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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(3)


鳴海のお嫁さんになる


そう言ったリアルタイムはもう遠過ぎて、流石にエレオノールの記憶の中にはない。
けれど、言った事実は周囲の人間によって何度も話題にされたし、昔の鳴海自身が「エレオノールはオレの嫁さんになるんだもんなー」なんて言ってくれていたから、小学生になった頃のエレオノールはすっかり、将来は鳴海と結婚する頭でいた。
何より鳴海のことは大好きだったから、上記の理由も手伝って、鳴海もまた自分を好きでいてくれているものだと、そしてその気持ちは永遠に続くものだと、幼いエレオノールは信じて疑わなかった。


だから、小3の2月、いつものように鳴海の部屋に遊びに行った休日の昼下がり、鳴海がどこかの誰かとベッドの上でキスしている場面に出くわした時、エレオノールの夢は一気に壊れた。
ブラウスから剥き出しにされたおっぱいに鳴海の手が掛かっていて、鳴海も上半身裸で、こんな光景をどこかで見たことあるかも、なんてエレオノールは考えて、それが、たまにテレビドラマで流れるワンシーンに似ている、と思い当たった。
テレビがそんなシーンになると、両親がさっとリモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えてしまう。
「何で?」と訊ねると、「子供の見る物じゃない」って返事がお決まりで。
何だかよく分からないけれど、それはきっと「いやらしいことなのね」、ということはエレオノールも漠然と理解していた。
そして何となく、大人が好きなヒトとする行為である、なんてことも朧に感じたりしていた。


そして、目の前で鳴海が、おそらく好きな相手と行ういやらしい何かに没頭している現状。
エレオノールは大いなる衝撃を受けた。
カチリ、と黙って固まってしまったエレオノールに気がついた鳴海が
「ちょっと、今は入ってくんな」
とか何とか。
可愛らしい闖入者に気がついた、ベッドの上の女が、どこか勝ち誇ったように笑った。
声もなく、自分の部屋に戻るエレオノールの後ろで窓がきっちり閉められ、引かれたカーテンに遮られて中の様子は分からなくなった。
閉ざされた部屋から笑い声が聞こえて、エレオノールは、リビングに駆け下りた。


後日
「ナルミ、私をお嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?」
と言ったら、鳴海には特に悪びれた風もなく
「そんなの、子どもの時の、単なる口約束じゃねぇの」
と言われた。


その時のエレオノールがどれだけ傷ついたか、鳴海は知らない。
「凄い意地悪そうな女のヒトだった。ナルミは、ああいうヒトが好きなの?」
エレオノールがワザと悪く言っても
「まあキツい女には違いねぇ」
鳴海はワハハと明るく笑い飛ばす。
「とりあえず、おっぱいがデカけりゃァそれでいいな」
エレオノールは自分の胸を撫で下ろす。手の平にはつるぺたんな感触。


「お嫁さんになる、ってエレオノールは言うけどさ。オレは大学生なわけで年の差ってのがなァ…。順番として健全男子に必要なのは、嫁の前に彼女だし」
「わ、私がナルミの彼女になるもん」
「無理無理。エレオノールはまだ小学生だろ?オレの相手は出来ねぇって。彼女にゃなれやしねぇよ」
エレオノールがデカくなるの待ってたら、オレ枯れちまうぜ、
と言う鳴海の言葉の意味はエレオノールには分からなかったけれど、鳴海に相手にされていないことだけは分かった。
悔しくて、大きな瞳に涙が盛り上がる。
無垢な恋心を笑われて、好きな相手には見られないと言われて、エレオノールは物凄く悲しくて、鳴海を赦せないと思った。


「ナルミなんか大嫌い!」
涙を堪えてエレオノールは叫んだ。
「大きくなって、私が凄い綺麗になって、ナルミが私をお嫁さんにしたくなっても、絶対にお嫁さんになんかなってあげないんだから!」
それこそ(エレオノールが)生まれてから初めてエレオノールに「大嫌い」と言われて、鳴海は少し動揺した顔色を見せたけれど
「構わねぇよ、別に」
と笑った。


「後悔しても知らないわよ?」
「おうおう。是非させてもらいてぇなァ」
楽しみにしてるぜ、なんて言われて。
「土下座したって駄目なんだがら!」
「こんなチビの痩せっぽちに何言われてもなァ」
こんなに懸命な訴えも軽く往なされて。
大嫌い、と叫びながらも鳴海をちっとも嫌いになれない自分に絶望した。
大好きで、大好きで。


そのしばらく後の下校時刻、自宅近くで彼女連れの鳴海とエレオノールは鉢合わせしたけれど、知らん顔をした。
赤いランドセルを背負った自分が、とても嫌だったから。
鳴海は、エレオノールが初めて見る顔の女のヒトを連れていた。
鳴海の部屋で遭遇した彼女はきっと鳴海にふられたのだろう。
小学生相手にあんな勝ち誇った顔をしていたのに。
意地悪そうなヒトだったけれど、きっと鳴海のことを大好きだったと思うから、失恋仲間同士、エレオノールはふられた彼女に親近感を覚えたのだった。


