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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。







命短し、

恋せよ

益荒男!





(二)


才賀しろがねは加藤鳴海と同じゼミに所属している。


その彼女は入学当初から学内の男どもの注目の的だった。
鳴海は野次馬根性がないわけではないのだが、他人がいい、というものにどうにも昔から興味の湧かない性質だったので、仲間がしろがねネタで盛り上がっていても、ふうん、とただ聞き流しているだけだった。日仏ハーフらしい、とか、銀目銀髪、とか、胸がでかい、とか、美脚がそそる、とか、周りは騒いでいるけれど、そんな話は野郎連中の内輪ネタとしてはよくある話だから、鳴海の耳から耳へとつらつらと出て行った。
その頃は本当にしろがね、という女の存在に興味がなかった。


それが、今年の春のゼミの入室試験で彼の人生は決まった。
ゼミの入室試験で、鳴海が廊下に並べられた椅子に座り試験の開始を待っているときに隣の席に腰掛けてきた人物、それが才賀しろがねだった。
噂どおりの見事な銀髪。そして、鳥肌が立つほどの美貌……!
そのうちにクリップボードが回ってきた。鳴海は名前と所属学科、クラスと学籍番号を書き込んで隣のしろがねに手渡した。
「はい」
別に顔を見合わせてクリップボードを渡す必要なんてどこにもないのだけれど、鳴海は正面から彼女を見た。しろがねは近距離から鳴海と目を合わせる。吸い込まれそうなくらいに大きくてきれいな銀色の瞳。鳴海の心臓はどうにもこうにも騒々しい音を立てた。
しろがねはすぐさま目をクリップボードに落とすと
「どうも」
と小さな声で言った。
鳴海はその声も、いいな、と思った。ちょっと低めで、すごく柔らかくて。
しろがねはボードに名前をローマ字表記で書き込んだ。


彼女に興味があるのは自分だけじゃない、それはその場にいる男どもの様子を見ても明らかだった。誰も彼もがしろがねを見ていた。鳴海はその彼女の真横にいたために、まじまじと見ることはできなかったから、視覚以外の感覚に頼って観察していた。
同じゼミになるといいな。
鳴海は本気でそう思った。
そしてその願いは叶えられ、鳴海は無事、しろがねと同じゼミに入室できた。(但し、ギリギリで。)





その日は鳴海がある種の期待から朝5時前から起き出してしまった、栄えあるゼミの第一回目。
野郎共の視線は皆、しろがねの身体の上にしっかり仕付け糸で固定されていた。
鳴海もまた例外ではなかったけれど、しろがねにミーハーだと思われたくなくて、
一山いくらの他の男どもといっしょくたにされたくなくて、あえて顔をそちらに向けないようにした。
本当は食入るように見つめたくて仕方なかったけれど。
特に彼女に話しかけることもしなかった。
自然に話しかけられるネタも見つからなかったし、何より、しろがねと会話をするにはあの男どもの輪の中に入らなければならない。それは何となく、鳴海にはカッコ悪いことのように思われた。
正直、他の奴らみたいにゼミの終わった後、いろいろ訊いてみたいこともあったけれど、
鳴海は何となく興味はない顔を繕って「お先に」とゼミ室を後にした。





その週にあった新歓も、しろがねの周りは黒山の人だかりで、鳴海の入る隙間なんてこれぽっちもなかった。(ただでさえ、カラダがデカいし。)だから同期やら先輩やら、男どもがわんさかしろがねの周りに群れているのを無関心を装って内心ものすごく面白くなかったが、それに黙って耐えていた。特に同期のリシャール・ベッティーがしろがねの身体にさりげなくベタベタ触っているのが許せない。いい男なのも許せない。
ち、外人の特権をフル活用しやがって!
多分、ゼミの中でしろがねに話しかけてないのは自分だけだろうな、と鳴海は思った(そしてそれは事実だった)。
何でわざわざ、カッコつける必要があるのか、自分で自分がまるで分からない。
スタート、出遅れちまったなぁ…。
酒の全く飲めない鳴海は、しろがねともテーブルの端と端で、自分はといえば、周りを女の子たちにぐるりと囲まれているという、他のモテない野郎どもから見たらものすごいハーレム状態だというのに鈍くてそれにも気付かず、
こんなつまらねー飲み会なんて早く終わらねーかなー…
とぼんやり考えっぱなしだった。





