[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Feel my forehead to see if I have a fever.
Temperature.
a flower in the ice pillar.
しろがねは気づいてしまった。
自分が、加藤鳴海を好きなのだ、ということに。
何の気なしに、鳴海が勝と犬のようにじゃれあって(彼の方がずっと年上だというのに)屈託なく大口を開けて笑っている姿をぼんやり眺めていたら(しろがねがぼんやりとただ何かを見遣っていることも珍しいことなのだが)、
本当にぼ・ぼーんやりと
わたしはこのひとがすきだ
と気がついてしまったのだ。そして自分のその気持ちにとんでもなく愕然としてしまった。
しろがねは初めて会ったときから加藤鳴海はおせっかいな男だと思った。
かつては邪魔だとも胡散臭いとも思ったことがある。
でも行動をともにしていくうちにどんどん彼を見る目は変わっていった。
鳴海の腕は温かいと思った。鳴海の傍にいるととても安心できた。
『おまえはオレの女になる』
そう冗談を言われたときは理由は分からないけれど、しろがねの心は柔らかく軽くなった。
しろがねは加藤鳴海という人間に今まで誰にも持ったことのない感情を、自分が抱きつつあることを認めないわけにはいかなかった。
ただ、永い時をたった独りで誰にも頼らず生きてきて、それが当たり前だと慣れてしまい、その他の生き方を知らなかった女にとって他人の存在で自分が変化していくことは惑乱させられること以外の何物でもなかった。
しかもこの大男はしろがねのことを放っておいてくれない。
そっと静かにさせていてくれない。
しろがねを外の世界へと引っ張り出す。
あのでかい図体でちょこまかと動き回り、しろがねに平気で触れてくる。
しろがねの髪や頭や肩や頬に、躊躇いもなくその温かい手を伸ばしてくる。
彼を意識していないうちは良かった。
でもいつの頃からか、鳴海の体温を感じるたびに、しろがねの心臓は勝手に動き出し、しかも止め方の分からない壊れたバネ人形のように身体の中を跳ね回る。全身がかっと熱くなって、自分の意思とは無関係に赤くなる顔を必死に誤魔化さなくてはならないのだ。
そんなときのしろがねの反応はお決まりで、寄るな、触るな、このおせっかい!と鳴海をつっぱねること。
結果、鳴海の下唇を突き出した拗ねた顔を見ることになる。
鳴海にそんな顔をさせたいわけではない。
しろがねは言葉や態度とは裏腹にもっと鳴海の温もりや感触の身近にいたい、と自分は願っているのだと知っていた。
何故そう願うのか、その答えを明確にすることを無意識に恐れていたのかもしれない。
故意に考えないようにしていたのかもしれない。
変化することが、怖いから。
もう元の、何にも影響されない白い心に戻ることができなくなるから。
でも、とうとう気づいてしまったのだ。
私はカトウが好きなのだ。
「おい、何ぼーっとしてんだ?」
同時にぽんと肩に感じる鳴海の大きな手の平の温もり。
考え事に没頭していた(しかも鳴海が好きだということを考えていた)しろがねにいきなり鳴海が声をかけ触れてきたので、またしてもしろがねの心臓はものすごい勢いで跳ね回り始めた。
自分の気持ちに気づいても気づかなくてもしろがねの反応は変わるものではないらしい。
それどころか、今回はいつもより心臓の跳ね回り方が尋常ではないように思えるのは気のせいじゃないだろう。
鳴海と目を合わせた途端、顔面が一気に火照るのをどうにもこうにも止めることができない。
「なんだ、しろがね?熱でもあんのか?顔が真っ赤だぜ?」
しろがねは冷たい白い手で頬を押さえた。
手の色とのコントラストでかえって顔の色を際立たせてしまっていることにしろがねは気づかない。
早く顔色が元に戻りますように、と懸命になっているしろがねの顔の火照りが自分に起因しているなんて夢にも思わない鳴海はソファに腰掛けているしろがねの視線に合わせてしゃがみこむと、しろがねの顔を至近距離から覗き込んだ。
そして、「どれ?」と一言、しろがねの額にかかる前髪をその手の平で掻き上げると彼女の額に自分の額をピタリ、と押し当てた。
「―――――――!!!」
唇を突き出せばキスができるくらい近くに鳴海の顔がある。
しろがねは凝固して髪一筋も動かせない。可哀想なしろがねの心臓は更に酷使され、これ以上は早く鳴らせないほどダカダカと音を立てている。
しろがねには額がくっついている時間が異様に長く感じられた。
鳴海は顔を遠ざけると、
「熱はねぇな。でもさっきより顔が赤かねぇか?」
と言いながらしろがねの頭をくりくりと撫ぜた。
いったい誰のせいだと思っているんだ!
鳴海はしろがねの事情なんてまるで知らないのだから責めるのはお門違いもいいところなのだが
しろがねは目の前の大男の脳天気な様子が気に入らない。
「熱なんかない!このおせっかい!放っといてくれ!なんでそんなに私にかまうんだ?!」
思わずそうまくし立てるしろがねの言葉に、鳴海は事も無げに、
「なんでかまうかって、そりゃオレがおまえのことを好きだからじゃねぇか」
とさらりと答えた。
私が「好き」という言葉を導き出すのにこんなにもものすごく大変な思いをしているというのに、なんでこの大男はこうも簡単に言い切ってしまうのだろうか?
これでは悩んでいる私が莫迦みたいではないか?
でも、しろがねは何だかがっかりした。
「好き」と言われて嬉しいけれど彼の言い方たるや、彼の身の回りに数多ある「好き」と並列のようで、どうしたって自分が鳴海に抱く「好き」と同じものとは思えない。
鳴海はただ自分の気持ちを単純に言葉にしただけなのだけれど、鈍い彼はどうしてしろがねが更に険しい表情になって眉を顰めているのか分からない。
例え鈍くないにしても、ついさっきしろがね本人も気づいたばかりの彼女の気持ちを察しろというのは、どだい無理な話なのだ。
鳴海にしたって好きだから好きと言ったまでで、それがどういう好きなのか分かっていないし、そもそも「好き」という感情にいろいろ種類があることすらもよく分かっていないのだ。
しろがねに対して恋愛感情を抱いているのかを彼自身考えたこともない。
鳴海としては今の自分としろがねは、勝を含めた彼自身がとても気に入っている楽しい関係、それが全てだった。
「まあ、その話はおいといて」
鳴海はしろがねにキツイ視線を向けられることも攻撃的な言葉を投げかけられることにも慣れっこだったから、今回もいつものようにすんなりと流して、しろがねに笑顔を向けた。
「おまえの具合が悪くねぇなら、外に行こうぜ」
天気がいいからよ、電車に乗って海にでも行こうか。鳴海はその思いつきにワクワクしているようで
「それじゃ勝にも声かけてくっからさ、支度しとけよ」
そう言って、しろがねの傍を離れた。
去り際に、しろがねの頭をぽんぽんはたくことを忘れずに。
おいとかないで欲しい…。
しろがねは大きな溜め息をついた。自分の額に手の平を当てて、前途多難だな、と呟いた。
End