忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






『命短し、恋せよ益荒男!』の後日談、
『Can you celebrate?』の少し前のお話。





親父の一番長い日(上)





加藤鳴海はとある家のドアホンの前で立ち往生していた。
社会人になって3ヶ月、ようやく板についてきたスーツ姿でネクタイをきっちり締めて、左手には手土産の菓子折りが入った紙袋を提げている。
ごきゅっと喉が鳴り、大きな喉仏が上下した。
何しろ今日は、恋人・才賀しろがねの両親に初めて会う日。
そしてその初対面の日が、「お嬢さんを僕にください」と言う日なのだ。


鳴海は喉がカラカラになり、何度も何度も唾を呑み込んだ。
しろがねは「母親は大丈夫だ」と言った。
と言うことは。
裏を返せば「父親が難しい」と言うことだ。
じわり、と鳴海の額に脂汗が浮いてくる。
手提げを握る手の平もじっとりと汗ばんできた。
果たして、オレは無事、結婚を許してもらえるのか?
鳴海はまたも、唾をごくり、と呑み込んだ。







「今度、私が付き合っている人と会って欲しいの。お父さんとお母さんに、聞いてもらいたい話があるの」
しろがねはある日、父親のまだ帰らない、母とふたりだけの夕食の支度をしているときに母親に突然切り出した。
私、その人と結婚、したいの。
しろがねがそう言うと、母・アンジェリーナは娘にそっくりな銀色の瞳を丸くした。でもすぐに微笑んで
「そう。だったら連れてらっしゃい」
と娘の肩を抱き寄せた。
「早いわねぇ。もうそんなに大きくなっちゃったの?どんな人?」
「お父さんに少し似ているかな?」
「だったら素敵な人ね」
姉妹のようなふたりは、それから夕食を頂きながら父親攻略の作戦を練った。


どうやって、父・正二と鳴海を会わせるか?


正二はしろがね、フランス名・エレオノール(家庭の中での呼び名はこちら)をそれはそれは本当に眼球をえぐってエレオノールを詰めても痛くないほどに溺愛している。目に入れないのは、取り替えたところで目が見えるわけでなし、エレオノールが血で汚れるから、という理由でやらないだけだそうだ。正二の中でのエレオノールはまだまだ小さな女の子であり、大学を卒業したくらいで即、結婚、なんて夢にも思っていない。
そもそも、エレオノールに彼氏がいる、なんてことにすら考えが及ばず
「エレオノールにはまだ彼氏ができないのか。仕方ない娘だなぁ。行き遅れるぞ?まあ、それならそれで父さんが面倒をみてやるから心配はいらんぞ?はっはっは!」
と、明るく笑い飛ばしている。


付き合っている人がいます、なんてことを伝えたら父はどんな顔をするだろう?
娘に彼氏が出来た、なんて知ったらきっと門限がきつくなり、休みの日には外出させてもらえなくなるに違いない。だから、しろがねは細心の注意を払い、学生時代、鳴海の存在を父親にひた隠しに隠した。(母にも内緒にしていたけれど何となく気付いていたようで、さりげなく口裏を合わせてくれているな、と感じることは多々あった。)
今回、娘の彼氏が「結婚させてください」なんて言いに来ると知ったら、絶対に正二は家を留守にするだろう。
大学を卒業して3ヶ月、若い、と周囲から言われるだろうことは覚悟の上だ。
それでもしろがねは鳴海と結婚がしたかった。
鳴海も、しろがねをオオカミだらけの社会に野放しにしておくのは嫌だった。
結局、正二には当日、鳴海が到着するまで黙っていよう、ということになった。
事前に教えても教えなくても荒れることは必至だった。


