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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、

恋せよ

益荒男!





(四)


才賀しろがねが加藤鳴海に恋をしている?
私が、あの男に恋をしているだって?


リシャールに「まるで恋をしているようだな」と昨日の午後に言われて以来、どうしてもその言葉が頭から離れてくれない。
頭蓋骨の裏側にガムを貼り付けてしまったかのように、こびりついて剥がれない。
如何せん、頭蓋骨の裏側では爪で剥がすわけにも行かない。


私がカトウを好きだなんて、そんなことは絶対にありえない。
しろがねは何度も何度も口の中で心の中で頭の中でそう繰り返しながら、ゼミの間中、
問題のカトウナルミをテキスト越しにじっと睨むようにして観察していた。
コの字に並んだ机の、ホワイトボードに一番近い席にしろがねが、教授から一番離れた窓際の席に鳴海は座っている。
それはふたりの定位置。ふたりの位置は対角線。


鳴海は先週のゼミもサボった。
今までゼミの半分はサボっているのではないだろうか。
教室の窓からぼんやりと流れる雲を眺めている鳴海は教授の話をまるで聞いていないのがバレバレだ。
何のためにゼミに入ったのだろう?
机の上に筆記用具は出ているが、時々おざなりに板書をするだけでとうてい後で見返して役に立つノートだとは思えない。
試験やレポートのときはどうするつもりなのだろう?
前期はどうやってクリアしたのだろう?
真面目なしろがねには理解ができない。
そして、今日の自分もまた(いつもよりかは、でも彼女にしてみればありえないくらいに)
授業が上の空になっていることに気付いていない。
それから、生まれて初めて他人のことで心を砕いているのだということにも、まるで気がついていない。


一連して不真面目さの垣間見える鳴海の授業態度に、やはりこんないい加減な男を私が好きになるはずがない、しろがねはそう結論づけられそうな手応えを感じてどうにか心の安息は得られそうだった。ホッとした、それでいて何故かどこか納まりの悪い気持ちでテキストに目を戻した。
納まりが悪い?
それでは私がカトウに好印象を持ちたいみたいではないか!
自分の希望とは正反対の結果がでることが空恐ろしいしろがねは、テキストを持つ手に知らず力がこもる。
そうだ!あんな不真面目な男に恋をしろ、なんてことはどだい無理な話なのだ、あんな馬鹿者!
そのとき、教授が「加藤君」と言ったのでしろがねはパっと顔を鳴海に向けた。





「今日の外書和訳は君の番なのだが、先週休みだったね。プリント受け取ってるかね?」
「いいえ、受け取ってないっス」
鳴海がそう返事を教授に返すと、彼の隣の席の生徒が「悪い」とおずおずと用紙を一枚差し出した。
先週、鳴海に渡すように頼まれたのをすっかり忘れていたらしい。
「じゃあ、今日は無理だね。来週必ず訳して来るように」
鳴海はそのプリントに目をつらつらと通している。
今回、鳴海が当たった課題は外書というよりもむしろ論文でけっこうな長さがあり専門用語がびっしりだったので(真面目なしろがねは他人の課題でもきちんと自分でもやってくるのだ)、しろがねは一週間かけて辞書と睨めっこをしても鳴海では満足に訳せまい、と思った。


ところが。
「いえ、今訳せますよ」
そう言って、鳴海はその場で和訳してみせた。それも直訳ではなく完璧な意訳で。専門用語も辞書なしで訳している。しろがねの目はまん丸になった。教授の目も丸かった。リシャールも、おそらくその場の人間全員の目が丸かった。
「いやいや、驚いたね」
教授が賛辞する。
「自分、こう見えて帰国子女ですから」
鳴海はにかっと笑った。
その笑顔に、しろがねの胸はドキッとした。


帰国子女だから、難しい論文を即行で和訳できるものではない。それも砕いた意訳などそうそうできるものではない。しろがねですら、一度二度、辞書のお世話になったのだ。それを鳴海は辞書も使わず、完璧に訳してみせた。要するにああ見えて彼の中には日本語も英語も、かなりのボキャブラリーが詰まっているということになる。
普段話す言葉はあんなに乱暴で、大した単語なんて少しも使っていないのに。
(後に中国語も堪能ということを知り、しろがねは更に吃驚することとなる。
日仏英をこなす自分と同じトライリンガルなのだ)
しかも、即座に文章を組み立てられるということは相当な文章構成力と文章読解力もあるということだ。読解力のある人間は、得てして大抵の教科にも強い。
能ある鷹が爪を隠しているのか、純粋に勉強が好きでない宝の持ち腐れなのか、いずれにしても鳴海の潜在能力が高いことがしろがねにしっかりと伝わった。
人は見かけにはよらない……。





人が恋に落ちるきっかけというものは意外とほんのささいなことだったりするのかもしれない。
本当は好きなのに、その気持ちに無理に目隠しをしようとしていた女の子なら、尚更。
ギャップのとんでもなく大きな一面と、眩しいくらいの笑顔をセットで見せられたら
どうしたって胸が激しくドキドキしてしまうのではないのだろうか?





