタルだぜ?何なら何か賭けるか?」

「いい。私は自分のことをロマンティストだと思ったこともセンチメンタルだと思ったこともないからな」

自分のキツい言葉に嫌気が差されたわけじゃなかった、俯いたしろがねの口元から弱弱しい吐息が不鮮明に白く零れた。

「それにオレの願いなんてもんは神頼みでもしなけりゃどうにもならん」

あーあ、とでも言いたげな鳴海の口調に、カトウはゾナハ病患者だものな、と暗に納得させられたしろがねだった。

 

 

 

牛歩の末にようやく賽銭箱の前に立つ。

大きな手の平をびたっと合わせ、今まで見たことも無いような真摯な顔で祈願する鳴海の横顔に見惚れていたことに気づく。

しろがねも鳴海に倣って指先までピシッと揃える。

そうして想いを吐き出すようにして願った。

 

 

 

 

 

 

 

どうか、この人の病気を治してあげてください。

命に関わるような病気からこの人を楽にしてあげてください。

お願いですから、この人を連れて行かないでください。

 

 

 

 

 

 

 

「何そんなに真剣に祈ることがあるんだか」

なぁなぁ、おまえの願い事って何?教えてくれよ、としつこい鳴海をいなしながら、これまた鳴海が「やろうぜ」と誘ったお御籤をひく。

「願い事は話してしまったら御利益がないのだろう?だから言わない、絶対に」

そうでなくとも言えるわけもない。

新年一番の願い事がこの無邪気な男の健康だったなんて。

そのためにこんな【らしくない】行動に出ただなんて。

それを教えたらこの男はどんな顔をするのだろう?

ありがとう、と微笑みのひとつもくれるだろうか?

少しは可愛くない自分に好感のひとつも抱いてくれるだろうか?

いやいや、としろがねは小さく首を横に振った。

私は見返りが欲しくて願掛けをしたのではない。

勝手に、カトウの病気が治ればいいと考えただけだ。

気休めにでもなればいいと、ここに来ただけなのだ。

「何でそんなに訊きたがる?」

「何で、ってそりゃあ…」

鳴海は太い指で白い小さな紙籤の封を切りながら、ごにょごにょと言い淀んだ。

「何だ?はっきりしろ」

「そりゃあおまえ……おまえの願い事ってのが……なぁ、おまえは何だった?」

「小吉…って話を逸らすな。それより人のを訊くだけ訊いて、あなたは何が出たのか教えてくれないのか?」

鳴海はさっさと結び所の一番上の縄にきっちりと縛り付けている。

「あなたのは何だったのだ?」

「内緒」

鳴海がニヤリと笑う。

「ズルいぞ?あ、さては私に見せられないような悪いのが出たのか?」

「そうそう。お御籤なんてのは小吉くらいがちょうどいいんだよ」

そう言って、鳴海はしろがねの籤の文字を突いてみせた。

「そ、そうなのか?」

「大吉、中吉、小吉、吉、末吉。小吉ってのは真ん中。下にはまだまだあるしよ、人生ほどほどが一番。大吉なんてのぁ出たそんときゃいいが後は落ちていくだけ、って感じがするだろ?」

「そういうものなのか?」

「そうそう…ほら。願い事叶う、だってさ。よかったじゃねぇか」

「願い事、叶う」

鳴海はしろがねが自分の講釈を真面目に聞いている姿に笑いを噛み殺す。

どう考えても今年はオレの方が笑わせてもらったよなぁ。

オレが笑わせなくちゃなんねぇのによ。

いっつも小難しげな顔しちゃってさ。

それでも、笑顔と言うにはオマケをくれてやらなければならない表情でも、しろがねが鳴海の発作を止めることができるのは紛れも無い事実だから。

相変わらず、思ったような笑顔を作れない自分に苛立つこともあるようだけれど、それだって少しずつ変わっていけばいい。

鳴海は目の前の銀色の女に出会えただけで、今年という一年に価値があるように思う。

「今年……ああ、もう去年になっちまってんのか」

「え?」

「明けましておめでとう。今年もよろしくな、しろがね」

「あ、ああ…明けましておめでとう」

しろがねは鳴海に、お御籤を結ぶという行為は神仏と縁を結ぶ、ってことだから結んどけ、と言われて結ぶことにした。

鳴海は、一番高いところに結んだ方が神仏の目に留まりやすいから、と言ってきかず、しろがねの手から半ば強引に受け取って先に結んだ自分のお御籤の隣に結びつけた。

 