第二回と第三回のゼミは早速サボった。部活に出たのだ。
第四回目。
しろがねはやっぱりきれいだった。
その隣に陣取り、態度も馴れ馴れしいリシャールが何とも憎らしい。
鳴海は無意識のうちにゼミ中何度も、向かいの席のリシャールを目を細め睨みつけた。


ゼミ終了後、しろがねが鳴海のところにやってきた。
「カトウ。話、いいか?」
それが初めてしろがねが鳴海にかけた言葉。
鳴海はちょっと吃驚して、ちょっと緊張して、しろがねが何を言うのかとドキドキしていたら
「いきなり欠席するのはやめてくれないか。迷惑だ」
と不機嫌そうな顔で言われた。
は?と眉間に皺が寄る。
「な、何が?」
「前回は、あなたがレジュメを作る番だった。初めの日に教授が言ったろう?毎週、アイウエオ順でレジュメを作るようにと」
「そうだっけ?」
鳴海を睨むしろがねの目力が強くなる。


「『加藤』の次は『才賀』だ。二回も立て続けに休んで!おかげで私の番が繰り上がった。レジュメを作り直すことになったんだぞ?」
もともと気短なところのある鳴海は、しろがねの初めからどこか挑むような口調にカチンとくる。
「そんなに早く作り出すからだろ?」
「私はやるからにはきちんとやりたいのだ」
「そんなの、オレの知ったことじゃねぇよ」
鳴海が喧嘩腰な返答をしたので、しろがねは少したじろいだような顔を見せたが、それをすぐに引っ込めて言い返す。
「これからは休むなら休むで私に連絡をしてくれ。そうすれば…」
「け。いつ休むかなんて分かんねーよ。部活にも出ないといけねぇしよ」
その言葉にしろがねが反論する。
「大学は勉強をする場だろう?部活を優先するなんて本末転倒だ!」
「ああ、優等生の御高説はごもっとも、だ!」


鳴海は鼻の頭に思いっきり皺を寄せた。
何で、オレはこんな女がいいだなんてちょっとでも考えたんだろう?
鳴海はそんな自分が許せない。カッカと頭に血が上る。
こいつは見てくれだけだ。偉そうに!見てくれがあんまりキレイだから……オレって馬鹿だ!
その後、周りのゼミ生が遠巻きでオロオロするような、そんな熱がこもった言い争いに発展した。
「もう結構!オレのことは放っとけよ!おまえってさあ、性格がかわいくねぇよ、ホントは見てくれだけなんだな!」
鳴海のその言葉に、しろがねは一瞬泣きそうな顔をした。
だから、鳴海は胸がズキッとした。


い、言い過ぎたかな…?
謝った方がいいかな…?


鳴海だって本当は、しろがねとケンカなんかしたくない。
できれば仲良くしたい。それも、とっても。
ケンカの種だって蒔いたのは自分だって分かっている。そりゃ、しろがねももっと言い方ってものがあったけれど。
だけれど、どうしてか、言い返さずにはいられなくて…。
鳴海が何かを言いかけようとしたとき、しろがねの目に再び力がこもった。
彼女は泣きたいのを必死に我慢するような風にも、『あなたなんか大嫌い』という風にもとれる顔で
「大男、総身に知恵は回りかね」
と捨て台詞を残し、ゼミ室を後にした。
「なん…っ!何なんだよ、あの女!」
せっかく、オレが折れてやろうってのに!
これを境に鳴海としろがねの関係は確定した。





