忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。






(6)


何だか異常に顔が熱い。
だから鳴海は車を降りて助手席側に回り、エレオノールに扉を開けてやりながら真冬の冷気で涼むことにした。
「あ、ありがとう。ナルミ、助かっちゃった」
微笑みながら見上げてくるエレオノールが、やっぱりめちゃくちゃ可愛く見える。
「い、いやッ、その…アニキとしては妹分を助けるのは当然のコトで…」
「妹…」
エレオノールは寒さに身を竦めるようにして俯くと「おやすみなさい」と呟いた。
「ああ、おやすみ…」
玄関の向こうに消えたエレオノールを見送って、鳴海は運転席に戻る。
そして、しばらくハンドルにうつ伏せたまま、動けなかった。
どうにも変だった。
まだ心臓が、バクバク言っていた。


この時点の鳴海は、どうしてエレオノールとリシャールの関係が気になるのか、とか、何故にエレオノールにときめいてしまったのか、とか、その理由は分からないままだった。
「妹」「恋愛対象外の小さな女の子」、そういった先入観フィルターを通してでないとエレオノールを考えられなかったからだ。
そういった関係性以外で、自分とエレオノールを繋ぐものが存在する、そんなことは思いも浮かばなかった。
だから、鳴海は「気の迷い、ってヤツか?」と無理矢理自己解決を図った。
しかし、翌日以降、エレオノールを迎えに行くのが異様に楽しみだったり、彼女に悪い虫がつく可能性をひとつ潰したことに満足感を得たり、やっぱりとんでもなく可愛かったり、鳴海が答えの出ない不安定さに首を捻る日々はしばらく続くのだった。







そして、鳴海の中でエレオノールが『気になる女の子』が『惚れた女』に変化したのは、忘れもしない、彼女の高校入学式の朝だった。


その朝、エレオノールはおニューの制服に身を包んだ姿を加藤宅にも見せに来てくれた。
「どうだ、ぐっと大人っぽくなっただろう」
妹を見せびらかす気満々のギイを付添いにしてやって来たエレオノールに、玄関先で歯ブラシを咥えたままの鳴海は絶句していた。
ハレの日を祝うかのような晴天の下、清々しい朝の光に包まれたエレオノールはあたかも後光を差しているかのように、鳴海には見えた。
あの時ほど、歯ブラシに感謝したことはない。
見惚れて寡黙になっている鳴海を不自然に思わせない役目を担ってくれていたのだから。


つい先日まで、地元中学校の制服に身を包んでいたエレオノール。
大した程度の学校でもないくせに、やたら校則ばかり厳しくて、鳴海もずい分泣かされた思い出がある。
ここ50年デザインが変わっていないと噂されるダッサいジャンパースカートの制服に、学校指定の垢抜けないライトブルーの安っぽいスクールバックに、白の三つ折りソックスに白いスニーカー、ジャンスカの下は田舎臭い丸ボタンの丸襟ブラウス。
自分が持つエレオノールの印象を相当損ねていたのは、強烈にダセェ制服のせいだったのかもしれない。
そのイメージが強過ぎて、エレオノールに目が行かなかったのかもしれない。
青天の霹靂のように、鳴海はそんなことを思った。


今、鳴海の目の前にいるエレオノールは、胸元に県下一の私立高の生徒です、と宣言するエンブレム付きのブレザーをキリッと着こなしていた。
少し膝上丈の、濃いブルー基調のチェック柄のプリーツスカートに黒いハイソックスとピカピカの黒ローファー、白のシャツにシックなリボン。
中学校時代のちゃちいスクールバックとは段違いの、黒い合皮のスクールバック。
そして、極めつけは、顎のラインで髪を切り揃えたショートカット。
エレオノールと言えばロングヘアのイメージから脱却した、彼女の思惑は分からない。
でも、肩より長かった髪を潔くばっさり切ったエレオノールは甘さが控え目になり、とんでもなく大人っぽく見えた。


それから鳴海にとって非常に大事なことなのだが、エレオノールのおっぱいが高1女子のとは思えないくらい、超デカいことにも気がついた。
あれ?
中2の体育祭を見に行った時、そんなおっぱい、なかったじゃん?
エレオノールの成長過程に存在するミッシングリングに、鳴海は声もない。
鳴海の視線は更に下へと落ちていく。
ブレザーのデザインと相まって、やたら細く見えるウエストと、丸みを帯びた尻のライン、そこからスラッと伸びる、長い脚。


別人のようだった。
滅ッッッ茶、綺麗で可愛いと思った。
とんでもなく、鳴海の好みのタイプだった。
ストライクゾーン、ド真ん中だった。





そうして、やっとこ気がついた。
エレオノールに惚れている自分に。





「エレオノールはショートカットにするの初めてだな。似合うぞ」
なんて、ギイがちゃっかり褒めて
「ありがと」
なんて、エレオノールの照れたような可愛い返礼を受けている。
「ギイ冗談じゃねェぞ!何ポイント稼いでや…」
喚いた途端、口から歯磨き粉の飛沫が飛んで、咄嗟にギイがエレオノールの前に我が身で壁を作った。
エレオノールの濃い色のブレザーに白いドットを刻まなくて済んで良かったが、その代わり、見るからに高そうなスーツを汚されたギイから全力の蹴りを腿に貰った。


「この筋肉ダルマが…!最高級の仕立てに何をしてくれる」
ギイの小言などどうでもいい。
心臓がドキドキと、恋のシンクロ信号を発し始め。
鳴海はエレオノールに
「何でまたショートにしたんだよ?」
と泡塗れの口で戯言をこぼしていた。


「ど、どうして?似合わない?」
「ヤバいんだよ、それ」
「は?」
訳が分からない、という顔をエレオノールがしている。
そりゃそうだろう、自分でも支離滅裂だ。
その理由を説明しようとすると、次第に口の中に唾液が溢れて、歯磨き粉の泡が薄まって非常に美味しくない。
ちょっと待ってろ、と言ったつもりが「モゴモゴ」としか聞こえない不鮮明な音を発し、鳴海は洗面所へとダッシュした。


ショートがエレオノールに似合わない?
何を寝惚けたコト言ってんのよ?
似合うに決まってるじゃねェか、バカヤロウ!
それも半端なく似合いまくってると来やがる。


だからヤバいんだよ、他の男どもに見せたくねぇんだっつの!
馬鹿ども軒並みノックアウトされちまうだろうがよ?
顔の輪郭を剥き出しにするから、誰がやっても似合うってモンじゃねぇ。
ましてや、昨日まで長い髪を下ろして隠してた耳とか、ウナジとか、そのフワフワっとした真っ白い感じとか!
そんなのを無防備に晒された日にゃァ、オレの前だけにしとけ!としか言いようがねぇだろが!


といった内容をエレオノールに熱弁を振るうつもりで急いで引き返して来たものの、既に彼女は入学式へと旅立った後だった。
ギイには後ほど、「バーカ」と言われた。
入学式のめでたい朝に、「おめでとう」でもなく「制服似合う」でもなく、駄目出しにも受け取れる、意味不明なことを口走り家の中にすぐに戻って行くような男に対し、エレオノールがどんな感情を抱くかなんて、想像するのは容易い。
あの時ほど、歯ブラシを呪ったこともなかった。
アイツさえ口の中に留まっていなかったら、エレオノールに絶賛の嵐を浴びせることが出来たのだから。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]