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a flower in the ice pillar. (前)
それまで鳴海のやることなすことに「おせっかい」と文句をつけていた女が、素直で純粋な好意を鳴海に対して向けるようになった。
それまで鳴海が寄ると触ると怒ってばかりいた女が、自分の方から鳴海に触れてくるようになった。
それまでたったひとりでしゃんと背筋を伸ばし誰にも頼ることもなく生きてきた女が、ふとした瞬間、とても脆く壊れそうな表情を見せて鳴海に寄りかかってくるようになった。
それはいったい、いつからだっただろう?
鳴海自身がしろがねへの想いに気づいたときには、彼女は変わり始めていたような気がする。
氷の中に咲く一輪の花。
触れてみたいけれど、硬くて冷たくて厚い氷に頑なに阻まれて
ああ、この花は見るための花なのだな、と思っていた。
ただ眺めるだけで満足していた。
手に取ってみたいという願望は密かにあったけれど、これは自分のものにはならない花。
その代わり、誰のものにもならない花。
そういうものだと無意識のうちに納得していた。
それでいいのだと疑問にも思わなかった。
それが、その花を、他の誰かが手に入れる可能性があることを知った。
オレだって、その花がずっと欲しかったのに。
だけど、みんなのものだから、と我慢していたのに。
誰かのモノになる前に、どうにか自分のモノにできないか?
そればかりを考えるようになっていた。
でも、無理に氷を壊したら、中の花も粉々になってしまうかもしれない。
どうしたら、無傷であの花をこの腕に抱くことができるだろう?
この場合、氷柱の花はしろがねだ。
そのしろがねは、ソファに腰掛けテレビを見ている鳴海の足元にちょこんと座っている。
手を伸ばせば容易に届くところに彼女がいる。
テレビの内容なんて鳴海の頭に全く入ってこない。ただ心臓がバクバクいう音しか聞こえてこない。
とりあえず、目の前の銀色の髪に触れてみた。
サラサラと鳴海の指の間を流れるように滑り落ちる銀糸の髪は細くて柔らかくて滑らかで鳴海はこの感触がとても好きだ。好きだったので何度も触れてはしろがねに「触るな」と文句を言われ続けてきたわけだけど、どういった心境の変化なのか、しろがねは全く鳴海の行為を咎めることがなくなった。
しろがねも気持ちよさそうに撫でられている。
それどころか、彼女は鳴海の脚に寄りかかってきた。
しろがねは確かに鳴海に対し好意を見せるようになったけれども、それが自分を「男として」見た上での好意なのかどうか、鳴海は図りかねていた。鳴海は「女として」しろがねを好きである(何しろ、事ある毎に下半身が反応してしまうのだから)。
でも、しろがねは?
しろがねの好意の根底にあるものは「信頼」ではないのか?
「馬乗り」の次の日も、誕生日にキスをくれた次の日も、しろがねは何ら変わったこともなかったような涼しい顔をしていた。鳴海にとっては一晩中興奮してドキドキして眠れないような出来事もしろがねにとっては日常の一幕にしか過ぎないのかと思わざるをえない。
だいたい最近では、今日のように鳴海(男)の家に夜遅くひとりでやってきてこうして鳴海(くどいようだが男)の手の届くところにいる。以前は勝抜きで鳴海の家にしろがねがやってくるなんて滅多にあることじゃなかったのに。
格別鈍いと定評のある鳴海に、しろがねの瞳の奥に揺らぐ繊細な女心を慮れ、というのは酷な話だ。
だから今も目の前にいるしろがねの心意が掴めず、悶々としていた。
今だけじゃない。ここしばらくずっとそうなのだ。
しろがねが「信頼」からしてこうしているのなら、自分は男として見られて「いない」ことになる。単なる親しい友人だ。
だが、しろがねの好意が「愛情」だとすると彼女は自分に「何か」を期待してここにいるのではないか?
両者の違いは大きい。
月とニッポン以上にかけ離れている。
そして鳴海の意見は「信頼」の方が優勢を占めていた。
本当は断然、「愛情」からであって欲しいのだが。
それにしろがねには好きな男がいる。
それはしろがね本人がはっきりとそう言ったのだ。
今や、しろがねに好きな男がいようといまいが、自分の置かれた立場が変わるものではないと鳴海は開き直っていた。
先程の理論だと、もし「愛情」ならしろがねの好きな男は自分である。何の問題もない。
「信頼」なら、他の誰かだ。
しろがねは「あなたに好きな人ができたら、私の好きな人を教えてやる」と言った。
鳴海の好きなのはしろがねだ。
だから、しろがねに好きな男が誰か尋ねるということは、彼女に告白することに他ならない。
考えるのが苦手なオレがこんなにこんなに考えて、ままならない状況に日々オレが愚かな男に成り下がっていってるっつーのに、なんでこいつはいつもいつも涼しげでいられるんだ?
全く持って小憎らしい!だけど好きで好きで仕方がないのだ。
鳴海は鈍い。そして恋の駆引きとも無縁の男(そんなこと思いも寄らない)。
しかも考えることも不得手だった。不得手なのに考えなくてはならなくて、彼なりに頑張って長いこと考え続けてみたけれど、でもどうやら答えは出ないらしい。
だからとうとう、「当たって砕けろ!駄目なら謝る」の作戦に出ることにした。