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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、恋せよ益荒男!改め、

命短し、


恋せよ

乙女!





(八)


土曜日の夜、しろがねは約束通り鳴海の家を訪ねた。


しろがねの鳴海宅の来訪は、その他の飲み会メンバーの度肝を抜いた。
犬が猿の家を訪れた!(猿が犬の家を訪れたのか?いや、この際、どっちでもいい。)
誰も彼もが口にはしなかったけれど、「一体、誰が彼女を呼んだんだろう?」と考えていた。
はっきり言って悪ふざけが過ぎるようなこのサプライズについては一番先に口にした者が、『言いだしっぺが張本人』になりそうな空気が流れていたために、皆は口を噤み、何の不自然なことはないように振舞った。
よもや、犬と猿の間で話が決められている、などと誰も夢にも思わない。
それくらい、ふたりはこっぴどい『犬猿の仲』なのだ。
だけれど、しろがねは当たり前のような顔をしてやってきた。
そして、鳴海もしろがねを家に上げることに特に抵抗をしなかった。
(皆、わざわざやって来た者を門前払いするほど鳴海が無粋ではないと知っている。それが例え犬か猿であっても。)
そして、今、こうして犬と猿は初めて同じ酒盛りの席を囲んでいる。


しろがねは大好きな鳴海の家に初めて足を踏み入れて、いつも通りの顔の下で激しくドキドキしていた。鳴海の家は2DKのマンション。8畳の部屋(リビングとして使用)とダイニングぶち抜きでに7,8人がひしめき合うようにして持ち寄ったアルコールを飲み、料理をつついている。
しろがねが驚いたことに、毎回、料理は鳴海が手作りしているらしい。
今夜は中華フェアだ。前回はイタリアンフェアだったと聞いた。
とても美味しかった。
しろがねも料理の腕には自信があったがこの鳴海の男の料理には唸ることしかできない。
どこまでこの人は私に意外性を見せるのだろう?
恋する乙女の瞳は、愛する男の美化をさらに一層推し進める。
(鳴海の料理が、しろがねには神の食物・アンブロシアのように思われているようだ。恋は盲目。実際、美味しいのだが。)



『すごく美味しい!』
と鳴海の料理を絶賛してあげたかったけれど、しろがねは皆の目のあるところではどうしても口に出来ず、ただ黙々と不機嫌そうな、特に関心のなさそうな顔を装って食べた。というのも、突然、自分が鳴海に対して親しげな態度を取ったら他のゼミ仲間にきっと変に思われる、と考えたからだった。
自分がいつもと違う態度を取ったことで皆から好奇心丸出しの視線の一斉砲火を浴びる、そんなことは考えただけで身のすくむ思いだった。鳴海にだってその奇妙な視線は向けられて、彼も気まずい思いをするだろう。
しろがねは鳴海に迷惑が掛かるのは避けたかった。
それに自分が鳴海に好意を持っていることがバレてしまう。
ゼミ仲間にも、そして鳴海にも。
鳴海は自分と仲直りをしてくれただけで、それはようやく『単なる友達』になれただけなのだから。
今もお互いにテーブルの一番離れたところに座り、話の輪も別々だ。
本当は鳴海と同じ輪に加わりたいけれど、今夜のところは同じ場にいるだけで充分なのだ、と自分に幾度となくいい聞かせた。
でも、鳴海と話をしたくてたまらない。
でも、視線を送るのすら躊躇われる。


どうやら、しろがねは鳴海とふたりきりのシチュエーションでなければあんなにとんでもなく赤面したり動揺したりすることもなく、普段と変わらない表情と態度をとることができるようだ。
第三者の目があればいつも通りの冷静沈着な自分でいられる。
それは何より、しろがねにとってありがたいことだった。





話は変わって。
しろがねはワイン党だ。
ワイン党、というよりはワインしか飲めない。
ワインだったら水のように飲めるしろがねも、他の種類のアルコールはからきし弱い。
理由は分からないけれど、体質に合わないのだろう。
1年のときの初めての飲み会でアルコールならどれも同じだろう、と、気楽に飲んでみたところ途中で睡魔に襲われてしまった。
(*未成年の人、ホントはアルコールを飲んじゃダメですよ~。一緒に飲んでいる人に迷惑をかけない程度にしておきましょうね。)
返す返す、女の子だけの飲み会で良かったと思う。
それ以来、しろがねは警戒してワイン以外は絶対に口にしていない。
でも。


今夜の飲み会に肝心のワインはなかった。
食事は鳴海が用意してくれるので、皆、自分の飲む分は自分で用意してくるのがどうも鳴海宅飲み会の暗黙の了解だったらしい。(料理の材料代は後日徴収。鳴海は『別に払わなくていい』と言うのだが、皆が次回のために払いたがる。だから格安料金。)
鳴海はそんなことを一言も言ってなかったのでしろがねは手ぶらで来てしまった。
知っていたら当然、自分でワインを用意してきた。
まあ、鳴海からすれば女の子一人分の、しかもしろがねのためのアルコールなら、他の野郎どもが喜んで提供することが分かりきっていたし、その上彼はしろがねがワインしか飲めない事情なんて知らないのだから仕方がない。


