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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、

恋せよ

益荒男!





(七)


キャンパス内に祭りの後のそこはかとない侘しさが漂う、学祭が終わってから初めてのゼミの日。
鳴海は珍しいことにゼミの開始時間よりも早く、ゼミ室に着いた。
ゼミに遅刻しなかったのはこれが初めて。
しかもこれまた初めて、ゼミ生の誰よりも早くゼミ室の席に着いた。


鳴海がこのゼミを選んだ理由。
ゼミのある曜日は毎週、拳法部の早朝練習がある。
そしてこのゼミの教室の入っている棟は、練習を行う道場の目と鼻の先にある。
だから早朝練習に出た足で一限のゼミに出ればいいや、という非常に短絡的で安直な理由だった。
元よりこの学問を究めようなどという、高尚な精神なんてない。
それに蓋を開けてみれば部活が延びることがほとんどで、くたびれて面倒になって出ないことが多かった。


それが今日、鳴海がこんなに早くゼミにやってきたのは何のことはない、
今日の早朝練習が休みだということをすっかり失念していただけだ。
覚えていたらきっとついでにゼミもサボっていたことだろう。
でも、来てしまった。
このまま帰ったっていい。
けれど、サボるとまたしろがねとのケンカの種になる。
蒔かなくてすむ種なら蒔かない方がいいに決まっている。
もう、できるだけしろがねとの間にはケンカになるようなネタは作りたくない。
仕方ねぇ、出るとすっか。
そんな殊勝な(?)心がけから彼は今ここにいる。とはいえ、特にすることもないので、誰もいない教室の椅子に座り、鳴海はぼーんやりと窓の外を眺めていた。


真っ青な空に残り少なくなった紅葉をくっつけた寒そうな木の枝が手を伸ばしている。
ふいにミスコンをボイコットしようとしていたしろがねを思い出す。
「そーいえば、あいつ、この席に…座っ……て何して……ふわ、眠ィ…」
鳴海はくあああっと大きな欠伸をした。途端、ついさっき、何かを思い出そうとしていたのにそれが何だったのか欠伸をしたら頭から抜けてしまった。
時計を見るとゼミが始まるまでまだ20分以上もある。
「寝てよーかなぁ…」
そこへカチャッっとドアの開く音がしたので、鳴海は条件反射でそっちへ目を向ける。
すると。
そこにはでっかい銀色の瞳をまん丸に見開いたしろがねが立っていた。


しろがねとしてはいつも通りすぎるほどいつも通りだった。
真面目なしろがねは毎回誰よりも早くゼミ室に来ているのだ。
朝起きた時間も、乗ってきた電車の発着時間も、ゼミ室に着いた時間もいつもと変わらない朝だった。
唯一違ったことは、一番想定していなかった人物が自分よりも先に部屋にいて、自分を出迎えたこと。


しろがねが戸口に突っ立ったまま動かないので、鳴海は自分がこんなに早くこの場にいることできっと嫌味のひとつも言われるのかな、と思った。
そう例えば、今日はこんないい天気なのにこれから雹か霰が降りそうだな、とか何とか。
先日、しろがねは鳴海をホモ呼ばわりする、という失態を犯したのだ。
あの事実を打ち消すためにおそらく今までよりもずっと強い態度で押してくるに違いない。
だから鳴海は身構えた。いつでも言い返せるように。
でも、しろがねの口から出た言葉は
「お、おはよう…」
なんてごくごく普通の朝の挨拶だった。
それも学祭中に何度か見かけた、あの真っ赤な顔をして。
鳴海の心臓がまたもや騒々しく、跳ね回る。
それに、しろがねと『朝の挨拶』なんて交わすのは、これが初めてではなかろうか?
面食らった鳴海は思わず
「おう……ぅおはよ……」
とこれまた赤い顔で挨拶を返していた。


しろがねは小走りに自分のいつもの席に向かい腰掛けると、カバンの中からテキストや筆記用具を引っ張り出した。何だかいつものしろがねと違ってどことなく落ち着きがない。
もしかして、仲直りしかけた(でも、ホモ呼ばわりしてしまったために彼女がダッシュで逃げたので立ち消えになっていた)のは有効なのか?
現実問題、しろがねと仲直りできるんだろうか?
鳴海は期待の混じる瞳でしろがねをまじまじと見つめた。机の上にいろいろと並べながらチラ、と目をあげて鳴海の様子を盗み見ようとしたしろがねは、鳴海の視線と真っ向からぶつかってしまい、赤面をさらに濃くして手にしたテキストを取り落とし慌てて腰を屈めて拾っている。
か、かわいいなあ…。
なんなんだろ?ここんとこ、赤面したしろがねしか見てない。あいつの中でなにがあったんだろ?
しろがねがあんまり赤い顔をして気まずそうなので、鳴海もまたカバンからテキストを取り出し、まったく読む気はなかったけれど、とりあえず開いてそれを読むフリをした。
鳴海のドキドキが止まらない。


