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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、

恋せよ

益荒男!





(五)


拳法部の焼き鳥屋は例年通り盛況だった。
部員が入れ替わり立ち代り、ゴツイ手で焼いても焼いても、焼いた先からさばけていく。
売れ行きがいいのは例年通りだが、店員である部員の顔がアザだらけなのがちょっと違う(ちなみにそれはみんな2年生)。
先日の一件で、怒髪天の鳴海にボコボコにされたのだ。


そんな鳴海も先輩に手を上げることは踏んで踏んで我慢した。
我慢したが
「月の出ない晩は気をつけた方がいいっスよ。いきなり通りすがりに崩拳をくらうかもしれませんからね」
と殺気もこもった目つきで脅し、あの場所にいた全員に土下座をさせて謝らせた。
鳴海は大会総なめの負け知らず、全国覇者だ。
部内に鳴海に勝てる者はいない。鳴海vs他の部員全員でも敵わない。
そんなヤツの崩拳など腹にもらうくらいなら土下座をするくらいお安い御用だ。プライドなど犬に食わせてもいい。
もう二度とこんな悪さはしません、との謝罪を受け、鳴海は


『加藤鳴海は同性愛者ではありません。事実無根の我々の流したデマです。
彼の名誉のために我々はここに宣言し謝罪します』


とデカデカと墨字で謝罪文と書かせ、全員に名前を書かせ、それを何枚も作らせ(コピー不可)、学内中の掲示板という掲示板に貼らせ、どうにか怒りを納めた(本当は血判も押させたい気分だった)。
もちろん、彼らがデマを伝えた連中全員に「あれは真っ赤な嘘だから」とニュースソース直々の訂正をさせて、その連中にもできるだけそれを再び真実として流すよう最大限の努力をして欲しいと懇願させた。
(近日中に『ホモ』の噂が消えないようなら、今度は道場で完膚なきまでに叩き潰してやる!と鬼が喚いているので彼らも必死だ。)


だが、このお祭り騒ぎの中、どれだけの人間がその謝罪文を読んでくれるだろう?
それに真実を流せ、と言ったところで、どう考えてもデマの方が面白いネタだ。
真実よりもデマの方が伝播力が強いだろうから、しばらくはこの屈辱に甘んじなければならないことも鳴海は覚悟していた。
事実、効果が出るのはきっと当分先だということは学祭中、イヤというほど思い知らされた。
相変わらず、奇異の視線で見られるし、好奇心まるだしで質問してくる怖いもの知らずなヤツもいる。
ショックだったのは、これまでに鳴海に告白してきた『男』が3人いたことだ。


こいつら……オレを抱きたい……って思ってるってこと?
(流れた噂はホモでネコ、だから)
大体、このオレが『ネコ』ってのがおかしい!
オレのプライドとイメージがおかげで総崩れだ。
まだ『ホモでタチ』ってゆーのなら許せる。
(ホントにか?ホントに許せるのか?どうやらあんまりに怒りすぎて考えが麻痺した模様。)


一人なんか、ものすごい身体が小さくて、それでもオレがネコなの?って鳴海が呆然とするほどだった。
触りを思い浮かべただけで……トイレに駆け込みたい気分。
一見、みんな普通なのに。
人間不信になりそう…。
もちろん鳴海は、全部、丁重にお断りした。





実際のところ、鳴海としては誰に何と言われようと、どんな目で見られようと痛くも痒くもなかった。
ただ一人、才賀しろがね、彼女の誤解が解けさえしてくれればそれでよかった。
例え、ケンカばかりの関係でも無視されるよりは全然マシなのだ。
あれから何度かしろがねを鳴海は見かけた。その度に、しろがねは気の毒そうな顔で鳴海を見て、さささと逃げていく。
この人は、女性を愛せない人なのね、そんな瞳を鳴海に投げる。
鳴海の30M以内に入ると同性愛が感染るとでも思っているのか、即、逃亡を図る。
彼女はまだ掲示板を見ていないし、その耳にはまだその内容も届いてないのは一目瞭然だった。
ホントにあの遠巻きな視線で見られるくらいなら、睨まれていた方が全っ然マシ!
早く掲示板を見てくれよ!鳴海はそう叫びたい気持ちでいっぱいだった。





