忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







親父の一番長い日(下)





カコ                ン。
という音でも響けば間が持つのかもしれない、そんなことが脳裏をチラリと過りつつ、むっつりとした表情を崩さない正二と座卓を挟んで向かい合った鳴海はこの沈黙を破るタイミングを計っていた。
アンジェリーナの説得(恐喝とも言う)でようやく下りてきたしろがねの父、正二に改めての自己紹介も簡単にだけれどきちんとした。(正二に「手短に」と言われたから。)
後言うべきは唯一つ。
決して失敗は許されない。
しろがねもまた息を詰めてその瞬間を待っているのがヒシヒシと伝わってくる。
鳴海はグッと面を上げて正二に向ける視線に力を込めた。
オレはお義父さんと睨めっこをしに来たわけではない!
今回は、ある一言を告げるためにここを訪れたのだから!


「お義父さん!」
鳴海が膝を詰めて、核心へと話を切り出した。
「君に『おとうさん』と呼ばれる筋合いはない!」
(正二のその言葉に、和室の外で様子を窺っているギイを含めた全員が『お約束だなあ』と思ったことは置いといて)
正二は身体を捩って聞く耳を持たないことをアピールする。
「私はもう何も話すことはない…!」
が、だからと言って鳴海は怯むわけにはいかない。
「お義父さん!お嬢さんを、しろがねさんを僕にください!」
伝家の宝刀を振り下ろす。
鳴海の言葉にその部屋の時間が止まった。
廊下で立ち聞きしていたギイですら、和室の時間停止にあてられたように身動き一つしなかった。
正二は……息を呑み、言葉を失った。
今、鳴海が投げつけてきた台詞がやって来ることは嫌々ながらも予測して身構えていたのにも関わらず、ダメージは絶大だった。
正二が娘の方を見遣ると、そこにはいつの間にやらとんでもなく美しく成長した我が娘が居た。
言うべきことを言い切った立派な彼氏に瞳をキラキラをさせて、父親の次の言葉を待っている。


何て最悪な日曜日だろう。
いまだかつてこんな酷い休日があっただろうか?いや、ない。
とんでもない現実から逃避したいがためか、正二の頭の中をぐるぐると数多の娘との思い出が過った。どれもこれも楽しくて可愛くて宝物で掛替えのない、父と娘の思い出。
そのカレイドスコープのように光り輝く思い出を正二が身を浸し満喫していると、突然見知らぬ男が乱入し可愛い彼の娘を連れ去っていってしまった。
正二の中に怒りがフツフツと湧き上がる。
自分の知らない間に勝手に人の娘の恋人だとかほざいて、それもいきなり、初めてやってきたと思ったら「娘さんを僕にください」?恋人同士、しかも結婚を前提とし学生時代からの付き合い、娘もこの男も昨今の若い男女には違いない。
ならば!
おまえは私の可愛いエレオノールと婚前にすでに(それ以上は想像しても言葉にできず。)!



「やれるものか!!!」



正二は一言怒鳴ると立ち上がった。

「お義父さん…」
「あなた!」
「お父さん!」
「出直して来い!出直して来ても答えは変わらんがな!だからもう来んでよし!」
正二の頭は煮えていた。
会社では重役で仕事上でもこんなに取り乱すようなことはない。
私の息子も娘も手のかからない子たちでこんなに声を荒げて怒ったことなどない。家庭でも職場でも落ち着きのあるロマンスグレイ、それが私・才賀正二。(←平気な顔で自分で言っちゃうあたりがどうかとも思う。)
正二は人生でこんなにも狼狽したことなど一度だってなかった。
狼狽したことに狼狽していた。
ギイも、しろがねも、こんな父親を知らなかった。
声を荒げる父親も、狼狽している父親も。


「あなた!落ち着いて!もう一度座って話をしてくださいな!」
「五月蝿い!おまえは黙ってろ!」
「あなたっ!」
アンジェリーナにも取り付く島を与えない。
「もうたくさんだ!」
正二が部屋を出て行こうとしたとき、小さく弱弱しく
「お父さん……」
と言う娘の声が聞こえた。
チラッと視線を送るとエレオノールが泣いていた。
ボロボロと大粒の涙を零して、ひっく、ひっく、としゃくり上げて泣いていた。