しろがねにはギイという少し年の離れた兄がいて(まだ独身)、こちらは鳴海と何回か会って面識がある。今度、鳴海が挨拶に来る、とギイに教えると、ギイは「ほーう」と面白そうに口の端を持ち上げた。
「僕もその日は家にいることにしよう。父さんの『親父の一番長い日』が地で見られそうだ」
「面白がらないで?いざとなったら協力してね、兄さん」
妹の真摯な頼みなので聞いてやりたいのは山々だが、掻き回したい気持ちを抑えるのでギイは精一杯だ。あの年の差無視の、初めて顔を合わせたときからギイにタメ口をきいた大男が、自分の父親の前でどんなに小さく、どんなに神妙な顔つきを見せるのか、想像しただけでも腹の皮が捩れそうだ。それを今言ったら妹に怒られるのが目に見えているので、ギイはとりあえず、しかつめらしい顔をして答えた。
「僕が口を挟んだらダメだろう?おまえの選んだイノシシ男が自力で何とかしないとな。何のための筋肉だ?」
「別にこの日のためにナルミは筋肉をつけたわけではないでしょう?それに兄さん、ナルミを『イノシシ』って言わないで!」
ギイは妹のそれには答えず、ただ「頑張れよ。頑張れ、っておまえの大事な脳筋に伝えとけ」と、妹の頭をくしゃっと撫でた。


「アレが僕の弟になるのか……何てデカい弟だろう」
年の離れた可愛い妹にゴツイ亭主を迎えることは、ギイにも何だか感慨深いものがあった。







そして、その当日の朝。
見事に晴れ渡った日曜日。
アンジェリーナとしろがねは朝からご馳走作りに精を出していた。
お昼にはお寿司の出前を頼む予定。


「お?今日は朝から豪勢だな?どうしたんだ?」
「お昼にエレオノールのお友達が見えるのよ」
「そうか」
正二はテーブルの上に並んだ料理をつまみ食いする。
「おはよう、父さん、ママン」
「おや、おはよう。珍しいなギイ。今日は休みなのか?」
(ギイの仕事は土日出勤が多い。)
「うん、今日は面白いことがあってね」
「ほう?何があるんだ?」
アンジェリーナがギイに「めっ」と顔を顰めてみせる。
エレオノールの口が『兄さん、やめてよ』と動いた。
「大したことはないんだ。個人的な、野暮用、でね」
ギイにとっては本日の一大イベントも対岸の火事なので、思わず口が滑りそうになる。
このままではいつか女性陣に恨まれそうだ、いけないいけない、とギイはそそくさと退散した。


「今日、お父さん大丈夫かしら?ナルミとケンカ、ってことにならないといいけれど」
「大丈夫……と言ってあげたいところだけれど、こればっかりは母さん、何とも言えないわ」
アンジェリーナは正二がどれだけエレオノールを愛しているか、大事に思っているのかを知っているから。
「神さまにお願いしましょうね」
アンジェリーナは不安顔の娘に気休めしか言ってあげられない。
「どうか神さま、恙無くお父さんに私達の結婚を許してもらえますように」
素直なのか、藁をも縋る思いなのか、しろがねはアンジェリーナの言う通りに、神に祈った。
鳴海がやってくる約束の時刻まであと僅か。
何も知らない正二は機嫌よくリビングのソファでテレビを見ていた。







鳴海は勇気を出してドアホンのボタンに手を伸ばした。
指先が触れてすぐ、その手はしなしなと引っ込んでしまった。
おっかねぇぇぇ!!!
鳴海はどんな猛者と試合をしてもこんなに恐怖を覚えたことはない。
例え自分より体格のいい、大きな相手と対面しても(尤も、そんな相手はそうそういないくらいに鳴海の体格はズバ抜けてデカいのだが)こんなに震えたことなんてない。
確かしろがねのオヤジさんは三浦流目録の腕前って聞いたことがある。
「気に入られないと、真剣で真っ二つにされるかもな…」
Daed or arive.
そんな物騒なことを考えながら、鳴海はしろがねを自分の親に紹介するのは何て簡単だったんだろう、と思わずにいられなかった。