次の回の鳴海のレジュメは予想通りおざなりのもので、ゼミ終了後、
「もう少し、きちんとレジュメを作ってきたらどうだ?」
という、しろがねの苦言に鳴海が言い返し、また大喧嘩に発展した。
それ以来、毎回、口を開けば鳴海としろがねはケンカをする。犬猿の仲ってヤツだ。
相手が天気の話をしただけでも、目くじらをたてるような勢いで。
だったら、口を利かなければいいのに、傍に寄らなければいいのに、
相手に何かを言われても相手の何かが気に入らなくても無視すればいいのに、このふたりはそれが出来ない。


鳴海が極力客観的に見たところ、しろがねのゼミの中での対人関係はどちらかというと大人しくて控えめだ。あまり自分から他人に働きかけることは少ない。誰かに声をかけられると口調は無愛想ながらも、できるだけ丁寧にやさしく対応している。
それがどうしてか、鳴海にだけは攻撃的な態度を取る。無愛想な口調はそのまま、丁寧でもやさしくもない。
鳴海はそれが気に食わない。
妙にしろがねとリシャールが接近しているのも気に入らない。
イライラする。
そのイライラは日に日に募る。
その理由は分からない。
だから、鳴海もまたしろがねに対して語気が強くなる。
「かわいくねぇ」はふたりのケンカの締めくくりの言葉として定着した。





どうしてしろがねは、オレにだけあんな態度を取るんだろ?
そんなことを考える鳴海の足は重い。
十月の今日の空は秋晴れで、思わず『天高く馬肥ゆる秋』なんて言葉が頭に浮かんでしまうくらい。
でも、鳴海の心は曇天模様だ。
そう、それも、初めてのゼミでしろがねとケンカしてからずうっとだ。
心の中が曇りっぱなし。
しろがねのことを考えると胸が痛い。痛くて胸が塞がって、息ができなくて、
気付くと大きな溜め息にして胸に溜まった空気を吐き出している。
いつだったかはもう忘れたけれど、鳴海は自分がしろがねに惚れていることに思い当たった。
それは多分、初めて入室試験でしろがねを見たあのときから。好きだったんだ、と。
「かわいくない」は、本心ではない。
「見てくれだけ」だなんて思っていない。
彼女はやさしい。キレイすぎて近寄りがたいところはあるけれど、ホントはやさしい女だ。
見ていれば分かる。例え、自分にはやさしくなくても。


「オレもなぁ……何、意地張ってんだか……」
そうは言っても今更、頑固者の鳴海はしろがねに対し、自分から態度を軟化させることなんてとてもじゃないけどできなかった。自分だけが丸くなって、しろがねが尖ったままだったら、カッコ悪いにも程がある。
でも、鳴海はしろがねにやさしくしてもらいたかった。
自分にも笑顔を向けて欲しかった。
できれば自分にだけ、笑顔を向けて欲しかった。
「やっぱ……オレってあいつに嫌われてんのかなぁ……」
リシャールのことが、好きなのかな?


しろがねとリシャールって、よくキャンパスでもふたりでいるところを見かける。
それを見ると居ても立ってもいられなくて、オレはあいつらに背を向ける。
まあな。
オレとリシャールって正反対だもんな。
オレ、リシャールの持っているもの、何にも持ってねぇしよ。
大体、オレだってしろがねにやさしくしたことなんてねぇもんな。
リシャールはいつだって、あいつにやさしくしている…。
もしかしたら、あいつらはもう付き合ってるのかもしれない。
しろがねがリシャールに抱かれているイメージが脳裏に浮かび、鳴海は水浴びをした犬のように首を振った。
「何が、いけないんだろ、オレって……どこが嫌われてんだろ……」
鳴海は自分の心もお構いなしに澄み渡る青空を恨めしく思いながら、20秒毎に溜め息をついてバイト先へと向かった。



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