[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Fairy tale.
どうぞのいす
ある日、勝はいすを作りました。
いつも忙しくしているみんながホッと一息つける場所を作りたかったのです。
初めて作ったいす、なかなかの出来栄えです。
自分のチャームポイントの眉毛をマークに描き加えて、勝のいすは完成しました。
勝はいすを見晴らしのいい木の下に置きました。
木漏れ日のきれいな木陰、でも足元にはちゃんとお日様が当たってぽかぽかと暖かいところです。
勝は最後の仕上げにいすの隣に看板を立てました。
看板には【どうぞのいす】の大きな字。
どうぞみなさん、お自由にお座りください、お座りになってくつろいでください、勝の気持ちがこもっているのです。
「みんな、喜んでくれるといいなぁ」
勝はにっこりと笑って、その場を離れました。
そんなかわいいいすのところに最初にやってきたのはしろがねです。
「あら?こんなところにいすなんてあったかしら?えーと…【どうぞのいす】…では遠慮なく」
しろがねは手にしていたかごを抱えていすに座りました。
かごの中にはたくさんのリンゴ。
しろがねは貧乏なサーカスのみんなのためにリンゴを手に入れて帰ってきたところだったのです。
「ふふふ…かわいい小さないす…誰が置いたのだろう…?」
しろがねはぽかぽかと日向ぼっこをしているうちに眠たくなってきてしまいました。
重たいリンゴの入ったかごを持って歩いてヘトヘトだったのです。
「ああ、気持ちがいいな…ちょこっとだけ、寝て…も…」
言うが早いか、しろがねはウトウトとまどろみ始めました。
そこにノリとヒロがやってきました。
まともな興行をなるべく早く打てるようにするためのガテン系バイト帰りのふたりです。
「こんなところにいすなんてあったっけ?」
「あ、しろがねが寝てる」
そしてしろがねの膝の上に載るかごの中身を見ました。
一生懸命働いてきたふたりのお腹がぐう、となりました。
「【どうぞのいす】…ってことは、このリンゴをどうぞ持ってってください、ってことかな?」
「きっとそうじゃね?では遠慮なく」
お腹の空いていたふたりはあっという間にかごの中のリンゴを全部平らげてしまいました。
「あ、なくなっちった」
「これじゃあ次に来たのに悪いなぁ」
ノリとヒロはバイト先の親方にもらったお土産のキャンディーをかごの中に入れました。
「ガキどもにもらってきた飴だけど…ま、いっか」
ノリとヒロは満足して帰って行きました。
次にやってきたのはリーゼです。
学校帰りのリーゼもかわいいいすに腰かけてお昼寝をしているしろがねを見つけました。
「あ、しろがねサン…クスクス…しろがねサンもこんな風に寝ちゃうコト、あるんデスネ」
リーゼはしろがねを起こさないようにそーっとそーっと前を通り過ぎようとします。
ふと、しろがねの膝の上のかごの中においしそうなキャンディーが入っているのを見つけました。
女の子は甘いものに目がないのです。
「【どうぞのいす】…どうぞお食べくだサイ、ってことカナ?もらってもいいのカナ?」
どうせなら勝サンやリョーコさんにも…どうせなら全種類…なんてやっていたらカゴの中は空っぽになってしまいました。
「あらら…これでは次に来たヒトがカワイソウ…そうだ!」
リーゼはかばんの中からパンを取り出しました。
今日のお昼にお弁当+αで食べようと思って学食で買ったパンなのですが、お友達としたダイエット話のせいで食べる気がなくなって残ってしまったのです。
「今日中に食べれバ大丈夫デス!」
甘いものだってダイエットには大敵なのでは?ということには目を瞑って、勝と早くキャンディーを分け分けしたいリーゼは駆けて帰って行きました。
次にやってきたのはヴィルマです。
ヴィルマは野暮用ででかけた帰りでした。
もちろん、貧乏サーカスのためにアルバイト、なんてガラじゃありません。
木の下でお姫様よろしくあどけなく眠るしろがねにキスでもこましてやろうかしら、とヴィルマは身体を屈めました。
そしてその膝のかごに入っているパンを見つけました。
ソーセージドッグです。
ヴィルマはパンを取りあげ
「どうぞ、ってんだから食べちゃっても文句ないでしょ?小腹が空いてたのよねー」
とパクリと食べてしまいました。
「辛味がなくて物足りないわ…チリソースがあれば言うことなしなんだけどね」
そしてヴィルマは別段、かごが空だと次の人がお気の毒、とも思わずに帰って行きました。
日がそろそろ暮れ出しました。
まだしろがねは眠っています。
さわ、と吹いた風が空になって軽くなったかごをしろがねの膝の上から落としました。
それでもしろがねは眠っています。
そこにやってきたのは鳴海です。
鳴海はサーカスに遊びに来たのですが、その途中で【どうぞのいす】に座って眠りこけるしろがねを発見しました。
そろそろと近づいて、しろがねの前にしゃがみこむと希少価値のあるしろがねの寝顔をじっと見入りました。
安らかな寝顔に鳴海の頬も緩みます。
しろがねの隣の看板には、【どうぞのいす】の文字。
「【どうぞのいす】…どうぞ…どうぞって…くれるってことか?」
鳴海は落ちているかごを見て、真新しいいすを見て、無防備に眠っているしろがねを見ました。
そしてちょっと考えた後
「どうぞ、ってんならありがたくもらっていこう」
鳴海はいすの上のしろがねをひょいと抱えると、軽々と持ち上げました。
鳴海の足は来た道を引き返し、やや速足気味に自分の家へと帰りました。
揚々と抱きかかえたしろがねと一緒に。
【どうぞのいす】。
その後、縁結びのご利益があるという噂が流れてちょっとしたデートスポットになっているそうですよ?
End
postscript 香山美子さんの絵本『どうぞのいす』がモチーフです。うさぎはみんなに座ってもらうつもりでいすを作ったのにロバがどんぐり入りのかごを置いたことが始まりで「いすの上のものをどうぞお持ちください」みたいな流れになってしまう、というお話。子どもに読み聞かせしてて「しろがねを鳴海に持って行かせよう」と思ったわけです(笑)。