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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(5)


「どうしたの?こんなところで。珍しいわね」
「いや何。ちょいと野暮用でな。オレも帰ろうとしてたらおまえが出てくるの、見えたモンでよ」
さらり、と前もって用意しておいた嘘をつく。
「乗れよ」
と、鳴海が言うと、エレオノールは少し困ったような顔をして野郎を振り返り、また大きな瞳で見返してきた。
「あの、彼も…」
なんてエレオノールが言う。予想はしてたけど。
野郎を乗せる席はねェ。
が。
「おう、いいぜ。乗ってけよ?家まで送るぜ?」
と鳴海は不敵に笑って声をかけた。というのも
「いや、いいです。自分は」
などと、この見るからにプライドの高そうな野郎が断りの返事を来ることが予想出来ていたからだ。


さて。
この段階で、エレオノールが野郎と一緒に帰る選択肢を口にしたらどういう反応をすればいいだろうか?、と一瞬考えを巡らせたが、意外とエレオノールはあっさりと、
「そ、そう…?ごめんね。ここまで送って来てくれてありがとう」
と言いつつ、車の助手席に回った。
寒空に徒歩だと10分強、車だと座っているだけ、おまけにぬくぬくとした暖房付き。
文明の利器の分だけ分があったな、と鳴海は思った。
「じゃあ、また明日」
「うん、またね」
なんて若人の挨拶はそこそこに、鳴海は窓を閉め、車を出す。


「あああ…あったかい…」
エレオノールはヒーターの吹き出し口に両手を当てた。
彼女は若い女子にありがちな冷え症ってヤツだが、どちらかと言えば小さい頃からひんやりとした体温の持ち主だ。まあ、基本的に冬に弱い。
つうか脚を剥き出しにするから寒いんだろうが。
「外、寒かったろ?」
「うん。今日は特に冷えた…」
「何?アイツにいつも送ってもらってんのか?」
気候の挨拶もまたそこそこに、鳴海は気になっていたことを矢継ぎ早に訊いた。
車の速度はさっきまでと打って変わって、ノロノロの亀走行。
エレオノール曰く、野郎の名前はリシャールで、学校のクラスメイトで塾も一緒で、暗くなってからの帰り道は何かと物騒だからと最寄りの駅も違うけれどエレオノールの家の近くまで送ってきてくれるのだとか。


「塾って週幾つだっけ?」
「週3」
「3つ全部?アイツが送んの?」
「全部」
鳴海は音が出ないように、口の中で舌打ちをした。
女独りの夜道が物騒なのは同意だが、一緒に帰る理由の最たるものはそれではない、ということも分かった。
エレオノールと過ごす時間を持つ口実、それだけのことだ。
鳴海に内心を見透かされると思ったから、リシャール某はあんなに渋面をしていたのだ。
そんなわけで、ヤツがエレオノールに懸想しているのは確定事項として。
重要なのは、エレオノールとヤツは付き合っているのか、付き合ってないにしても、エレオノールが相手をどう思っているのか?、ってコトだ。
鳴海はストレートに訊いた。


「おまえら、付き合ってんの?」
するとエレオノールは拍子抜けするくらいに簡単に、ううん、と首を振った。
「たまたま、帰る方向が一緒なだけよ?駅違うのに送ってもらうのは申し訳ないんだけど…。リシャールが『一駅分歩くのはいい運動になるから』って言うから好意に甘えてて…」
「ふうん」
腹の中で、それも嘘だな、と思う。
何にせよ、エレオノールが野郎の言葉を額面通りの意味で受け取ってくれていて良かった、エレオノールがヤツに興味を持ってなくて良かった、と胸を撫で下ろした。


胸を撫で下ろす?何で?
と鳴海は自身の感情面に疑念を抱いたが、
ああ、兄貴ってのは古今東西、可愛い妹の異性の交友関係が気になるモンだからな、
と一般論に当てはめてみた。
ギイがいい例だ。
ちょっと極端過ぎる例だが。
一般論と言えるかも定かではないが。
ギイの話は置いといても、俗世間の一般論とは当てはまる様な、当てはまらない様な、奇妙な『しっくりといかなさ』が残る。


