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アオイトリ。
目の前にあるのに気づかない幸せのコト。そのに。
「ケンカであるるかんは禁止」
「はい……申し訳ありませんでした。二度と致しません」
勝に怒られてしゅんとするしろがねを鳴海はキシシと笑った。
「兄ちゃんも!しろがねがあるるかんを出すようなケンカをしないの!」
「はい、すんません」
鳴海としろがねは社長室でふたり並んで正座をさせられて、勝に怒られていた。
勝がトイレに行って、そこでほんの少し立ち話をしていた数分の出来事だ。
帰ってきたら秘書室がとんでもないことになっていたのだ。部屋に近づくにつれ、大きくなる破壊音と何かと何かが激しくぶつかり合う鈍い音。勝が青くなって黒山のギャラリーを掻き分けて何とか辿り着くと、中ではスペクタルショーが繰り広げられていた。
しろがね操るあるるかんと鳴海の戦いを生身で止められる者など、誰もいない。
皆が呆然と、もしくは楽しげに戦いの行方を見守る中、勝の
「いいかげんにしてよ、ふたりとも !!!」
の一喝で混乱の場はあっという間に収拾した。
「とにかく、ただのケンカをされるのだって困るのに、あんなに派手にやるのはもっての他だよ。次は僕でも庇えないからね。とりあえず、減棒3ヶ月、給料30%カット」
「「はい、わかりました」」
ただでさえ、特殊な環境にいたふたりだからちょっとやそっとじゃ勝も驚かないが、それにしてもあのしろがねがこれほどまでに我を失うほど怒るとは。鳴海ももともとケンカっぱやいところはあるけれど、人の迷惑になるようなケンカなんてしたことないのに。
「最近どうしたの?ふたりとも、ここのところよくケンカしているよね?」
「いえ、別に…」
「ケンカってワケじゃ…」
鳴海としろがねは言いよどむ。
ケンカの原因をお互い自覚しているのか、それともその原因を認めたくないのか、それとも気がついていないのか…。
いずれにしても、他の社員たちから言わせると「あれは紛れもなく痴話喧嘩です」だそうだからいい加減、ふたりとも自分の気持ちに正直になればいいのに、と長いこと鳴海としろがねのもどかしい関係を見てきた勝はそう思った。
何とかしてあげられるといいんだけどな。
「僕がいいって言うまでそのまま正座しててよ?ふたりで反省してなさい」
「はい、分かりました」
「はい……」
しゃんと背筋を伸ばして正座するしろがねと、並外れた体格を支える足がすでに痺れて感覚をなくしている鳴海を残して勝は社長室を出て行った。
「大変だったみたいね。しろがねさんとのケンカ」
ようやく正座から開放されて、まだ痺れの残る足を引き摺りながら帰途につく鳴海の前にミンシアが現れた。
ミンシアとしては鳴海がしろがねと喧嘩して仲が悪くなることは願ってもないことだ。それに、喧嘩の原因は自分にあるという。鳴海が自分のことでしろがねと喧嘩した、ことはミンシアの自尊心をくすぐった。しかも、恐ろしいほどの伝播力を持ったこの噂は社内中を一瞬で駆け抜け、もはや知らない人はひとりもいない。
鳴海は喧嘩の元となったミンシアの顔を見て大きな溜め息をついた。
「あぁ、それでオレに何か用か?」
「もう帰りなんでしょ?さっき言ったイタリアン、食べに行かない?」
「パス。社長に減給くらったからな。しばらく贅沢できねぇよ」
できればしばらくミンシアと関わり合いになりたくない、というのが鳴海の本心だ。こんなところをまた、しろがねに見られたら何と言われるか?実際、しろがねと邪推し合って反目するのは鳴海の本意ではない。
じゃあな、と立ち去ろうとする鳴海にミンシアは食い下がる。
「だったら、今日は私が奢るから。いっつも奢ってもらってばっかりじゃ悪いもん」
「いいって」
ちょっとは放っておいてもらいてぇんだが。
ミンシアに手を焼いていると、ミンシアの肩越しにしろがねがスタスタとやってくる姿が見えた。
今日はこのシチュエーションによっぽど縁があるんだな。
鳴海はがっくりと肩を落とし、今度はしろがねに何と言われるのかと身構えた。
しろがねは何も言わなかった。勝に叱られたのがそんなに堪えたのかな、と鳴海は拍子抜けする。鳴海がミンシアと一緒にいるのを見て、少し哀しげに俯いたしろがねの携帯が鳴った。ピク、と鳴海は反応し、携帯の相手は誰だ?と思わずその会話に聞き耳を立てる。
「もしもし、あぁ……この間は……え?これから?……かまわない。いつものホテルのバーだな?分かった、すぐ行く…」
ホテルのバー?相手はリシャールなのか?
鳴海の表情がまた苦々しいものに変わる。
邪推なのは鳴海にも分かっている。リシャールじゃないかもしれない。
でも、リシャールなのかもしれない。
「お先に」
素知らぬ顔で自分の脇を通り過ぎるしろがねに、またしても鳴海はカチンときた。
何か言えよ。オレがおまえじゃねぇ、他の女と話をしてんだぞ?気になんねぇのか?
どうしてしろがねにこんなにつっかかるのか自分でも分からない。
鳴海はわざと大きな声で、しろがねの耳に届くように言う。
「分かった。メシ食いに行こう。その代わり、おまえの奢りだ」
「きゃー!もちろんよう!」
規則正しいしろがねの靴音が一瞬、乱れた。
ふん。どうせおまえも男とお楽しみなんだろが。
しろがねの細い後姿を目で追いながら、鳴海は自分の心が黒々としたおもしろくない感情で覆い尽くされるのを感じた。