ああ、こんな風に泣くエレオノールを見たのはいつ以来だろう?
まるで小さな子どもみたいじゃないか。
大人なのにな、もう。





大人なのに、こんな風に、子どもみたいに泣くなんて。
正二はその姿に娘の真実を見た気がした。
どんなに娘がこの男を愛しているのかが分かった気がした。
もしもこれで、自分の大人気ない態度のせいでこの男との結婚話が消えてしまったら娘は一生父親を許さないだろう。一生、娘は自分に笑顔を見せてはくれなくなるのだろう。
正二は目を閉じて深く息をすると
「……分かった……娘はくれてやる」
小さな声でそう言った。
「お父さん!!」
「お義父さん、ありがとうございます!」
「あなた」
室内から張り詰めていた空気が消えて、皆の表情が明るくなりホッと安堵の息を漏らす。
ギイですら、その口元に笑みを浮かべた。


「ただし!」
華やいだ空気がまた凍る。
「その代わり、一度でいい。娘を奪っていく君と手合わせを願いたい」
正二は自分の背後の、床の間に飾ってある刀を取るとスラリを鞘から抜いて、その切っ先を鳴海へと向けた。
「もしも私に勝てたら娘との結婚を許すとしよう。だが負けたら潔く諦めてもらおう」
「あなたっ!」
「お、お父さん、何もそんなこと…」
エレオノールとアンジェリーナが正二を止めようと腰を浮かした。


「自分は剣術でお相手することはできませんが?」
鳴海は切れ味の鋭そうな刃先を鼻先に突きつけられてもたじろぐことなく、真っ直ぐに正二の瞳を見返している。刀を見て何の冗談かと笑ったり、娘に助けを求めたり、動揺も激しく取り乱したりすれば「娘には相応しくない小心者」と断ずることもできるのだが。
度胸は据わっているな、正二は腹の底で加藤鳴海という男の値踏みをした。
「君はさっき大学で拳法をやっていたと言っただろう。それでかまわん」
「分かりました。お受けします」
「あなた!」
「ナルミ!」
ふたりの女がそれぞれの相手を制止しようとするも、熱い男(と書いて『馬鹿』と読む)を止めることはできない。


「もう一度確認する。君が負けたらエレオノールを潔く諦める、それでいいな?」
「はい。男に二言はありません」
正二は鳴海の返事を受けて娘にも念を押す。
「よし、エレオノールもいいな?彼が負けたらおまえに相応しくない男、ということだ」
「そんな勝手に」
「心配すんな、しろがね。おまえが懸かっている勝負にオレが負けるわけねぇだろ」
鳴海は不敵に笑う。
正二はその余裕の笑みにムムムと眉間の皺を深くする。
ずいぶんと舐められたものだ!吠え面をかかせてやろう。
「よし、表に出よう。ついて来なさい」
「はい」
鳴海は正二に促されて立ち上がるとその背中について和室を出て行った。
「ナル…!兄さん!」
エレオノールは和室の入り口で面白そうにニヤニヤしている兄を見つけ、縋るように言う。


「お願い、兄さん!お父さんを止めて!」
「僕が?あの野蛮な熱血漢ふたりをこの僕が止められるわけないだろう?」
「ギイ、そんな風に面白がってないで」
母・アンジェリーナが美しい眉を顰める。
「まあまあ、大丈夫だよ。勝負なんてあっという間さ。結果は見えている。そうだろう?エレオノール」
「それは……そうだけれど」
「それに達人同士の異種格闘技戦なんて滅多にお目にかかれるものじゃない。せっかくだから楽しもう」
ギイは気楽に熱い男達の後を追う。
エレオノールもアンジェリーナもお互いに顔を見合わせると溜め息をついて、仕方なしについて行った。





