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Fairy Tale
snow white and rose red.
昔々、ある国のある町、森に囲まれたその町の外れにエレオノールとリーゼという名前の姉妹が住んでいました。
エレオノールは銀色の髪と銀色の瞳をもった大変美しい娘、リーゼは黒髪と黒い瞳のとても可愛らしい娘で町でも評判の姉妹でした。
早くに両親を失った可憐な姉妹は近隣の男たちの格好の標的でしたが、エレオノールは巧みなマリオネットの操り手で『あるるかん』と名付けられた大きなマリオネットを行使しますし、リーゼは『ドラム』という名前の鬣も立派なライオンを飼っていてドラムはリーゼの言うことは何でも聞きます。
そんなわけで、ふたりは恙無く、縫い物を生業にとても平和に暮らしておりました。
ある年の寒い寒い雪の降りしきる冬の夜、赤々と燃える暖炉の前でふたりがいつものように縫い物をしていると、誰かが家の扉を叩きました。
「誰でショウ、お姉さま?」
「本当に誰でしょう?こんな遅い時間に。この雪に難儀している旅人かもしれないですね」
「Drum, come here」
暖炉の前に寝そべっていたライオンが戸口の前にやってきました。エレオノールの指には銀色にきらめく細い糸。
「どちら様ですか?」
エレオノールが扉を開けると家の中に吹雪が舞い込みました。
見ると家の前には大きな大きな真っ黒い熊。のっそりと、眼光も鋭くふたりの前に立っていました。
か弱いふたりは目を見開きました。
「うわああっ!!!」
悲鳴を上げたのは熊の方でした。『あるるかん』が武器を突きつけ、ドラムが牙を鳴らします。
「何用だ?私たちはおまえの餌にはならない。大人しく森に帰るがいい」
エレオノールが冷ややかに熊に命じました。
「ち、違っ!おまえたちを食いに来たんじゃねぇよ!」
熊は慌てて言いました。
「口が利ける熊とは珍しい」
「ホントに。キグルミじゃナイんですカ?」
「おまえら、少しは驚けよ」
「ならば、何のようだ」
「今晩だけでいいんだ。火にあたらせてくれ。今夜は吹雪がひどく寒くてこのままでは凍えちまう」
確かにブルブルと震える熊の身体は雪で覆われて、ところどころは氷柱になって見るからに寒そうです。
こうして扉を少し開けているだけでも部屋の温度が急激に下がったのが分かります。
「困っている人は助けてあげなさい、というのが亡き両親の教えだ」
「これは熊デスけど」
「変なことはしないと誓うか?」
「誓うし、どう考えても束になったおまえらの方が強ぇだろが」
「入るがいい」
ふたりは熊の身体の雪を払い、氷柱を落として中に招き入れると、濡れた毛を拭いてやりました。
熊は暖炉の前に近づくと冷えた全身を温め、濡れた毛を乾かしました。
「あー……あったけー……マジ寒くてさ、さすがに凍死するかと思ったぜ」
「本物の熊なのだな。人間の言葉を話しているが」
「どうして話せるのデスカ?」
「どうしてって……そいつは……さあね、よく分かんね」
熊は気持ち良さそうに身を横たえて、目を閉じました。エレオノールはリーゼに言いました。
「悪さをする気はないようだが一応、今夜は私が見張っている。リーゼは休むといい」
「お姉さまが起きテいるなら私も…」
「リーゼは昨日、服を仕立てるのに徹夜をしたのだろう?大丈夫、心配には及ばない」
「そう?なら…ドラムをここに置いてイキマスから…」
そう言って、リーゼは寝室へ引っ込みました。エレオノールは暖炉の近くの椅子に腰掛けました。
「おまえが夜通しオレを見張るのか?そんなことしなくても何にもしやしねぇのに」
「そうなのかもしれないが、いきなりおまえを信用しろというのも乱暴な話だ」
「ま、そりゃそうだ。オレは…熊だしな」
「危害を加えるような素振りを見せたらその時は容赦しない。熊鍋にしてやる」
「きれーな顔して言うことが物騒だなあ、おまえは」
脅されたというのに熊が大きな声ではははと笑ったので、エレオノールは驚いて、拍子抜けしてしまいました。
それから、エレオノールと熊はいろいろと話をしました。相手のことを訊ねたり、自分のことを話したり。
