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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。








アオイトリ。

 

目の前にあるのに気づかない幸せのコト。そのさん。

 


 

 

 

 

「アンタたち、そんな大喧嘩したの?」

ひゃーやるねー、とヴィルマは大袈裟に驚いてみせた。

 

 

 

 

しろがねがしっとりとした落ち着いたバーで落ち合ったのはヴィルマだったので、鳴海は大きな勘違いをしているわけだが、それを彼が知る由もない。

しろがねはワイン、ヴィルマはすでに三杯目のドライマティーニを傾けながらしろがねが今日のあの大きな出来事を語って聞かせたところだ。

しろがねはワイングラスを置くと、その中の残り少ないワインをゆらゆらと揺らした。

「この間、おまえとここで飲んだとき、話しかけてきた男がいただろう?リシャールというのだが……彼との関係をカトウが邪推したのだ」

「リシャールとやらとは何にもないんでしょう?」

「何もない。何度も食事に誘われたりはしているが、みんな断っている」

私は。

と、しろがねは付け足す。

「なのに、ナルミは他の娘と何度も食事に行くから気に入らない、と」

「……」

「何でそんなに気に障るのか、自分でもう分かっているんでしょう?しろがね?」

「……」

しろがねは残りのワインをぐっと飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

鳴海は「PHYGA」に入社するずっと以前から、しろがねが男にモテる、ということを知っていた。仲町サーカスにいたときもずっとノリやヒロたちを見てきたし、街を歩けば男たちがしろがねを振り返り、ナンパする。

そんなことは日常茶飯事だったから、会社勤めになっても「相変わらずしろがねはモテるなぁ」と改めて実感しただけで、特に驚くことではなかった。ただ「本当にデキる男、頭のキレる男」が山のようにいる最先端企業が現場な上に、下手をするとすぐに肉体関係や結婚に結びついてしまう危うさを、鈍い彼なりに心配し、しろがねの身を案じていた。

しろがねが「プロポーズ千人斬り伝説」を打ち立てるくらい身が堅いことが分かったとき、鳴海がどんなに安堵したか彼女は知らない。心配することはあるけれど、今のしろがねが置かれている状況は鳴海にとって不思議なことでも何でもないのだ。

 

 

 

ところが、しろがねは違った。

鳴海が女性に人気があるという事実を、入社して一年以上経つのにいまだ受け容れられないでいる。鳴海を好きになる女なんて自分しかいないと思っていたしろがねは、今の鳴海の状況がどうしても理解できない。

確かに仲町サーカス時代は本当に狭い世界の中にしろがねの全ては収束していて、身の回りにいる女性といえばヴィルマとリーゼと涼子くらいで、誰も眼中に鳴海はいなかったし、鈍い鳴海と天邪鬼な自分との関係が特に進展しなくても、ふたりには時間が充分にあった。何も急ぐことはなかった。特に何かを働きかけることがなくても、このまま自分が鳴海にとって一番近しい女であることには代わりがなかった。

それが、「PHYGA」に入ってガラリと環境が変わってしまったのだ。

鳴海に言い寄る女の何と多いことか!

 

 

 

確かにしろがねに言い寄る男の数には比べようもないが、それでも結構な数なのだ。

自分は言い寄る男の誘いは全て断っている。だから誰かと深い関係になるなんてありえない。

でも鳴海がプライベートでどうしているかなんてしろがねには分からない。

それがしろがねの心に暗雲を垂れ込める。

そして鳴海が他の女の子と親しげにしていると気持ちが土砂降りになり、必要以上につっかかったり、逆に素っ気無い態度を取ったりして最近の喧嘩の種になる。単なるヤキモチだということは、しろがねも認める。

だが、しろがねは「鳴海がモテる」という現状認識がついていかない。

どうしてあんな粗野で乱暴で口が悪くて不躾で腕っ節しか能がない男に、あんなにたくさん女が寄ってくるのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「しろがねも、他の言い寄る女たちも、一体どこがいいってのかねぇ?

ナルミって粗野だし乱暴だし口は悪いし、洗練されてないし、筋肉バカだし…」

「そこまで言うことないだろう!カトウはたくさんいいところがあるのだから…!」

自分だって心の中で同じことを考えていたのにそのことはすっかり棚上げにして、ムキになってヴィルマにつっかかる。そんな自分をヴィルマがニヤニヤと眺めているのに気がついて、しろがねは赤くなって下を向いた。

「ね――え、こんなに分かりやすいのにねぇ。ホントにナルミって鈍いのねぇ」

「……」

「アンタもさ、いい加減ハラくくりなよ。意地張ってるばかりじゃどうにもなんないわよ。ナルミなんてはっきり言わなきゃ分かんないよ」

脳ミソまで筋肉なんだから。ヴィルマはそう言って煙草に火をつけた。

 

 

 

 

 

「“アオイトリ”ってのはね、待ってても来ちゃくんないよ?自分で捕まえに行くもんよ。アンタはそれが自分の近くにいつもいてくれるのが当たり前だと思ってる。でもね、鳥には羽があるんだ。いつだって飛んでいけるのさ」

メルヘンなんてアタシのガラじゃないけどね。

「……」

「遠くに飛んでっちゃう前に何とかしないとね。それとももう、飛んじゃってるのかな?」

「ヴィルマの言うことは……分かる……」

分かるけど。それをどうしたらいいか、というのは別な話で。

今頃カトウはミンシアさんと何をしているのだろう、しろがねはそんなことをぼんやりと考えて、いたずらに胸を痛くした。

「ほーらまた。険しい顔になってるよ。ナルミとミンシアとやらが気になるんでしょ?」

しろがねはその白い両手で顔を覆った。ヴィルマは肩をすくめてみせる。

「素直になってナルミにその胸の中のモノ」

そう言ってしろがねの柔らかな胸に指を突きつけ、言葉を続けた。

「吐き出しちゃったら?楽になれるわよ?」

「ヴィルマ…」

「繋いだ手をね、一度放さないとダメなんじゃない?アンタたちは」

 

 

 

 

全く。しろがねにこんな顔させちゃって。

一度、あの筋肉バカを締め上げないとダメかもね。

ナルミは脳筋な上に頭蓋骨も異常に分厚いんだから。

 

 

 

 

ヴィルマは煙草の火を消すと、俯いたままのしろがねに2杯目のワインを、自分には4杯目のドライマティーニを注文した。

 



 

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