2日目の演武会には驚くことにそのしろがねも来ていた。しかも最前列、かぶりつきでしろがねは見ていた。舞台に出た途端、眩しいくらいの銀髪が鳴海の目に飛び込んできて、まさに鳴海は面食らった。
どうして?オレが目当て?
と思ったが、いやいや、そう言えばしろがねの隣に座っているヤツのおトモダチは柔道部主将の彼女だったと思い当たり、しろがねはその単なるお付き合いだ、と納得した。嫌いな男(しかもホモ、よりによってネコ!の噂あり)のことを、わざわざ並んでまで見に来るはずもない。
それでも、鳴海の演武をしろがねはいつもより真面目な、とても真剣な瞳で追いかけてくる。
『この人はこんなんでホモなのだ』とか思ってるんだろーなー、なんて考えながらも、しろがねが間近で見てくれているんだ、と妙に嬉しくて、単純な鳴海は張り切った。
演武を終了した鳴海に、しろがねが夢中で拍手を贈っていたことを、深々と礼をしていた鳴海は気がつかなかった。





最終日、3日目。この日はしろがねの出るミスコンの開催される日。
鳴海はミスコンのスタッフとして借り出された。
体育会系の部はイベント事に人員を提供することになっている。拳法部の出し物の他にもやることがあって、学祭の間中、彼らみたいな体力勝負な連中は忙しいのだ。


ミスコン会場にのんびりと向かいながら鳴海は鼻の下が伸びるようなことを考えていた。
(道中、『あ、ホモだ!』みたいな視線を何度も感じて、その度に「掲示板を見ろ!」と噛み付いた。
少しでもデマを払拭する努力をせねばならないのがまったくもって鬱陶しい。)
ミスコンといえば水着審査が付き物。
しろがねの水着姿……想像しただけでドキドキ興奮する。
去年は他の出し物のスタッフとして借り出されててミスコンは見ていない。
そうでなくてもあの頃は才賀しろがね、にまるで興味がなかったから彼女がミスになった、と聞いてもやはりふうんと思っただけだった。
今はそんな自分が悔やまれる。


あいつは服を着ててもスタイルのいいのが分かるもんなぁ…
胸がデカイのとか、ウエストの細いのとか、腰の位置の高いのとか、脚が長いのとか。
それが薄い水着一枚で拝めるのだ。
自分以外のその他大勢の目にもそれが晒されるのは何とも不愉快な気もするが。
こんな男のどこがホモだってんだよ?
そんな独り言を言いながら少し遅れて会場に入ると、何だかスタッフがバタバタしている。


「おう、どうした?」
鳴海が知っている顔に声をかけると、そいつは見るからに「あっ、ホモ!」という顔をした後、
「参加者で来てないのがいるんだよ。もうスタート時間までそんなにないのに」
と返事をした。
「誰?」
「しろがねさん。だからみんな困ってるんだよ。他のコならこんなに泡食わないって」
おまえも心当たり探してくれよ、そう言ってそいつは駆け出していった。
「あいつはミスコンの目玉だもんなぁ…」
表に集まっている野郎は皆、しろがね目当てだと言っても過言ではない。
しろがねの露出したカラダをカメラに収めようと、日の出前から並んで場所取りをし、異様な熱気で会場を温めているのだ。これでしろがねが出ない、となったら暴動が起きるに違いない。


「心当たり、と言われても…」
しろがねと顔を合わせればケンカばかりの、彼女と仲の悪い鳴海にはそんな心当たりなどありはしない。
あるすれば、
「ゼミ室。でもなあ、あんなところ…キャンパスの外れで学祭の最中、行くとも思えねぇけど…」
でも、それしか、思い浮かばない。
「しゃあねぇ。行ってみっか
鳴海はゼミ室へと足を向けた。





鳴海の予想は当たっていた。
しろがねはゼミ室でひとり、一番奥の窓際の席に座りぼんやりと窓の向こう、青空に滑る雲を見ていた。
その手は自然と机の上を撫でる。まるで、何かを慈しむかのように。
銀色の瞳に青い空と雲を映しながら、20秒毎に肺の中を空っぽにしている。
つい、一週間ほど前から続く溜め息。
ふう。
また新しい溜め息が生まれた。


