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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(4)


彼これ6年前、鳴海はエレオノールに「絶対にお嫁さんになんかなってあげない」と宣言された。
生まれてこの方、鳴海大好きっ子だったエレオノールに「大嫌い!」と大声で言われた時は流石にちょっとドキリとしたが、あの時は本気でそれでも構わないと思ったから、特段、ダメージを受けはしなかった。
「エレオノールに婚約解消を言い渡されたぜー」なんてネタにするくらいの余裕もあったし、何にせよ、エレオノールが鳴海大好きっ子である以外の道を歩むなんて選択肢はないと思っていたから、数日後には「やっぱりお嫁さんになるー」って言うだろうって気楽に考えていた。


けれど、その一件以来、エレオノールとの間には視えない壁のような物が出現し、彼女が窓伝いに遊びに来ることはぱったりなくなって、かつてのように無邪気な笑みを見せることも少なくなってしまった。
あんなにも「ナルミ!ナルミ!」と懐いてくれたのに。
「大嫌い」
というエレオノールの叫びが本心から出たものだったかもしれない、と思い至ったのは、その直後のバレンタイン。
毎年、エレオノールはスーパーで売ってるようなものだったけれど、必ずチョコをくれていた。
スズメの涙のお小遣いをためて、父親とギイと鳴海の3人に心尽くしを贈ってくれた。
そんな中、鳴海には「特別ね」と言って、皆がひとつしかもらえないところ、ふたつくれたりしてたのに。
その年から、ぴたり、と鳴海に"だけ"チョコをくれなくなった。
エレオノールは義理チョコすら鳴海にくれなくなったのだ。
流石に、ショックだった。それが数年続いている。
きっと、次ももらえないんだろう。


その時になって初めて、エレオノールが幼心にどんなに自分を好きでいてくれていたのかを知った。
手の平の返しっぷりが如何にもガキっぽいというか、ちょっと執念深さを感じるというか、そんな気がしないでもないが。
まあ、執念深い気がするのは、それだけ怒っている、と言い換えられるのだけども。
それだけ、本当に慕ってくれていた証なのかもしれないけども。


6年前のエレオノールは、ガリガリの痩せっぽちで、真っ赤なランドセルにキルティングのスクールバッグといった、ステレオタイプの小学生女子だった。
確かにとても大人びて、非常に綺麗な顔をした少女ではあったけれど、セックスアピールを感じることなんて出来なかった。
女とセックスすることばかりを考えていた時期だった大学生の自分が、あの頃のエレオノールを興味対象外にしていたのは詮無いことじゃなかったか?、と鳴海は声を大にして言いたい。
ハタチまでに『脱まほうつかい』を目指して腐心していた男が、その対象をJSにロックオン、ってことの方がどう考えても健全じゃないだろう?
だから、あの時点での、エレオノールへの反応は間違っているとは今でも思わない。
ただ返答の仕方は如何様にも出来たのではないか?と思う。
何も9歳の少女に自分を正当化するための申し開きを言わなくても良かった。
もう少しマイルドに、年上なんだからエレオノールを否定するのではなく、ただ「ごめんな」と言うだけで良かったのに。
胸がデカい云々も蛇足だった。絶対に。


あれから6年。
アンジェリーナを参照すれば、母親にそっくりなエレオノールがあの高みに上り詰めることは自明の理だったのに、目先の女と刹那的にセックスすることしか頭になかった鳴海は、エレオノールもいつの日か自分と同じ年になるということを、忘れていた。
子どもだって、いつか大人になる。
小さい時は問答無用の開きがあるように思えた年の差なんてものは、お互いが大人になれば無きに等しいものとなる。
そして、その6年の間に、まさかエレオノールが、幼さ全開だったエレオノールが、自分の好みドストライクに成長するなんて、鳴海は思いもしなかった。


そこで、ようやく気がついた。
自分が仕出かした、取り返しのつかない失態に。
エレオノールに惚れている自分に気がついた時、鳴海は時既に、彼女にすっかり恋愛対象外に弾かれていることにも気がついた。
エレオノールに「お嫁さんにならない」宣言を受けて、6年。
まさか、それに「構わねェよ、別に」と答えた自分を呪う日がやって来ようとは夢にも思わなかった。




**********




鳴海の中で『小さなお隣さん』が『気になる女の子』に変化したのはちょうど一年前の今くらいの頃だった。
きっかけなんて些細なもので、ほんの日常を切り取ったものに過ぎない。
もしもあの日のあの時間に、あの仕事のせいで帰宅時間が遅れ、あの道を選んでいなかったら、それらの要素が何か一つでもズレていたら、今でもエレオノールは『小さなお隣さん』のままだったかもしれない。
とはいえ、偶然が重なって、のようにも思えるが必然ではないとも言い切れず、遅かれ早かれエレオノールに惚れたような気がしないでもない。