庭で真剣な顔の男ふたりが対峙する。
縁側からこれまた真剣な表情の女ふたりと、にやけた男ひとりがそれに立ち会う。
「では始めよう。いつでもかかってきなさい」
正二はゆっくりと中段の構えをとった。
鳴海もそれに合わせ、腰を落とし攻防一体の構えをとる。
ふたりは睨み合い、じりとも動かない。
『間合いを計っているのか』
正二は動かない鳴海の腹を読む。どう考えても素手の鳴海よりも刀身の長さの分、間合いの面では正二が有利。
その代わり、間合いに入られたら一撃必殺で鳴海に有利。
間合いに入らせないことが大事だ。
『カウンターを狙っているのかもしれん。振りを小さく鋭く絞ることに専心せねば』


先手は正二。
正二は年の差など感じさせない迅さで間合いを一足一刀の間に詰めると、ひゅ、と鳴海の胸元に風切りの音をさせた。鳴海が軽く上体を逸らして刃先をかわすと、その直後にバラリ、とネクタイが真横一文字に口を開けた。
「ああっ!あれ、私がナルミに入社祝いに買ってあげたネクタイなのに!ひどい、お父さん…!」
エレオノールが憤激の言葉を呟いた。
「そうなの?あら、悪いことをしたわね、ナルミさんに……それにしてもあの人、手加減てものを知らないのかしら」
「父さんは全力でナルミを叩こうとしてるから」
「もう勘弁してよね…」
女ふたりは再度溜め息をついた。
ギイは面白そうに見物する。そして冷静に両者の分析をする。
全力の父さん。けれどナルミは余裕だな。完全に父さんの太刀筋を見切ってる。


ああ…後でしろがねに怒られるかも。
鳴海は無残な姿と化したネクタイを外しながらトホホと思う。
一張羅のスーツもボロ簾のようにされても困るのでついでに背広も脱いだ。
それにしても、しろがねのお義父さんは問答無用でオレを切り刻もうとしているな。
どうするか。
義理の父になる相手には申し訳ないが、正二の太刀筋を見切ることはギイの読んだ通り、鳴海には造作もないことだった。とは言え勿論、正二に拳を当てることなどできない。刀を封じればいい話だが、手首に手刀を当てるのも可哀想だ。


手加減がしきれないと怪我をさせてしまう。
ならばあれか。真剣白羽取り、ってヤツか。
正二もまた考えていた。
どうするか。
大きな身体の割りに動きが素早い。
さっきは胸元の皮一枚を切る勢いでかかったのだが(←鬼。傷害で訴えられるぞ!)。
なかなか手強い。しかし、我が愛刀・虚空のサビにしてくれる!
エレオノールをやるわけにはいかんのだ!


今度もまた正二が先手を打ち、間合いを詰めた。
が、同時に鳴海も動く。
迅いっ!
正二が気付いたときにはすでに、鳴海は正二の懐に飛び込んでいた。
鳴海が両手に気を込め、正二の白刃の軌道を読み、その側面をガシッと挟み取る。
すると。
ばきんっ!
途端、正二の愛刀・虚空は鳴海の馬鹿力(+硬気功)の前に、固焼き煎餅が割れるが如くに折れた。


「こ、虚空がっ!」
「わああ、すみません!力は加減したつもりだったんですがっ!」
決着はあえなく決まった。
鳴海の勝ち。
「ナルミ!」
「あなた!勝負あったわよ!もうおよしなさい!」
駆け寄る女ふたりの窘めるかしましいお小言に混じって、ギイの堪えきれない笑い声が続いた。








「何だ、鳴海君はもう潰れてしまったのか」
客間に布団を用意して戻ってきたアンジェリーナに正二は声をかけた。
正二はひとり、居間で残り少なくなったご馳走でチビチビと酒を飲んでいた。
(ギイは鳴海を運ぶ妹に手を貸した後、「僕も少し休もう」とそのまま自室に上がって言った。
「良かったな、無事に済んで」
と妹の頭を撫でることを忘れずに。)
「ずいぶんと酒の弱い男だなァ」
「鳴海さんは全く飲めないそうですよ?それなのにあなたやギイの相手をあれだけしたのですから」
アンジェリーナは正二の傍に膝をつくと、空いた皿を盆の上に重ね始めた。


