『道化師の男』

強奪品。
Thanks! illustrated by ちささん。
オマケSSあり〼。

『僕の知っている道化師の話』




僕が知っているあるひとは、他人を笑わせるのがとてもとても下手クソだった。
彼は笑わせようとしているのに誰も笑わない、皆、冷めた目で通り過ぎるだけ。
素人くさくて荒っぽくてコミカルさがまるでなくって、「笑わせようと必死」なのが見てて伝わってくる。
そんなんじゃ小さな子どもだって笑わない、騙されない。
冷笑すらもらえないくらいにどうしようもなく下手なのに、僕はどうして笑ったんだろう？


彼の一生懸命さを滑稽な道化っぷりだと笑ったんじゃない。
上手くは言えないけれど、僕とその人の何かがね、繋がった気がしてそれがとても温かくてくすぐったかったんだ。
繋がったと思ったのは心なのか、それとも運命だったのか、謎のままだ。
そのひとはすぐに、いなくなってしまったから。


けれど、彼は僕の中にいつも棲んでいる。
彼は僕の生きる指針になった。
僕はあのひとのようになりたい。
下手クソな道化でも、誰かひとりの心の中に焼きついて、「あのひとみたいになりたい」と思ってもらえる存在に。


僕もいつか、そんな男になれるだろうか？
僕は前を向いて、胸を張って、笑顔で真っ直ぐに歩いて行こうと思う。
またいつかあのひとに出会えたときに「よくやったなぁ」って、あの大きな手の平で頭を撫でてもらえるように。



End