「オレ、結婚することにした。今度の日曜、彼女を連れてくるから会ってくれ」
大学生時代に引き続き一人暮らしを続けている、そしてあまり実家には戻ってこない鳴海が、その日の夕食を珍しく実家で食べながら真面目な顔でそう切り出したとき、彼の両親はさらりと流した。
「寝言は寝てから言うもんだ。母さん、そこの醤油をとってくれ」
「はい。鳴海、お代わりはいいの?良かったら盛ってくるわよ?」
「おう、頼む……って違う!真面目な話!」
父も母も「ええ~?」って顔をする。思いっきり信じてない顔だ。


「おいおい。おまえはまだ社会人になったばかりだぞ?」
「しばらくは共働きは覚悟してる。贅沢しなけりゃ、ふたりでやってけるさ」
「見栄張ってるんじゃないの?今までそんな彼女がいる素振り見せたことないじゃない」
「これでも大学2年の時から付き合ってんの!」
「あんただけがそう思っているだけなんじゃないの?」
「それは在り得るな。鳴海は鈍いから」
あっはっは!
父親も母親もカラカラと笑う。


「大体、母親が言うのも何だけど、筋肉を身体に盛り付けることばかりに夢中になって単位もギリギリで卒業したあんたにそんな甲斐性がどこにあるの?」
自分の腹を痛めて産んだ息子を捕まえて、何て酷いことを言う母親だろう?
「探せばある……つーか、会ってくれんのか、くれないのか?どっちなのよ?」
「いるならそりゃ会うさ。で?一応聞いてやる。どんな娘さん?」
「才賀しろがね、って日仏ハーフなんだ。すげぇ美人だよ」
「「ホ――――ぉ」」
自分の言葉が彼らの耳を素通りしたのをたった今、鳴海は目撃した。
「本当だって!」
「欲目、ってあるから」
「恋は盲目、って言うから」
両親は再び、箸を進める。
「信じてねぇな」
「どうやったらおまえのどこにそんな美人が惚れるんだよ?」
遺伝子の半分は自分のものだというのに、何て自分の首を絞めるようなことを言う父親だろう?


「本当だって、驚くぜ?ウチの大学のミスコン2連覇、殿堂入りしてるんだから」
「「本当に?」」
よしよし。ようやくエサに食いついた感触を鳴海は得た。
「運動神経も抜群だし、主席は惜しくものがしたけど次席で大学を卒業したんだから」
「「ふうん」」
あれ?エサに食いついた気配があったのに。いつの間にかバレてしまった。
「そこまで言うとネタだな」
「そんなお嬢さんいるわけないでしょ。鐘や太鼓で探したってあんたのお嫁さんなんかに来てくれる人なんて見つからないわよ。冗談はもっと上手くつきなさい」
「嘘じゃねーって」
「分かった分かった。今度の日曜だな、空けといてやるから」
父親の言い方には適当感が漂っている。


「信じてねぇな?」
「だって信憑性がまるでないんだもの」
「じゃあ、オレの言うことが嘘でなかったらどうするのよ?賭けるか?」
「紛れもない事実だったらお前達の結婚は文句なしに認めてやるし、新婚旅行代だって全部持ってやる」
「おーし。その言葉絶対に忘れるなよ?男に二言はねーからな」
そう言いながら鳴海はテーブルの下で拳を、ぐ、と握り、勝負は既に決まったな、とほくそ笑んだ。







約束の次の日曜日。
「才賀しろがねと申します」
座敷に通されたしろがねが三つ指をついて挨拶をし、顔を上げてにこりと微笑んだときの両親の顔を鳴海は一生忘れないだろう。
鳴海の父親がしろがねに自己紹介を返すときに何度もどもるのが、鳴海は可笑しくて堪らない。
しろがねの銀色の瞳や髪に光が乱反射するのが眩しいのか、ずっとふたりとも目を細めて口をぽかんと開けていた。
「お義父さま、つまらないものですがどうぞ」
としろがねが手土産を差し出すと、いきなりこんな美人の若い娘に「お義父さま」と呼ばれた鳴海父は舞い上がって
「つまらないものだなんてそんな」
と上擦った声で答えていた。


