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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








朝涼

 

 

 

 

 

 

 

今日も油照りの一日の始まり。

 

 

 

 

 

太陽が顔を出すと駆け足で温度が上がっていくので、最近のオレは『朝の日課』もかなりの早朝。

一日で一番涼しい時分、それだって終わった頃にはオレは滝の汗だ。

オレは暑いのが苦手だ。

オレみてぇに熱量の高いのには都会の夏は厳しすぎる。

寒いのはちっとも苦にならず冬でも半袖一枚でかまわねぇのに。

オレは汗でズルズルにしとったタンクトップを脱ぎ捨てた。

こんだけ身体を動かして芯から熱くなると、ぬるま湯のような空気もいくらか涼しく感じる。

とはいえ、このまとわりつくような湿気に閉口させられるのは代わりがない。

だからオレは自分の身体の冷却を兼ねて、庭の植物に水遣りがてら打ち水をする。

じいさんの残したこの古い家は古い故に都内にあるわりには結構贅沢に庭が広い。

オレに庭弄りの趣味はねぇからほぼ放置なんだけど、それでも庭のそこここに逞しく育つ植物。

今の家の主は何にも手を入れてねぇのに零れた種が巡る季節に花を咲かせる。

 

 

 

 

 

今の季節なら朝顔。

夏の朝の代名詞。

 

 

 

 

 

道路沿いに家を囲むフェンスには朝顔の蔓が絡みつき、幾色もの花を咲かせていて、なかなかに壮麗だったりする。

オレには園芸趣味はねぇが、しっかりと息づくものに水を与えるくらいの頭はある。

オレは朝顔の足元にも水をたっぷり撒いてやった。

花を愛でる風雅さを持ち合わせているとはお世辞にも言えねぇが、花を見れば純粋に「きれいだ」と思う。

潤されて葉は艶やかに緑を濃くし、地べたが濡れて重たそうな黒い色になる。

「おはよう」

水撒き中のオレはフェンス越しに声をかけられた。

目を上げる。

銀色の瞳が涼やかに、朝顔の淡い花弁越しにオレを射抜く。

しろがねの細い指が朝顔の蔓のようにフェンスに巻きついた。

 

 

 

 

 

「おう、おはよ。早いな」

オレは手元でホースの水を止め挨拶を返した。

しろがね。

オレの知る限りで一番きれいな女なのに、比較対象がいねぇくらいに可愛げのない女。

最近のこいつはいきなり早朝ランニングなんてものを始めた。

ちょうどオレの水撒きが始まる頃にうちの前を通過する。

そして、毎朝ちょうどこの朝顔の辺りで足を止め、オレにニコリともしねぇ、ある意味いつも通りの挨拶をする。

それが日課になりつつある。

季節柄にも時間的にも、じりじりと熱くなり始めているとゆーのに、そんな中ランニングしているとゆーのに

何でこいつはこんな涼しい顔をして挨拶できるのかいつも謎だ。

オレなんかただ立ってたって全身ダラダラだってのによ。

 

 

 

 

 

暑苦しさが皆無な女。

でも、見るからに涼しげな女。

見ているオレも涼しくなる。

 

 

 

 

 

「なぁ」

「何だ」

「何でこんな真夏の最中に早朝ランニングなんて始めたんだよ」

しろがねの、猫を連想させる強い瞳の上にある形よい弓が片方持ち上がった。

「このくそあちー季節によ」

ヤツの返事はただ短く

「さあな」

だった。

オレも最初から色よい返事なんて期待してねぇからこんなもんかと思うだけだ。

「おまえは会話のキャッチボールってのを学んだ方がいいぜ、絶対」

オレの皮肉交じりの親身な言葉に、しろがねは聞いてるんだか聞いてねぇんだか、すっと視線を外した。

そのまま手元近くの朝顔に瞳を落とし、その花弁を細い指先で玩ぶ。

 

 

 

 

 

朝涼に咲く朝顔と、清涼なる銀色。

ふとオレには、しろがねと朝顔のいる空間だけが夏の不快感から切り取られているように思えた。

やっぱり、見ているだけのオレも涼しい。

 

 

 

 

 

「絵になるな」

オレの素直な言葉に

「何のことだ?」

と挑んだように訊ねてくるので

「さあな」

と、オレはしろがねの返事を真似る。

しろがねはどうやらそれが面白くなかったようで、ぎゅ、と目力をこめた。

オレは

「悪い意味じゃねぇからよ、気にすんな」

と手をヒラヒラ振って見せた。

しろがねがフェンスを強く握ったのか、カシャ、と金網が狭まる音がした。

「私は……夏に会いたいと思ったのだ」

「は?何のこった?」

夏なんて、今のご時勢、どこにでも転がってるじゃねぇか。

「朝顔か?朝顔なんて珍しくとも何ともねぇだろう?」

しろがねは疑問符の浮かんだオレの反応に

「分からないならいい」

と、諦めたような返事をした。

「それじゃまたな」

そう言って、しろがねはランニングに戻る。

フェンスの向こうの銀色が潔く消える。

しろがねが離れていくと、不思議なことに夏がまたオレの傍に立ち返ってきた。

 

 

 

 

 

本当に、あいつは涼しげな女だ。

あいつが傍にいるとオレの世界が一点に収束して、他のことが考えられなくなる。

 

 

 

 

 

「おーい、しろがね!」

オレはフェンスにひょいと上って声をかける。

呼び止める、オレの声にしろがねの足が止まった。

「何だ?」

って顔をしている。

「なぁ、今日夜、空いてるか?」

「どうして?」

の応答は二呼吸くらい置かれてから。

「よかったら一緒にメシでも食わねぇか?」

オレの滅多にないお誘いにしろがねは、今度はたっぷりと六呼吸ほど置いてから

「あなたのおごりなら」

と返事をした。

 

 

 

 

 

「ちぇ、おごるかどうか、オレの返事も聞かねぇでよう。問答無用でオレのおごりかよ」

だんだんと小さくなるしろがねの後ろ背中にオレは独りごちる。

ま、な。最初っから、おごるつもりでいたけどさ。

銀色が角を曲がりオレの視界から完全に消えるのを見届けてから

「よ、っと」

と、オレはフェンスから飛び降りて、汗でびしょびしょのタンクトップを拾い上げる。

「さあて、シャワーでも浴びるか。…晩メシは何がいいかな」

オレは鼻歌交じりに家へと向かう。

とっても気分がよかった。

しろがねはもう傍にはいないけれど、ちっとも暑いのなんか気にならなくなっていた。

「あなたのおごりなら」

そう答えたしろがねが晴れ晴れと笑みを浮かべていたことが、オレにとって何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

しろがねに会うこと。

オレだけの、朝涼み。

 

 

 

End

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