 

 

「おまえの願い事ってどうせ勝のことだろ?きっと今年は勝には御加護があるぜ?普段願い事をしねぇヤツの頼み事なんだからよ」

帰り道、鳴海がそんなことを言う。

勿論、しろがねにとっては勝は大事だ。

けれど、そんな勝よりもこの男の方が大事だと思ってしまったのだ。

しろがねは答えに困って吹きすさぶ寒風に身をすくめたフリをして聞き流そうとした。

「今夜のおまえって寒そうな顔ばっかしてんのな」

鳴海は風上に立ち、しろがねの背中に半分被さるようにして歩く。

「この方が寒くねぇだろ?」

鳴海を近くに感じるだけで、本当は、しろがねは少しも寒くはないのだけれど。

「あなたは寒いままだろう?」

「いや、オレは…おまえがくっついてるとこが温かいからそれで充分」

寒い夜空の下、もっと早く歩いて帰ればいいものを。

どうしてもふたりの歩みは牛歩のまま。

だって早く歩いたら、この微妙な距離が崩れてしまう。

 

 

 

「カトウ」

「ん?」

「新年の願掛けっていくつまでしていいのだ?」

「どうして」

「叶ったらいいと思うことが複数出てきたから」

「おまえって意外と欲深だったんだな」

「こんなのは今年が初めてだ」

「願いの数だけ、違うところに初詣に行けきゃあいいんじゃねぇの?で、一箇所につき一つの願い」

「そうか。そうだな」

でっかい瞳を見開いて自分の適当な答えに真面目に納得しているしろがねに鳴海は噴出す。

「何がおかしい?」

と睨むしろがねもまた可笑しくて、鳴海はひゃひゃひゃと大笑いした。

「いやー、初笑いだな」

目頭を拭う鳴海に

「涙を流しながら笑うほどのことじゃないだろう」

としろがねは頬を膨らませた。

「おまえに比べたらオレなんか慎ましいなぁ、願うことなんか一個だけだもんな」

「お坊ちゃまのことか?」

「いやいや、甚く個人的なこと」

それって何だ、と訝しげなしろがねの視線に鳴海は先手を打つ。

「口に出したら御利益がなくなるんだろ?教えねぇよ」

「だ、誰もあなたの願い事なんか」

「本当は近所のお寺で済まさねぇで色事専門の神様に頼みに行った方が効果が出るんだろうけどなぁ」

「え?」

「独り言独り言」

鳴海がパンパンとしろがねの肩を叩く。

「い、痛いぞ!」

「へへっ、悪い悪い」

その後、鳴海が叩いた手をしろがねの肩の上に置きっ放しにしたものだから、しろがねは何も言うことができなくなってしまった。

鳴海も、何も言わなくなってしまった。

身体に伝わり響いてくる男の鼓動もまた自分と同じくらいに早くはないだろうか?

鳴海の身体にぶつかる自分の腕の収まりが悪いから、しろがねはそれを鳴海の腰に回してみた。

不思議と、しっくりきた。

鳴海がぐっと、しろがねの肩に置く手に熱をこめ、自分の方に引き寄せた。

ふたりの身体がこれ以上なく密着する。

もっともっと鳴海の温もりを感じる。

だからしろがねも深いところまで腕を伸ばした。

鳴海にはしろがねの体温の他にもその柔らかさまでが具に伝わる。

「…い、嫌じゃねぇのか?」

しばらく黙っていた鳴海がようやく口を開き、硬い声色で訊ねてきた。

「これを私だけにするのなら嫌じゃない」

「そ、そうか?」

「ああ」

再び、ふたりを沈黙が取り巻いた。

でもそれは胸が苦しくなるようにやさしくて幸せな沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年がいい年になるといいな」

「なる、とオレは思う」

「あなたが言うならきっとそうなのだろう」

新たに生まれた願いは神仏に頼まなくても大丈夫なのかもしれない、しろがねはそんな予感がした。

 

 

 

幸せなふたりきりの時間ができるだけ続けばいい。

だから寄り添うふたりの歩みは牛歩。

 

 

 

 

 

End

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