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She won his heart.
Dramatic? Drastic! (前)
a flower in the ice pillar.
最近、しろがねが意外にも夢中になっているもの。
それはこの夏からスタートした恋愛ドラマ。
大抵この手のものは十把一絡げに「くだらない」と言ってまるで興味を示さなかった彼女が一度、たまたま鳴海の家で見て以来、鳴海に毎週録画を頼んでまでしてかかさず見るようになったのだ。
しろがねを知る人から見れば、全くの晴天の霹靂。
どうしてこのドラマを見るのか?
何故なら。
このドラマのヒロインと自分の境遇が似ていると思ったから。
ヒロインが恋心を抱く男がとんでもなく鈍いのだ。どんなに想ってもまるで気がつかないのだ。
それがどこかの誰かを彷彿とさせて(確かに若い人気アイドルを起用して話題を集めているだけのチープでありきたりのドラマなのだけれど)、しろがねはそのヒロインに思いっきり感情移入をしてしまう。
今日も勝と鳴海宅を訪れたしろがねは、早速テレビを食い入るように見ていた。
炎天下で学校の球技大会をやっつけてきた勝がくたびれきって二階で寝てしまったので、鳴海がそうっと階段を下り居間へとやってくると、そこでは小さいほうのソファに座ったしろがねが身を乗り出して真剣なまなざしでドラマを見ている。
何がそんなにしろがねを夢中にさせるのか、まるで理解できない鳴海だったがとりあえずすることもないし、他の部屋は暑いので、しろがねとは反対のソファに腰掛け自分もそのドラマを見ることにした。まともに見たことは一度もないが、しろがねに付き合って毎週見ているので何となく話は分かる。
今週も、ふたりの関係はまるで進展せずに、男は鈍いままで終わった。
何て鈍い男だろう?あれではヒロインが可哀想だ!としろがねが心の中でドラマの感想を叫んでいると、
「しっかし、まー…あんな鈍い男っているのかね?」
こりゃドラマだし、極端だよな。と鳴海が言う。
それをあなたが言うのか?
「『好きだ』ってはっきり言っちまえばいいのによ」
「それじゃドラマにならないだろう……」
しろがねは呆れてがっかりして、やっぱりこの人は鈍い、と改めて思った。
ついでに溜め息も出る。だから思わず、
「…どうしたら好きな相手に自分の想う気持ちを気づかせることができるのだろう?」
と、恋する乙女のような愚痴が出てしまう。
鳴海はすかさずそれに反応する。
「お?なんだ、しろがね?まっさかおまえ、好きなヤツでもいるのかよ?」
面白半分に鳴海がツッコミを入れたので、しろがねはまたしても溜め息が出た。
鳴海としては100%冗談だった。純粋にからかっただけで、「そんなものいるわけないだろう!バカバカしい!」といった類のしろがねらしい返事を予想していた。
それが。
実際に返ってきたのは
「ああ、そうだ。私にだって好きな人ぐらい、いる」
という全く予想もしない言葉で。
「え?マジ?誰?」
突然のことに動揺を隠せない鳴海の今度の質問は100%本気だったが、
「また興味本位で聞いているだろう」
としろがねに言われてしまった。
「あなたに教える筋合いはないだろう?…な、なら、あなたは好きな人がいるのか?」
「いや、いねぇ…けど…」
鳴海に好きな相手がいるのかどうか、それはしろがねにとって非常に重要な質問だったが、どさくさに紛れてついに確認することができてしろがねはほんの少し満足した。
やはりいないのか。
いる、と答えられるよりマシなのか、悩むところだが。
「あなたに好きな人ができたら、私の好きな人を教えてやる」
しろがねにそう言われた鳴海は、二の句が継げないでいた。
しろがねに好きなヤツがいる。
それが分かったとき、鳴海は奇妙な感覚に陥った。
胸の内側がそれまで経験したことのない角度で捻じ曲がり、胃の腑に何か重たくて酸っぱいものが湧き上がった。
わけもなく焦燥感に煽られる。
今の今まで健全だった彼の精神が突如違和感を訴え、どこかが歪みだした。
心臓の鼓動は早くなり、妙に息苦しい。
しろがねが誰か特定の男を好きになることなんてない、と何の根拠もなしに鳴海はそう思い込んでいた。
しろがねは勝を守ることが使命なのだから(しろがね本人も事ある毎にそう言っているし)、彼女が誰かと恋愛するなんて想像したこともなかった。
しろがねが誰かを好きになって、その誰かもしろがねを好きになって、しろがねがその男と愛し合う、そんな可能性があったなんて考えたこともなかった。
何しろ、ノリやヒロやナオタがどんなに迫ってもそれを軽く往なしているしろがねは、鳴海が見る限り、色恋沙汰に興味があるようには到底見えなかったのだ。
女の部分をその男の前で曝け出しているしろがね……鳴海は暴れだすイメージを必死で振り払おうとする。
いったい、オレはどうしたってんだ?
「あなたなら、女がどうすれば気持ちに気づいてもらえると思う?」
「は?」
自分の考え事でいっぱいいっぱいの鳴海は、ドラマのヒロインの行く末なんておおよそどうでもいい。
しろがねにとっては自分に置き換えることのできる大事なことなのだけれども。
「ヴィルマは押し倒せばいいと言った。押し倒して馬乗りになれと」
ヴィルマの言うことは突飛過ぎて現実的ではない。
リーゼの意見は……可愛らしすぎて私にはとても無理だ。
しろがねは滅多にないほど多弁だ。そのことは彼女が如何にその相手を想っているかの現れのような気がして、鳴海の心は何とも不安定で落ち着かない。
しろがねに好きな相手がいては困る。
どうしてかはわからない。ただ、しろがねはいつも通りのしろがねでないといけない。
特定の誰かのモノになるなんてもっての外だ。
しろがねは、オレの知ってるしろがねはスポーツライクで、そりゃすごくきれいでプロポーションも抜群だけどセックスアピールなんてオレはこれまで感じたことなんて一度だってないんだ。
ないはずなのに……どうしてだ?
今、目の前にいるしろがねが妙に女っぽく、艶っぽく見える。
切なげに顰めた眉も、潤んだような大きな銀の瞳も、たおやかな白い手も、指を噛む柔らかそうな唇も、しなやかな腰のラインまで、違う女に見える。
そう、しろがねは何も変わっちゃいない。
変わったのは……オレの目だ。
「それであなたはどう思う?」
しろがねがまた訊いてきた。
目下の重要議題以外は考えるのも面倒な鳴海は、適当に
「ヴィルマの意見がいいんじゃないか?」
と答えた。
「馬乗りが、か?」
馬乗りだったっけ?馬乗り、ねぇ。
鳴海はしろがねに馬乗りにされている自分を想像した。
続いて不覚にも思いついた言葉は「騎乗位」。
鳴海は勝手に考えて、勝手にむせた。
いきなり苦しそうにゲホゲホと派手に咳き込む鳴海に事情を知らないしろがねは目を丸くした。
「どうした、カトウ?」
「いや…なんでもねぇ。あながち、ヴィルマの言うことは外れてねぇと思ってよ」
「そんなものなのか?」
「ああ、おまえに馬乗りにされて、キスでもされたらどんな男だって落っこちるぜ」
「どんな男、も?例外なく?」
なんて真剣な顔をして訊いてくるんだろう?そんなにそいつのことが好きなのか?
鳴海は何だかおもしろくない。
「ああ、聖人君子だって悪魔の誘惑に乗るぜ」
オレなんかノックアウトかもしれねぇな。鳴海は自嘲した。