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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(7)


太い直線道路の左右には整然と並んだ桜の木。
その石畳の歩道を笑いさざめきながら登校する生徒達の波を、信号待ちの鳴海は車窓からぼんやりと眺めていた。
鳴海の通う社屋と、エレオノールが通っている高校の方向が大体同じなため、少し遠回りして仕事場に向かうのが鳴海の通勤ルートになっていた。
視界の端っこで信号が青になる。
鳴海はノロノロと車を発進させた。


エレオノールがJKにランクアップを果たした後、鳴海は陰気になった。
エレオノールの入学式の朝に仕出かした失態が、如何にカッコ悪く彼女の目に映ったかを思う度に自分自身を徹底的にブチのめしたい自己嫌悪に襲われた。
単細胞の鳴海にしては珍しく、なかなか立ち直れず、むっつりと塞ぎ込むことが多くなり。
今もぼうっとしながら、職場へと車を走らせている。危険だ。


エレオノールの受験が終わってしまったため、彼女を塾に迎えにいく楽しみも終わってしまった。
ついでに言えば、彼女のお迎えのために遅くなる鳴海の夕飯を気遣っての、アンジェリーナからの料理のお裾分け制度も終わってしまった。
そしてやっぱり今年もエレオノールからバレンタインのチョコをもらえなかった。色々と心が寒い。
寒いが、お迎え最終日には「お礼」と称してチョコの詰め合わせを頂けた。
そのことがどれだけ鳴海を感動させたか、あっけらかんとしていたエレオノールには分かるまい。
一粒、全力で涙を流して味わって、残りは神棚よろしく、本棚の一番上に供えた。
気温の上がる季節までには食べ切らないといけないが、それまで大切に取っておきたかった。
(数ヵ月後、そのチョコはエレオノールの目に留まることとなり、「食べてもらえなかった」「ほったらかしにされた」的な受け止め方をされ、鳴海は言い繕うことも出来ず、立場を悪化させることとなる。)


そういった訳で、確実にエレオノールと過ごせる楽しい時間は今の鳴海には与えられていない。
毎朝、通学するエレオノールは姿勢よくデカい胸を上下させながら出かけていく。
エレオノールの高校は、最寄りの駅から一つ乗り換えを挟んで、電車で15分程の、文教地区とやらにある。
県下一の高校、そこに通う野郎どもは相当賢いのだろうが、それは男の本性とは別の話。
しかも、エレオノールの通う高校の周辺には、名立たる名門校が林立していて、中には男子校なる、女の匂いに飢えた連中が犇めき合っているハコもある。
しかも、有名大学キャンパスもある。自分の大学名をチラつかせて女をナンパするのを常套手段としている男がゴマンといる、悪の巣窟だ。
総じておまえの偏見だろうと言われても、鳴海は譲れない。


男なんてロクなモンじゃない、女とヤるコトしか考えてない。
学生当時の自分を思い返す度、そして今現在の自分の頭の中身を考える度、エレオノールが狼の巣に通っているとしか思えない鳴海だった。
「マジやべぇ…あんな可愛いの、男が放っとかねぇ…」
エレオノールが男どもの毒牙にかからないにしても。
順当に彼氏を作る、なんてことも普通に考えられる。
毎朝、晴れやかに「行ってきまーす」と家を出て行くあの表情、クラスに会うのが楽しみの野郎が既にいたりするのかもしれない。
鳴海は太い溜め息をついた。
何を考えてもエレオノールに行きついて、その先には面白くない憶測ばかりが拭きだまっている。


「大ッ嫌い」
彼女にそう言わしめた、6年前の一件が、いつも脳裏に思い起こされる。
「大きくなって、私が凄い綺麗になって、ナルミが私をお嫁さんにしたくなっても、絶対にお嫁さんになんかなってあげないんだから!」
「構わねェよ、別に」
何でそんな返事をしやがったんだろう、あの日のオレ。
「後悔しても知らない」
エレオノールの言葉は予言となって、成就した。
鳴海は、土下座をしたってエレオノールに好きになってもらえないのだ。


お嫁さんになってくれなくても構わない、あの一言さえ、言わなければ。
今でもエレオノールは「ナルミのお嫁さんになるのが夢なの!」って豪語してくれて、鳴海が惚れたと気付いた心のままに告白したら、大喜びで抱きついてくれただろうに!


6年経った今、もしかしたらエレオノールの方が「あんなの子どもの口約束じゃない」と笑うかもしれない。
反故にされた(しかも鳴海から)子ども時代の約束に、未練がましく縋りついているなんて、エレオノールには知られたくはない。
そんなこと、まるで記憶にもないような顔で、惚れているのだと告白しても…
いや、エレオノールは子どもの口約束だと笑っても、忘れたわけじゃない。
幼い恋心をこっ酷く傷つけられたことを今だに根に持っているから、バレンタインにチョコをくれない仕打ちを何年も続けているのだ。
エレオノールが義理ですらチョコをあげたくないくらい、恋愛圏外にいる男、それが自分。
この間くれたチョコはあくまでお礼で、もう少し言えば彼女のお情けなのだ。