エレオノールがこんなに話をするのは、実は珍しいことでした。彼女はあまり人と付き合うことが得意ではないのです。
相手が『熊』だから気楽に話せるのだろうかとエレオノールは考えました。
いつの間にかエレオノールは椅子から、熊の傍の暖炉の前で話をしていました。
時々、すっかり乾いた熊の毛皮を撫でながら。
熊はエレオノールに瞳を向けると、その姿を見て目を細めました。
「なんだ?」
「いや、おまえに撫でられるの、気持ちがいいなと思って」
「そうか…?」
エレオノールは淡く微笑むと、いつまでも熊を撫でてやりました。
夜が明けて吹雪が治まった頃には、エレオノールと熊はすっかり打ち解けていました。
その日から、熊は毎晩、暗くなるとエレオノールとリーゼの家を訪れるようになりました。
3人はとても楽しくおしゃべりをします。
リーゼの恋人のマサルの話などはリーゼがとても恥ずかしがるので熊はわざとからかったりして、温かな笑い声の輪が何度も何度も広がります。そして夜も更けると、リーゼはドラムを連れて寝室に静かに入ります。
エレオノールと熊の時間を作ってあげるために。
今ではふたりはとても仲良しでした。
エレオノールは熊の温かい毛皮に寄りかかって、やさしい時間を満喫します。
熊はエレオノールの愛撫に身を預けます。ふたりは無言で語らうこともしばしばでした。
「おまえには恋人はいないのか?」
ある時、熊が言いました。
「妹のリーゼには恋人がいるだろ?おまえも、そんなにきれいなんだから……いい人がいるんだろ?」
どうしてか、熊の瞳は真剣で、それでいてどこか辛そうです。エレオノールは言いました。
「いいや、いない」
「嘘だろ?そんなにきれいなのに」
「言い寄ってくる男の人は多いけれど……その誰にも興味がない。今まで誰にも、興味を持ったことがない」
「そ、そっか」
「どうしてそんなことを訊く?」
「い、いや別に。深い意味なんてねぇ…けど…」
熊はホッとしているようでした。
エレオノールは熊の毛皮をやさしく撫でました。彼女は自分がとても不思議でした。
これまでどんな男の人と話しても少しも楽しいと思ったことがないのに、熊といると心がとても安らいで、とても楽しいのです。
熊のやってくる時間がとても待ち遠しくて、こうして熊に寄り添っている時間が何よりも落ち着くのです。
エレオノールは熊が好きでした。もしかしたら、愛している、と言ってもいいのかもしれません。
もちろん『熊』が好きなのではありません。そんな性的な倒錯趣味はありません。
純粋に、この熊の『中身』が好きなのでした。エレオノールは素直に自分の気持ちを語ります。
「おまえが人間だったらいいのに。人間だったら、私は迷わずおまえの胸に飛び込む」
熊はとても嬉しそうに、そしてとても哀しそうに笑いました。
「オレが人間になったら、とんでもないブ男かもしれねぇぞ?ものすげー年寄りかもしんねぇし。
おまえが思いつく限りの恐ろしい風貌の持ち主かもしれない」
「それでもいい。おまえはおまえだろう?おまえの心は変わらない。やさしいあったかい心はそのままだ」
私はおまえが好きだ。
そう告白するエレオノールの瞳はキラキラと輝いて、どこまでも澄んでいます。熊はエレオノールの手を舐めました。
その生温かい濡れた感触にエレオノールの身体の奥底がピリピリと甘く痺れました。
「オレも……オレがもし人間だったら、間違いなくおまえを嫁さんにもらうよ」
「私が熊だったら、じゃないのか?」
「人間だったら、だ。おまえを熊にしたって何もおもしろくねぇよ。おまえはこのきれいなまんまがいい」
「そんなに褒めるな。恥ずかしいだろう?」
「おまえはきれいだよ。顔も身体も心も。オレもおまえが好きだ」
エレオノールは熊の身体に寄り添い、暖炉の中で楽しげにはぜる炎を見つめました。
本当に。どうしておまえは熊なのだろう?熊でなければ、人間だったら、どんなに素晴らしいだろう。
「おまえは……温かいな……この毛皮のせいなのか…?」
その後はエレオノールも熊も言葉を発することなく、ただただ暖炉のパチパチ歌う音に耳を傾けました。
春がやってきました。
