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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続・高気圧GIRLS。

 

 

銀色の星の下、

亭々たる樹の元で。

 

 

(前)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい最近、サーカスの面々との海水浴の折、鳴海はしろがねと付き合っていることを爆弾宣言した。

それ以来というもの、鳴海はあまりサーカスに顔を出さなくなった。

やはり、ノリ・ヒロ・ナオタの失恋組と顔が合わせ辛いらしい。

(しかも3人とも海でのナンパに失敗したのも痛い。)

ほとんど毎日何やかやと顔を見せていた鳴海が来ないのは何だか変な感じで、仕方の無いこととはいえ、しろがねは少し淋しそうだ。その代わり、といっては何だけれど、しろがねがサーカスをちょこちょこ留守にすることが多くなった。

勿論、鳴海に会いに行っているのだ。

何となく、仲町サーカスの中にはあの海水浴の日を境にこれまでとは変わった空気が流れているような気がする、リーゼはそう感じていた。

尤も、空気の違いの原因は鳴海としろがね、ふたりだけのせいではないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日のこと。

リーゼは買い物の帰り道、近くの公園を横切った。

この公園を通るのは少し遠回りになるのだけれど、リーゼはいつも散歩がてらここを通って帰る。

夕方、日暮が鳴く、緑がいっぱいの広い公園は未だ残暑は厳しいものの歩道には長い影が落ちて、いくらかでも夕涼みを楽しめる。

 

 

 

「まだまだ、暑いデスネ…」

そんな独り言を言いながら人影も疎らな公園の中を歩いていくと、目線の先によく見知った人物を見つけた。

きれいな銀髪の女の人。しろがね。

しろがねは公園の端の方にある大きな樹に凭れかかり、仰向いてじっと顔にかかる木漏れ日を見つめている。一緒に帰ろうと思ったリーゼは

「しろがねサ…」

ン、と呼びかけて、慌ててハッと言葉を呑み込んだ。

というのも、リーゼが声をかけるのと殆ど同時に

「しろがね!」

と短く名前を呼んで、逆方向から一見して分かる大男・加藤鳴海が駆けて来たからだ。

鳴海の登場にしろがねの表情がパッと明るく華やいだものになる。

 

 

 

リーゼはわたわたとして、とりあえず、手近な木の後ろに身を隠した。

こんなに近距離では見つかるのも時間の問題のような気もしないではないが、自分がこの場にいることで彼らのせっかくの時間を壊してしまうのはいけないことのように思えたのだ。スカートの裾をタイトにまとめて、木陰からはみ出さないように気をつけ、そうっとふたりの様子を窺う。

どうやら鳴海はこれからバイトのようで、出かけるまでのほんのちょっとの時間に逢引きをしているようだ。

「しろがねサンも苦労してマス」

リーゼは同情いっぱいの苦笑を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不自由な恋愛。

それはリーゼにもいえること。

 

 

 

鳴海が爆弾宣言をした海水浴の日、実はリーゼも勝と晴れて恋人同士になった。

あの日のファーストキスを思い出すと胸が甘酸っぱい想いでいっぱいになってしまう。

しろがねと違い、リーゼは好きな人にいつでも会える。

会えるけれど、恋人同士の顔はできない。

だって、皆には内緒だから。

 

 

 

小さな家族のように生活をしている中で付き合っている、だなんて知られたら自分たちも、周りの人たちも困ってしまうだろう。(それに彼女のいないノリたちがヤキモチを妬いてしまうかもしれない。)

何しろ高校生の自分はともかく、勝はまだ中学生なのだ。

だから、今まで通りの関係を対外的には続けている。

サーカスの中で、ふたりが付き合い出したことを打ち明けたのはしろがねだけだ。

(それから鳴海にも。ヴィルマには言ってないけれど気付いているっぽい。)

しろがねは勝とリーゼをやさしく見守ってくれていて、何かとふたりで出かける用事、一緒にいられる用事をさりげなく作ってくれる。

とてもありがたい。

なのでお返し、と言ってはなんだけれど、こんな時にはふたりの邪魔はしたくない。

 

 

 

『でもどうしまショウ?これではここから出られナイ…。』

覗き見、もいけないこととは分かっているけれど、リーゼはしろがねと鳴海のしている“大人の恋愛”にどうしても興味があるのだ。

『後学のタメ、後学のタメ…。』

リーゼはこっそりと首を伸ばし、目を凝らし、耳をできるだけ澄ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、待ったか?」

