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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






婿の一番長い日

親父の一番長い日 オマケ





「いいか鳴海君。今日の敵は手強いぞ?はっきり言って私など比ではない。心してかかりたまえ」
「はい、分かりました」


リビングで角を突き合わせるようにして会議するふたりの間で、この台詞はもう何度やり取りされたことだろう。今日はフランスから わ ざ わ ざ 孫・エレオノールの結婚相手とやらをアンジェリーナの母・ルシールがやって来る日なのだ。
鳴海とエレオノールは両家顔合わせも結納も無事に済ませ、今では初日にあれほど緊張して訪れた才賀家にも気軽に遊びに来るようになった。こうして正二とは気の合う親子っぷりを全開にしている。そして今、気難しい客の襲来を前に正二がルシールについて新しい息子にレクチャーしているところだった。


「私がアンジェリーナとの結婚の承諾をもらいにいくにあたっては、顔を合わせるまでの道のりが長くてな……とにかくフランス語を日常会話程度に操れるようになってから来なさいとお義母さんに言われてな……」
正二が遠い目をする。
「大変だったんですね」
「ああ、大変だった……必死に勉強したよ……半年で何とかマスターした。鳴海君、フランス語はどうだい?」
「簡単な日常会話程度なら何とか」
正二にフランス語を勉強しておいた方がいいと、挨拶に来た日に指示された鳴海は彼女に習って何とかそこまで漕ぎ付けた。尤も語学力に定評のある鳴海は元々、フランス語も日常会話のヒアリングならできたのだが。
「そうか、それなら大丈夫だろう。義母は英語も達者なんだ。でも絶対にフランス語しか話さない」
「ほら、フランス人って愛国精神がどちらかと言うと頑固ですから」
正二はそうだその通り、と首を振る。
「それからレディーファースト。これには気をつけたまえ?文句が飛んでくるぞ?根本的に日本人男性を否定するような辛辣なヤツが」
「はい」
苦虫を噛み潰したような顔をした男がふたり、見つめ合って冷や汗を垂らす。


今日は平日だ。本来なら鳴海も正二も会社に出ている日だが、ルシールのために休暇を取った。
ここにはいないがギイもこの家の中にいる。勿論、エレオノールも。
(キッチンでアンジェリーナと間もなく到着するルシールのもてなしの準備に奮戦中。)
「まあ、いずれにしても今日は鳴海君がいるから私も心強い。これまでは私ひとりが別物な感がしていたからな」
「そうでしょうねぇ」
アンジェリーナもエレオノールもギイも、揃いも揃って銀色をキラキラさせて目がしずるしいったらありゃしない。聞けばルシールも銀目銀髪なのだという。
正二はこれまで4対1で肩身が狭かったことだろう。
「それに今日の義母の興味は君にある。今日の私は(比較的)楽なものさ」
「オ、オレですか」
「そりゃそうだ、君を見にフランスから わ ざ わ ざ 来るんだから」
ここまで先入観を植えつけられるとこれから来る人物がまるで悪魔のように思われる。
体育会系の応対しか知らない鳴海は果たして気難しいフランス淑女をきちんともてなすことができるのか、まるで自信がなかった。







『アンジェリーナもエレオノールも、どうしてこういう野蛮なタイプが好みなんだえ?』
「ボンジュール」の挨拶よりも何よりも、玄関の扉をくぐってのルシールの第一声はそれだった。
アンジェリーナ、ギイ、エレオノールが順に挨拶を交わし、その後に日本人男性が続く。
『お義母さん、ご無沙汰しております。お元気そうで何より…』
『チャンバラの相手をしてくれる(仮)息子ができて良かったじゃないかえ、正二?』
『はあ』
鳴海が挨拶に来た日の一件が漏れ伝わっている。
正二がやり込められてバツの悪い顔をしているのを見て、鳴海はごきゅ、と唾を飲み込んだ。
『初めまして鳴海です』
ルシールがじろり、と鳴海を見上げる。
丈の長い、黒の服に身を包んだスマートな体型、と言うよりは痩せている体型のルシールは
感情の量れない鉄仮面を被っているような表情で、それが童話に出てくる悪賢そうな古烏みたいだ、と鳴海はしみじみ思った。


