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一年前、多分野に手を広げる日本を代表する大グループ企業「PSYGA」の代表取締役社長に若干20歳の青年が新たに就任したというニュースが全世界を駆け巡ったことは記憶にも新しい。
新社長、才賀勝は多忙なスケジュールを縫っていまだ大学に通う学生でもありながらも的確な判断力と温厚な人柄、高い知能、雄弁な説得力、恐ろしいほどの博才、生来備わっていたカリスマ性を発揮して辣腕を揮っている。
そんな若い指導者のもと、「PSYGA」は新しい若く自由な気風を吹き込まれ、更に飛躍的な発展を続けている。
株価もうなぎ上りの天井知らず、不景気知らずだ。
今回はそこが舞台のお話。
アオイトリ。
目の前にあるのに気づかない幸せのコト。そのいち。
「年若の新社長」は世間の注目を集めたが、就任一年を過ぎてもなお、社内で耳目を集めているのは実は社長の就任とともに現れたふたりの「秘書」だという。
最も本人たちはそんな自覚はまるでないのだが。
なにしろ本人たちは、自分たちがどこにいても目立つ風貌をしている、などと欠片も思ったことがないのだから。
ひとりは銀色の髪と瞳を持つ、非の打ち所もない美女、しろがね嬢。
才色兼備、容姿端麗、眉目秀麗、八面玲瓏、冷たさを漂わせる容貌から時折のぞく温かみのある微笑で社内の男性陣は軒並み心を鷲掴みにされている。
噂では、この一年間に彼女に告白して玉砕した人数は千人をくだらないらしい。
もうひとりは身長190cmを超える、筋肉隆々とした如何にも只者ではない体躯を持つ大男、加藤鳴海。
彼がいると仕事がなくなるので「SP泣かせ」の異名で囁かれる、言わずと知れた中国拳法の使い手は、その実、天空海闊、天真爛漫な人柄(ある意味、大企業の中枢では稀)からとても人望が厚い。(何故なら腹芸が全くできない彼の考えはまっすぐだから。)
鳴海目当てで言い寄る女性も少なくないが、彼はそれに全然気づいていない。(鈍いので。)
「美女と野獣」を体現したこの名物秘書は、勝が幼い頃から見守り続けていて、
その勝新社長が全幅の信頼を置いているということは周知の事実だ。
大きな図体に長い黒髪。
自由な気風とはいえ、そうそうお目にかからない風体で鳴海が社内を歩き回ると非常に衆人の目を引く。そうでなくとも彼がいるとどうにも廊下が狭く感じる。
社長に頼まれた所用を終えて戻ってきた鳴海は「ミンハイ!」と呼び止められた。
中国地区営業二課のリャン・ミンシア女史だ。黒い髪をショートにした彼女は見るからに快活で、いささか強引なタイプ。ミンシアは何度か鳴海と食事の約束を取り付け、ディナーを奢らせることに成功していた。誰から見ても鳴海に気があることは一目瞭然だが、当の鳴海だけが気がついていない。
「よう、ミンシア」
「この間はごちそうさま。また行きましょう。今度は美味しいフレンチの店を見つけたの」
「おい…勘弁してくれよ。破産しちまうぜ」
鳴海は苦笑した。前回の店は破格に高かったのだ。それに鳴海の頭の中には「ワリカン」という言葉はない。見栄ではなく、男たるもの、誘われたのだとしても女性に支払わせるのを彼は良しとしない。
「じゃあ、イタリアンはどう?最近、行ったお店で味の割にはリーズナブルな…」
そのとき、ミンシアの後ろをしろがねが通り過ぎた。
周りの男たちが足を止めてしろがねに見とれているが、彼女はそんなことには無頓着でただ鳴海に、じろり、と冷たい視線を投げかけてエレベーターホールへスタスタと歩いていった。
しろがねがエレベーターに乗り込むと、エレベーターに乗る用もない男たちも同じ箱になだれ込む。満員のエレベーターは定員オーバーのベルを鳴らし、不幸な何人かは箱から放り出された。
「しろがねさんだっけ?相変わらずモテるわね」
ミンシアが見上げると鳴海は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
鳴海が今何を考えているのか何となく察したミンシアは
「そうそう、しろがねさんと言えば」
と少しわざとらしい口調で鳴海の気を自分へと向けた。鳴海も「しろがね」の名前がミンシアから出たのですぐさま反応する。