ハアハアと肩で息をつく鳴海にしろがねはハンカチを差し出して

「いいえ」

と首を振った。

「私の方が時間よりも早く来てしまっただけ」

さんきゅ、とハンカチを受け取って、額に浮かぶ汗を拭いながら

「遅刻したのかと思った…おまえがあんまりにも人待ち顔だったから」

と鳴海は笑った。

しろがねは鳴海の傍につっと寄ると、その胸に頭をこつん、とぶつける。

 

 

 

「待っていたのだもの…あなたを」

「汗、掻いてるから汚れるぞ?」

「かまわない。あなたの汗の匂い、好きだから」

鳴海は可愛いことを言うしろがねの丸い頭を抱き寄せると、サラサラと滑っこい髪に唇を押し当てる。

しろがねは片腕を鳴海の腰に回した。

「ごめんな。オレが大っぴらにしちまったばっかりに」

「ううん。いつかは皆に打ち明けるつもりだったでしょう。それが早いか遅いかの違いよ」

「でも、まだしばらくは言うつもりはなかったろ?そしたら毎日会えたし…こんなに忙しなく、短い時間じゃなくてさ」

しろがねは鳴海の手の平で自分の頬を包むと、そっと瞳を閉じた。

「いいの。それでも。あなたに私を『自分のものだ』って言ってもらえたから。それに、あなたに全く会えないわけじゃない」

「そうか…ホントはオレもこれでよかったと思ってる。おまえに悪い虫が…つかなくなるから…」

手の平の中のしろがねの顔を自分の方に向かせると、鳴海は身体を屈めてその唇と唇を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふあ…』

リーゼの瞳がまん丸になる。

しろがねの唇が開き、鳴海の舌を迎え入れた瞬間を目撃したのだ。

しろがねの細い腕が白い二匹の蛇のように、鳴海の逞しい首に巻きついた。

弓なりに撓るしろがねの腰を鳴海の太い腕が折らんばかりに抱き締めて、深くて激しいキスを交わす。

お互いを食むように口を動かし、首を大きく傾け相手を誘う。

唇の隙間から違う生き物のように蠢くふたりの舌がチラッとのぞいた。

 

 

 

『これが大人のキスなんデスネ…』

真剣に見つめるリーゼの口元から、知らず、はあああっと息が漏れる。

どうやら呼吸をするのも忘れて夢中で見入っていたらしい。

ちょこっとしたデートの帰りにちゅっと交わす自分と勝とのキスとは全くの別物に思われる。

鳴海は名残惜しそうにしろがねの口から舌を引き上げると、彼女の濡れた唇を親指で拭った。

長いキスを終えたふたりの間に交わされる視線が熱っぽくて絡みつくようで、何だか傍から見ているだけなのにリーゼもまた胸がドキドキする。

 

 

 

「今晩……来るか?」

「バイトは何時に終わるの?」

頬を紅潮させたしろがねが少し掠れた声で訊ねる。

「23時には戻る」

「じゃあ、その頃に抜けてくる」

鳴海がしろがねの耳に口を寄せ、何事かを囁いた。

流石に内緒話はリーゼには聞こえない。けれど、その言葉を聞くしろがねの表情がどことなく艶を帯び、女っぽいものになる。

しろがねは話し終えた鳴海を見つめると、小さくコクッと頷いた。

そしてふたりは並んで樹の下から離れると、駐輪場に向かって歩き出した。

 

 

 

しろがねたちの後姿が見えなくなるとリーゼはようやく木の影から出られた。

しろがねも鳴海もお互いのことしか目に入らず、リーゼに気がつかなかったので、覗き見がバレなくてリーゼはホッとした。

「しろがねサン、ごめんなサイネ」

リーゼはもう見えないしろがねの背中にペコリと頭を下げると、再びトコトコと帰路に着いた。

でも、さっきまでとは違い、リーゼの胸は激しく高鳴ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、リーゼはしろがねのことが気になってなかなか眠れないでいた。

23時近くになって、そのしろがねは鳴海との約束通り、寝床からそっと抜け出す。

リーゼはタヌキ寝入りをしたまま、しろがねが音もなくヒラリとトラックを飛び降りて夜陰に紛れて気配がなくなるのをじっと感じていた。

『しろがねサン…ナルミサンのところに行っタのネ…』

そして、

『これからまた、あの大人のキス……ディープキスを交わしたりスルのカシラ?』

と考えて、誰も見ていないのに恥ずかしくて赤面してしまった。

 

 

 

胸がドキドキする。

しろがねの恋愛なのに、まるで自分が勝と大人の恋愛をしているような錯覚に囚われている。

舌を絡める。どんな感触なんだろう?

