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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






親父の一番長い日(中)





ピンポ        ン。
才賀邸の中に来訪者を知らせる軽やかでお気楽なチャイムが鳴り響いた時、しろがねはエビフライの衣付け作業の佳境に入っていた。卵液で湿った指先に真ん丸くパン粉が張り付いて、それを洗い流すのにはいささか骨が折れた。
母・アンジェリーナは娘の作ったエビフライを片っ端から揚げているところだった。折りしも、第一段目のエビフライたちがきれいな狐色になり、それのサルベージ作業から今は手が離せない状況だった。
ギイは最初から、たった今現れた客のために何かしてやろうと言う気はサラサラなかった。
今日の彼のポジションは徹底的な傍観者だったから。
そんなわけで、運悪く(?)、その時手が空いていたのは父・正二だけだった。


「オレが出るからいいぞ    ?」
遠くからのんびりとした正二の声が聞こえてくる。
いいえ、よくない。
父のその声にしろがねは顔色を青くする。
それはちっともよくないの。
「あ、あ、あ、お父さん、私が出るからいい…!」
わたわたと指先にしつこくくっついたパン粉の塊を擦り落としながらしろがねは叫んだ。
が、しろがねの言葉はシンクに流れる水音と、いきおいよく弾ける油の音と、リビングのテレビの音に掻き消されて全くと言っていいくらいに届かなかった。
正二は玄関からの距離も一番近かった。
玄関脇のトイレから鼻歌交じりに出てくると(しろがねの声を遮ったもののリストにトイレの流水音も追加)、ひょいと玄関のサンダルに足を突っ込んだ。
「はい、どちら様?」
正二が大きく扉を開ける。
と、門の向こうに山のような体格の男が立っているのが目に入った。
スーツを着ている。セールマンか?
如何にも体育会系出身の押しの強さを買われて飛び込みの営業をやっているような男には(と、正二は勝手に決め付けて)足元を見られてはなるまい。
正二は背筋を伸ばして一家の主たる威厳を見に纏い、
「何のご用件かは存じませんが、ウチはセールスお断りですよ?」
と最上段から切り捨てた。


鳴海は鳴海でいきなり父親が応対に出るとは夢にも思っていなかった。
てっきり応対にはしろがねが出てくるものだとばかり思っていたのだ。
初見のしろがねの父親は剣術を極めたとの話も頷けるような、見るからに筋の一本入った(裏を返せば頑固で折れることのなさそうな)父親像そのものの人物だった。
暑さで滲む汗に加えて、全身から冷汗も噴き出す。
「いえ、自分はセールスではなくて、お宅のしろがねさんと約束がありましてお伺いした次第です」
「何っ?エレオノールの?」
エレオノールに男の知り合いが訊ねて来るなんてこの22年間あっただろうか?
(大昔の鼻水の垂れたような小倅どもは物の数にも入らないから論外。)
「はいっ。自分は加藤鳴海と言います」
目の前の大男は甚く緊張した面持ちで直立不動の姿勢で正二の問にビシッバシッと返事をする。
目上の者に礼儀正しい体育会畑育ちの習性が垣間見える。
正二は妻が「今日はエレオノールのお友達が来る」と言っていたことを思い出した。
暑いのに、そして今日は日曜日だと言うのにきっちりとスーツにネクタイ、そして手には何やらの入っていそうな紙袋。
緊張のあまり強張った頬、正二を見つめる真剣すぎる眼差し。
何よりも、初めて我が家を訪れた愛娘の「男の」「友達(?)」。
正二に嫌~な予感が過る。
その背中にも冷たい汗が流れ落ちた。
ジリジリと焼き付けるような太陽の下、男達は黙ってそこに立ち尽くす。
そんなふたりを二階の窓からギイがニヤニヤと見下ろしていた。