小さいから相手に出来ないって突っぱねたクセに、
今はデカくなって綺麗になったから惚れたって、
他の男に盗られそうになったの見て、惜しいから、惚れた気持ちに気がついたって、
どんだけ了見の狭ぇ男なんだ?
そんなんで、おまえが好きだって言ったって、
エレオノールに都合のいい男、底の浅ぇ男だって、思われるだけじゃねぇか


「じゃァ…一体、オレぁどうすりゃいいんだよ…」
エレオノールへの想いは毎日毎晩膨れ上がって行くのに、持っていく場所がない。
喉に痞えた魚の小骨のように、答えの出ない悩みに途方に暮れる。
考えるの、得意じゃねぇのに。
再び、赤信号に捕まって、鳴海は何気なく歩道に目を遣った。
「お?」
鳴海の、塞いでいた気分が少し晴れる。
視線の先には、銀糸の髪を輝かせ、学校に向かうエレオノールの姿があった。


毎日、エレオノールの通学路に沿って通勤している鳴海だけど、なかなかエレオノールを見かけるラッキーには恵まれない。
「おおう、今日のオレはツイてるか知んない」
単純な男は一気に幸せオーラで包まれる。
通学途中で合流したクラスメイトだろうか、エレオノールは数人の女生徒のダンゴの中にいた。
その中で、エレオノールはスッと抜けて背が高い、そして一際目立っていた。
周囲の女子と比べようもない程に小さな頭、高い腰、抜群のスタイル。
「うはー……。やっぱ、いい女だな、エレオノール……」
見慣れている筈なのに、目で追いながら口がぽかんと開いてしまう。


ふと、女子ダンゴの中に野郎がひとり、混じっていることに気がついた。
胸にはエレオノールの通う高校のエンブレム。
細身マッチョって体型の、割かし精悍な顔つきの、どっかで見たことあるツラの男。
リシャールっつったっけ?
その野郎が、周りの女子を平等に扱っているように見せかけて、実は常にエレオノールの隣をキープしながら歩を進めていることに、鳴海は当たり前のように気がついた。
そりゃそうだ、女子の皆さんには申し訳ないがエレオノールと比べてしまったら烏と鷺だ。
さりげなく、野郎の手がエレオノールの肩を抱いた。
ぴき、と鳴海の額に青い三差路が浮かぶ。
「あ、の、野郎…」
馴れ馴れしい、その一言だ。
信号が青になった。クラクションを鳴らされる前に、鳴海はアクセルを踏み込み、エレオノールの集団を追い越した。
バックミラーに映るエレオノールはあっという間に見えなくなった。





その日の夜、早速、鳴海は窓を跨いでエレオノールの部屋に入り込み、談判した。
「明日っから、オレが朝、学校まで車で乗せてってやる」、と。
「は…」
エレオノールはびっくり顔で、言葉を呑み込んだ。
流石に下校までは無理だけど、登校と下校どちらか片方、野郎との接点を潰せれば何もしないよりはマシってモンだ。
今の鳴海はエレオノールの足になるくらいしか出来ないのが男として辛いのだが、これまた何もしないよりはマシなのだ。
エレオノールは黙っている。
鳴海は背中を丸めて頭をボソボソと掻いた。
勢いで言ったけど、エレオノールにとっては有り難くねぇか…と思い直す。


「別に、おまえがよければ、って話だから…嫌なら断ってくれても…」
塾時代再び、とちょっと糠喜びしてしまった分、声が先細る。
「仕事場の方向が同じだし、これからの季節、暑くなるし…って思ってよ。そうだよなァ…、車っつても社用車だ、そんなので送られてるの友達に見られたらカッコ悪ィよな」
「私、ナルミの車をカッコ悪いって思ったことないわ」
下を向いていた鳴海の目がエレオノールを見ると、彼女は困ったように笑っていた。


「私、会社の車を運転しているナルミをカッコ悪いって思ったこと、一度もない」
鳴海は苦、苦と笑った。
おまえはオレのこと嫌いなくせに、たまにそうやって嬉しい一言をさりげなく言って、オレのことを自惚れさせるのな
鳴海は喉元に込み上げる切ないものを持て余す。
「迷惑じゃないの?仕事に、響かない?」
「おうッ!もちろん!全然平気」
「だったら…お願いしようかな。そろそろ暑いし、湿気あるし、焼けちゃうし、楽できるなら楽したいもの」
にっこりと笑うエレオノールの可愛さに鳴海は言葉もない。
ああ、今回も、文明の利器の勝利だな…、鳴海は車の存在に感謝した。


エレオノールの登校時に送る習慣は、実は今でも続いている。
学校近くでエレオノールを下ろす時、何度かリシャールとニアミスした。
その度に「余計なことしやがって」と読唇出来たが、鳴海の知ったことではない。
狼との接点を減らしてやって何が悪い。
エレオノールをにこやかに見送って、その姿が見えなくなると鳴海は車を猛スピードで走らせる。
仕事場とエレオノールの高校が同じ方面とはいえ時間をエレオノールに合わせているため、いつも遅刻スレスレで、毎朝勝負なのだった。



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