「そこで何してんだよ?」
突然声をかけられて、それが特定の人物のものだったから、しろがねは心臓が破裂したと思った。
条件反射でバッと顔を声の方に向けると、ゼミ室の戸口に鳴海が立っている。
「い、いや、これは別に……この席は……よく、外が、見えるなと、思って……」
しろがねは鳴海と目が合った瞬間、心拍数増加、体温急上昇、赤面、全身発汗が止められない。
いつもみたいに言葉が滑らかに出てこない。非常に舌の動きが悪い。
今までこんなこと、誰に対してもなかった。
これまで誰かの顔を見た途端にこんなにも動揺したことも狼狽したことなどない。
そもそも動揺、とか狼狽、なんて経験すらしたことがない。
それなのにどうしてだ?
しかも、カトウナルミ相手に、どうして?
ああ、そうだ。きっとカトウとふたりっきりになったことがこれまでないからだ。
慣れないから、慣れないのに突然声をかけられたから、だからきっと、こんな風に調子が狂ってしまったのだ!
そう思いながらも、しろがねは鳴海と目も合わせていられなくて、視線を下に落とした。


しろがねの顔が、瞬く間にユデダコになったので、鳴海は眉毛を持ち上げた。
信じられないモノが目の前にいる。
あれ?こいつ、赤くなってる?
しろがねは耳まで真っ赤になって、肩を竦ませて、揃えた膝の上で両手をモジモジとさせてその指先から目を上げない。
しろがねのその表情と仕草に、鳴海の胸は鼓動を早くする。
赤面したしろがねなんて見たことも想像したこともない。
ね、熱でもあんのかな?
で、でも……か、かわいいかも……。
鳴海はごくんと唾を飲み込んで、こんな風な感想を持っているのをしろがねに悟られたくなくて、できるだけ素っ気無い風を装った。


「ま、その席からよく外が見えんのは知ってるけどよ」
何しろ、そこはゼミのときのオレの定位置だからな、そう思いながら鳴海はゴホン、と咳払いをする。
赤面しろがねを見た動揺が鳴海の中に残っている。
「オレが言ってんのはそーゆーことじゃねぇよ。ミスコン、集合時間はとっくに過ぎてんぞ?皆、総出でおまえを探してる」
しろがねは赤い顔のまま、ちょっと眉を寄せると、鳴海の着ている大学の名前が染め抜かれた(特大の)黒いTシャツに目をやった。
(不覚にも、眉を寄せて小首を傾げるしろがねを鳴海はまた『可愛い』と胸をドキつかせた)
「ああ…あなたはスタッフなのだな…」
「お、おうよ、ミスコンに借り出されてんだよ」
おまえのおかげでいい迷惑なんだよ、鳴海は心にもない言葉を付け加えた。


「そ、そうか…」
しろがねは少し淋しそうに、溜め息をついた。
いつもと違う表情が見えるたびに、鳴海の胸が駆け足を早くする。
何だか、今日のしろがねはいつものしろがねと違う。何か言い返してくるかと思ったのに。
いつもみたいに居丈高なところがなくて、目力も弱い。
てか、これが普通だろ?常にオレを睨んでいる状況のほうが異常だ。
「で?何してんだ?早く行かねぇと。おまえ目当ての野郎どもがアホ面さげて待ってんぞ?」
オレのそのうちのひとりに勘定されんのかもな。
鳴海はそう思ってフンと鼻を鳴らして自嘲する。
途端、しろがねの瞳が切なげに細くなって、鳴海はまた自分の胸がさらに騒々しくなったのが分かった。
しろがねは視線をまた落とし、唇を噛んだ。





しろがねは観念した。
強がって、自分の気持ちに嘘をつくことがもうできない。
どんなにどんなに自分を誤魔化しても、カトウナルミに恋をしているということを、もう認めないわけにはいかなくなってしまった。
ダメだ。
もうどんな言葉を並べても、事実は変わらない。
私は彼が好きなのだ。好きだったのだ。
莫迦だ、私は。
私を、嫌っている人に恋をするなんて。
カトウはいつも言っているではないか。
「可愛くない」と。
「見てくれだけだ」と。