テキスト越しにしろがねを見ていると、彼女はおもむろに立ち上がって出入り口に向かう。
居心地が悪いんで表に出て行くのかな?
そんな風に考えていると、しろがねはドアの前をスルーし、おずおずと鳴海のすぐ脇までやってきたので鳴海は心臓は激しく跳ね回っていたけれどそれを悟られないように何食わぬ顔で彼女を見上げた。しろがねは何やら手にしている大量の紙の束で鼻から下を隠しているが、かろうじて見える目元も赤く、柔らかそうな耳朶もまた赤い。


「おう……何か用か?」
「あっ、あのっ…これっ…!」
しろがねは自分の顔を隠してした紙の束をバッと鳴海に差し出した。しろがねは赤面を鳴海に全てさらしたせいで、その顔はとんでもなくさらに赤くなる。いったいどこまで赤くなるというのか?
鳴海はそれを受け取った。
こ、これはもしや、しろがねからオレへの熱い想いを綴ったラヴレター?
かと思いきや、レポート用紙の束だ。
「あなたは板書をしていないようだから…よかったら、それ使って…。もしももう誰かからもらっていていらないのなら捨ててくれてかまわない…から…あの、それから、それから…」
しろがねは何かを言いかけようとしたようだが、上手く言葉にならないようであえなく断念し、またも鳴海のところからダッシュで逃げた。
「なんだってんだ、今の…」
鳴海は呆然と、しろがねの消えたドアを見ていた。





30分後、鳴海はぶすっとした顔でゼミを受けていた。
あの後、ドキドキしながらしろがねの帰りを待っていたのに、ゼミ生がバラバラと入ってきた頃ようやく戻ってきたしろがねはリシャールと連れ立っていて、その顔はいつもゼミでみるしろがねでどこも赤くなんかなくて、一度しろがねと目は合ったけど素っ気無くて『あなたと会話した事実なんてない』って書いてあるようで、すいっとしろがねは視線を外すとリシャールと話を始めた。
何なんだよ!おまえはいったいよ!
浮かれた気持ちに冷水を浴びせられたようで、単純な鳴海は一気に不機嫌になった。
リシャールのことは何とも思っていない、先日そう言ったのはしろがね本人のはずなのに、聞き間違いだったような気がしてならない。
ありゃ、おまえの双子かなんかか?別人だろ、アレ?同じ顔の、赤いのと白いのがいるんだろ?
ぶすぶすと燻ぶりながら視線を落とす。
と、その視界に白い紙の束が入った。


先程、しろがねから渡されたのはゼミのノートの写しだった。
鳴海は手持ち無沙汰で(真面目に授業を受ける、という選択肢はナシ)、しろがねからもらったノートの写しを机の下でパラパラとめくってみた。
改めて目を通してみて、鳴海の中から少しずつ毒気が抜けた。
『几帳面、だなぁ…あいつ…』
第一回からのゼミの内容が事細かに書かれている。丁寧に分かりやすく、ゼミはサボりがちで、出ててもまともに聞いていない鳴海にも容易に理解ができる。図解やグラフもしろがねが正確に作ってある。教授が言った言葉も、どうしてその言葉が出てきたのかの経過までがきちんきちんと書き込まれている。各々の制作したレジュメの訂正点や補足点もきっちりと押さえてある。それが第一回から前回のものまで揃っていた。
『これをオレにくれるワケ?』


鳴海はページとページの間に不自然に挟まっているメモを見つけた。これはきっとしろがねは鳴海に見せるつもりはなかっただろうと思われる。挟まっていることも知らないだろう。
それはフランス語とその和訳のメモ。
流暢なフランス語とものすごく汚い日本語の書かれたメモ。
そういえば、しろがねは授業のノートをフランス語でとっていると他のヤツから聞いたことがある。
彼女の作ってくるレジュメは必ずワープロで打ち出されたものだということに思い当たった。
あいつ、日本語を書くの、苦手だったんだ…。
だから、人の目のあるところでは恥ずかしくてフランス語で板書して、それを日本語に直して、打ち込んで…。
あいつのレジュメは人よりずっと手間がかかってたんだ。
鳴海は一番最初にしろがねとケンカした内容を思い出していた。鳴海は目を上げてしろがねを見た。その瞳にはもうさっきまでの怒りとか、ふてくされ、なんてモノはどこにもない。
ホントに……すまん。
鳴海は1ページ1ページ、丁寧に読み進めて、そして最後のページの隅っこにとってもとっても小さく


pardon. (フランス語でゴメンナサイの意味)


と書いてあるのを見つけてぶふっとふき出してしまい、「どうかしたのかい?加藤くん?」という教授に「何でもありません」と返事を返した後もずっと、ニヤニヤ笑いを大きな手の平で隠さないといけなかった。