『何をお考えだい?』
『いえ、何も』
うわ、怖ぇ。変なことも考えられん。勘がいい。
『あんたと話していると首が痛いね。エレオノールも随分と無駄に大きな男を選んだもんだ。中身はちゃんと詰まっておいでかい?』
鳴海はクソババア、と言い返したいのをグッと飲み込む。
『何をお考えだい?』
『いえ、何も』
すげえ、悪口に敏感。エスパーか?
(というか、考えていることがすぐ顔に出ることを鳴海本人が自覚していない、というか。)
『上がらせてもらうよ』
ルシールは姿勢良く、スタスタとリビングに向かって歩いていった。
その後ろを3つの銀色の頭が続く。
正二と鳴海は玄関に取り残された。
「手強いっすねぇ」
「だろう?昔っから苦手なんだよ」
「分かるっス」
ふたりは目を見交わしてどちらともなく溜め息をついた。







正二と鳴海にとっては盛り上がっているのだかどうかも良く分からないお茶の席を全員で囲んでしばらくすると、徐にルシールがテーブルの上に金属の塊のようなものを3つ並べた。
何これ?と鳴海が訝しそうに見る。
知恵の輪だ。
『正二、ギイ、それからナルミとやら。ひとつずつ取っておやり』
元より「やらない」という選択肢は用意されていないので、それぞれ自分に一番近いものに手を伸ばす。しばし、リビングは無言に支配され、カチャカチャと金属の擦れる音だけが聞こえた。
『できた』
ギイは一番乗りで、ものの一分もかからないうちに知恵の輪をふたつに分けた。
『流石だねぇ』
私の血を受けただけはある、とでも言いたげなルシールの声色。


知恵の輪。
別に鳴海に知恵がまるでないわけではないけれど、一番苦手なジャンルであることには変わりない。ちまちまちまちま、手先を動かすだけのコレはどうしたってイライラしてくる。
正二も似たり寄ったりだが、鳴海よりかは大人だし、鳴海よりかは全然落ち着いているし、それにルシールのことも幾分理解しているのでまだマシだ。
女三人の視線が自分の手元に突き刺さっているのも何ともやりにくい。
最後にできる、ならまだしも解けねぇ、というのはカッコ悪ぃことなのかも。
鳴海はエレオノールの前で見っとも無い姿を見せるのは嫌だったので、手を指をしゃかりきになって動かした。(注目すべきは手指を動かしているだけで、脳ミソは動かしていないところだ。)


何分かが流れた。
ルシールが、そろそろ頃合いかねぇ、と考え出した刹那。
闇雲に知恵の輪を弄っている鳴海の手元で突然、ぎゃり、っと奇妙な音がして、それはふたつに分かれた。
『できた!』
ぱちん、と手を叩いてエレオノールが喜んだ
祖母の前で「自分の選んだ相手には知恵がある」と無事アピールできたことが相当嬉しかったらしく、銀色の瞳がピカピカ光っている。
『お待ち』
『いや、違ぇよ、しろがね…』
ルシールと鳴海の言葉は同着で、鳴海が差し出した知恵の輪を良く見ると、硬い金属でできているはずの知恵の輪は一目で分かる程、歪にぐんにゃりと変形させられていた。ギイが元の影も形も無いソレを指先でつまんで持ち上げる。
『馬鹿力』
『鳴海さん、すごいわね。見事に拉げてるわ…』
『すんません。壊しちまいました…』
鳴海はルシールに頭を下げた。
『ようし!できたぞ!』
その背後で黙々と知恵の輪と格闘していた正二がゴールした。