唾液の味って、どんな味。自分のは無味だけど、他人のは違うのかしら?

どうして、舌を絡め合いたいって思うのだろう?

 

 

 

リーゼはとしては、ついこの間彼氏になったばかりの勝とキスをするにしても唇を軽く触れ合わすような、そう例えるなら繊細なワイングラスの縁をやさしくチン、と鳴らすような、そんなキスをするのが精一杯。スキンシップだって、手の平を重ね合わせるくらいで、あんな風に全身を擦り付けあうような抱擁、なんてまだ考えられない。

ディープキスにも激しい抱擁にも興味はある。憧れもある。

でも、“そこまでに至る過程”と、“その先に待つもの”を考えるとまだまだ躊躇してしまう。

そんなことで心にブレーキのかかる自分には可愛いキスがまだ分相応なのだ、きっと。

だって“そこまでに至る過程”を考えると恥ずかしくて身悶えてしまうのだから。

“その先に待つもの”に至っては、脳が茹で上がって逆上せてしまう。

そこまで考えて、ひとつの事実に思い当たった。

 

 

 

『あ……ということは、しろがねサンはナルミサンと……“その先に待つもの”、をとっくにしているのだワ……』

しかも彼女はたった今、リーゼが“その先に待つもの”と遠まわしに表現する行為を鳴海と行いたくて、皆が寝静まるの待ち、出かけていったのだ。今頃もう、始めているのかもしれない、そう考えたリーゼは一気にぼふん、と頭から湯気を上がらせた。

『きゃーきゃーきゃー!考えてシマッタ!しろがねサンとナルミサンの……』

よく考えてみなくても大人の恋愛とはそういうものなのだ。

リーゼは高校でも友達に「遅れてる」とか「ネンネ」とか言われるし、実際、友達の話についていけてない。まさか自分と同じ高校生がそんなことをしているとも夢にも思っていなかった辺り、リーゼはやはり幼いのかもしれない。

昨今の高校生はマセているというのに。

小さな子供の頃から旅暮らしで、母と姉とで厳しい芸一筋では仕方のないことだろう。

 

 

 

“その先に待つもの”、要するに異性と身体を重ねること、それにだって興味はある。憧れもある。

お互いに裸になって、抱き合って、身体中にキスをして……それから、それから……?

その行き着いたところで何をするのか、耳年増的な知識はあっても具体的な想像には至らない。

中途半端な想像でも何だか身体がムズムズしてくることには変わりないけれど。

リーゼの望む相手は勿論、勝で。

『マサルさんと……いつか、そういうカタチで愛し合うの?それはいつになるのダロウ…?マサルさんと、セ…セ…セック……うう、想像でも言えナイ!!!!』

真っ赤になって自分の考えていることに恥ずかしくなったリーゼは布団を抱き抱えたままジタバタとその場を転げ回り文字通りに身悶えた。

 

 

 

「リーゼ…何の夢を見てんの?うっさいわねぇ…静かに眠らせてよ…」

ヴィルマの不機嫌そうな唸り声に、「ス、スミマセン」と謝って、リーゼはじっと大人しく身を丸くした。

ヴィルマの寝息がまた規則正しいものになるのを待って、今度は身じろぎをしないように、もう一度、勝と愛し合うの図を脳裏に展開する。

『くうう……恥ずかシイ……!』

恥ずかしいけれど、やはり想像は肝心な場面の直前で途切れてしまう。

根本的な知識が足りていないのだ。

『二学期になったら…高校の友達に詳しいコトを訊こう…』

 

 

 

想像を諦めて落ち着いて眠ろうとした後もリーゼは、マサルさんはぐっすり眠っているのかな?とか、しろがねさんは今頃ナルミさんとどんなことをしているのだろう?とか、考えてしまって、それらが頭の中をグルグルグルグルして、どうにもこうにも興奮してしまってなかなか寝付くことができなかった。

 

 

 

 

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