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アオイトリ。
目の前にあるのに気づかない幸せのコト。そのよん。
一方の鳴海もまた、もしかしたらしろがねは今まさにリシャールといい感じになっているのかもしれない、という考えが頭から全然消えてくれず、ミンシアとの会話も上の空でちっとも弾まないし、せっかくの料理の味も分からないしでやっぱりミンシアの誘いを断ってとっとと家に帰ればよかったと後悔していた。
そもそも、しろがねが本当にリシャールと会っているのか分からない。
ただ、あの時勝手に鳴海がそうだと思い込んだだけで、もしかしたら女友達(例えばヴィルマとか)からの電話だったのかもしれない(実は正解)。そうだとすると、鳴海は余計な諍いの種を蒔いたことになる。すぐカッとなってしまう自分の性質を苦々しく思う。
でも、しろがねだって、オレが他の誰かと食事するのが嫌ならそう言えばいいんだ。もっと素直によ。そうすればオレだってカチンときたりすることなんかないんだ。
また考えは元の場所に戻る。リシャールじゃないかもしれない。女ってことも考えられるけれど、もしかしたら他の男かもしれない。
しろがねは破格にモテるから。
鳴海の脳裏を駆け巡るのは「もしも」の想像ばっかりでとうてい答えが出るはずもなく、そうやるせない状況が彼のイライラを募らせていた。
ようやく食事を終えて、ミンシアに促され街に出た鳴海はやはりしろがねのことをずっと考えて、じっと繰り出す自分のつま先を見つめながら歩き続けた。だからミンシアが突然ピタ、と足を止めたとき初めて、顔を上げて、自分がミンシアとふたり、ホテル街の真っ只中にいることに気がついた。
ミンシアは自分と一緒に食事をしても気が漫ろな鳴海に対し、勝負をかけたのだ。
「…あ?あれ?」
あれ?てっきり駅に向かって歩いているもんだとばかり…思ってた…んだが…な?
「ね、ミンハイ…」
ミンシアがあだっぽく鳴海の腕にしな垂れかかり、潤んだ黒い瞳で鳴海を見上げている。
「え?え?」
鳴海はミンシアを見、自分たちの目の前の「いかにも」なホテルの入り口に目を遣った。
これって何?オレはミンシアに誘われてるってことか?
身体が硬直して、頭の中はめまぐるしく考えが巡る。今日はいろんなことを考えすぎて、知恵熱が出るかもしれない。
鈍い鳴海は、ようやくミンシアの好意に気がついた。
好かれるのは嬉しいけれど、申し訳ないけど、その気持ちを汲むことはできない、というのは確かだ。鳴海が好きなのはしろがねなのだから。だが、しろがねとの関係を一歩進めるのが難しいのだ。大事な言葉がどうしても出てこない。
そうは言っても、鳴海も男だから、女を抱きたいという欲求はある。
欲求はあっても何となくしろがねのために(?)女日照りを続けている。
そんな中、今回の「これ」は「据え膳」だ。でも「これ」に手をつけたら、間違いなくしろがねに合わす顔はなくなるだろう。しろがねは完全に自分に見切りをつけて他の男のモノになってしまうだろう。それは困る。
それは困る、が、目の前の「据え膳」が美味しそうに見えてきたのも事実だ。
つまみ食いしたことがバレなければいいんじゃねぇか?
でも、相手はミンシアだから絶対、社内に吹聴するだろうな。こいつの口を塞ぐいい方法ってないかな…?
鳴海の理性と欲望が激しく鬩ぎ合い、鳴海の手の平がじりじりとミンシアの肩に近づいたとき、
「あらあらん?そこにいる色男はナルミじゃないの?こぉんなとこで会うなんて奇遇ねぇ」
聞き覚えのある、且つ鳴海が最も苦手とする人間の声に呼び止められて、彼は自分の心臓が自爆したように感じ、ミンシアの肩にかけようとした手を慌てて引っ込めた。おそるおそる声の方に顔を向けると艶やかな紅い唇をニヤニヤさせながら大柄な女が立っている。
やっぱり。ヴィルマだ。
しろがねと別れた後、たまたま出くわしたこの如何にも楽しげなシチュエーションにものすごく嬉しそうな笑みを浮かべている。さながら、餌食にする前に哀れなエサをいたぶって遊ぶ女豹の如く、ゆっくりと確実に鳴海の元に歩み寄った。鳴海の全身に嫌な冷たい汗がダラダラと流れ、イタズラを見つけられた子供のような面持ちでヴィルマに「よう」とだけ挨拶する。
「ミンハイ…誰、この人?」
「ヴィルマ…」
はっきりとした顔立ちの妖艶な美人で、しかも豊麗な肉体をピッタリとした服で際立たせている。まさに「危険な女」の匂いをぷんぷんとさせているヴィルマの出現でミンシアは気圧された。どうやら鳴海の知り合いらしい。
しろがねの存在だけでも厄介なのに、その上この女は一体何者?
「久し振りねぇ。ずいぶん男っぷりが上がったみたいじゃない?」
「おう…どうしたこんなとこで」
「この近くで飲んでたんだけどね。このまま帰るのもなんだから男と呼び出したとこ。ホテル街でやることって言ったらひとつでしょ?アンタたちもそのつもりでここら辺歩いてるくせに。ここに入るの?」
「ちっ違…!」
ヴィルマはチラリと舐めるような視線を向け、内心この娘がしろがねの話に出た「ミンシア」だと思った。
「こちらはアンタの彼女なのかしら?」
「違うって!何でもねぇよ、同じ会社の娘だ!」
思いっきり否定されてミンシアの表情が険しく曇る。
「ふうん。何でもない娘とホテルでセックスする方が問題だと思うけどね」
「だから違うっつってんだろ?!」
これはマズい。ものすごくマズい。ヴィルマとしろがねは仲がいいのだ。このままでは尾ビレ背ビレに尻尾までつけられた話が、オレとヴィルマが別れた数秒後にはしろがねの耳に入るだろう。
ミンシアとホテルに入るかどうかで気持ちがグラグラしたのは確かなのだが。
「ナルミ、少し話があるのよね」
「オレもだ。ミンシア、悪ぃが今日はこれで帰ってくれ。ごちそうさま」
「そんな、ミンハイ…」
「悪いわね、お嬢ちゃん」
ミンシアはヴィルマと並んで歩き出す鳴海を黙って見送るしかなかった。
「な、なんなのよ、あの女は?!」
あの女さえ来なければミンハイと今頃は…!
絶好のチャンスを潰されたミンシアは地団駄を踏んだ。
「あ、あのよ、ヴィルマ、このことはしろがねに…」
鳴海はミンシアから距離がついたことを確認すると、隣を歩く黒い悪魔に声をかけた。
「もっちろん、言わないわよう」
ヴィルマはニッタリと笑う。
「アタシ、新しいサイフが欲しいんだよね」
そうくると思った。鳴海の頭に「カモ」という単語が浮かぶ。
「……いくら?」
「安いわよ。30万しないから」
「お、おい!それは…」
「いーのよ、別に。ナルミがミンシアちゃんとしようとしてたコト、正直にしろがねに言うから」
「わ、わかったよ、もう!」
「300万って言われなかっただけでもありがたいと思いなさいよ」
「……鬼……」
「なあに?」
「いいええ、なんでもありません」
今日は厄日だ。
鳴海はそう毒づいた。