それを見てはあっと項垂れる鳴海の背中をエレオノールが抱き締める。
『いいの、ナルミはそれで。結局はバラバラにすればいいのだもの。最初から壊そうと思ってやれば兄さんよりも早かったわ』
『それじゃ「知恵の輪」って言わないだろう』
さしずめ『力の輪』ってところか、と鳴海をからかって遊ぶ兄にエレオノールは頬を膨らます。
『いいの!父さんの刀を折っちゃうナルミにこんな課題を出すおばあさまが悪いのよ』
「さんきゅ、しろがね」
鳴海が肩に置かれたエレオノールの手に手を重ねて、ぎゅっと握った。
ふたりで暖かい視線を交わす。
そんな孫とその婚約者を観察するルシールの口元は緩やかに持ち上がっていた。







晩餐にはルシールに付き合わされて赤ワイン、なんてものを強制的に飲まされて、鳴海はいつぞやの挨拶の日よりもずっと早くに客間に敷かれた布団の上で伸びていた。
眉間に深い皺を刻んで苦悶するかのように眠る鳴海にエレオノールは
「ご苦労様」
の声をかけた。
同情したような柔らかい微笑みを残したエレオノールが客間から出てくると、そこに威厳たっぷりにルシールが待ち構えていた。
『だらしのない男だねぇ。ワイン一杯で潰れちまうなんてさ』
『仕方ないわよ。ナルミはお酒が飲めないのですもの』
エレオノールが鳴海を庇う。
『なのに、おばあさまに付き合ってこれでも頑張った方なのよ?ナルミをあまり苛めないで。私、おばあさまが相手でも怒るわよ?』
『苛めてなんかいないさね。ちょっと可愛がってやっただけさ』


自分の連れてきた結婚相手を親に認めてもらおうと躍起になっていた自分の娘を彷彿とさせる、美しく成長した孫にルシールは目を細めた。
『ねえ、おばあさま。ナルミはお酒も弱いし、知恵の輪も壊しちゃったし…。おばあさまのメガネには止まらない?及第点はもらえない?』
そりゃあ、力自慢で考えるよりも身体の方が先に動いてしまう、ってところは私も認めるけれど。
エレオノールが心細そうにルシールに訊ねる。
『やさしいし。いいところがたくさん…』
『私がどう言おうが、おまえがナルミのことを愛していることには変わらないのだろう?』
『それはそうよ。私にはナルミしか考えられないのだもの』
それはあの男もそうなのだろう、ルシールは思った。
始終、鳴海はエレオノールを目で追って、気にかけていた。エレオノールをずっとやさしく見守っていた。
慈しまれるに違いない。私の孫は。
アンジェリーナが正二に愛されて幸せな家庭を築いたように。


『おまえにはぴったりな男だと思うよ。私は反対しないね』
『本当?!おばあさま!』
エレオノールはルシールの首に腕を回し抱きついた。
『これこれ、およしよ』
『おばあさま、大好きよ!おばあさまなら分かってくれるって信じていたわ』
クスクスと笑いあう。
『ああ、単細胞で馬鹿力の持ち主ってことはようく分かったよ』
『おばあさま!』
『じゃあ、これからゆっくりと聞かせてもらうとするかね。ナルミのいいところをさ』
『はい』


どうだい。こんなにほっぺを薔薇色に輝かせちゃってさ。
鳴海の話を夢中でするエレオノールは本当に幸せそうで、どんなに彼を愛しているのかが簡単に見て取れる。
可愛い孫娘、エレオノールは幸せになる算段がついたようだ。
次は、ギイだね、こっちはどうしようもなさそうだね、救いようのないマザコンだから。
そんなことを考えながら、ルシールはエレオノールが嬉しそうに語る話に楽しげに耳を傾けた。



End



postscript 『親父の一番長い日』のオマケです。二次会の話を書いている途中、ルシールにも鳴海を紹介しないとなー、なんて思っちゃったものですから。だって孫だもん。とってつけたような、非常に短くて簡単な話ですみません。鳴海はこれからルシールにも会う度にオモチャにされるのでしょうね。何を言われても「しろがねのばあちゃんだから我慢我慢」って忍耐するんですよ。原作でルシールとギイと鳴海で旅していた頃のあんな調子で楽しく過ごして欲しいです。
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