「カトウ」
授業後、しろがねに声をかけられて鳴海は、ああ、また今日もこいつとケンカかあ、とげんなりした。
ケンカ、したいわけじゃねぇのになぁ……どうしていつもケンカに発展しちまうんだろ?
「何か用か?」
鳴海は素っ気無く返事を返す。
今日のしろがねがいつもと同じ顔の下に、いつもと同じように鳴海に声をかけるためにこれまでと違う覚悟みたいなものを心中に用意しなければならなかったことなど、鳴海に分かるはずもない。
「あなたは板書をしないのか?」
ほらまた、どうしてこうも優等生な発言をすんのかね?
「大きなお世話だろが?」
「そんなでは試験のときに大変だろう?もっと身を入れてしっかりノートをとるといい」
「だーから、大きなお世話だって言ってんだろ?」
「私が言いたいのは…!」


鳴海の声は大きくなる。しろがねも負けじと声をはり返す。他のゼミ生はもう驚きもしない。
ぽんぽんと言葉の応酬が何度か繰り返された後、とうとう鳴海の
「ホント、可愛くねぇ女!」
のセリフが飛び出した。
お決まりのケンカを締めくくる言葉。
いつも通りなのに、鳴海はドキリとした。
今日のしろがねは泣きそうな顔をしている。
何で?いつも通りなのに?
そう言えば、一番最初にケンカしたときも泣きそうな顔をしたっけ。
その後は当たり前のセリフになって、しろがねもそれに顔色を変えるようなこともなかったから忘れていたけど。
でっかい銀色の瞳がうるっとなっている。
鳴海はオロオロしてどうしていいのか分からなくなって、何だかすごく自分が悪いやつのように思えて、この場から逃げたくなって
「ああもお、二度とオレに話しかけんな!」
との捨て台詞を残し、バタバタとゼミ室を後にした。





二度と話しかけてくんな、そう言った傍から後悔した。
本当にしろがねが話しかけてこなくなったらどうしよう?
全く無視されるくらいなら、まだ毎週ケンカしてたほうがマシだ。
少なくとも、それなら自分としろがねの間に接点がある。
ケンカ相手、という非常に今すぐにでも切れそうで、まったく甘いロマンスの期待できない接点が。
それに、どうして今日のしろがねはあんな泣きそうな顔をしたんだ?
何もかもがいつも通りのケンカじゃねぇか、何をあんな傷ついたような顔をする必要がある……?





鳴海は学食にやってくると、何だか周りから自分に寄せられる視線にいつもと違う雰囲気を感じながら、いつもの拳法部の溜まり場のテーブルに座った。まだ昼食には時間が早いので部の連中は誰もいない。おそらくみんな部室にたむろしていることだろう。
山盛りてんこ盛りのトレーを前に朝昼兼用の食事をかき込みながら、やっぱ、今日は変な視線を感じる、と鳴海は思った。
そうっと顔を上げると、周囲の顔がさっと横を向いた。
なんで?なんでオレ、こんなに奇異の目で見られているわけ?
首を捻りながら飯を掻きこみ掻きこみ、幾度となく身体に刺さるような視線を浴びながら、箸をおく。


「ミンハイ」
食後の茶を啜っていると声をかけられた。同時に、お向かいの席に女の子がひとり座る。
ショートカットの黒髪。同じ部のマネージャーのミンシアだ。
「よう、ミンシア。おまえさあ…」
話しかけて、鳴海はミンシアの顔に浮かぶ奇妙な表情に目が止まる。
そう、それは今日、今現在、周囲からひしひしと感じる奇異の目と同じ目。
「な、なんだよ、一体…」
「ねえ、ミンハイ。あなたってホモだったの?」