あの後、正二と鳴海は意気投合した。元より気質が似たもの同士だったこともあり、和解した後はすっかり鳴海は正二のふたり目の息子になっていた。
酒が入って上機嫌になった正二は
「ギイよりもおまえの方が腹の底が読めて気持ちがいい」
とまで言う始末。
茶々を入れるギイを交えた男3人の日の高いうちから始まった酒宴は大いに盛り上がった。
エレオノールとアンジェリーナが一生懸命に作った心尽くしは無駄にならずにすんだ。


「酒を鍛えてやらんとな」
「いいじゃないですか、飲めない方が経済的ですよ」
「ぐ……それは私に言っているのか?」
九州男児の正二は大酒のみだ。
「さあ?でも、娘の夫になる人が酒乱よりも全然いいことには違いないでしょう?」
「そりゃそうだ。それにしても、鳴海君が拳法の全国覇者だったとはなァ…
「今年で5連覇だそうですよ」
5?と正二は手の平を開いてみせる。アンジェリーナも5です、と手を開いてみせた。
「だからエレオノールもギイもおまえも顔色を変えなかったのか」
「鳴海さんが破格に強いってことは聞いてましたから。だってあなた、鳴海さんの話を聞こうとしないのですもの」


正二は背後の床の間に置かれた、ぽっきりと根元から折れてしまった愛刀に目を遣りがっくりと項垂れた。
「虚空……修理代が……」
「お小遣いでやってくださいよ?あなたが勝手にやって勝手に折ったんですから」
「そうは言っても」
「大人なんですから、ご自分のチャンバラの責任くらいご自分でお取りなさいな」
アンジェリーナは同情の余地もないわ、と事も無げに言う。
「大体、鳴海さんに真剣を抜いたときにはどうしようかと。私は常々あなたには」
「ご馳走様~」
アンジェリーナのお小言が続きそうだったので、正二はそそくさと席を立った。


書斎に戻る途中、鳴海の休む客間に正二は足を向けた。
そうっと音を立てないように襖をほんのちょっとだけ隙間を開けて中を覗くと、床に敷いた布団で泥酔する鳴海の隣でエレオノールもくうくうと寝息を立てていた。正二は足音をさせないように、客間に入ると押入れから出した布団をそっと娘の身体にかけてやった。
「おまえも気疲れしたんだろう、エレオノール?」
エレオノールの手は鳴海の手に重ねられていて、鳴海は泥酔しながらもそれをきゅっと包んでいる。
その姿は微笑ましいのと同じくらい、正二にとっては寂しい光景。
小さな苦笑いを浮かべながら正二が客間を出るとそこにアンジェリーナが立っていた。
「エレオノールも眠っていたよ」
正二が静かに襖を閉めながら呟いた。
「エレオノールはよほどあの男を好きらしい」
アンジェリーナには正二の寂しさが分かる。
だからその腕に手をかけて
「エレオノールはね、私が『あなたの恋人はどんな人?』って訊いたら、『お父さんに似てる』って言ったんですよ?」
と教えてあげた。
「そうか…。だったら、鳴海君はかなりいい男なんだな…」
正二は笑う。
「ふふ…そうね」
アンジェリーナはやさしく肯定してあげる。
「あなた、もう少し飲みますか?夫婦水入らずで」
「いいな。今日は飲むか」
正二とアンジェリーナは寄り添うようにして、再びリビングへと戻った。







客間では大仕事を終えた鳴海がぐっすりと眠る。
その傍らには、その眠気に当てられたしろがねが幸せな夢を見る。
両家への挨拶を無事に済ませたふたりはこの先、とんとん拍子に結婚の話をまとめることになる。


後日、鳴海は新しいネクタイを3本ゲットした。



End



postscript 無事、結婚のお許しをいただきました!長い話の割りに展開が速いような気もしないではないですがこれが私の精一杯でゴザイマス!どうかご容赦を!
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]