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観覧車
ひとつ前のゴンドラから勝たちが手を振る。
今日はサーカスのこども組を遊園地に連れてきた鳴海としろがね。
ふたりもにこやかに勝たちに手を振り返した。
勝たちは一頻り手を振って満足するとそれぞれの席から米粒のようになった日常生活に食い入るように見入る。
その後、ふたりの乗るゴンドラの中に流れる沈黙。
こんなところでしろがねとふたりっきりになったことがないから、鳴海はどんな会話をしていいのか正直分からない。
こんな、恋人同士がデートするようなところでは。
付き合いは、長いんだけれども。
だから
「なんかオレら…デートしてるみてぇだな」
なんて舞い上がったことを口走ってしまい、言った先から後悔した。しろがねはでっかい瞳を見開いて、きょとん、と言葉をなくしているようだ。
ああ、言わなきゃよかった。何を莫迦なことを、とか言われるぞ、絶対、きっと。
だけど、しろがねは柔らかい表情を鳴海に向けて「そうだな」と一言、窓の外を楽しそうに見ている。
あれ?何、しろがねも思ってるわけ?デートみたいだって。
デート、ってのは恋人同士がするもので。
てことは、こうしているオレを恋人みたいって思ってる、でOK?
しろがねの返事に気をよくした鳴海はすっかり調子が戻ってきた。眼下に見える景色についてあれこれと語る。しろがねも地上に見えるあれこれを鳴海に訊ねる。
「なぁ、ついでにオレたち付き合っちまうか、デートしてることだし」
何かの折に出た言葉は鳴海の冗談だった。本気ではあったけど。いつも通り軽く流される冗談。しろがねからは間髪入れずに
「はい」
との返事。
「そ、そっか、そうだよなぁ。答えは『はい』に決まってるよなぁ、オレのじょ……」
あ?
しろがねは何つった?
はい?はい、ってどういう意味だっけ?
オレが付き合おうって言って、はい、だと……どうなる?
「あ…、あれ?」
鳴海を襲う、軽い混乱。
「カトウ。付き合おうとする時は、相手に何と言うのが一般的なのだろうな」
「『好きです』?」
しろがねが透き通った銀色の瞳で鳴海を見つめる。混乱する鳴海の頭の中は現状把握に懸命に努めていた。
ゴンドラの中に流れるやたらかわいい童謡の他には何も聞こえない。
鳴海がモタモタしているうちに、しろがねの後ろの景色はだんだんと地上に近づいてくる。
鳴海はごくりと生唾を飲み込んで妙に乾く喉を潤して、ようやく見つけた言うべき言葉を口にする。
「しろがね」
「はい」
「しろがね……オレ……おまえのことが…す、す…す…」
あまりの緊張に『す』の先が出ない。
「す…」
鳴海の努力も空しく、言葉の先が出ないうちにゴンドラの扉は開かれた。
次のアトラクションに向かってはしゃぎながら駆けて行くこどもたちの後姿を見遣りながら鳴海は溜め息をついた。
だ、だらしねぇ………。
ふたりきりのゴンドラの中は切り取られた特別な空間だったように思えてならない。告白を許されたのは地上に降り立つまでの時間。タイムリミットは過ぎてしまった。こうして地面に足をつけてしまうと、もう、しろがねは自分の告白のことなど忘れてしまっているんじゃないか、どうでもいいことだと思っているんじゃないか、そんな風に思えてくる。
しろがねをまともに見ることもできやしねぇ。
「はあ」
特大の溜め息をつく。
と、傍らを黙って歩くしろがねが鳴海の手をそっと握った。
冷たい手だった。見ると、その手は青いくらいに白かった。
ああ、きっと。オレの答えを待つ間、こいつも緊張していてくれたんだな。
ぎゅっと硬く、拳を握り締めて、さ。
鳴海は、顔を上げてその手をぎゅっと握り返した。
「オレ、好きだよ、おまえが」
「……」
「付き合おう」
やっとの思いで紡いだ鳴海の言葉に、しろがねは幸せそうな笑顔で「はい」と答えた。
「兄ちゃあん!しろがねぇ!早くー!」
遠くから勝が呼ぶ。
「おおし、今行く!」
上機嫌の鳴海は大声で返事をし、しろがねと手を繋いだまま走り出す。
ふたりとも、どうして手を繋いでるの?、そんな子どもたちのひやかしなんか物ともせずに。
End