話を進めるうちに、ミスコン2連覇、次席で卒業、高校時代は体操で全国優勝したこともあること、鳴海とはゼミで知り合ってゼミ長を務めていたことなど、しろがねの履歴と鳴海の前説とが一致することが分かり、鳴海の両親は最後の方は溜め息しか口から出てこなかった。
「そんな才色兼備な娘さんが何でまたウチのバカ息子なんかに…。他にたくさん、いい人がいたでしょう?私だったらこんな身体を鍛えるしか脳のない男は願い下げだわ」
母親がまた酷いことを言う。
「ナルミさんはとても明るくて…やさしい、ですから」
しろがねの頬がぽっと薔薇色に染まる。
鳴海はその隣で照れて、「いやあ」と頭を掻いた。
そんなふたりの様子を見て、鳴海の両親は悟った。
この娘さんはこんな筋肉の塊のような息子を大事に想ってくれているのだな、と。
そして息子も、この娘さんを心底愛おしく想っているのだな、と。


「しろがねさん、こんな出来の悪い息子ですがよろしくお願いします」
「仲良くしてやってくださいね」
「いえ、こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします」
三人は頭を下げあった。
「あらやだ、お父さん、何を泣いてるの?いやあねぇ」
「いやぁ……何だか感無量で……」
「さあさ、私は台所の支度をしなくちゃ。しろがねさんはここでゆっくりしててくださいな」
そう言って席を立つ母親も、目頭を拭っていた。
しろがねは鳴海と瞳を合わせてにこりと笑って、ふうっと安堵の吐息を漏らした。
鳴海は無事結婚を許してもらえたことが嬉しくて、しろがねを自分の両親が気に入ってくれたことが嬉しくて、新婚旅行のお金なんてどうでもいいや、と思ったのだった。







あの日、鳴海の家に挨拶に来るしろがねを、鳴海は駅まで迎えに行った。
「どうしよう。ナルミのご両親に気に入ってもらえるかしら?」
しろがねは鳴海宅の玄関の扉を開ける直前まで、どうしようどうしようと硬くなって不安がっていた。
けれど蓋を開けてみれば案外すんなりと話は進んだ。
それはしろがねが非の打ち所のない女性だった、ということが大きいのだろうけれど、いずれにしてもしろがねだって、このとんでもないプレッシャーに打ち勝ったのだ。
あいつに出来てオレにできないこともない。
それにいつまでも間もなく7月の暑い太陽に焼かれているのもゴメンだ。


「案ずるより産むが易し」
鳴海は大きく息を呑み込むと、震える指先で思い切りドアホンを押した。





postscript リクエストにお応えしまして、『命短し、恋せよ益荒男!』の「両家の両親に挨拶に行く」シチュのお話です。きっとどのSSも結婚する際には、この話の轍を踏んでそうです。正二は親バカですからね、鳴海もなかなか結婚させてもらえないっぽい。ま、古今東西、娘を持つ父親なんてこんなものなのでしょうね。タイトルはさだまさしさんの『親父の一番長い日』、そのまんまです。有名な曲なので皆さんご存知かとは思いますが、若い方の中には知らない方もいらっしゃるかもしれませんので、簡単に曲説明をば。妹の結婚を兄の視点から観察した長い歌です。生まれたときから父親がどんなに娘を可愛がっていたのかを、とうとうと歌います。娘と暮らす日ができるだけ長くあればいい、この幸せができるだけ長く続くといいと願う父の元にある日、『お嬢さんを僕にください』と言う輩が現れます。それに狼狽する父親は…という内容。この歌を地でやらせてみたいので曲内容はここまでにしておきます。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]