「……コンテスト、出るのをやはり辞めようかと思って……」
「は?何で?」
「元々、私は出たくはなかった…」
「でも、出るって約束しちまったんだろ?だったら、イヤでも出なくちゃよ」
「だから、困っている…」
しろがねは俯いたままだ。鳴海は、頭をガリガリと掻いた。
「おまえはただ舞台に立っているだけで、ミス当確なんだぞ?何もそんな心配することなんざ…」
「私はそんなものいらない!」
しろがねが吐き出すように大きな声で鳴海の言葉を遮ったので鳴海は少し吃驚した。
しろがねは鳴海と瞳を合わせて何事か訴える。


「私は……不特定多数の人間に私のデザインを褒められてもちっとも嬉しくない……そんなものは、私にとって何の価値もない」
「ぜーたくだなぁ…」
「贅沢でも何でも」
膝の上に揃えられたしろがねの白い拳にぎゅっと力が込められる。
「私は…!ただ一人の人に褒めてもらえればそれでいい。その人にたった一言でいいから、たった一度でいいから褒めて…もらえれば、それで…」
「…リシャールは…おまえを褒めてるだろが、いつもいつも…」
自分で吐いたセリフに何だか気分が悪くなり、鳴海は思い切り顔を顰めた。ヤキモチが堪えても表に出てしまう。
その顔に、しろがねはハッとする。
そして、苦しそうに胸元を押さえるとまた、溜め息をついた。


「リシャールは……私と何にもないから……私は彼のことは何とも想ってないから…」
「そ、そうなのか?!」
鳴海の顔がパッと輝いたのと対照的に、しろがねの顔がどんどんと曇っていく。
しろがねは特大の溜め息を吐き出すとガタ、と席を立った。
「どうした?」
「どうしたも何も…コンテストの会場に行かなければいけないのだろう?」
「あ、ああ…そうだったな」
しろがねはすいっと鳴海の前を通り過ぎると、トボトボと歩き出した。
細くて頼りなげな背中。
そんなにミスコンに出るのがイヤなのかな…?
それでも鳴海は歩みも遅くミスコンの会場に向かうしろがねの後ろをついていきながら、
彼女がリシャールと付き合っていない、それも何とも想っていないことが分かってほくほくしていた。
が、ふと、問題はもはやそこにないことに気がついた。





しろがねは誰に褒めてもらいたいんだろ?
こいつを褒めないヤツなんていんのかな?
オレなんかケンカばかりだけど、心の中では大絶賛だぜ?





「どうせ……また……」
しろがねが何やら呟いた。
「何か言ったか?」
しろがねはチラ、と鳴海の方に視線を向けたがすぐにまた自分の足元に戻した。


カトウはコンテストなどにエントリーしている私を『自惚れ屋』とか思っていることだろう。
もしも、コンテストに優勝しても、カトウは『見てくれだけはいいからな。でも、中身のないこいつを選ぶなんてアホ面下げているだけはある』と思うだろう。
もしも、コンテストに優勝できなかったら『見てくれも大したことないんだな。結局イイトコなしじゃねぇか』と思うだろう。
優勝してもしなくても、この人が私に好印象を持たないことに変わりはない。
だったら、いっそ、コンテストなんか出たくない。
でも、約束を守れない女だと思われるのも嫌だ。


「何でもない」
しろがねは首を振った。
後ろから見えるしろがねの耳はまだ赤い。首筋も。
鳴海は首を捻りながら、そう言えば口を利いてケンカしないのって初めてじゃねぇのか?と考えていた。
そんな鳴海の顔もちょっと赤かった。








しろがねは見事ミスコン2連覇を達成した。
鳴海は舞台袖から、しろがねのナイスバディを鼻の下を思いっきりのばして網膜に焼き付けていた。
絶対に今夜の肴だ。賭けてもいい。
真っ赤なマントと輝くティアラで祝福されたしろがねは嬉しさの欠片も見せずに、インタビューに適当に答えている。


昨年度よりもはるかに、仏頂面で溜め息がちのミスキャンパスの誕生だった。



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