「あっ…」
しろがねは台所から飛んできたのだが、時既に遅く、門を挟んで無言で対峙している父親と恋人の姿に「しくじった!」と言う思いを隠せない。何故なら父親の背中にある種の警戒心が漂っていたからだ。
(しろがねには「誰だオマエ、何しに来たオマエ」という父親の心の声が『見えた』。)
ようやく現れたしろがねの姿に鳴海の瞳には安堵が浮かぶ。
それを見た正二はむむう、と唸った。娘と大男の間に考えたくもない親密さが流れたことを俊敏に悟ったためだ。
しろがねは慌ててサンダルの踵を鳴らして父親の隣に立ち
「あ、あの、お父さん、こちら私と大学でゼミが同期だった加藤鳴海さん…」
と正二に鳴海を紹介する。
「ああ、さっき聞いたよ」
なるべく平静を装って娘に答える父・正二だったが、即座に背中を向けてスタスタと家に戻り出す辺りに歓迎が微塵も見られない。
「あがってください」でも
「ゆっくりしてってください」でもなく。
そんな父の背中を見送って
「ごめんなさい、まさか父が出るなんて思ってなかったの。タイミングが悪くて」
しろがねはそっと鳴海の袖口を摘まんだ。
「いや、それはいいんだが…」
やっぱ手強いな。
鳴海は大きく息を吐き出して、しろがねについて家に入った。
ほんの少し、歩く度に緊張しきった膝がガクガクと笑った。







カコ                ン。
と今にも鹿脅しが鳴りそうな(才賀邸の庭には鹿脅しはないけれど)和室に鳴海が通されてかれこれ20分が経とうとしていた。
鳴海は背筋をピンと伸ばして、用意された座布団を避けて正座している。
そのすぐ斜め後ろにはしろがねも正座して静かに俯いていた。
「ナルミ、座布団を使ったら?」
しろがねの言葉に鳴海は
「いや、このままで待つ」
と答える。
「ごめんなさい」
との、しろがねの言葉には
「いーよ、大体予想どーりだから」
と答えた。


只今、正二は自分の書斎に引き篭り中。それをアンジェリーナが説得をしているところ。
鳴海のできることと言えば姿勢を正して正二がやってくるのを待つことしか出来ない。
「本当にごめんなさい…」
鳴海の両親が如何に自分を手厚くもてなしてくれたか、特に鳴海の父が喜んで応対してくれたかを思い出すにつけ、しろがねは鳴海に対し申し訳のない気持ちでいっぱいになる。
ある程度予想はしていたことだけれど、予想通り、ここまで正二が頑なになられるとかなり痛い。
「おまえのお父さんも嫌な予感がするんだろ?こんな可愛い娘じゃな。オレだってその立場だったら冷静になんてしてらんねぇよ」
鳴海は痺れ始めた足に顔を少し顰めながらも
「将来、おまえとの間に娘が生まれたら」
なんて言うものだから、しろがねはちょっと頬を染めて、「そうね」と返した。
「それにしても遅いわね…」
途方に暮れたしろがねの声に、本当に前途多難だなぁ、と鳴海は彼女に見られないように眉間に皺を寄せた。







「あなた?エレオノールが呼んでいるのよ?下りていらしてくださいな」
書斎の扉の向こうでアンジェリーナがしつこいほど自分に呼びかけているのは分かってはいるが、正二は表に出る気にはなれず、ぶすっとした表情で椅子に深く腰掛け、気難しそうに腕を組んでいた。


「お父さん、ちょっといい?大事なお話があるの。あのね、さっき来た人、加藤鳴海さんをお父さんとお母さんに紹介したいの」
エレオノールがそう言ってきたとき、心臓が嫌な音を立てた。動悸も激しく、嫌な冷たい汗が流れた。
心筋梗塞か心不全か、いずれにしても心臓が止まってこのまま死んでしまうのかと思った。
『大事なお話』、それはすなわちアレだろう。(具体的な言葉にしたくない。)
娘を持った父親が、その生まれた瞬間から対峙させられ、決して避けては通れない至難の道。
「避けて通れないのは分かっている。けれどエレオノールはこの春に大学を卒業したばかりだぞ?早すぎる!」
しかも相手の男を『ゼミの同期』だと紹介していた。ということは、奴も今年新入社員ということではないか!
「たいしてまだ収入も見込めない分際で結婚を申し込むとは!みすみすエレオノールを不幸に追いやるようなものじゃあないか!これは断固阻止せねばなるまい!」


