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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、恋せよ益荒男!改め、

命短し、


恋せよ

乙女!





(三)


鳴海が溜め息をつきながらバイトに向かった頃、しろがね嬢は鳴海のにっくき恋敵のリシャールとカフェでお茶を飲んでいた。
青空が広がり、空気も爽やか、暑くもなく寒くもなく程よい温度で風も穏やか。
何にも言うことのない天気なのにしろがねの機嫌は荒れ模様だった
鳴海が曇天模様なら、しろがねの上には積乱雲が発生していて今にも雷が落ちそうだ。





「まったく、私は彼が理解できない!」
繊細なソーサーの上のカップの柄を折りそうなくらいきゅっと握り、澄んだオレンジ色の紅茶の中をじっとのぞきこむ目元は険しい。
「まあ、いいじゃないか。ゼミは勉学の場とはいっても、あいつのようなイロモノも必要なんだ」
リシャールは尖ったしろがねの言葉をやんわりと受け止める。
「それよりもしろがね、この間……」
「どうして私の言うことに耳を傾けてくれないのだろう?私は自分の言うことが間違っているとは思えない」
「……正論は耳に痛いものだよ、特にあいつみたいな頑固者には」


リシャールはさっきから違う話題に持っていきたいのだけれど、それがどうも上手くいかない。
また失敗した。これで5度目の失敗。彼女、才賀しろがねは、リシャールの周りに集まってくる女の子たちとどうも勝手が違うので、リシャールは調子が狂う。
おかしい。
いつもなら、目当ての娘を落とすのに時間なんて問題じゃないのに、彼女にはもうかれこれ半年以上がかかっている。しかも落ちる兆しが一向に見えてこない。


「それにしても、あんなにケンカ腰にならなくてもいいではないのか?」
「おまえもあいつに対してけっこうケンカ腰じゃないか」
リシャールは呆れたように小さく息をつくと、ホットコーヒーを一口含んだ。
そう、いつもいつも、『あいつ』の話になるのだ。
ゼミの初日にあいつがしろがねとケンカして以来というもの、いつでも彼女の話題はあの拳法バカの話ばかりだ。
話の内容もこの半年、ほとんど変わらない。欠席がどうの、レジュメがどうの、授業態度がどうの。
あのむさくるしい脳筋の話をしていては、いつまでたっても甘い雰囲気が流れるはずもない。
何しろ話せば話すほど、しろがねの機嫌は悪くなる一方なのだから。


「私はケンカがしたいわけじゃない。だのにカトウはいつも、私を悪く言う」
「人には好みってものがある。おまえはあいつの好みじゃないんだ、ま、オレに言わせるとおまえの美しさが分からないなんて目が腐っているとしか思えないけどね」
リシャールはさりげなく、しろがねを褒めることを忘れない。
褒められたというのに、しろがねはむしろ傷ついたような顔をした。
「……そうだな。きっと私と相性が最悪なのだろう。口を開けば『かわいくない』だの、『見てくれだけ』だの……」
「しろがねもそんなヤツのことを真面目に考えることなんてないんだよ。放っとけばいいじゃないか。考えたっていつも機嫌が悪くなるだけだし。おまえは可愛いよ、見てくれだけなんてことはない。このオレが保証する」
リシャールはポイントを稼げるところを確実に押さえてくる。でも、しろがねはそんなことはとんと無頓着だ。


しろがねは美しい女性の常で、男性から褒められることに慣れている。だからといって、自分の容姿に鼻をかけているわけでもないし、初めから自分のルックスがいいだなんて思ってもいない。
だけれど、そんな彼女を真っ向から否定する人間もまたこれまでいなかったから、けなされることに全くと言っていいほど免疫がなかった。おまけに優等生な彼女はこれまでに誰にも怒鳴られるという経験もしたことがない。
人間関係をどちらかというと面倒なもの、と位置づける彼女はこれまでにケンカするようなところまで相手に対し踏み込んだこともない。生まれて初めて、才賀しろがねという女性を否定した人間、そして彼女の言葉に怒鳴り返してきた人間、それが加藤鳴海だった。それに、ケンカするようなパーソナルスペースに初めに踏み込んだのは自分ではなく鳴海の方だ、としろがねは思っている。
だからなのだろうか、しろがねは鳴海が気になって仕方がない。


「本当に放っとけよ。近寄ったり、話しかけたりするからケンカになるんだろう?」
リシャールの言う通りだ、しろがねは思う。
これまでだったら気に入らない人間は無視していたと思う。
でも、どうしても、それができない。
紅茶の中をスプーンで不必要にかき回し、それでできる波紋をじっと見ているしろがねにリシャールは言った。


「こんなにあいつの話ばかりしたがるなんて、まるでおまえはカトウに恋でもしているみたいだな」


リシャールの深意のない言葉に、しろがねの手中のスプーンが動きを乱しガチャリと音をたて、
白いテーブルクロスに茶色いシミを作った。
「こ、恋……わ、私が?!あんな男に、恋だって?!」
真っ赤な顔で、しろがねがらしくない大声を出す。
彼女は普段どんなことにも冷静沈着で、語気を荒げるなんてまずありえない。
リシャールもしろがねといるときにそんな声を聞いたことなんてなかった。
ゼミでカトウとケンカするとき以外では。
「じょ、冗談だって」
「あっ、当たり前だ!誰があんな無作法な力自慢の馬鹿者を…!」


好き、だなんて…。
『好き』という単語が頭に浮かんで、しろがねは急に黙り込んだ。
「気分を悪くしたんなら謝るよ、ごめん。ほんの冗談だったんだ」
「もういい…」
しろがねは自分が汚したテーブルクロスをおしぼりでこすったが、すっかり染み込んでもう落ちなかった。
「ホント、悪かったよ」


謝りながら、リシャールは内心ホッとしていた。
目の前のこのきれいな女は、あの拳法バカのことが心底嫌いなのだということを確信できたからだ。
本当に何の気なしに言った言葉をこんなにも激しく否定するなんて、よっぽど馬が合わないんだろう。
あの筋肉ダルマ、脳の中まで筋肉でできた拳法バカは、大して女心も汲めないクセに意外にも学内の女生徒から人気があるのだ。
ゼミの同期の女子生徒も実は半分が拳法バカ狙いだということをリシャールは知っている。
本当は彼女たちは全員オレ狙いなんだけど、オレはしろがね以外、眼中にないからなぁ……おかげで、あの暑苦しい男に人気が集中したんだな。
おしぼりでこするのを止め、その上からトントンと叩いてシミを落とそうとしているしろがねをリシャールは熱く見つめた。
そんな男にしろがねがまったく靡く気配も見せないことに、リシャールはとても満足していた。


リシャールがほくそ笑んでいる反面、冷静な顔の影でしろがねの心中は大いに乱れていた。





私がカトウに恋?
こんなにカトウナルミのことが気になるのは、自分が彼に恋をしているからだとでも?
だから放っておくことができないで、ケンカしてしまうとでも言うのか?





そんな可能性を考えたこともなかったしろがねは、リシャールの言葉に過敏に反応し、
その後は頭の中を『恋』という単語がグルグルして止まらなくなり、
ようやく拳法バカの話が終わったのでリシャールは喜んでずっとしたかった別の話題を切り出したけれど、しろがねはそこの席を立つまでずっと上の空だった。


自分の中に渦巻いている感情に名前をつけることに、しろがねはどうしても素直になれなかった。



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