「エレオノールよう…」
鳴海は一時停止でのんびり停まって、正面を見据えたまま話しかけた。
「なあに?」
「明日、リシャールのヤツに言えよ。次ッから送ってくれねぇでいいって」
「どうして?」
目を丸くするエレオノールに、鳴海はアクセルをゆっくり踏んで続けてこう言った。
「次から、塾の前まで、オレが車で迎えに行ってやるから」
エレオノールの目が更に丸くなった。
「車の方が早ぇし、この時期寒ィし、雨や雪降ったりしたら辛ぇだろ?だから…」
「どういう風の吹き回し?」
「どういう…って、どういう意味だよ?」
「だって…ナルミ、お仕事帰りに外で食事済ませてくるから……最近いつも帰りが遅いじゃない」


ここのところ仕事が立て込んでいて、終業時間はずい分後ろに倒れている。
料理自体は嫌いじゃないし基本的には自炊を心掛けているものの、帰宅が遅くなると作るのは正直面倒だ。
だから外で済まして帰って来るわけだが、それをいつもエレオノールに「いい習慣じゃない」と怒られていたわけで。
エレオノールがでっかい目でじっと見ているのが分かる。
「い、いいんだって。おまえもいっつも言ってたろ?口煩く『不摂生だ』ってよ」
「だって…」
口煩い、は言い過ぎだったろうか?、エレオノールが口元を手袋で覆って、長い睫毛を伏せる。
「ナルミはお酒を飲まないからまだいいけれど……でも大抵、遅い時間からの脂っこい物や塩っ辛い物で丼飯でしょう?カロリーも…」
「おいおい。オレまだ二十代の勤労青年だぜ?食ったモンは全部燃しちまうし、塩分も皆汗で…」
「分かるけど。一度身についた食習慣は抜けないものよ?今は良くても、30歳過ぎて基礎代謝が落ちても今のままだと…」
などと、エレオノールは古女房的発言をする。
「大丈…」
「煩がられても。私、太ったナルミなんて、見たくないもの。今のままの…カッコいいナルミがいいもの」


エレオノールの苦言に耳が痛くなってきたナルミは「大丈夫、平気だって、まだ」と話を打ち切ろうとしたけれど。
久し振りに、エレオノールの口から褒め言葉を頂いて。
チラリ、と横目で助手席を盗み見ると、心細そうな美少女が座ってて。
鳴海は思わず
「おまえの言う通りだよなッ」
なんて都合よく話を合わせていた。
「だから、おまえを迎えに行くってのは、いいキッカケなんだよ。おれもそろそろカラダに良くねぇかなって思ってはいたし。懐にも厳しいしさっ」
「でも、遅くに食事を用意するのも大変…」
「なあに。飯は簡単にちゃちゃっと済ますさ」
酒を飲まない人間はこんな時楽なものだ。


車がエレオノールの家の前に着いた。
「だから…おまえがいいなら、オレが迎えに行ってやるから…」
他の野郎の迎えは断われよ。
鳴海がギアをパーキングに入れて、身体をエレオノールの方に向けると、
「いいの?」
と、小首を傾げたエレオノールの髪が揺れた。
鳴海は、静かに、深呼吸をするかのように、息を呑む。


大きな瞳が艶々と、でもどこか憂いだように鳴海を見上げてくる。
何だか妙に、エレオノールがヤケに煌めいて見えて。
尤もいつも、この銀色は目に眩しいんだけども。
半ば開いた唇が柔らかそうで、凄く美味そうに見えて。


あれ?
エレオノールって、
こんなに可愛かったっけ?
いや、赤ん坊の時から可愛いってのは、よく、知ってるけど。
そうじゃなくて、何つーか…
こんなに…女の子、だったっけ…?


どきり、と鳴海の心臓が分厚い胸板の向こうで派手な音を立てた。
瞬間、忙しなく巡り出す血流。
肺の中の空気がせぐり上げるように膨らんで、ただ呼吸するだけのことを難しくさせる。
己の反応がまるで理解不能だったけれど、鳴海は
「おう!任せとけ!」
と笑って誤魔化した。



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