「フランス地区営業一課のリシャールと最近仲がいいって営業で噂よ。私もリシャールと仲間内で飲んだことがあるけど気さくでいいヤツなの。確か、彼ってフランスの大きな会社の息子なんだよね。この前、友達がよく行くホテルのバーでふたりを見かけたって…」
「へぇ…」
鳴海は興味のないフリを装っているが内心気になって仕方がない。ミンシアの話を振り切ると、鳴海もまたエレベーターに乗り込んで、真っ直ぐ「秘書室」に向かった。
秘書室には鳴海としろがねの他にも何人かの秘書が所属している。
「ただいま戻りました―――」
鳴海は自分の席に着くと、目の前の机にしゃんと背筋を伸ばして座るしろがねに目を遣った。
「あなたが席を外している間に中国地区営業二課のリャン・ミンシアさんから3回電話があった。さっき直接会えたようだから折り返し電話をする必要はないと思うが、連絡まで」
鳴海の方には目もくれず、タカタカとキーボードを打ちながら素っ気無く言うしろがねに鳴海はカチンときた。
「ただいまっつったら、返事はおかえりなさいだろ?ふつー」
「お帰りなさい」
自分の求めた通りの返事をもらえたというのに、鳴海はまたしてもカチンとくる。
「かっわいくねぇなぁ、おまえ」
今度はしろがねがカチンとくる番だ。
「あなたにかわいいと思われなくても結構。私が言いたいのは社内電話を私用で使うのは好ましくない、ということだ」
「オレとミンシアの電話が私用かどうかなんて分かるのかよ?」
鳴海が「ミンシア」と名前を呼び捨てたのがしろがねは聞き捨てならないと思ったが、冷静を装ってキーを打つ手を止めることはしない。
「ミンシア、と名前で呼ぶような親しい仲なのだろう?」
「オレはおまえのことだって“しろがね”って名前で呼んでるだろ?」
「私はあなたを社内では“カトウ”と呼んではいるが、“ミンハイ”と呼ぶことはない」
さっき素通りしたわりにはよく聞いてやがる。鳴海はぐっと言葉に詰まった。
「それにあなたは彼女と何度も食事をしていると噂だ」
「そーゆーおまえこそ、仏営一課のリシャールってヤツといい仲になってるって話じゃねぇか?ホテルのバーでふたりで飲んで、いい雰囲気だったってウワサだぜ?」
先程仕入れた話に少し尾ヒレをつけて、しろがねにカマをかけてみる。すると、しろがねの顔がみるみる間に赤くなって、とうとうキーを打つ手が止まった。ヒットだ。
てことはミンシアの話はマジな話なのか?
鳴海は急に胸が塞がったように息苦しくなり、心は「おもしろくない」感情でいっぱいになる。秘書室の中の空気は急速に険悪なムードが漂い、ふたりの言い争いが始まったときから危険を察知していた同僚たちはただならぬ雰囲気に自主避難を始めた。
「だっ、誰がそんなことを…!ふたりではない!私とリシャールの他に」
「おまえだって名前呼び捨てじゃねぇか」
「…ぐ…」
「人のことどーこー言えんのかね?だいたいよー、ホテルのバーで飲んで、その後ソイツとホテルに泊まってイイコトしたんじゃねぇの?いい仲なんだろ?リシャールと」
しろがねとリシャールの関係がおもしろくない鳴海は行きがかり上、しろがねに向けてぼんぼんと容赦ない言葉の爆弾を投げつける。
「オレとミンシアの噂だってさしずめ、ソイツとのピロートークで聞いてきたってところだろ?」
鳴海は自分のことは棚に上げて、リシャールと親しい(らしい)しろがねがどうしても許せない。しかも自分で言っているうちに、単純な鳴海は本当にしろがねとリシャールの間に肉体関係があるように思えてきた。しろがねは返す言葉もなく項垂れていたが、鳴海のクチから「ピロートーク」の件が出た途端、堪忍袋の緒が切れた。
「あるるかぁん !!!」
しろがねの指に細い糸がきらめき、机の脇に置かれた場違いに大きなスーツケースから黒いマリオネットが飛び出した。鳴海はあるるかんの攻撃を皮一枚のところでかわす。
「おっおまえ!あるるかん出しゃーがったな!」
「五月蝿い!あるるかん、コラン!」
「オレにそんな大技ぶちかます気かよ?!」
鳴海はぶちっと切れた。売られたケンカは買う!
あるるかんの攻撃に対し、本気で応戦した。
秘書室は数分で半壊した。