日に日に暖かくなり、雪が融け、ところどころに黒い土が見えるようになった頃のある朝、熊が帰り際に言いました。
「もう、この家に来るのはこれでおしまいだ。毎晩、止めてくれてありがとな」
と言いました。エレオノールは顔色を失くしました。
「ど、どうして?!」
「森へ帰るんだ。森の奥の奥にオレの大切なものが埋まっている。
そして森には悪ぃヤツがいて、そいつは森の中に埋められている様々な宝物を穿り返しているんだ。
オレは自分の宝物を守らなくちゃならねぇ。雪が隠している間はいいが、春になったらあいつに見つかっちまう」
「そんな…!そんな急に…!だったらもっと早く教えてくれれば…」
「もっと早くに教えたら、もっと早くからおまえはそんな顔をするだろ?だから黙ってた」
おまえのそんな泣きそうな顔、見たくなかったから。
「また、雪が降ったら来るよ。それまで、さよならだ」
熊はエレオノールの頬に零れた涙をペロリと舐めると、一度も振り返らず森に姿を消しました。
それからというものエレオノールは塞ぎがちになりました。窓から森を見遣っては溜め息をつく姉の姿にリーゼも胸を痛めます。
ある日、ふたりは森へ野イチゴを摘みに出掛けました。その帰り道、木の根元をピョコピョコ跳ねる小さな生き物を見つけました。
それは身体よりも長いヒゲを生やしたフェイスレスと呼ばれる小人でした。
木の根に長い長い自慢のヒゲを挟んでしまい身動きがとれないようです。
ふたりは何とか助けてあげようとしましたが、どうしてもヒゲがとれません。
エレオノールはエプロンから鋏を取り出すとヒゲをジョキンと切りました。
「お姉さま……もっと根元の方で切っテあげればよかっタのに……」
リーゼが言うのも当然で、エレオノールは木の根元とフェイスレスの真ん中あたりで思い切り良く切ったのでした。
「ああっ!僕の大事なヒゲを!何てことしてくれたんだ!」
フェイスレスは思いつく限りの悪態をつくと、「覚えてろ!」と捨て台詞を残し、足元に置いてあった金貨の詰まった大きな袋を背中に担いでどこやらへと消えました。
「せっかく助けてあげたと言うのに、そこまで言うことないだろうに」
「それは、そうだケド」
どうでもいい相手には繊細さの欠片も見せない我が姉にリーゼは苦笑いをしました。
それからしばらく経ったある日、ふたりが川沿いを歩いているとまたフェイスレスに合いました。
釣りをしていたフェイスレスは大物を釣り上げたのですが釣り糸が長いヒゲに絡まってしまい、またしても身動きがとれません。自分の身体よりも大きな魚に引っ張られて今にも川に引きずり込まれそうです。フェイスレスは「助けて!」と叫んでいます。
エレオノールは咄嗟に鋏でフェイスレスのヒゲを切りました。今度も大胆にヒゲの真ん中あたりでばっさりと。
フェイスレスのヒゲはかなり短くなりました。
フェイスレスは怒って怒って、エレオノールに捨て台詞を残し、銀貨のいっぱい詰まった袋を担いでどこやらへと消えました。
「助けて、と言うから助けたというのに。恩知らずなヤツだな」
エレオノールは呆れ顔で言いました。
それからまたしばらく経ったある日、エレオノールはひとりで森の奥に住むお客さんのもとに頼まれていた品物を届けに行きました。
その帰り道、もう少しで町に着くというところでエレオノールはまたしても、岩の割れ目にヒゲを引っ掛けて身動きのできなくなったフェイスレスに出会いました。
彼の周りには袋から零れた宝石がバラリと散らばって夕陽をうけて星のようにキラキラと輝いています。
どうせまた悪態をつくだろうが。そう思いながらエレオノールは鋏でフェイスレスのヒゲを切りました。
身体よりも長かったフェイスレスのヒゲは顎の下にピンと立つくらいにか残っていませんでした。
「よくも僕のヒゲをこんなに短くしてくれたな!」
フェイスレスはエレオノールに詰め寄りました。詰め寄りながら、彼の身体はどんどん大きくなり、普通の大人の男と同じになりました。
「きれいなお嬢さん、その身体にお礼をくれてやろう。身体の大事なものを奪われる悔しさをたっぷりと教えてやるよん」
怒りに燃えるフェイスレスの瞳に肉欲が滾りました。
