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夕色
街並みが茜色から葡萄色に変わる頃、しろがねは家路を急ぐ人波の中に大きな大きな背中を見つけた。
長い髪が太い首の後ろにユラユラと揺れて。
ゆったりと歩いているように見えても長い脚での大股だから、周りの波よりも幾分早目のその歩調。
「船も大きい程にゆっくりと進んで見えるものだしな」
しろがねの目元も口元も緩む。
本人はまるで気づいていない恋の顔。
「カトウ」
鳴海と帰り道が一緒になったことが嬉しくて嬉しくて、どうしても微笑がこぼれてしまう。
けれど、その微笑をあえて引っ込めて、澄ました顔をはりつけて、しろがねは鳴海と肩を並べた。
笑顔のままの方が鳴海は喜ぶ、ということが、今のしろがねにはまだ分からない。
「バイトの帰りか?」
素っ気無く訊ねるしろがねに、
「おう、今日は早番だったから」
と、鳴海はしろがねに会えて嬉しい気持ちを隠そうともしない笑顔で答える。
しろがねは眩しそうに目を細めた。
眩しいのは鳴海の肩越しに見える夕陽なのか、それとも鳴海の笑顔なのか。
しろがねは鳴海の笑顔が好きだ。
鳴海が笑うと彼女の胸はすっと透いて、この夕色のような暖かさで満たされる。
透明な、清清しいオレンジ色に浸される。
「けっこう日が延びたよなぁ」
「そうだな」
何気ない会話が心地いい。
夕陽に背中を押されて、足元には長い影。
心の中も夕焼けに染められて、しろがねはふと、思う。
このままずっとどこまでも、あなたと歩いてゆけるのなら、どんなにかいいだろう。
あなたとなら、私はどこまでもゆける。
あなたと肩を並べて。
地平線の果てまでも。
この命が尽きるまでも。
私は、いつまでも誰よりも、あなたの傍にいたいと願っている。
素直な気持ちをそのまま言葉にして鳴海に伝えて、彼に困った顔をされたら、と考えると怖くて。
結局、強がる顔しかできなくて。
私の想いなど、あなたにはきっと迷惑だろうな。
時にこうして、笑顔を見せてもらえるだけで充分なのだということは分かっている。
でも……けれど……。
そして、しろがねの想いは日々募っていく。
「なんだ?」
「いや、何でもない…」
「変なヤツだなぁ」
鳴海は笑いながらしろがねの頭を大きな手の平で撫でた。
手の重みで下を向くしろがねの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「どっかで一緒にメシでも食ってくか?」
「…また今度。今日はサーカスに夕飯までに戻ると言ってしまったから」
「そっか。そうだな。支度してもらってんのに悪いもんな」
鳴海の笑顔にしろがねはまた眩しそうに目を細めた。
あなたといるととても嬉しい。
嬉しいけれど、どこか苦しい、もどかしい気持ちを抱えたまましろがねは歩く。
夕焼けの空に月。
ふたりの影が寄り添うように並んだ、橙色の帰り道。
End