「はあ?」



思わず字体の太さも大きさも変わる。
「な、なんじゃそりゃ?!初耳だぞ?!」
「朝から学内で噂になってるわよ?『加藤鳴海はホモらしい。それもネコ』って…」
だからか!学食に来てから感じていた、このヘンテコな視線は!
「違うわよね?お願いだから違うって言って!!」
「違うって!とんでもねぇデマだよ!おまえだって知ってるだろ?オレに彼氏がいたことあったか?
それにオレはおまえが紹介した女の子と付き合ったことがあんだろが?」
「エリのこと…?」
ミンシアの表情が少し曇る。でも、鈍い鳴海はその変化に気付かない。


「ちくしょー、誰だ、そんな噂を流し……あ!」
鳴海は昨日の学食で部員が最後に話していたネタを思い出した。
そういえば、あの時、あいつらってオレのホモネタで盛り上がっていたよなあ?!
「あ、あいつらぁ~!」
ニュースソースは絶対あいつらだ!
ふざけてあっちこっちで吹聴したに違いねぇ!でなきゃ、昨日の今日でこんなに広まるもんか!
「クソ~~~!オレもおまえらと一緒にフーゾクに行ってるだろ?分かっててこんなデマを流しゃーがって!」
「ミンハイ…そんなことを力一杯言わなくても…」
待ってろよ、今すぐ部室に駆け込んで地獄をみせてやる!全員、この手でしめてやる…!





鳴海が拳を握り締めて歯噛みをしつつ、ミンシアを相手に恨み節をぶちかましていると、そのすぐ脇をクラスの友達らしき女の子数人と一緒にしろがねが通りかかった。
しろがねは鳴海を見つけたがすぐにふっと視線を逸らした。
「二度と話しかけてくんな」
さっきの鳴海に言われた捨て台詞が効いているようだ。
鳴海を見つけた女の子たちが奇異の目をチラリと投げかけ、ヒソヒソと囁きあっている。しろがねもその輪に加わる。『あの人、ホモらしいわよ』とかなんとか言っているだろうことが容易に想像できる。
ああ、しろがね、その話は聞かないでくれ!
鳴海がそう心の中で祈っても詮無いことだった。
しろがねはその囁きに耳を傾けると、見る見る間に目を丸くした。
その丸い目は鳴海をまじまじと見た。
奇異、というよりはショック、といった色が浮かんでいる。
しろがねは鳴海と、呆然とした視線を交し合うと、そそくさとその場を離れた。


あいつは、絶対、このデマを信じた。
鳴海はそう直感した。しろがねは頭にバカがつくほど真面目で、人を疑うことを知らない、根っこはものすごく素直な女なのだ。
「ミンハイ?ちょっとミンハイ、しっかりしなさいよ!」
ミンシアの声なんか聞こえない。
鳴海は目の前が真っ暗になり、この淡い恋に未来はないよ、と神様に終わりを告げられたことを確信した。





その3日後、学祭が華々しく幕を開いた。





postscript
この回も半分、恋せよ乙女、ですね。ちなみにウラ設定なんですが、鳴海はエリ、という名前のR国の女の子と大学一年の夏の間だけ付き合っていました。エリとミンシアは『世界の格闘技とマッチョのファンサイト』のコアなファンでそこのチャット仲間。元々日本に興味のあったエリはミンシアの誘いで夏休みを利用して来日、鳴海がその足として姐さんに使われまくっているうちに、エリの中で鳴海への恋心が芽生えます。本当は鳴海のことが大好きな姐さんでしたが、エリの「どうか協力して」に断ることができずクピド役を買って出て、半ば強引にふたりをくっつけることに成功。姐さんは後悔の夏休み。エリと鳴海は夏の間、それなりに付き合うことになりますがラブラブなエリに反し、鳴海は姐さんに言われて付き合った色が強くイマイチ波に乗り切れず。だから実はキスのみ、プラトニックな関係どまりでした。エリがR国のお嬢様(さすがにお姫様がこんな気軽に一人旅はできないので)ということも鳴海の触手が動かなかった原因でもあり(何だか後々が面倒だと鳴海が思ったので。それだけ本気じゃなかった)、夏休み終了とともにエリの恋は終わり、帰国しました。姐さんはホッと胸を撫で下ろし、それからというものの鳴海を紹介して欲しいとか、鳴海に好印象を抱く周辺の女子にはすかさず鳴海を諦めさせる努力を怠らないという…。この閑話で番外編を書きかけたんですが、しろがねと鳴海がまったく絡まない話には私が乗り切れず、挫折しました;。
話の中で時々鳴海の元カノ話が出てくるので、こんなウラがあったのね、と思っていただければ。



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