だから、しろがねはある意味仕方なく、そして一方で鳴海の家で晴れて仲直りして一緒にいられる嬉しさから何かを飲まないでいられなくて、ついつい、ワイン以外のアルコールを口にしてしまった。
せっかくの鳴海の心尽くしなのに、自分がアルコールを口にしないことで鳴海が『料理が口に合わなかったのかな?』と
心配させるのもしろがねとしては不本意だった。
だって実際、とても美味しかったのだから。
しろがねはワインしか飲めないが、ワイン以外のお酒が不味くて飲めない訳じゃない。
お酒はどんな種類のものでも美味しいと思う。
でも、やっぱり味覚と体質は別問題だった。


普通に飲んでいるうちに、いつしか、そして突然、しろがねの気がつかないうちに彼女の電池は切れてしまった。







しろがねが目を覚ましたとき、辺りはすっかり静かになっていた。
見たことのない天井をしばらくぼんやりと眺めていた。少し、自分の置かれた立場がよく分からない。喉が渇く。
ゆっくりと身体を起こすと、しろがねは和室の布団の上にいるのが分かった。
部屋には豆電球のオレンジ色の灯りが小さく灯っているだけ。
目をこすりながらぐるり、と見回すとそこは服とマンガ本が散らばっている殺風景なりにとても散らかっている部屋だった。


「ここは……私、やはり、飲みすぎてしまったのか……」
潰れた私は鳴海に別室へと運ばれたに違いない。
「なんてみっともない…」
何という失態。鳴海の前での失態も二度目。顔から火が出そうだ。
しろがねは静かに起きだして、襖をそうっと開けた。襖の向こうはさっきまで飲み会をしていたリビングだった。こちらも小さなオレンジ色の灯りが点いているだけで、自分と同じように飲みつぶれて寝込んでいるのが2,3人、床に転がっている。
どこにも鳴海の大きな姿はない。
「カトウ…」
鳴海の不在が何だかしろがねを心細くさせる。


カトウはどこに行ったのだろう?
私が酔い潰れてからどのくらいの時間が経ったのだろう?
私を飲み会に誘ったことをカトウは後悔していないだろうか?
きゅっと胸が痛くなる。
しろがねは一度も鳴海と話すことがなかったし、目だって一度も合わせられなかった。
気の利いた話題だって提供できたとは思えないし、鳴海は他の女の子と楽しそうに笑っていた。
やはり、つまらない女だと思われてしまったのかな…。
ここにはもう女の子は自分以外ひとりも残っていない。
カトウは女の子たちとどこかに出かけてしまったのだろうか、そう思うとしろがねの気持ちはどんどん沈んでいく。放ったらかしにしてもかまわない存在だと思われている、そう思うとしろがねは息も出来ないくらいに苦しくなる。
もしかしたら、今日来ていた子たちの中に鳴海の(本当の。リシャールではなくて)好きな子がいて、今、鳴海はその子とふたりきりの時間を過ごしているのかもしれない、そう思うとしろがねは涙がこぼれそうになる。





しろがねは、莫迦みたいに、鳴海のことが好きで好きで。





しばらく襖に寄り掛かったまま身動きが取れなかった。
どうしていいのか分からず、でもとりあえず喉を潤したかったので何かお茶でもないかとリビングに一歩踏み出そうとしたところ、玄関がカチャッと開いた。家の主が帰ってきたのだ。
「お、起きたのか?」
けっこう冷えるようになったなあ、そんなことを小さな声で言いながら鳴海は靴を脱ぐ。
鳴海の不在の解消、それがしろがねにとってどんなに嬉しかったことだろう。
どんどん、どんどん、一秒毎に鳴海のことが好きになる。
「もう平気なのか?どうした?」
鳴海はしろがねのいる部屋の前までやってくると、やさしい声で訊ねた。またも、しろがねの顔が赤くなる。部屋の灯りがオレンジ色でよかった、と思った。いくらか、誤魔化せる。


「の、喉が渇いたから水、でももらおうかと思って……」
でもやっぱり、言葉が上手に出てこない。
何で滑らかに舌が動いてくれないのか。
「なら、いいもん買ってきたぜ」
鳴海は持っていたビニール袋をごそごそとして、中からスポーツ飲料の冷えたペットボトルを取り出し、しろがねに手渡した。
「ほれ。えっとそれから……こっちの部屋はおまえが使っていいからよ。野郎は絶対に行かせないから安心して寝てろ」
「でも、それではあなたの寝るところが…」
「いーんだよ。オレはこっちで寝るから。絨毯だし、暖房入ってるし、男だし。気にすんな。ほんじゃー、おやすみー」
鳴海が襖を閉めようとした。
と、それをしろがねの手の平がストップをかける。


「?どうかしたか?」
「よっ、よかったら、こっちで……一緒に……」
「あ?」
一緒に、の後の言葉がないと大胆なお誘いのようだと気がついたしろがねは慌てて
「はっ話でもしませんか?」
と続けた。妙に敬語になっていて、しろがねの瞳が真剣で、鳴海はぷっと吹き出した。
「いいのかよ?オレも野郎だぜ?」
しろがねは気にしない、と首を振る。
「そんじゃー、お言葉に甘えて。襖、開けとくか?」
しろがねはまた首を横に振って、鳴海を招きいれた後、自分でぴたりと閉めた。



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