あの日。
ちょっとしたトラブルシューティングのために社用車で遠出した日。


渋滞にハマったり何なりで、結局帰宅時間が10時過ぎになってしまった鳴海は、早くメシ食って風呂入りてぇなんて思いながら、とある駅前の交差点で信号待ちをしていた。
すると、目の前の横断歩道を渡る人波の中に見知った顔を見つけた。
寒そうに、手袋をはめた両手を口元に当てて歩く、エレオノール。
「何でアイツ、こんな遅い時間にこんな場所にいるんだ?」と、「アイツ夜遊びを覚えたか?」と一瞬思いもしたが、真面目なエレオノールに限ってそれはないだろうと直ぐに結論づく。
ああそう言えば、ここってエレオノールが通っている塾のある駅だったか?
と、首を巡らして駅舎が掲げる駅名に目を遣って、そうだそうだ、と頷いた。


「来年は高校受験だもんなァ…進学校に進もうって奴ァ、こんな遅くまでベンキョーすんのか」
大変だなァ、ご苦労さん、
と、遅くまで頑張っているエレオノールを乗せて帰ってやろうと思い、鳴海はクラクションを鳴らそうと手を持ち上げた。
が、その手は虚空にピタリと止まる。
エレオノールの帰路に連れがいることに気がついたのだ。
エレオノールとその連れは談笑しながら鳴海の前を横切って行く。
対向車のヘッドライトの逆光に浮かび上がるシルエットは、どう見てもガタイ良さげな野郎のそれ。
無意識に、鳴海の眉根が寄った。


「アイツ……エレオノールと同じ塾に通ってるヤツか…?」
鳴海は首を伸ばし、駅舎の中に吸い込まれて行くエレオノールと野郎の後ろ姿を見えなくなるまで睨んだ。
おかげで、青信号になったのに気付かなかった鳴海は後続車にクラクションを鳴らされ、舌打ちをしながら苛々とアクセルを踏み込み、車を急発進させた。
師走の道を縫うように車を走らせながら、先程のふたりを思い出して知らぬ間に尖る鳴海の唇。
折しも、クリスマス直前の街並みはクリスマスイルミネーションでキラキラと輝いて、エレオノールの銀色は乱反射を起こし人目を惹きまくっていた。
並んで歩くにこやかなふたりは、もしかしたら何も知らないギャラリーが見れば、幸せそうなカップルに見えなくもない。
あらあらお似合いねー、なんて囁かれていたかもしれない。
なんて思ったら、無性にムカっ腹が立った。理由は、分からなかったけども。


「チクショウ…あの野郎…エレオノールに付き纏いやがって…」
誰の断りを得てんだよッ!
ブツクサと文句を呟きながら、些か乱暴な運転でハンドルを切る。
鳴海の社用車はいつしか自宅に向かう最短ルートから逸れ、先程エレオノールを見かけた駅よりもはるかに小規模の、駅の出口に着いた。
鳴海は車を路肩に停め、ライトを落としてハザードを出す。
そして、電車が着く度に出口から吐き出されてくる人間を、悪い目付きでじっと検めた。
結構なスピードでここまで走らせたので、各停で3駅分のエレオノールの先回りは出来た筈。
あの後ふたりで茶ァとかしてなきゃな、と考えて、鳴海の胸中はまた原因不明のムカムカで塞がれた。


「ち。何でこんなに気分が悪ィんだかな」
イライラを爪を噛むことで紛らわせていると、お待ちかねのエレオノールが現れて、やっぱりその隣に野郎もいて、鳴海は眉間に思いっきり皺を寄せた。
出口を出たふたりは同じ方向、エレオノールの家がある方向に肩を並べて歩き出す。
明らかに三角になる鳴海の目。
「気、に入らねぇなァ…あのガキゃァ…」
鳴海はすかさず車を発進させ、後ろからハイライトで威嚇、クラクションを2,3度鳴らす。
すると、エレオノールが眩しそうな顔を向けた。
ライトをローに切り替え、立ち止まるふたりの横に車をつける。
エレオノールはすぐに、その車に知っている顔が乗っていることに気がつき、
「ナルミ!」
と、ホッとしたような笑顔を見せた。


よしよし。
こういう表情は昔と変わらないエレオノールでとても可愛くてよろしい。
「寒かったろ?」
窓から身体を乗り出して大きな手の平で頬を包んでやると、エレオノールは温かさに目を細めた。
さりげないスキンシップで親密度の深さをアピールし、気安くコイツに近寄ンじゃねぇよと、野郎をジロリと睨めつける。
この際、十も年上の社会人が大人気ない、とか言って欲しくない。
もう、そういう問題じゃない。
気に入らないものは気に入らないのだ。
エレオノールの向こうの野郎もまた「お邪魔虫はどっちだよ」といった目で鳴海を睨み上げ、これまたさっきの誰かと同じような皺を眉間に刻んでいるのだった。



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