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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(2)


昔から鳴海は手先が器用だった。
性格的に細かい作業は性に合わないと言いながらも最終的に、小手先技ですら運動神経で捻じ伏せてしまう男だった。
10歳も上のお兄ちゃんで頼れたということを差し引いても小学校時代、どれだけ図工の課題や夏休みの工作を手伝ってもらったか。
何より努力の人だから鳴海がやろうと思えば、ちょっと手の込んだ模様編みのマフラーだって短期間で綺麗に編めるに違いない。
でも、そうしたら、ここ数ヶ月間の苦労とか、女子としての立場とか何とか、色々と本末転倒ではなかろうか?


「練習か?とりあえず自分のマフラー編んでみてんのか?」
それなら分かるゼ!、と勝手に納得している鳴海に、エレオノールはつっけんどんに言う。
「違うわ。プレゼント用に編んでるの!」
エレオノールが格闘している毛糸は極太で、明るい青味を帯びた濃いグレー。
一応「自分の?」と訊いてはみたものの、毛糸の色味的にエレオノールが自分のために編んでいる物ではないな、と実は鳴海も分かっていた。
エレオノールには、ボリュームのある太い糸ではなく、ふわっとした細くて軽い糸の、綺麗で淡い薄紫やピンクなんて似合うのではなかろうか?、と鳴海は内心思う。


だから、それがプレゼントで、あくまでマフラーだとエレオノールが言い張るのであれば、男物、そして洗いざらした手拭いにも見えるそれを受け取ってくれそうな人物と言えば、もう身内しかいない。
「オヤジさん宛て?」
間髪入れずに断言する鳴海に、エレオノールは「違う」を繰り返す。
「じゃあ、ギイ?」
「違うってば」
「じゃあ、あるるかんにか?」
鳴海はエレオノールの部屋の床半面を占拠する、彼女のお気に入りのマリオネットに指を差した。
「もう!人を馬鹿にして!」
エレオノールの堪忍袋がブチリと切れた。
「ナルミには関係ないでしょ?放っておいてよ!私は、私の、好きなヒトにあげるんだから!」
膨れっ面で言い放たれたエレオノールの言葉に、鳴海は一瞬絶句して、黒い瞳を丸くした。







エレオノールのことは赤ん坊の頃から知ってる。
鳴海が小学校中学年辺りで、気がつくとお隣に赤ん坊がいて、それがまあ、四六時中ピーピー泣いて五月蠅かったのを記憶している。
近所の犬猫と遊ぶのと変わらない感覚で、鳴海は頻繁に隣家の赤ん坊に会いに行った。
まるっと太った赤ん坊は行けばいつも泣いていて、アンジェリーナが困ったようにあやしていた。
「また泣いてんの?」
「気難し屋さんなの」
「ふうん」
いつも泣いてる赤ん坊、エレオノール。
けれど鳴海が覗きこむと、エレオノールはでっかい目で見返して不思議と、泣き声をフェイドアウトさせるのだった。


「ナルミが来てくれると助かるわ」
美人のアンジェリーナにホッとした声で褒められると物凄く嬉しかった。
一年ほど前に拳法を習い始めて多少はマシにはなったとはいえ、今だトロ臭くて褒められるなんてことに縁遠かったのだ。
鳴海があやすとエレオノールは声を上げて笑った、それも鳴海は嬉しかった。
人見知りの酷いエレオノールは父親の正二の顔を見ただけで火がついたように大泣きしたし(正二の落胆ぶりは今でも語り草だ)、いつも一緒の兄のギイよりも遊びに訪れる鳴海の方が懐かれた(それに関してギイは今も恨み骨髄らしい)。
「エレオノールはナルミが好きなのね」
って言われると、何だかエレオノールが本当に自分の妹みたいで一気に可愛くなった。


エレオノールの世話は自分の役目だと使命感に燃えた鳴海少年は足繁く隣家に通い、ベビーシッターを請け負った。
その度にアンジェリーナが用意してくれるお菓子に魅力があったのも事実だが、エレオノールと遊ぶのもとても楽しかったから、鳴海は進んで時間を割いた。
エレオノールにミルクをあげるのなんか日常茶飯事だったし、オムツを換えたことだってある。
負んぶして寝かしつけることだって鳴海は得意だったし、実の家族にも出来ないくらい上手にエレオノールをあやしつける特技を身に付けたことはちょっとした自慢だった。
エレオノールが幼稚園の間までは、ちょくちょく、ギイと三人でお風呂に入って洗ってあげた。
現在の鳴海の子ども好きはこの時代に培われたものなのかもしれない。


鳴海が手塩にかけたエレオノールが非常に可愛らしく育ち、幼稚園のメンクイ男子から絶大の人気を誇り出した頃、鳴海はエレオノールからこんなことを言われた。
「えれは なるみのおよめさんになりたい。なるみが だいすきだから」
それを、天使のような笑顔で言われたら。
鳴海は既に中学生だったがエレオノールの頭をかいぐり撫でながら
「いいよ」
と無邪気に返事した。
いいよ、って大好きな鳴海に言ってもらえたエレオノールはそれはそれは嬉しそうに抱きついてきたものだったのに。
時の流れは無情な物で。







何だよ、それ、好きなヒトってのはよ?


「す、好き…、って?な、何、おまえ、好きなヤツ、いいいンの…?」
些かドモリながら鳴海は訊ねた。
とある事情により、エレオノールの好きな相手の候補に自分の名前が挙がらないことが確定事項と知っている鳴海は、ずうんと鉛を呑んだような胃袋を持て余した。
仏頂面のエレオノールは長い睫毛を伏せたまま、やたら綺麗な編み目の段と、その下の段の出来の違いに唇を噛んでいるので、鳴海は口元が引き攣った笑みを浮かべていることに気付かれないで済んではいるが。
奇妙に力んだデカい手が、淡い色のカーペットをガリリと掻いた。


「いるわよ。好きなヒトくらい」
「だ、誰?オレが知ってるヤツ?」
「誰だっていいじゃない」
「そ、そりゃァ、誰だっていいけどさ。どんな男かくらい…」
「好奇心で訊いてこないで。ナルミに関係ないでしょ」


関係ない、と言い切られて鳴海は口を噤んだ。
エレオノールは何を怒っているのか、冷たい目でジロリと睨んでくる。
雑巾呼ばわりしたことも、エレオノールよりも上手に編んだことも全く悪気のなかった鳴海は、彼女の不機嫌の原因が分からない。
何をやっても笑って喜んでくれた昔と違い、最近の、年頃のエレオノールは扱いが難しくて敵わない。
おまけに賢い娘はボキャブラリが豊富で、鳴海はとてもじゃないが舌戦では最初から勝ち目がないのだ。


誰にその下手ッくそなマフラーを贈るのか知らないが。
クリスマスに完成が間に合わなかったのは不幸中の幸いだ。
だが、一月半後にはバレンタインなる、女子が盛大に告白しまくるイベントを控えている。
今現在のエレオノールの彼氏いない歴が年齢と一緒であることを、鳴海は確認済みだが今後は分からない。
エレオノールがくれる物なら、毛糸で作ったウミウシ的何かだって喜んで受け取る馬鹿野郎はこの世に幾らでもいるだろう。
例えば、ご近所の仲町兄弟とか、三牛んトコの小セガレとか。


おそらく、エレオノールはプレゼントとともに告白でもぶちかます心づもりに違いない。
そして鳴海は当然の如く、エレオノールの告白をクラッシュする心づもりなのだった。



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