『あるるかん』の入ったスーツケースはフェイスレスを助けるために手の届かない位置に置きっぱなしになっています。
じりじりと後ずさるエレオノールの背中に木がぶつかりました。退路を絶たれたエレオノールが、自分に伸びてくるフェイスレスの腕に身をすくめた時、彼の背後に大きな影が忍び寄っているのに気がつきました。
真っ黒い大きな熊です。
熊は鋭い鉤爪のついた腕でフェイスレスを一撃すると、地面に倒れた彼の頭を思い切り踏みつけました。
フェイスレスはそのまま熔けるようにして消えてしまいました。エレオノールは呆然と熊を見つめました。
「よう、久し振り、エレオノール。危ないところだったな」
「お、おまえ…」
それはエレオノールがずっと再会したいと切望していた、あの熊でした。
エレオノールは夢中で熊に駆け寄ってその首にしがみ付きました。
「あ…会いたかった…!会えなくて淋しくて……死んでしまうかと思った……」
「オレも、だ」
熊がやさしく答えました。
エレオノールが熊の首に回す腕にぎゅっと力をこめた時でした。熊の毛皮がずるりと剥けました。
エレオノールがびっくりして腕を放すともぞもぞと熊の毛皮の中からひとりの男が顔を出しました。
ボロボロに擦り切れた服をまとい、長い髪を垂らした黒い瞳の大男です。
男は夢を見ているかのような顔で自分の両手をしばらくじっと見つめていましたが、顔を上げてエレオノールと目を合わせるとにっこりと笑って彼女の名前を呼びました。
その声は熊と同じ声でした。
「あなたは…」
「さっきまでは熊だった。だけど、呪いが解けてやっと自分の名前を言える。オレの名前はナルミだ」
「ナルミ…」
「ようやく人間に戻れた。一年前、あのフェイスレスってヤツがオレんちの家宝を盗んだんでオレはあいつを追いかけた。
追いかけて追い詰めて家宝を取り返したまでは良かったんだが、すんでのところでオレはあいつに呪いをかけられて熊にされたんだ。あいつを殺さないと呪いは解けない。でもあいつは用心深くなって姿を現さなくなった。
それが今日、ちょっとオレが目を離した隙に隠しておいた家宝をまた盗まれてさ、匂いを辿って追いかけてきたんだが
あいつがおまえに気をとられてたおかげでやっつけることができた。ありがとう。でも、怖かったろ…」
ナルミはエレオノールを見下ろしました。エレオノールは黙ってナルミの顔をしげしげと見つめています。
鳴海はしばらくの沈黙の後、口を開きました。
「…オレの姿はおまえの目から見てどうだ?…この姿でも、おまえはオレを好きだと言ってくれるか…?」
エレオノールを見つめるナルミの瞳は真剣で、どこか辛そうで、それはいつか見た瞳。
人間に戻ったナルミは少しやつれていて顔中を土や泥で汚してましたが、精悍さの漂う男らしい顔つきをしています。
何よりもその黒い瞳がやさしい光を湛えているのでした。
エレオノールは微笑みました。そして、彼女がこくんと頷くと、ナルミの表情はぱあっと輝きました。
「ようやく、おまえに言える。おまえに求愛できる。オレと一緒になってくれないか?」
ナルミはエレオノールを抱き締めました。エレオノールはナルミの腕の中で「はい」と答えました。
「おまえにくちづけたいけれど、止めとく。今は汚れているから」
ナルミはエレオノールに回した腕をほどくと、散らばる宝石の中からひとつの石を取り上げました。
それはニワトリの卵ほどの大きさのある見事なルビーでした。
「これはうちの家宝だ。オレはこれさえ取り戻せればそれでいい」
ナルミは残りの宝石をすべて拾い袋につめるとそれをエレオノールに手渡しました。
「これはおまえのだ。持って帰るといい」
「そんな。こんなに……それにこれは私のじゃない。あなたのものでしょう?」
エレオノールは突き返しました。
一生遊んで暮らしても使い切れないほどの価値があります。そんな高価なものを受け取ることはできません。
「オレは冬の間ずっと泊めてもらった礼がしたいんだけどな」
「礼が欲しくてあなたを泊めたわけじゃない」
ナルミは困ったな、と言うと苦笑いをしました。
「じゃあ、こうしようか。それは結納金だ。それでオレのとこに嫁さんに来る支度をしてくれよ」
それならいいだろう?