「よかったなあ、ホモ疑惑が晴れて」
「あれって、火のないところに煙は立たない、ってヤツじゃないの?」
「違ぇよ。火がなくても煙は立つんだよ」
「大炎上だったね」
「おうよ、消すのが大変でさ……」


ゼミ終了後、鳴海の周辺にワイワイと人だかりができた。
しろがねが聞き耳を立てると、どうやら鳴海はどうしてホモネタが出回ってしまったのかを簡単に説明しているようだ。
そのうち、話題はホモネタから飲み会の話になった。
どうやらまた近々鳴海の家で飲み会を催すらしい。
どうせ、私は誘われないから。
しろがねは胸がギリッと痛くなった。


ノートの写しだって鳴海の言葉を待たずに教室を飛び出してしまったからどう思われたか分からないけれど、『余計なお世話だ』と思われているに違いない。だってこれまでしろがねの言ったことやったことに鳴海がそう言わないことはなかったのだから。そしてそれが原因でいつもいつもケンカになる。
もう、ケンカは嫌だ。
しろがねはどうしたら鳴海とケンカをしないで済むかを一生懸命考えた。
ケンカをしないですむ方法、それは簡単なことだった。
自分が鳴海に話しかけなければいい、たったそれだけのことだった。
哀しいけれど、ケンカになるよりずっといい。
しろがねは淋しそうな笑顔をちょっぴり浮かべてゼミ生に囲まれて楽しそうに飲み会の算段をする鳴海を見つめるとそのまま黙ってそっとゼミ室を後にした。


力なくエレベーターの前までやってくるとたった今、それは降りていったばかりだった。
ここから一刻も早く離れたい気持ちでいっぱいのしろがねはすぐ隣の狭い階段へと向かった。
カツン、カツンとゆっくりと階段を下りながら、しろがねの心は鳴海で飽和していた。
苦しくて苦しくて。
どうしようもないくらいに鳴海のことが好きで。
何とか好印象を持ってもらいたくてノートのコピーを渡したりしたけれど、きっと自分の空回りで。
鳴海は同性愛者じゃなかったけれど、自分はきっと鳴海の恋愛対象からずっとかけ離れたところにいる。
何しろ、伝説の鳴海の彼女の話を聞くにつけ、自分とは正反対の人だと思うから。
やさしくて朗らかで笑顔のきれいなお嬢様だったというウワサ。
自分の中にはそんな要素がどこにも見つけられない。
でも、少しでいいから鳴海に好きになって欲しい。
「どうしたらいいのだろう…」
何だか心細くて、哀しくて、しろがねの瞳から一粒、銀色の雫が零れた。





「おおい、しろがねぇ!」
もう少しで一階に着くところで、彼女は名前を呼ばれた。
カトウの声!
しろがねがパッと階段の上を見上げると鳴海が階段を5段飛ばしで下りてくる。
しろがねの心臓がトクトクトクトクと駆け足になり、それと一緒に顔もまた赤くなる。
「オレが礼も言わねぇうちに帰んなよ。気がついたら教室にいねぇから急いで探しにきた」
「あ、あの…」
「ノート、さんきゅな。オレちっともとってないから助かるぜ。それから、ノートの隅っこのちっこい謝罪も見っけたからオレをホモ呼ばわりしたことも許す」
そう言って、鳴海はしろがねににっこりと笑顔を見せた。
しろがねが初めて見る、しろがねへ向けられた笑顔。


「後、ひとつ訂正。オレ、一度だっておまえに敵意を向けたことなんてないぞ?オレもさあ、初めっからおまえとケンカなんかしたくなかったから。これで晴れて仲直りだな…何、おまえ、泣いてんの?」
鳴海の笑顔がにわかにオロオロとしたものに変わってしまったので
「ち、違う!目にゴミが入っただけだ!だから、あなたは笑っててくれ…頼むから…!」
しろがねは赤い顔で涙をボロボロと落としながら、必死でそう叫んだ。
やっと自分に向けられた笑顔をいつまでも見ていたいと思ったから。
そんなしろがねに鳴海は笑顔で応えて、その頭をぽんぽんとやさしく叩いた。


「しろがね、よかったらオレんちの飲み会に来ないか?次の土曜日の夜なんだけどよ」
「…行く」
「そっか!」
鳴海は笑う。
「話半分で出てきちまったから、オレはゼミ室に戻るわ。オレんち、分かるか?」
「わかると思う。住所、知っているから」
「迷ったら電話しろ。そんじゃ、またな」
「それじゃまた」
鳴海はまた5段飛ばしで階段を上っていく。
しろがねはその背中を見送って、嬉しくて嬉しくてどうにも止まってくれない涙と一緒に、
底抜けの青空の下に足を踏み出した。



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