というわけで、鳴海はエレオノールの初恋の相手で、初めての失恋の相手なのだった。
泣くほどの経験を9歳で済ましてしまうとは、我ながらマセていると思うけれど、それくらいエレオノールは鳴海のことが昔から好きだったし、今でも変わらずに好きだった。
けれど、好きな気持ちの大きさと同じくらい鳴海のことを赦せなくて、年を重ねる毎に、鳴海の言動の馬鹿さ加減が理解出来て、絶対にいい女になって後悔させてやろうと決心した。


とりあえず、鳴海を見返してやるために必死になって勉強して、県下一の私立高校に入学を果たした。
おっぱいのデカさに関しては、母・アンジェリーナが巨乳だったので、面差しが母親にそっくりと言われるエレオノールもまた、同じくらいのサイズになる可能性が高かったから、第二次性徴が始まる日を心待ちにしていた。
でも、どこからかの隔世遺伝で貧乳になる可能性もゼロじゃなかったから、バストアップに繋がると聞き知ったことは全て実践した。
おっぱいが大きくなると聞いた食材は毎日食卓に並べてくれるよう、アンジェリーナに頼んだ。
日々、乳を育てる手立てばかりに腐心していた自分は救いようのない馬鹿だと、エレオノールは思う。
けれどそれは全て、女の執念、ってヤツなのだ。
そのお陰か今や、肩凝りに悩まされる程の、学校でも誰にも負けない大きな胸に育ってくれた。
記憶にある、鳴海の前で胸を放り出してした彼女のよりは、絶対に大きいという自信もある。


とはいえ鳴海から、自分の胸の大きさに関するコメントをもらったことがないので、彼的に及第点をもらえているのかが分からない。
過ぎたるは及ばざるが如し、もしかしたら大き過ぎるのもダメなのかもしれない。
丁度いい大きさ、ってものがあるのだとしたら手遅れかもしれない、エレオノールのおっぱいはまだ成長の一途を辿っている。
尤も、どんなにエレオノールが乳を膨らませても、鳴海にとっていつまでも子どもにしか見れないのであれば、意味はない。
どんなに高レベルの学校に受かっても、どんなにナイスバディになっても、鳴海に映る自分が『小さいまんまのエレオノールちゃん』ならば、鳴海を見返すことなんて出来ない。


鳴海は今も昔もちっとも変らなくて、いつもふざけてて、冗談ばっかり言っている。
エレオノールを一人前の、自分と釣り合う相手として全然接してくれなくて、それが彼女をイライラさせる。
自分を見る目が変わらない、笑顔が変わらない、鳴海との距離がちっとも縮まらない。
どんなにエレオノールが背を伸ばしても、長身女子になっても、鳴海の身長には到底追いつけない。
古い日本家屋の自分ちで年中、鴨居に額をぶつけてる男とは勝負にもならない。


絶対にお嫁さんになんかなってあげない、なんて言わなければ良かったと、エレオノールは後悔していた。
言わなければ、『お嫁さんになる』という他愛のない口約束は今も有効だったのに。
鳴海がその口で言ったように、彼自身はエレオノールが『婚約者』でなくても少しも「構わない」のだけれど、エレオノールにとっては大事な言質だったのだ。
鳴海からしたら、自分は永遠に『可愛い妹』で『仲のいいお隣さん』でしかないのかもしれない。
どんなに、どんなにエレオノールが恋い慕っても。
自分からの告白は鳴海にしてみたらノーサンキューだろうけれど、それでもやっぱり、お嫁さんにして欲しいくらいに好きなのだと、気付いて欲しかった。
自分が不器用なのは知ってる、女子力というものが根本的に足りない。
同じ糸を繰るものなのにマリオネットと違って上手に形にならない。
マフラーを一生懸命作っても下手っぴな物しか出来ないことも、自分の想いごと「要らない」と言われるに違いないことも。


そんな不安を抱えながら、仕上がったら告白しようと心に決めて、頑張って作ってるマフラーなのに。
それを、


雑巾、


だとか?
メッタメタ、とか?
人間が身につける物には到底思えないとか?


かてて加えて
「おまえ、好きなヤツいんの?」
なんて声が震えるくらいに、好奇心丸出しで訊いて来て!
「本ッ当にナルミってデリカシーがないんだから!」
「だ…だってよ、オレ、マジで気になるから」
「気になる、って何よ、それ?私、デリカシーないヒトって嫌い」


ほら。また。
嫌いじゃないのに嫌いって私に言わせるようなことばかり、鳴海はする。
分かっているなら自分が言わなければいいだけなのに。
エレオノールは自己嫌悪に陥る。
いつもいつも、鳴海とはいつもコレの繰り返し。
10歳も年上の鳴海と比較して自分が子供っぽいから、我儘だから、甘えん坊だから。
遣り切れなくて、惨めなマフラーのぶら下がる編み棒にエレオノールは目を落とした。
銀色の頭がしょんぼりと項垂れる上で、可愛げのない自分の物言いに、鳴海が溜め息をついたのが分かった。



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