そして正二は先程見合った男のことを思い返した。
それにしてもヤケにデカイ男ではあった。キビキビした動きと体格から察するに、何か格闘技でも嗜んでいるのかもしれない。目つきも悪かった。(目つきが鋭い、とか、切れ長な目をしている、とかプラスな表現は一切したくない正二であった。)
可愛い娘をかけて腕っ節では叶わないだろう。
反対されて逆上するかもしれぬ。
どうして追い出したものか、と正二が思案を巡らしている間にもアンジェリーナの催促は続く。


「あなた!いい加減になさって!ここを開けてくださいな」
妻は鍵のかかったドアノブをガチャガチャと回し、扉をトントンとノックを繰り返す。
正二はそれを無視した。表になど出たくないのだ。
エレオノールの連れてきた男になど会いたくもない!
が、そのうちにアンジェリーナは痺れを切らしてきたようだ。
「あなたっ!!ここを開けなさい!開けないとあるるかんを使って扉を破りますよ!」
叫ぶアンジェリーナに正二は恐れを覚え、慌てて扉を開けた。アンジェリーナは本気でやりかねない。あるるかんを出された日には扉だけでなく、この家も半壊してしまう。少なくとも自宅の四分の一は破壊されるだろう。
まだ数年ローンが残っている大事な我が家だ。
アンジェリーナはスタスタと書斎の中に足を踏み入れると、正二が扉を閉めるよりも早くまくし立て始めた。


(以下、夫婦の舌戦。アンジェリーナの台詞があまりにも間髪入れずなので、ト書き。)


「何ですの、あなた!エレオノールが大事な話があると言っているのに子どものようにダダをこねて!見っとも無いったらありませんよ!」
「別に私はダダなど」
「こねているじゃありませんか!何ですか、天照よろしく、自分の部屋に引きこもって!鳴海さんはずっとお待ちなんですよ?」
「勝手に来て勝手に待っているだけじゃないか。私は今日会う約束などしていないぞ?」
「それが子どもっぽいと言っているのです!ふたりがあなたにどんな話をしたいのか、分からないわけではないでしょう?」
「分かっているさ!だからこうして悩んでいるんじゃないか!」
「あなただって、私と結婚したいとお願いをしに私の両親に来たことがあったのだから分かるでしょう?鳴海さんがどんな気持ちで我が家を訪れているのか!」
「だけどエレオノールはまだ22だぞ?早すぎる!」
「あなたが私の両親のところに挨拶に来たとき、私は幾つでしたか?」
「じ、19…」
「19だったでしょ?今のエレオノールよりも3つも下よ?自分のことを棚に上げてはダメじゃないの!」
「し、しかし、私には誠意があった!あの男に誠意があるかどうか分からん。エレオノールを不幸せにしないとは限らないじゃないか!」
「あなたに誠意があるかなんて、私の両親には知る由もないじゃないの!
それでも私の父はあなたにちゃんと会って、ちゃんと許してくれたわ?国際結婚で、あなたと結婚したら私は国を離れるというのによ?」
「ぐ…」
「それに鳴海さんに誠意がないだなんて、どうして初めから決め付けるの?」
「だ…」
「あなたも通ってきた道じゃないの。どうして自分は良くて鳴海さんはダメなの?」
「だ、だからと言って…」


「あなた!!!いい加減になさって!!!」


とうとうアンジェリーナに角が生えた。
「いつまでもいつまでグダグダグダグダ!エレオノールの結婚話以前に、私があなたと離婚しますよ?!それでもいいの?!」
正二は、口を噤んだ。
三浦流目録の腕前を持つ九州男児なのだとしても、愛妻には頭の上がらない正二なのであった。





postscript アンジェの正二説得編ですね。多分、ここの夫婦のパワーバランスは妻に軍配が上がっているのだと思います。『からくり』に出てくる女性は芯の強い人たちばかりですからね。気は強い、でも上手に甘えるキレイどころで男性陣は腑抜けです。案の定、娘の相手に会うのにダダをこねて荒れ模様の正二です。アンジェはやっぱり和装で日本髪なのかな?今時珍しいけれどそれしか想像できないからなぁ。老舗の若女将みたいな感じで。



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