にっこりと笑うナルミに、エレオノールは返すことを諦めました。
春になって土の上から雪の姿はすっかりなくなっても、夜はまだまだ冷えるので暖炉からは今夜も薪のはぜる音が楽しげに聞こえます。
エレオノールがナルミを家に連れ帰ると、リーゼはとてもびっくりしました。初対面の人間には必ず警戒するドラムがナルミとまるで昔なじみのように挨拶をしたのでリーゼは「本当にあの熊サンなんですネ」と真ん丸い瞳で言いました。
エレオノールがたっぷりと沸かしたお湯で身体の汚れをすっかり落とし、彼女の仕立てた新しい服に着替えたナルミは(若干、彼には服が小さかったけれど)見違えるほど立派になりました。
そんなナルミと目が合うと、エレオノールの肌はピンク色に染まります。
ふたりが腕を振るったごちそうを楽しく食べた後、リーゼはドラムを連れて恋人のマサルのところに用事があると言って出かけていきました。ふたりに気を利かせたことは言うまでもありません。もちろん、自分自身もそのおかげで恋人と甘い時間を持てるのですが。
玄関の扉が閉まると、ナルミはエレオノールの身体を抱き寄せました。
ふたりの額と額が合わさると、自然に唇も重なりました。
暖炉の火がふたりの肌を暖かに照らします。
汗ばむ身体を重ねながらエレオノールは「毛皮がなくてもナルミは温かいのだな」と思いました。
ナルミがこの辺り一帯を治める領主だと知ったのはひとしきり愛し合った後でした。
エレオノールはその事実に言葉をなくしました。確かにあんな財宝を持っている段階で只者ではないと気づくべきでした。
「風の便りでは、オレがいない間は隠居してたじいさんが何とかしてたようだ。嫁つきで帰ってじいさんをびっくりさせてやろう」
ナルミはいたずらっ子のように笑います。
「領主様……!そんな方のところに私なんかが嫁いでいいの…ですか?身分違いも甚だしい…です」
「急に敬語なんか使うなよな。これまで通りでいてくれよ、淋しくなるだろ?」
「でも…」
「いいの、オレがおまえがいいって、おまえが好きだって思ったんだから。おまえが欲しいんだ。おまえにずっと傍にいて欲しい。オレはおまえを生涯愛しぬいて、おまえを守る。それでもダメか?身分ってヤツが気になるのか?
やっぱり、オレのところに来るのは、嫌か?」
ナルミは泣きそうな瞳をしています。
「おまえがどうしても嫌なら無理は言わねぇけど…」
エレオノールはナルミの厚い胸にすがりつきました。
「あなたが私でいいのなら、私もそれでいい。ナルミ、あなたと離れるなんて、もう考えられないの」
暖炉の火が楽しげにパチパチと歌います。
エレオノールとナルミは夜が明けるまでずっとお互いを愛し続けました。
翌朝、町で馬を一頭調達したナルミは自分の館に帰ることにしました。
もちろん、エレオノールも一緒に。
エレオノールはナルミからもらった宝石の中から一番大粒なダイヤモンドをひとつだけとると、残りを全部、妹のリーゼに渡しました。
これひとつあれば、エレオノールの花嫁道具は充分すぎるほど用意できるからです。
帰路に着く馬の上でナルミの胸にもたれ、エレオノールはとても幸せそうでした。
その後、ふたりは末永く愛し合い、ナルミの治める領地はいつまでもいつまでも平和だったそうです。
End